「山岳の魔魚編」

 ラドリア湖のナマズ魔物事件を解決し、行方不明者の一部を救出した守(まもる)たちは、さらなる情報収集のため、大都市アーデルムを目指す。

 海での魔魚、湖での魔魚……それらを意図的に生み出す“黒装束の集団”と“黒い魔石”の存在が、いよいよ世界規模の脅威であることを感じ始めたからだ。

 旅の仲間はおなじみのガーランとリーリア。海と湖での戦いを経て、絆はますます深まっている。


「さあ、行こう。ギルド本部が待ってるんだ」

「黒装束の正体と目的、しっかり暴いてやろうぜ」

「もちろん。次こそ、みんなでゆっくり釣りを楽しめる世の中に戻したいわね」


 そんな決意を胸に、三人は長い街道を経て、ついに大都市アーデルムの城壁へとたどり着く――。


 壮大な城壁と石畳の大通りが広がる大都市アーデルム。人口も多く、各地の冒険者が集まるため、中央ギルド本部が設置されている。三人は街の門をくぐるなり、その規模に圧倒される。

 しかし到着早々、宿を探す前にギルド本部へ直行することに決めた。黒装束と魔魚に関する報告を最優先で伝えなければならないからだ。


「ここがギルド本部か……すごい建物だな」

「うわあ、普通のギルドとは比べ物にならない……」


 広いエントランスホールには、全ランクの冒険者や職員が行き交い、受付カウンターも複数に分かれて賑わっている。驚く三人を見て、職員が声をかけてきた。


「ご用件は何でしょう? 依頼の受理なら……」

「いえ、“黒装束”と“魔魚”に関する緊急報告があるんです。港や湖で起きた事件の……」


 すると職員は表情を強張らせ、「奥の部屋へどうぞ」と案内してくれる。どうやらギルド上層部も、黒装束について何か掴んでいるらしく、早速詳しい報告を求められた。


 案内された部屋には、ギルド幹部と思しき壮年の男性と女性が待っていた。巨大な書類束には、“黒装束”絡みの報告書が山積みにされている様子。

 三人が海や湖での事件を説明すると、幹部たちは深刻な面持ちでうなずく。


「やはり、他の地域でも同様の事件が起きています。巨大魚や魔物が急激に凶暴化し、人々がさらわれる……しかも黒装束の目撃情報があるケースが多い。国もギルドも、これを重大な脅威と見なし始めています」

「私たちも可能な限り動きます。行方不明者の情報を共有してもらってもいいですか?」


 こうして三人は、ギルド側が持つ“黒装束の関連事件データ”を確認し、自分たちの知る手がかりを提供する。おかげでパズルのピースが少しずつ繋がり始めたものの、まだ全容は遠い。

 幹部は「君たちの実績と情報は大きい」と称賛しつつ、“黒装束”専用の調査部隊が組織される計画があると告げた。もし参加するなら、さらなる報酬と支援を受けられるかもしれないが、その分リスクも大きいという。


「危険な任務だが、協力してくれるか?」

「もちろん……俺たちはもう黒装束を放っておけない。報酬とかに関係なく、やつらの陰謀を止めたいんです」


 守たちの即答に、幹部はほっと安堵の笑みを浮かべると、彼らにギルド本部が管理する特別許可証を渡す。危険度の高い依頼でも受注できる上、ギルド内部の図書館や資料室を自由に使えるという。


 ギルド本部の手配で、三人はアーデルム市内の冒険者向け宿舎をしばらく借りられることになった。風呂や共同キッチン、武器・防具の修理工房も併設され、かなり便利。

 これを拠点に、三人は黒装束と魔魚のさらなる情報を洗い直す。図書館で過去の文献を読み、街の酒場や市場で噂を探り、武器や釣り道具の新調も行う。

 守はチート竿の謎を解明すべく、ギルド所属の魔道研究員に見せるが、やはり「異界の魔力を帯びた特別な具現」としか言いようがなく、完全には解析できない。タックルボックスの“自動補充”も含め、前例がない力だという。


「まるで別次元と繋がっているようだが、持ち主の魔力がカギになっている……やはり君自身が成長すれば、道具も発展していくのかもしれないね」

「成長……か。今でもとんでもなく強いのに、まだ伸びしろがあるのか……」


 一方、ガーランは都市の闘技場で腕試しをし、リーリアは弓の新素材を探す。三人は休む間もなく情報と装備を整え、次なる黒装束の動きを追うべくスタンバイを進めるのだった。


 ある日、ギルド本部にて守たちが文献をあさっていると、緊急依頼が掲示される。内容は「山岳地帯に棲む幻の魚が急激に凶暴化し、近隣の村を襲撃している」というもの。しかも、その周辺で黒装束を見かけたという報告があった。

 ギルド幹部が目を光らせるなか、守たちはすぐに反応する。


「山にも魔魚……? まさか、また奴らが“素材”を使って生み出したのか」

「被害が出始めているなら、早めに動かないとな」


 三人は特別許可証を活かし、他の冒険者より優先して依頼を受注。現地調査と救援を兼ねた任務となる。


 山岳地帯へ向かう途中、ギルドが手配した調査隊と合流することになる。そこには騎士や魔術師など、同じく黒装束の脅威を追う者たちが集まっていた。

 この新キャラの中に、エマと名乗る女性魔術師がいて、彼女は以前から黒装束の“水神信仰”を疑って独自に追跡していたらしい。


「あなたたちが、海と湖の魔魚を倒したっていう噂の冒険者? 噂以上に頼りになりそうね」

「そっちも色々情報を持ってるみたいだね。助かるよ」


 エマは守の釣具に強い興味を示し、タックルボックスを物珍しそうに眺めながら「これは……どんな構造なの?」と矢継ぎ早に質問を浴びせる。

 ガーランは「勘弁してくれ」と苦笑し、リーリアは「この人も研究熱心ね」と苦笑する。だが、こうした新しい仲間との出逢いが、さらなる冒険の広がりを予感させる。


 調査隊とともに山道を進むと、途中の村々で被害の跡が見られる。家屋が潰され、家畜や人々が襲われた痕跡が生々しく残っていた。

 生き残りの村人から、「巨大な魚が地を這うように移動した」という目撃談が出てきて、守たちは大きく目を見開く。


「山岳地帯に魚が……やはり魔物化しているのか?」

「魚なのに地上を這うって、湖のナマズ事件と似ているわね。奴ら、本当にどこまで手を伸ばしてるんだ……」


 現地の案内人によれば、この辺りには「幻獣魚」と呼ばれる珍しい生物が棲み、山頂の湖や湧き水を源に生活していたらしいが、近年はめったに姿を見せなかった。

 もし黒装束がそれを“素材”にして魔魚を創り出しているなら、次はどんな凶悪な存在になっているのか想像もつかない。


 調査隊は二手に分かれ、一方が村の防衛、一方が魔魚捜索を進めることに。守たちは魔術師エマ、そして複数の騎士を伴い山頂を目指す。

 道中には野生の魔獣が出没するが、ガーランの剣とリーリアの弓で対応し、エマのサポート魔法で進軍を支える。守は主に“釣り”の出番がないものの、周囲を警戒しながらタックルボックスをいつでも使える状態にしている。

 すると、山の中腹で怪しい爪痕を多数発見する。岩肌がえぐられ、所々に生臭い液体が付着していた。


「ここにも、湖のときみたいな足跡……。魚というより、獣みたいな動きね」

「ファングリルっていう幻獣魚は、昔から“ヒレが足に変化する”とか“空を飛ぶ”なんて伝説があるけど……もし魔物化してたら最悪だな」


 ガーランが息を飲む一方、エマは「黒装束の魔石が絡めば、生態系なんて簡単に崩れるわ」と苦い顔。守はふと周囲の景色を見渡すと、遥か先にかすかな水煙のようなものが上がっているのを見つける。


「あっちに滝か湖があるのかな? もしかしたら源流域かも……」


 調査隊は目指すべき場所を定め、さらに奥へ進むことに。


 険しい山道を越えると、広い高原のような地形が現れ、そこに静かな湖が横たわっていた。ここが幻獣魚ファングリルの棲家なのだろう。

 湖畔近くには、古い石の柱や壊れた石碑が点在し、かつて何かの施設があったと思われる。エマは魔力測定用の道具を取り出し、石碑に触れて震える声を上げる。


「……この石碑、何かの“封印術式”の残骸っぽいわ。最近こじ開けられた形跡がある……つまり、奴らがここでも儀式をしているってことよ」

「くそっ、本当にどこまで同じ手口を……!」


 ガーランが憤る中、リーリアは湖面を注視し、微かなうねりを感じ取る。「何かが、潜んでる……」とつぶやいた瞬間――ごうっという水しぶきが上がり、巨大な白い魚体が姿を見せた。

 長い体躯に、牙の生えた口元。ヒレが爪付きの前肢のように変形しており、かすかな羽の痕跡まである。まさしく“幻獣魚”だが、体の所々が黒い瘤や棘に覆われ、赤い目が狂気を帯びている。


「来た……あれがファングリルか! でかい……!」


 吠えるような咆哮を上げ、ファングリルは獲物を狙う猛獣さながらの動きで陸へ這い上がる。調査隊の騎士たちは盾を構えて突撃するが、長い尾や爪で薙ぎ払われ、吹き飛ばされてしまう。


「一撃が重い……! これが魔物化した幻獣魚か!」

「守さん、こいつを釣れる? いや、でも陸上だと――」


 リーリアが焦るが、守の瞳には“釣りバカ”としてのファイトが燃え上がっている。

 今までも陸上に出てくる魔魚を相手に、釣り竿で立ち回ってきた実績がある。ここはチート竿の新たな力で押し切るしかない。


「やるしかない……皆、援護してくれ!」


 守はタックルボックスから強靭なラインとルアーを選び、竿を最適形状に変形させる。ファングリルが吠えて一気に突進してくる瞬間、守は“キャスト”の動作でルアーを投げ、爪と牙の死角にフックを引っかけようと試みる。


「決まれ……!」


 ヒュンと空を切る鋭い音。ルアーはうまく鰓付近に食い込み、ファングリルが苦悶の声を上げる。だが、そのままラインを引き裂こうと暴れるので、守は必死に竿を立てて耐える。

 ガーランとリーリアは左右から攻撃を試み、エマは魔法でファングリルの動きを鈍らせようとするが、相手は硬い鱗と甲殻を持ち、なかなか決定打が入らない。


「うわあっ……! ヤバい、馬鹿みたいな力だ!」

「守さん、耐えて!」

「わかってる、でも……思った以上に強いっ!」


 幸い、チート竿は折れない。だがファングリルの怪力は凄まじく、まるで数メートル級の竜を相手にしているようだ。

 そのとき、背後の古代石碑が暗い光を放ち始め、何かがファングリルをさらに刺激する。黒装束が仕掛けた術式か、ファングリルが地面に爪を叩きつけるたびに、石碑が震えるように音を発している。


「このままじゃまずい……!」

「石碑を破壊すれば、ファングリルへの魔力供給が絶たれるんじゃない?」

「ガーラン、行くぞ! オレが引きつけるから、その隙に石碑を壊せ!」


 守は竿先に魔力を注ぎ、またしても“光の鞭”のような一撃でファングリルを一瞬ひるませる。ガーランとリーリア、そしてエマが機を逃さず石碑に駆け寄り、破壊できそうな箇所に総攻撃。

 魔法の衝撃と剣撃で石碑が砕け散ると、ファングリルは叫ぶように暴れ、一瞬動きが鈍る。


「今だ……釣り上げる!」


 守は強引にラインを巻き取り、ファングリルの巨大な体を無理やり岸へと引き寄せる。驚異的なパワーだが、竿が折れる気配はまったくない。

 最後の力を振り絞って竿をあおると、ファングリルが水面近くを大きく跳ねる。エマが最強の魔法弾を打ち込み、ガーランが渾身の一撃を叩き込み、リーリアが目元へ精密射撃を放つ。

 三位一体の追撃を受け、ファングリルは狂乱の絶叫とともに倒れ込んだ。湖面に大きな波紋が広がり、泡立ちを伴って静かに沈黙する。


「……や、やったのか……?」

「うっ……なんとか……倒せたね……!」


 激しい呼吸を繰り返しながら、守たちは地面にへたり込む。周囲では、倒れた騎士たちが何とか無事を確認し合い、エマは魔力の反動で膝をついている。

 ファングリルの凶暴化は止まったが、その姿は本来の“幻獣魚”よりもさらに歪んでいる。やはり黒装束の魔石や術式により、別物の怪物へと変えられていた可能性が高い。


 ファングリルを倒したあと、エマとギルド調査隊が石碑の残骸を詳しく調べると、その内部から黒い魔石の破片がいくつも発見される。どうやら黒装束が仕込んだ石なのか、古代封印の鍵を意図的に壊し、魔石を埋め込むことでファングリルを暴走させていたようだ。

 さらに湖底に沈むかもしれない更なる遺跡の存在も示唆され、海やラドリア湖と同様の流れを感じさせる。やはり黒装束は世界各地で古代の封印や遺跡を利用し、魔魚を生み出しているのかもしれない。


「奴らの目的は一体……。自然を破壊し、人々をさらうなんて、まるで本末転倒だわ」

「黒装束は“闇の水神”とか言ってたな。まだ別の神殿や祠が各地にあるのかも……」


 エマは懸命に魔石の破片を採取し、ギルド本部へ持ち帰る準備を進める。ガーランとリーリアは周辺の安全を確保し、守は疲労困憊になりながらも釣り竿を大切に抱えていた。


「本当に……いつまでこんな戦いが続くんだろう。でも、やるしかないよね」


 ファングリルを討伐し、山の麓の村々を襲う脅威はひとまず去った。調査隊は負傷者を抱えながら、アーデルムへ戻る道を辿る。

 道中、守たちはエマや騎士たちと情報交換しながら、黒装束が行動を起こすパターンを洗い直す。いずれも**「古代の遺跡や封印地点をこじ開け、魔石を埋め込んで魔物化させる」**という共通点が見えてきた。

 闇の水神――海、湖、山と来て、次はどんな水域が利用されるのか。まだ手がかりは乏しいが、ギルド本部で整理すればさらに絞り込めるかもしれない。


 アーデルムに帰着した三人はギルド幹部に報告を行い、街の人々からも改めて称賛される。既に彼らの名前は広く知られ、“魔魚退治の釣り人”として話題になっていた。

 しかし守たち本人は安堵よりも焦りを感じていた。黒装束の本拠地もリーダーも掴めぬまま、各地で同じ悲劇を繰り返しているという事実が重くのしかかる。


「また間に合わずに犠牲が出るのは嫌だ……。もっと速く、奴らの動きを止めたい」

「私たちだけじゃ無理があるわね。ギルドも動いてくれるだろうけど、相手はかなりの組織力があるみたい……」


 ガーランは拳を握りしめ、「あの海や湖で見た黒装束の残骸を思い出すと、怒りが収まらねぇ」と低く唸る。

 ともあれ、彼らは疲労を回復しつつ、次なる行動に備えなければならない。強大な組織に対抗するには、自分たちもさらなる“強さ”と“知識”を得るしかないのだ。 


 翌朝、守たちはギルド幹部から密談に呼ばれる。そこでは、いくつかの重大な情報が共有された。

 - ほかの地域でも謎の古代遺跡がいくつも発見されている。

 - “黒装束”の一部は「某国の貴族」と結託している可能性がある。

 - 海、湖、山……あらゆる水源に関連する場所を狙っているらしく、“闇の水神”への生贄や儀式が進んでいる。


「私たちとしては、君たちに“特別捜査隊”の一員として正式に動いてほしい。黒装束を追う切り札になってほしいんだ」

「もちろん協力します。だけど、どこから手を付ければ……?」


 幹部は大きな地図を指し示し、新たに報告されている複数の“異変地点”を教えてくれる。そこには沼地や地下水脈、さらには海底遺跡などの情報が混在しているが、詳細がまだ不明な場所ばかりだ。

 守たちは苦笑いしながらも、「もはや釣りと関わりがあろうとなかろうと、やるしかないよね」と覚悟を固める。


 魔術師エマが新たな情報を持って現れる。彼女は、かつて大陸を横断する“グラン・リバー”沿いに古代都市が点在し、そこにも“水神伝説”が残されているという文献を見つけたらしい。


「グラン・リバーは釣りの名所でも知られていて、支流には珍しい魚が多い。けれど近年、モンスター被害が増えているって話もあるの。もしそこに黒装束が絡んでいるなら、また魔魚を作り出しているかもしれない」

「なら、行くっきゃないな……大河を釣り歩くのも楽しそうだし、ついでに黒装束をぶっ潰すってわけだ」


 ガーランは意気込み、リーリアも「河川の狩り(釣り?)は湖や海と違うから面白そう」と小さく微笑む。

 守は“グラン・リバー”という名を聞き、胸が高鳴る。“釣りバカ”としては、その大河でどんな大物が潜んでいるのか想像するだけでワクワクが止まらない。


 ファングリル戦を通じて、チート竿の“魔力鞭”が進化を見せた守。リーリアとガーラン、そして新登場のエマらとの連携を強みに、彼らはさらなる魔魚や黒装束の陰謀へと立ち向かう準備を進める。


「次のフィールドは大河か……どんな魚が釣れるかな?」

「釣りを楽しむには危険すぎる状況だけど、やるしかないわね」

「ああ。魔魚を止めて、また平和な釣り場を取り戻すために!」


 青い空と広がる大地を背に、守たちは新たな決意を胸に大河の流域へ旅立つ。黒装束の真の目的は何か。闇の水神とは何者か。無数の謎と危険がまだ眠る世界で、“釣りバカ魂”が再び輝きを放つのは間違いない――

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