第5話 古本とショコラ

「親父さん、ママ、来週も出かけていい?」

 その日の夕飯時、わたしはおずおずとふたりに声をかけてみた。


「それなんだけど。アユ、ね」

 ママが一枚のチラシをわたしに見せた。

「お抹茶の習い事をやってる古民家があるから、来週日曜はママと『お抹茶の体験会』しようね。隔週で二時間くらい、お稽古があるのね」


「体験会?」

 伊豆テディベアミュージアムのことなんか、とても切り出せない。スバル先輩は、さっきスマホでオンラインチケットを2枚とってたはず。

 どうしよう。心臓に悪いよ。


 体験会のチラシをもらって、そのまま、親父さんとママふたりとはそんなに話さず、食器を片付ける手伝いさえせずに、部屋に閉じこもった。わたしの部屋のうさちゃんのぬいぐるみの脇に、芥川龍之介の本(さっき、スバル先輩に貸してもらった本)が、目立たないようにひっそり置いてあるの。本の裏を見ると、「¥50」の値札シールが貼ってあった。古本なんだ。確かに、少し黄ばんでるよね。


 スマホアプリで思い切って、「習い事が入りました」と、スバル先輩に長文でメッセージを送ってしまった。心臓がキリキリして痛いよ。夕飯だって、いつもの半分くらいしか食べられなかったよ。


 スバル先輩から、5分後に返信が来た。

「チケットあるけど、無量誘うか。気にしなくていいよー🎶」という、ライトな一文。


 軽すぎでしょ。ほんとに。


 でも、その軽さにどれだけ救われてるかな。

 テディベアミュージアム、ちょっと興味あったな。残念だな。


 その日見た夢の中で、可愛い子グマのぬいぐるみが出てきた。茶色い毛並みがチョコレートみたい。

「ショコラ」と名付けて、その子を大切にうさちゃんの隣に置いたところで、目が覚めた。


 朝の五時半だった。夢の中で「ショコラ」を置いたところ、うさちゃんの隣に古本がある。

 窓からの朝陽を浴びて、黄ばんだ本は少しだけ神々しかった。

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