第4話 海の見える美術館

 熱海のとある美術館のカフェに、わたしは来てる。わたしの分のケーキと紅茶、もうひとつ、別にブレンドコーヒーが運ばれてきた。

 目の前にいるスバル先輩は、文庫本なんか読んでる。ブレンドコーヒーを店員さんから受け取って、感じ良く会釈してる。そしてまた、本に視線を戻してる。


「その本、なんですか?」

「芥川龍之介」

 

 制服みたいにかっちりした、ベストの私服を着たスバル先輩はちょっとそっけなく言うんだけれど。次の瞬間、まぶしく笑うんだ。


「俺は正直、読書家じゃないけど、高校受験が来年一月だしさ。勉強。無量のほうがよほど本の虫だよ!」


「そうなんですかー」

 

 会話が続かないよ。焦っちゃうよ。


 どうして、スバル先輩なんかと、わたしは会ってるのだろ?


 

 そもそもの始まりは、無量くんと桃子が、あの熱海銀座での出会いをきっかけに、すごくビミョーに仲良くなってきたことだったんだ。

 自然と、熱海銀座で毎週、プリンなんか食べて話してた。


 四人だったし、安心してた。


 そうしたら、五月半ばのある時、スバル先輩にこっそり、スマホアプリのIDを渡された。


 それで、夜のテレビ時間なんかにダラダラとスマホアプリで「会話」してたら、すごーく盛り上がったんだ!


 わたしは毎日楽しかった。でも、親父さんはむっすりしてたし、ママもご機嫌斜めだった。家族のだんらんに、アユがスマホばかり触ってるって。


「アプリ通信、今後はなしにしませんか」

 って、昨日、思い切って送信したの。


 そうしたら、「会って話そうよ」って言われたの。


 いつもなら、熱海銀座でのプリンのひととき。今日は日曜日だもん。

 でも今は、海の見える美術館にて、カフェブレイク。

 さっき見た絵や彫刻なんか、緊張してて全然覚えてないよー。一応、おしゃれしたんだけど、スバル先輩も、なんかいつもと雰囲気違うテイストの服だし。

 うわあ。手慣れてるよ。危険だよ。


「なんか、わたしはこういうの、慣れてないなー」

 ちょっとおちゃらけたふりで、本心を言う。


「来週は熱海銀座で」

「来週は伊豆でも行こうよ。遠出しよ」


 スバル先輩はちょっと強引な口調で言うと、わたしに「芥川龍之介」の本を手渡してきた。


「これ、なんですか?」

「一週間もかけて、ようやく読み終わったよー。俺、活字嫌いだからさ。アユちゃんがとりあえず持ってて。でさ、来週は伊豆のテディベアミュージアムね。無量とか、桃子ちゃんは抜きでさ。本、その時にでも返してよ」


 よくわからないけれど、誘われてるのかな。


「安易にのこのこついてく人に見えます?」


 臆病な口調で聞くと、


「俺についてくるよね? テディベア、見たいもんね!」


 スバル先輩は自分勝手に、物事を進めてしまう。


 危険だな。すごく。

 

 美術館のカフェからは、熱海の海が銀色に輝いてるのがすごくよく見えるんだ。日の当たるこの場所で、本当は世界一、幸せな女の子かもしれないのにな。


 ガトーショコラはとてもおいしかった。少し涙が出てしまうくらい。


 スバル先輩は、「年上だからおごるよ」と、美術館代もバス代も、ケーキ代さえ出してくれた。


 夢見心地で、怖いよ。

 本の入った鞄が心なしか重たいよ。




 

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