3迫る夜釣り
翌朝、三人は村を拠点に湖の聞き込みを続けたが、明確な手がかりは得られない。噂ばかりが先行し、実際にナマズを目撃した者は数えるほどしかいないのだ。
守は湖畔を巡りながら「ならば自分で確かめるしかない」と意気込む。夜釣りに出て、ヌシが本当にいるのか――そして魔物化しているなら釣り上げるしかないだろう。
「夜釣りといっても危険すぎない? 行方不明の原因がそれかもしれないし……」
「でも、逆に言えば夜に出現している可能性が高い。釣り人が狙われた場所あたりを見張るか、積極的に竿を出すか……ここは勝負所だよ」
リーリアも複雑そうにうなずき、ガーランは「やるからにはオレらも全力でサポートするさ。今度は船酔いなんか関係ねえしな」と剣の柄に手をかける。
まずは夜釣りの準備として、守はタックルボックスに仕掛けを点検し、ラインやルアー、照明具(光る疑似餌など)を入念に確認。さらに村の釣具店で、ナマズ釣りに実績があるという“独特の臭いを放つ練り餌”を購入した。
「マジで臭いな……でも、ナマズ系にはこういう餌が効くんだよな」
「それにしても相手が魔物化してたら、どんな動きをするか分からないわね。ルアーと餌、両方使ってみるしかなさそう」
今回の釣行は一歩間違えば命に関わる。夜になれば、黒装束やフードの人物も再び暗躍するかもしれない。三人はガチガチの装備を整え、万全の対策をして夜を迎えることにした。
月が雲間に隠れ、星の光がわずかに湖面を照らす夜。村の灯りが遠くに見える程度で、湖畔はほとんどが暗闇に包まれている。
守はガーランとリーリアを伴い、あらかじめ決めていた岸辺の小さな突き出し岩の上へ移動。そこから糸を垂れ、湖の深場を狙う。リーリアは弓を手に広範囲を見張り、ガーランは陸上からの襲撃に警戒する役目を担っている。
「さて……こっちは餌仕掛けとルアー仕掛けを二本出してみるか。マーカーを浮かべて、懐中ランプで位置を把握しつつ……」
チート釣具は夜でも便利だ。自動的に光を反射するルアーや、闇の中で誘引効果を高めるアイテムがいくつも取り出せる。ただ、“相手”が掛かってくれるかは別問題。
じっと静まり返る闇夜の湖で、守は息を凝らしてアタリを待つ。数分、数十分が長く感じられる中、時折ガサリという物音や遠くから響く不気味な鳴き声が緊張を煽る。
「……なあ、釣りバカ。ほんとにここで待ってて大丈夫か?」
「ここが行方不明が多発した地点だからな。もしヌシがいるなら、必ず回遊してくる……はず」
リーリアは闇に慣れた目で周囲を見渡しながら「陸上の爪痕が気になるわね。水際で急に襲われたりしない?」とつぶやく。
さらにしばらく待っていると、突き出し岩の周囲でわずかな波紋が広がった。ペチャリ、という水音。そして、どこか低いうなり声のような振動が足元に伝わってくる。
「来る……かもしれない!」
守は餌仕掛けの竿を握りしめ、糸先を見つめる。すると、ピクリ、ピクリと怪しい当たりが手元に感じられた。
――ゴンッ! 一気に竿が大きく引き込まれ、アラームのように糸が走る。守は咄嗟に合わせを入れるが、想像以上の重量感が襲ってきて、一瞬で足元が狂う。
「うおっ、重い……やばい、めっちゃ引く!」
「気をつけろ!」
ガーランが慌てて支えようとするが、竿先の衝撃はまるで大型の船を釣り上げているように強烈だ。しかも、湖面下で大きな水しぶきが上がり、何か黒い塊がこちらに向けて突進してくる。
リーリアが弓を構えて狙うが、水面から現れたそれは――ナマズにしては形がおかしい。長いヒゲは確かにナマズのものを思わせるが、胴体が異様にうねっており、一部は硬い装甲に覆われ、背びれに鋭い棘が生えている。下半身には、まるで足のような付属肢がくっついているようにも見えた。
「こんなの魚じゃない……! 化け物……!」
背筋がぞっとするが、相手は強烈な力でラインを引っ張りながら、半身を岸へ乗り上げようとしている。もし魔物がそのまま陸に上がってきたら、守たちは逃げ場を失いかねない。
守は必死にロッドをあおり、相手が体勢を崩す一瞬を狙ってテンションを一定に保ちつつ糸を巻く。すると、怪物は苦しげにのたうち回り、尾びれと足のような部位で泥をかき混ぜ、さらに深みへ戻ろうとする。
「行かせるか……って、やべっ、足が滑る……!」
足元の岩が苔でぬめり、思わず守がバランスを崩す。そこへ素早くガーランが手を貸し、リーリアも「隙を見て矢を撃つわ!」と狙いを定める。
無我夢中のファイト。湖水をブクブクと泡立たせながら怪物が暴れ、ロッドに掛かる負荷は想像を超えてくるが、守の竿はびくとも折れない。
(すげぇ……普通なら何本折れてもおかしくない力だ。でも、このチート竿なら……やれる!)
守は歯を食いしばり、じわじわと怪物を引き寄せる。魔物化しているらしく、鋭い唸り声を上げながら口からドロリとした液体を吐き散らす。リーリアが機を見て弓を放つも、鱗のような硬い皮膚で受け止められ、貫通しきれない。
ガーランが「くそっ……剣を届かせるしかないか」と腰を落とすが、この体勢で突っ込めば逆に巻き込まれかねない。
「……守、ちょっとだけやつをもう少し岸に寄せられないか。そしたらオレが斬りかかる!」
「わかった……やるしかない!」
守はラインを操作し、ロッドに魔力を注ぎ込む。先日の海戦で覚えた“釣り竿に魔力を通す”動きだ。竿がきりきりと軋む音を立てながらも、不思議な光をまとい始める。
その光が水中へと伝わると、怪物は一瞬痙攣したように動きが鈍る。わずかな隙をついて守が強めに巻き取り、岸辺へズルリと引きずり上げる形になった。
「今だ、ガーラン!」
「おうッ!」
ガーランが飛び込み、見事に鰓の付近へ斬撃を叩き込む。硬い皮膚を割って血が飛び散り、怪物は苦しげに大きくのたうつ。そこへリーリアが二本目の矢を放ち、弱点である口中へ射込み――最後は守が力の限りロッドをあおり、意地でもラインを緩めない。
断末魔のような咆哮が湖面に響き、怪物は大きく痙攣した後、がくりと力を失った。
「……やったか……?」
息を切らし、三人は警戒を解かずに怪物を注視する。既に動かないようだが、その姿は異形と言うほかない。ナマズらしいヒゲや口の構造を残しつつ、胴体の一部がまるで爬虫類じみた甲羅や足になっている。
さらにその体表からは黒ずんだ液が滴り、毒々しいガスのようなものがわずかに立ち昇っていた。
「これ……ほんとにナマズか? あちこち混ざってるように見えるわ……」
「厄介だが、とりあえず仕留めたのは間違いないな。……でも、まだわからねえ。こいつが“ヌシ”なのか? 行方不明になった連中はどこに……?」
ガーランが首をかしげた矢先、背後の森からまたしてもガサリ、という音が。慌てて三人が振り向くと、闇の中でフードの人物がこちらを見て立っている。
明らかに先日逃げた男(あるいは女)と同じシルエット。だが、今回は追いかける前に、その人物が自ら口を開いた。
「……不出来だな。こんなにあっさり仕留められるとは……。やはり、“素材”が足りなかったか」
ゾクッとするような低い声音。フードの下から覗く瞳は、血のように赤い光を帯びている気がする。守たちが構えようとすると、相手は静かに腕を振り、その手には奇怪な黒い石が握られている。
(あれは……! 海の魔魚から出てきた“黒い魔石”にそっくり……!)
「おまえたちは、魔魚を狩るのか。馬鹿な行為だ。これは、もっと大きな計画の一端……“釣りバカ”などに邪魔されるわけにはいかない……」
相手は明らかにこちらの素性を知っている。ガーランが剣を構え、リーリアが弓に手をかけるが、フード男はまるで透明になったかのように身を翻し、森の闇へと溶けていった。
残された三人は、わけも分からずその場に立ち尽くす。かろうじて仕留めた“ナマズ魔物”を見下ろしながら、得体の知れない恐怖が襲ってきた。
「……やっぱり、黒装束の連中か。その手の石を使って魚を魔物化させたってのか?」
「行方不明者も、奴らが何かしている……? しっかり探らないと」
「今はこいつをどうにかしよう。毒が回ってるかもしれないし、村に報告が先決だ」
こうして凶悪な魔魚を倒したものの、背後には黒い魔石を操る存在が確かに潜んでいた。恐らく奴らはもっと大きな目的を抱え、各地の水域を利用して“魔魚”を増やそうとしているのだろうか――疑念が膨らむばかりで答えは見えない。
それでも守は釣り竿を握りしめ、誓うようにつぶやく。
「俺は釣りバカだけど……奴らの企みを放っておくわけにはいかない。大事な釣り場をこんな魔物だらけにされてたまるか……」
月明かりがかすかに水面を照らす。どこからか吹き寄せる冷たい風が、まるで次なる災厄の到来を告げているかのように感じられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます