不惑のアイドル
白川津 中々
◾️
四十歳、アイドルになるんだもーん。
専業主婦をしている母からのメッセージに驚愕し急ぎ電話してみるとアイドルオーディションに合格したという。そんな馬鹿な絶対詐欺じゃんどこの事務所がババアをアイドルにするんだ馬鹿。馬鹿も休み休みに言え。
「そんな事言ったって受かっちゃったんだもーん」
「もーんじゃないんだよもーんじゃ。絶対騙されてるよ」
「騙されてないもーん。リホプロの公式サイトでも掲載されてるもーん」
そんなわけあるかと思い見てみると新規アイドルプロジェクトと記載された特設ページを確認。クリックしたら本当に母がいる。若い女に混じって!
「三ヶ月後、ライブだからよろしくなんだもーん!」
通話終了。表示されているサイトには確かにデビューライブの日付が記載されている。もうついていけなかった。
そもそもなぜ不惑となる母が血迷ってアイドルになったのか。それは宣伝目的の密着番組で明らかとなる。なんでもプロデューサーが同級生で、かつて母の事を好きだったらしい。「私アイドルになるだもーん」と言ってクラスで踊り歌っていた姿を見て「いつか彼女を本当のアイドルにして、結婚を申し込むんだ」と業界に入る決意を固めたそうだ。完全に職権濫用。いいのかそれで。
しかし、母はいたって真剣なようでレッスンも真面目にこなしていた。グループ内での陰口や嫌がらせにも耐え、年齢を気合いと根性でカバーした結果パフォーマンスはド下手から少し下手くらいに緩和。それまでの努力を間近で見ていたメンバーとも打ち解けた。本番を迎え実際にステージに立つとまぁ見れないこともなく、客席からは「ババァー!」「結婚してくれー!」との愛が飛ぶ。招待され関係者席に座っていた俺は複雑な気持ちになったが、まぁ皆んな幸せなら何もいうことはない思い、もうなんでもいいやと涅槃的諦観状態でアンコールまで聴き終わった。デビューライブは無事成功。母のアイドルとしての人生が幕を上げた。
……に見えたが、後日パパラッチを食らう。
新人アイドル。まさかの既婚者。子供は大学生。
このスキャンダルにより母は脱退。「バレちゃったもーん」と笑っていた。プロデューサーは今更になってオーディション合格に私情を挟んだ事を咎められ退き、後日「もう不倫でいいから」と家に押しかけてきてビンタを喰らっていた。
怒涛の時間が過ぎ母は専業主婦に戻り、たまに帰省すると料理の最中にデビュー曲を口ずさんだりしていた。芸能界に残る道もあったそうだが家庭があると言ってオファーは全て断ったそうだ。もったいないなと思ったが、母は家庭が一番だという。殊勝なものだ。
俺は、就職したらいつか温泉旅館にでも連れて行ってやって、あの下手な歌をもう一度聞かせてもらおうと思った。
不惑のアイドル 白川津 中々 @taka1212384
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます