11 新たな依頼

 ギルドの受付に戻った守(まもる)たちを待っていたのは、小柄な女性冒険者だった。白髪交じりの短髪に快活な瞳、日に焼けた肌からも分かるとおり、どうやら海辺での経験が豊富らしい。彼女は守たちを見ると、ほっとした笑みを浮かべて声をかける。


「やあ、あなたたちがリーリアさんたちかい? 海の魔魚討伐の件で話をしたいって、ユリナさんに伝えたんだ。私はマリナ。漁村近くで冒険者稼業をしてる」


「初めまして、リーリアよ。こっちはガーランと守さん。依頼の内容を詳しく聞かせてもらっていいかしら?」


 リーリアが問いかけると、マリナはテーブル席を勧めて腰を下ろす。ギルドの片隅にある簡易的な打ち合わせ用のスペースだ。まだ朝の早い時間帯だが、冒険者たちのざわめきがそこかしこに漂う。


「詳しく言うとね、エルダ港の近海で“魔魚”が大量発生してる。最初はせいぜい大きめのサメとか、ちょっと牙の鋭い魚だと思われてたんだけど……最近になって、漁船が襲われたり、船底を食い破られたりって被害が多発してるんだ。海に潜ってみれば、群れで襲ってくるやつらがいるって話でね」


「群れで……それは厄介そうね。どれくらいの規模なの?」


「まだはっきりした数は分からない。ただ、既に何隻かの船が沈んでいるし、漁村も大打撃を受けてるよ。ある日突然、魚が魔物化したみたいなんだ」


 マリナは腕を組んで、険しい表情を浮かべる。その姿を横目に、ガーランが頬をかく。


「なるほどな。川や湖の魔物魚なら俺たちも少しは馴染みがあるが、海じゃ規模が違いそうだ。しかも群れとは……」


「ええ。普通の冒険者パーティじゃ、船に乗っての戦いなんて慣れてないだろうし、魔法使いも塩水でうまく魔法を制御しにくいとか言うし……。正直、かなりハードルが高い依頼ね」


 リーリアも深く息をつく。すると、マリナが興味深そうに守をちらりと見る。


「そこで話に出てきたのが、“釣りで魔物を仕留める冒険者がいる”ってウワサさ。まさかと思ったけど、あんたがその釣り人?」


「そ、そうですね……岸井守って言います。まだ大した経験はないんだけど……一応、川や池の魔物魚は釣ったことがあります」


 守が恐縮しながら自己紹介すると、マリナは「へえ」と感心したように目を細める。


「なるほど。実際に魔魚を釣り上げた腕があるなら、海でもやれるかもしれないってわけだ。で、ギルドに相談したら、“リーリアとガーラン、そして釣り人の守”がちょうど実力と熱意を兼ね備えてるって話になったわけさ」


「確かに、俺の竿はちょっとチートめいてるんで、それなりに大物相手でも対抗できるとは思うんだけど……海って聞くと、やっぱり不安もあるよ。波とか風とか、川や湖と違って要素が多いし」


 守は素直な気持ちを吐露する。魔物相手でさえ未経験のバトルが多いのに、海上での戦闘となれば、さらに難易度が跳ね上がるのは想像に難くない。


「そこは私たち地元の冒険者や漁師がサポートするわ。必要なら小型船を出せるし、海底の地形もある程度分かってる。だから、あんたたちが“魔魚を仕留める”、あるいは“太刀打ちできる”って証明してくれたら助かるんだ」


「なるほどね。要は、“釣り”で引き上げたり、弱らせたりしてくれれば、それを私たちが仕留める……そんな連携ができれば、船を沈められずに済む、ってことか」


 リーリアの推測に、マリナは「Exactly(その通り)」とばかりに笑って頷く。


「そういうこと。もちろん簡単じゃないけど、一度挑戦してみる価値はあると思うよ。被害も拡大する一方だし、何より報酬は高めに設定されてる。依頼主は漁村と港町の有力者たちだからね」


 報酬がいいと聞き、ガーランが小さくニヤリと笑う。リーリアも「確かにおいしそうな話ね」と興味を示す。守はというと、半ば驚き、半ばワクワクしながら話を聞き込んでいた。


「もし、本当に海の魔物を釣り上げられたら……すごい達成感だろうな。漁師さんたちが安心して漁に出られないなんて辛いだろうし、助けてあげたい気持ちはある」


「ありがとう、あんたやっぱり噂どおり“釣りバカ”なんだな。正直、私も釣りが嫌いじゃないから、協力してくれるって言うなら大歓迎さ」


 マリナは親しみを込めた笑みを浮かべると、ギルド受付から借りた地図を広げた。そこにはエルダ港周辺の簡単な海岸線や水深、暗礁の位置などが描き込まれている。


「ここがエルダ港。ここから船で二時間ほど沖合に出たあたりで襲撃が多発してる。浅瀬から急に深くなってる地形で、昔から魚影が濃いポイントらしいんだけど、最近そこに“魔魚”が群れを作ってるって報告が相次いでるの」


「急に深くなるって……ドロップオフか。想像だけど、海底に巣を作ってるかもしれないし、そこが縄張りになってるわけね」


 リーリアが“狩人”らしい推理を展開する。ガーランは「問題は、そいつらをどう船の近くまで引きずり出すかだな」とうなるが、守は短く息を吸い込んで思い切って提案した。


「……もし、釣りで狙うなら“おびき寄せる”のが一番。海ならルアーの遠投が重要だし、大物相手には強靭なロッドが要る。でも俺の竿なら……ある程度までは対応できると思う」


「そっか、距離を取って安全にやりとりできるなら、船がひっくり返るリスクも減るわね。あるいは、生餌を使って寄せる方法もあるだろうし。ま、実際に現地を見ないと何とも言えないけど」


 そう言いながら、マリナはみんなの顔をぐるりと見回す。


「もう一つだけ警告しておくと、相手が本当に凶暴化してるなら、群れごとまとめて仕留めるような作戦も必要かもしれない。釣り上げるのは一匹ずつしかできないだろうし、仲間が次々と襲ってきたら危険だよ」


「そこはオレらに任せてくれ。守が釣ってる間、リーリアとオレが船を守るからよ。さすがに全部を捌くのは厳しそうだが、他にも仲間がいるんだろ?」


「ええ。地元の漁師さんや冒険者が一緒に援護に入るから、あんたたちの負担は少しでも減らせると思う。……どうかな、やってみる?」


 マリナの目は真剣そのものだ。何より漁村の人々が困っているという話を聞けば、守たちに断る理由はほとんどない。リーリアとガーランがちらりと視線を交わし、うなずく。


「ここで断っても、どうせ“黒装束”連中に狙われてばっかで退屈だしな。新たなフィールドで腕試しってのも悪くねえ」


「そうね。新しい釣り場……いえ、海との戦い。守さんはどう?」


 リーリアに促され、守は意を決してうなずいた。


「うん、やってみたい。海の魔魚って聞くと怖いけど……やっぱりその分、釣りがいがありそうだ。被害を食い止められれば、漁師さんたちも安心して漁に出られるだろうしね」


 マリナは「ありがとう」と安堵の笑みをこぼし、手を差し出した。


「それじゃあ正式に依頼を受けてくれるわけね。助かる! 報酬の一部はエルダ港で直接お渡しする形になるけど、ギルド経由の保証もあるから安心して」


「わかった。準備ができ次第、港へ向かおう。装備やら、船酔い対策やら……海には独特の問題があるからな」


 ガーランが真面目な顔でそう言うと、リーリアは吹き出すように笑った。


「船酔い対策って……ガーラン、まさか船に弱かったり?」


「う、うるせえ。海なんてほとんど行ったことねえし、用心して悪いことはねえだろ!」


「でもそうね、私も船には慣れてないし、酔い止めの薬や制汗スプレーみたいなのも用意しておいたほうがいいかも。できる限り快適に動けるほうが、いざって時に実力を出せるし」


 海釣り素人パーティの三人に対し、マリナは「その辺は任せて」と胸を叩く。


「薬や航海に必要な細々した準備は、港町である程度揃う。現地に着いたら私が案内するわ。それまでに各自、武器や防具、必要な道具を整えておいて。あと、もし魚を切りつけるなら耐塩対策も必要かもね。塩分で刃がすぐダメになることもあるから」


「了解。釣り用具はともかく、剣や弓も海で使うと痛むのか……いろいろ大変だな」


 守がしみじみ言うと、マリナは「でも海はいいもんだよ」と少し頬を緩める。


「潮風は気持ちいいし、魚も豊かだ。危険はあるけど、上手くいけば大物を仕留めて美味しくいただくことだって可能さ。きっと気に入ると思うよ、あなたの“釣りバカ魂”がね」


「はは……期待してる。じゃあ俺たちはちょっとギルドのクエスト登録を済ませて、装備を確認したらそっちに向かうって感じでいいのかな?」


「うん。それでOK。私は先にエルダ港へ戻って、みんなに話を通しておくから、二、三日以内に来てくれれば助かる。あんまり遅いと、また船の被害が出そうでね」


 そう言ってマリナは書類をまとめ、最後に守たちと握手を交わした。


「よろしく頼むよ。漁師たちもあんたらが来るのを待ってる。海の魔魚相手に“釣り”がどこまで通じるのか、私も見物だ」


「釣りに関しては全力で応えるよ。がんばります」


 マリナと別れたあと、三人はギルドのカウンターへ行き、依頼を正式に受注する形を取った。報酬が高いぶん、危険も覚悟せねばならないが、今の彼らには迷いは少ない。

 ユリナが受付処理を進める横で、守がロッドを握り直す。さっそく頭の中では海での釣りのイメージが広がりはじめていた。


「……ルアーももっと遠投できるタイプを用意したいな。タックルボックスの中にもいろいろあるけど、実際に海用の重いメタルジグとかあったほうがいいかも……あ、そもそもあるのかな?」


 彼がタックルボックスを開けてチェックしてみると、すでに見慣れない大型ルアーがいくつか混在していた。太刀魚や青物(回遊魚)狙いのような、メタリックに塗装されたスリムロングのジグ、あるいは巨大ポッパー風のトップウォーター……どれも日本の海釣りで使われるような品にそっくりだ。


「さすがチート仕様。もう用意されてやがるのか……」


 ガーランが覗き込み、半ば呆れたようにつぶやく。リーリアは「こんな大きなルアーで本当に釣れるの?」と目を丸くしている。


「うん、現実の海釣りだと普通に使うサイズだよ。かえってこれくらいのほうが、大型魚を狙いやすいんだ。魔魚が相手ならちょうどいいかもしれない」


 守はワクワクしながらラインを触り、仕掛けを確認する。それを見たガーランは鼻で笑いながらも、どこか頼もしそうな表情を浮かべていた。


「ただし、海上で暴れられたら、川や湖とは比較にならねえエネルギーがかかるぞ。釣りバカ、今まで以上に気合い入れとけよ」


「わかってる……でも大丈夫。俺の竿は少々のことじゃ折れないからさ。みんなを危険に巻き込まないように全力でやるよ」


 守の言葉に、リーリアもうなずきながら弓を手に取る。


「私も、船上での弓の扱い方をいろいろ考えておくわ。動く船の上から狙うってのは難しそうだけど、魔魚が跳ね上がったところを的確に射るよう練習しておけば何とかなるかも」


「オレはひたすら近接戦闘だな。海に落とされたら最悪だし、船を守るために船縁の位置取りとか意識しねえとな」


 そうやって三人で役割分担や不安要素を挙げながら、作戦のイメージを固めていく。港町への出立は二日後──それまでに最低限の装備や薬品、塩害対策などを整える必要がある。

 ちなみに黒装束の一件は、ギルドと衛兵隊が協力して捜索を続けているものの、目立った進展はないらしい。ただ、奴らも大規模に襲いかかってくる余裕は今はないのか、目撃情報はほとんど入っていない。


「まあ、動きがないに越したことはねえが……こっちが港町に行くタイミングで奇襲してくるかもしれねえ。油断するなよ」


「うん、頭に入れておく。あのタックルボックスを狙う連中が、海まで出張ってくるなら、それこそ一悶着ありそうだ」


 そして二日後の朝。

 必要な物資と防具を揃え、宿の店主やユリナに挨拶を済ませ、三人は馬車をチャーターして海辺の港町・エルダ港へ向かった。

 道中は穏やかな風景が続く。遠くには草原や畑、やがて視界に広がる水平線がちらりと顔をのぞかせ始めた。


「……おお、あれが海か」


 ガーランが馬車の窓から身を乗り出し、まだ少し遠い海面を見据える。リーリアも「私もこんなに広い水辺を見たのは初めてかもしれない」と感嘆の声を漏らす。

 一方、守は心を高鳴らせながら「異世界の海か……」とごくりと唾を飲んだ。日本の太平洋や日本海も広大だったが、それをしのぐ神秘がここにはあるかもしれないと思うと胸が躍る。


 やがて馬車を降りて歩くこと数十分。大きな堤防や灯台が見え始め、幾艘もの船が停泊している港が現れた。エルダ港──石造りの防波堤と木造の埠頭があり、いくつもの店や倉庫、行き交う人々でそこそこ活気がある。だが、その表情にはどこか暗さが混じっていた。


「やっぱり、漁に出られない日が多いと経済も落ち込むからな……」


 見回しながらつぶやくと、奥のほうで手を振る人影があった。マリナだ。彼女は仲間らしき屈強な男性を連れていて、満面の笑みで駆け寄ってくる。


「よく来たね! 予定通り二日で来てくれたから助かるよ。さ、あんたたちを案内するよ。宿舎や拠点になる建物を用意してあるからね」


「さすがマリナ、仕事が早いわね。こちらも準備はバッチリ……のはず。ね、ガーラン?」


「お、おう……俺は酔い止めをしっかり飲んできた。負ける気はしねえ」


 少しばかり不安げなガーランに、マリナはクスリと笑い、「大丈夫、船乗りが慣れさせてくれるわ」と肩を叩く。一行は港の倉庫街を抜け、漁師の宿泊所として用意された一棟の建物へ向かった。

 中には他にも冒険者が数名おり、皆それぞれ装備を整えたり、海図を眺めて作戦会議をしている。マリナはざっと紹介を済ませると、大きなテーブルに広げられた地図を指し示した。


「このあたりが特に被害が大きい海域。早速明日にも船を出して、現地調査と状況把握を進めたい。もし魔魚の群れを見つけたら、実践に移ることになるよ」


「オレらも船に同乗するんだな? どんな大きさの船を用意してるんだ?」


「漁船を改造した中型船が一隻ある。小回りはそこまで利かないけど、そこそこ頑丈だし、甲板からの作業スペースは広い。釣りをするには悪くないと思う」


 マリナがそう言うと、守はちらりと自分のロッドケースを見やる。船上でのファイト……足場が揺れる中、どんな引きが来るのか想像するだけで血が騒いだ。


「わかった。明日が本番だね。今日は準備と打ち合わせ……あと軽く海を見学して、感覚を掴んでおきたい」


「うん、港の防波堤なら波も緩やかだし、試しにルアーを投げてみてもいいんじゃない? ただし浅瀬でも魔魚が出る可能性があるから、気をつけてね」


 マリナはそう警告しつつも、どこか楽しそうだ。やはり彼女も“釣り好き”の端くれであるらしく、海辺で竿を振るのは嫌いではないのだろう。


 早速、身軽な格好に着替えた守は、ガーランとリーリアを連れて港の外れにある防波堤へ足を運んだ。防波堤は高さがあり、コンクリート──いや、この世界では石畳に近いが──でしっかり整備されている。波止場の先端から見下ろす海面は、思ったより透明度が高い。


「うわあ……広いね。塩の匂いもすごいや」


「ここはまだ内湾だから波が穏やかだな。……にしても、何とも言えない開放感だぜ」


 二人が感嘆の声を上げる中、守はタックルボックスを開き、さっそく海用のルアーを取り出す。長めのロッド形態へと釣竿を“意識”すると、スルスルとそれに応じるように伸びていく。


「何度見ても不思議な光景だ。おい、釣りバカ、周りにギョッとされてるぞ」


 ちらりと背後を見れば、ほかの漁師らしき人々が「何だあれ」「魔法の竿か?」とひそひそ話をしている。守は少し恥ずかしいが、気にせずルアーを結び、ラインのテンションを確かめた。

 ピュン、と勢いよくキャストすると、メタルジグは低い弾道で海面に向かって飛んでいき、遠くのほうで「ポチャン」と心地良い着水音を立てる。


「……うわ、すごい飛ぶ! こんな遠くまで投げられるの?」


 リーリアが驚きの声を上げる。守はニヤリと笑いつつ、スラック(糸のたるみ)を取ってからルアーを動かす。海面下をキラキラと泳ぐジグに、小魚の群れが散るように逃げるのが見えた。


「ふふ……こんな広い海で釣れるといいな。でも、ここであんまり大きいのが掛かったら困るかも。堤防からじゃ抜き上げできないし……」


「贅沢な悩みだな。とりあえず様子見の試し釣りだろ? 海の感覚に慣れるだけでも収穫だ」


 ガーランがそう言った矢先、ググッと守の手に何かしらの重みが伝わった。

 ビクンビクンッ……という引きは、川魚とは違うリズムでロッドを揺らす。守の目が一瞬光り、思わず笑みがこぼれる。


「まじか……小さいけど来たぞ! ……くっ、こっちの魚、意外と引くな……」


「えっ、もう掛かったの? すごいわね、さすが釣りバカ」


 リーリアが驚き、ガーランも「おいおい、開始数分でかよ」と苦笑する。守は慎重にリールを巻き取り、海面から銀色の魚体をちらりとのぞかせる。サイズは手のひらよりやや大きいくらいか。

 波しぶきの中でギラリと光る魚体──と、同時に、その背ビレに小さな棘のような突起が見えた。


「なんだ、この背ビレ……? 普通のアジやイワシっぽいけど、尖り方が尋常じゃない……」


 ひとまず抜き上げることも難しいので、仕掛けを引き上げて岸際まで寄せる。すると、背ビレから僅かに青黒い液がにじんでいるのが分かり、守は思わず眉をしかめる。


「毒……? ひょっとして、こいつも一種の魔魚化が進んでるのか?」


「小さいけど油断ならねえな。刺されたら痛そうだ」


 ガーランが石畳の上にそっと魚を横たえ、剣の先で背ビレを押さえてフックを外してやる。魚はビチビチと暴れるが、その口には普通の魚のような歯はない。今のところ脅威は背ビレだけのようだ。


「でもこれだけ小さい魚まで毒を帯びてるなんて……漁師さん、困るでしょうね」


 リーリアが同情するように見やる。現に周囲の漁師たちは「ああ、そいつは最近よく見かけるんだが、料理しづらいんだ。下手に触ると痛い目見る」とつぶやいている。

 幸い、今回のは“小型魔魚”レベルで済んでいるが、これが巨大化したら非常に厄介だ。そう考えると、明日の調査航海は大いなる試練になるだろう。


「……大きいのはもっとヤバい可能性があるってことか。今日の試し釣りはここまでにしておくか? 明日に備えて体力を温存しねえとな」


「そうだね。なんだかんだで海釣りを体験できて嬉しいけど、本番はこれからだ」


 守は魚をリリースし、ルアーを手入れしてからロッドを畳む。短時間だったが、いくつかの重要な感触を掴んだような気がする。

 海の魔魚は、川や湖の魔物魚とは別格の怖さを秘めている。そして同時に、“釣り人の血”をたぎらせるロマンもまた、海にこそ詰まっている……そう感じられるのだ。


 その日の夕方、守たちは港の宿泊所に戻り、マリナや他の冒険者たちと作戦を練った。船の構造や役割分担、魔魚に襲われた場合の避難経路など細かく確認しあい、準備は万端……と言いたいところだが、不安要素は尽きない。

 夜になると、宿舎の食堂で簡素な夕食を囲み、明日に備えることに。居合わせた地元漁師や冒険者とも情報交換をし、緊張感と期待が入り混じった空気が漂っていた。


「先に風呂入って寝るか……朝は早えだろうし」


「そうね。明日の出航は夜明け前にしたいってマリナが言ってたし、しっかり休んで体調を整えましょう」


 リーリアとガーランが部屋へ向かう中、守は釣竿を持って少しだけ外に出る。港町の夜風は思ったより冷たいが、海の香りが感じられて悪くない。

 桟橋の先まで歩くと、街灯の明かりに照らされた海面が静かに揺らめいていた。


「……ああ、綺麗だな」


 まるで街灯が海中に吸い込まれるような反射を見せる水面を眺めながら、守はロッドのグリップを握りしめる。明日はきっと激しい戦いになる。油断すれば命の危険もあるだろう。

 それでも、自分は“釣りバカ”として──この海に挑む。その意義は、きっと釣りを愛するからこそ見いだせるはずだ。


「よし……やるしかない。大丈夫、仲間がいれば何とかなる」


 小さくつぶやいた後、守は踵を返し、宿へ戻る。明日は船の上で全力を出せるよう、今は身体を休めるのが最優先だ。

 遠く沖合には、暗い海原が果てしなく続いている。そのどこかに“魔魚の群れ”が巣食い、漁村の人々を脅かしているのだ。

 いつか、この世界の海に伝わる“ヌシ”と呼ばれる巨大生物に出会う日が来るのかもしれない……。そんな予感すら抱きつつ、守は静かに決戦前夜を過ごすのだった。


 こうして、川や湖で経験を積んだ“釣りバカ”守は、仲間とともに海という新たなフィールドに乗り出す。

未知の魔魚の脅威と、広大な海がもたらすロマン──果たして彼らは船上でどのようなドラマを描くのか。

次なる一歩は、夜明けの潮騒を合図に幕を開ける。そこにはきっと、とびきりの“釣りバトル”と冒険が待っているはずだ。

 

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