4黒き魔石の脅威

 夜が明け、三人は村の人々に魔魚の死骸を見せた。村長は驚愕しつつ「やはりヌシは魔物化していたのか……」と顔を青ざめる。行方不明となった人々の捜索も続けられるが、今のところ手がかりは見つからず。

 しかし、「夜中に黒い石を持つ怪しい奴を見た」という話をすれば、村の若者の一人が「湖底の祠(ほこら)に黒い宝石が奉られているという昔話がある」と教えてくれた。

 それは古代の儀式場だったかもしれないが、今は水底深く沈んでいるらしく、真偽は不明。もし黒装束がその祠へ潜入し、魔石を手にしたのだとすれば……?


「海の魔魚から出てきた石と同じ現象なら、今回も“何者か”が意図的にナマズを魔魚化させたとしか思えないな」

「もし行方不明者が生贄にされたり、魔物化の実験に利用されていたら……最悪ね」


 リーリアは神妙な面持ちで唇を噛み、ガーランは「許せねぇ」と拳を握りしめる。守も静かにうなずくと、村長へ言葉を投げかけた。


「もしかしたら、これでナマズの脅威は終わりじゃない。他にも黒装束が仕掛けを作ってるかもしれない。俺たちも引き続き調査をしますが、ギルドや国の兵士にも報告をお願いします」


 村長は深く頭を下げ、「ありがとう。あなた方がいなければ村はどうなっていたか……」と感謝を述べる。報酬は捻出できそうだが、まだ行方不明者が見つからない以上、安心できないのが現状だ。


 黒装束の言葉から察するに、“素材が足りなかった”というのは、この湖にはさらなる計画があったのだろう。そこで三人は村人から聞いた“湖底の祠”の伝承を頼りに、周辺の洞窟や地下水脈を探ることにした。

 何でも、湖の岸辺から少し離れた森の奥に洞窟があり、そこから水脈をたどれば湖底に繋がるという噂があるらしい。


「まるでRPGみたいだな……。まあ、ここは異世界だし、ありえなくはないか」

「穴があって地下に下りたら、本当に湖底まで行けるの? ちょっと半信半疑だけど、他に手がかりもないしな」


 ガーランが半ば呆れながら言う。リーリアは「潜水するよりはマシよ」と苦笑する。

 そして翌日、三人は洞窟へ足を踏み入れた。入口は崩れかけた岩で半ば塞がれているが、人が通れる隙間はある。松明やランプを灯しながら深く進んでいくと、湿気を帯びた冷気が肌を刺す。


「うわ、足元がぬかるむ……気をつけろ」

「この道、誰かが最近通った形跡があるわ」


 リーリアが指さした先には、新しい足跡と泥の削れた跡。おそらくフード男か、仲間たちが出入りしているのだろう。

 やがて細い洞窟を抜けると、ぽっかりと広い空間に出た。天井から水滴が落ちる暗い空間だが、中央に古い石像が鎮座しているのが見える。その周囲には何やら怪しげな文様が刻まれた床が広がり、一部は水底へ繋がっているように見える。


「ここが……古代の祠? かなり不気味だな」

「文様がいくつも描かれてる。何かの儀式に使ってたのかな」


 リーリアは弓を構え、ガーランも剣を抜いて警戒。守はタックルボックスに手をかけながら、祭壇のような石造りの台座を調べる。すると、中央に黒い宝石の台座の痕跡があるのを発見した。


「これ……何か外された形跡がある。まさに黒い石を設置してた場所って感じだな」


 もしここから黒装束が石を持ち出したのなら、ナマズ魔物の誕生や湖の異変は人為的に引き起こされたことになる。しかも、宝石の台座の周囲には血のような染みも残っており、ぞっとするほど不吉な雰囲気だ。

 そのとき、洞窟の奥から足音が響く。隠れる間もなく、フードを被った複数の人影がぞろぞろと出現した。


「やはり来たか、愚かな冒険者ども。そこは我々の“儀式場”だというのに……」


 先頭のフード男は、先日守たちが追いかけた人物と同じ体格。それ以外にも三、四人の仲間らしき黒装束が並んでいる。

 ガーランが剣を構え、「こいつらが黒幕か?」と唸ると、フード男は乾いた笑みを漏らした。


「黒幕とは心外だな。我々は“選ばれし集い”……この世界を正しき姿へ導くための儀式を進めているだけだ。魔魚の力はその一端に過ぎない」


 リーリアが矢を番え、冷たく言い放つ。


「行方不明になった人たちも、あなたたちがさらったんじゃないの? 何が目的なの!」


 フード男は口元をゆがめ、「ふん」と鼻で笑う。


「弱き人間どもを“素材”にして、より強力な魔物を生み出す……これも我々の計画だ。だが、おまえたちは魔魚を倒した。おかげで手間が増えたが、ちょうどいい……ここで息の根を止め、次の生贄にしてやろう。おまえたちの魂は我らが“闇の水神”に捧げられるのだ」


 闇の水神――そう言いながら、フード男は手を掲げる。結界のような黒いオーラが洞窟内に広がり、石床がぶるぶると振動を始める。

 黒装束の仲間たちも呪文を唱え、足元に邪悪な魔力陣を展開。水脈がうねって水位が上昇し始め、天井からの滴が連続的に落ちてくる。


「まずい……こいつら、湖の水を操る気か!」

「ここで戦えば足元が水没するかもしれない。気をつけろ!」


 ガーランとリーリアが警戒する中、守も釣り竿を握りしめ、覚悟を決める。黒装束が次々に魔法を放ってきたら、ひとたまりもないかもしれない。だが逃げるわけにはいかない――行方不明者の手がかりも、奴らをここで止めなければ見つけられない。


「行くぞ……やるしかねぇ!」


 暗闇の祠で繰り広げられる、魔法と剣、そして“釣り”の力による異色のバトル。水を帯びた空間は極めて危険な領域だが、守たちは譲らない。

 こうして、黒装束との本格的な対決の幕が上がった。彼らの首謀者が何を企むのか――全貌はまだ見えないが、ここで止めなければさらなる犠牲が出るだろう。

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