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中学の頃の僕は、典型的な日陰ものだった。

成績も運動能力もごくごく平均的で、半ば強制的に入れられた部活動も、最初の頃は教室の隅で居心地を悪く過ごしていたが、半月を過ぎる頃には行くことがなくなった。唯一、読書が好きだったから国語の成績は良かった。でも、それぐらいしか取り柄がなかった。

対して、宗像沙羅は休み時間にはいつも読書に耽るような読書家で、クラス内で目立つような役回りでもない。だけど、本を読む彼女の横顔は、本人の容姿も相まって、引き込まれそうな魅力があったことを今でも鮮明に覚えている。

「ねー」とか「さー」とか伸ばすような語尾も、ちょっと舌足らずな喋り方も、全てが彼女を引き立たせる要素になっていた。

そして彼女は、必要以上に注目を集めているのをいつも煩わしそうにしていた。


そんな彼女と関わるようななったのは、些細なことがきっかけだった。

図書委員会として一緒になったのだ。



活動初日、僕と宗像さんは図書室で本の排架を行っていた。ほぼ初対面のため、気まずい空気があたりを取り巻く。そんな空気を破ったのは宗像さんの何気ない質問だった。

「ねぇ、君、図書委員に立候補したってことは本、読むの?」

急に話しかけられたことで、少し挙動不審になったが冷静を装って答える。

「読むよ。ジャンルはいろいろだけど……」

「いろいろか……。私も、いろいろ読むんだよね」

そう言って、彼女の表情は若干和らいだように見えた。

「最近読んだのだと、『コンビニ人間』とか」

僕は『コンビニ人間』から話題を広げることにした。

「いいよね、その作品。確か芥川賞受賞作だったっけ?「普通」と古倉が常に対比して描かれてて面白かったよ。ただ、えも言われぬ感覚もあったけど……」

「私もそう思ったよ。自分の価値観というか考え方を考え直すきっかけにもなったね。月並みな感想だけど」

そう言うと、宗像さんは一拍置いて「私たち、好みが似ているのかもね」なんて口にする。正直、僕にはあまりある言葉だと思った。人並みにしか読書をしていない僕と普段から本を読んでいる宗像さん。明らかに隔たりがある中で、比べられるのはフェアじゃないと思う。たとえそれが「好み」の話だとしても。

でも当時の僕は、彼女からの言葉をありがたく受け取っておいた。

その後も、お互い読んだ本の話ばかりしていた。話を聞いていくうちに、宗像さんは芥川賞の作品が好きなことにも気づいた。僕は頭の片隅にメモしておくことにした。

そんな話をしている間にも、排架はどんどん進んでいき、残りの冊数もあと僅か、いつの間にか時間も下校時刻に迫っていた。


壁掛け時計を見ると時刻は五時半、最後の本も棚に戻し終えて、解散しようとした頃、彼女がある提案をしてきた。

「ねぇ、お互い読むジャンルも似ていることだし、今度感想を語り合ったりしない?君も気づいてるでしょうけど、私、本の話で一緒におしゃべりできる人がいなくて……できればそんなになって欲しいんだけど……」

友達……、僕こそ彼女の友達になりたいけど、果たして僕みたいなのが友達になっていいんだろうか?あまりにも長い間返答しないのも良くないので、言葉を慎重に選びつつも答える。

「僕こそ宗像さんの友達になりたい。けど、ほぼ初対面なんかの僕でいいの?」

「初対面ね、けどさっき話してみて、君は悪い人じゃないってことぐらいわかるし、それにこれから仲を深めるために感想を語り合いたいの」

そう言って、彼女は屈託のない笑みをこちらに向ける。はぁ、まったく彼女の素直さには驚かされるよ。なにせ今日までこんな人だとは思っていなかったから。

けど、僕はそれが嬉しかった。

「じゃあ、よろしく。で、なんの作品で語り合おうか?」

「できれば、お互い読んだことのない作品がいいかも」

例えば……といいながら、先ほどまで動き回っていたところに向かう。僕もそれについていく。そうして宗像さんが手に取ったのは一冊の文庫本だった。桃色基調で主人公と思わしき女の子が落ちていくような表紙、ピンと来る作品があった。

「『推し、燃ゆ』か、確かに読んだことないかも」

「じゃあこれで決定ね。私は家に一冊あるし、借りていく?」

「いや、せっかくだから書店で買うことにするよ」

そう言うと宗像さんは嬉しそうに本を棚に戻し、言葉を続ける。

「いつまでにする?再来週の今日までとか?」

「いいね、その日までに読んでおくことにするよ」

幸い、来週から長期休みに入るから、読む時間はたっぷりとある。読む時間がなくて読めませんでしたは通用しない。たとえ読めなくとも彼女は笑って許してくれそうだけど、彼女にそんなことはしたくない。だから、読む時間がなくても無理矢理にでも時間を作って読んでいたと思う。

「じゃあ、再来週の活動日でね」

そう言って彼女は手を振り、図書室から去っていく。心なしかその足取りは嬉しそうに感じた。まあ、僕の自意識過剰が原因だろうけど。



久しぶりに会話を交わした……それも、気になっている女子と。帰路に着く途中、口角が上がるのを必死に抑えようと力を入れるも、抵抗虚しく自然と上がってしまう。きっと、すれ違った人に通報されなかったのは奇跡だと思う。その時の僕にとっては、惰性的に消費していた毎日に一筋の光が差し込んだ気分だった。

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