3話
数刻後、俺は竜のねぐらをぐるりと囲む断崖の上にいた。崖下には星竜が辺りを伺うように首を伸ばしている。
作戦はこうだ。まず、アリサが魔法で星竜の気を引く。その隙に俺が死角から頭に飛び乗り、刺さっている何かを引っこ抜く。ことがうまく運ぶ保証はどこにもないが、やるしかない。以前の俺だったらこんな命懸けの人助け、頼まれてもごめんだったのにな。
「俺もこの世界でちょっと変わったかな。よろしく頼んだぞ、竜ちゃん」
俺を乗せて飛んでくれた小型竜に再び乗せてもらう手筈だ。あれほど怖い思いをしたのに、この子はアリサの呼びかけにまたすぐ飛んできてくれた。
「君の友達はたいした人だよ。今もたった一人で星竜に立ち向かおうとしている。俺も、彼女の期待に応えたい」
竜の頭を撫でながら合図を待つ。やがて星竜がにわかに翼を広げ警戒体制に入った。
今更だがアリサはこんな巨体を相手に一人で大丈夫なのだろうか。先ほどだって逃げるので精一杯だったはずだ。
俺の心配をよそに、突如激しい火柱と轟音が響き渡った。さらにそれらをかき消すかのような壮麗な声が響く。
「我が名はアリサ・フレルシス・グリモワール! 人里を脅かす星竜よ、我が爆炎の叫びを聞け!」
業火に照らされて浮かび上がったその姿はあまりにも荘厳で美しく、無条件にひれ伏したくなる威光を放っていた。彼女は紛れも無く、魔王の娘だった。
たちまち激しい戦いの火蓋が切って落とされる。俺も見惚れている場合じゃない。竜に声を掛け、その背に飛び乗った。
星竜に近づこうにも土煙や炎が激しく、なかなか思うように接近できない。アリサの魔力だって無限じゃないはずだ。急がなければと逸る気持ちを抑え、努めて冷静に機を待つ。
その時、煙の隙間に角が見えた。ちょうど星竜の頭上だった。ここしかない、思った時にはもう身体が動いていた。
必死に角にしがみつく。俺は運動部でもなんでもなかったが、無限の力が湧いてくるような気がした。世界が不思議とスローモーションに見える。角と角のちょうど間に何かを見つけた。手を伸ばしてそれを掴み、力の限りに引き抜いた。
世界から、音が、時が、消えた。俺の中で激しく鳴る鼓動だけが、時間が止まっていないことを教えてくれていた。
握りしめた手には、古びた一振りの剣があった。疲れ果てた日の布団のような、久しぶりに帰るじいちゃん家のような、奇妙な懐かしさと暖かさのある剣だった。
呆然とする俺の視界にアリサが映った。突然世界は再び動き出し、俺はバランスを崩して滑るように落下した。最後に見えたのは、俺に向かって手を伸ばす、アリサの姿だった。
長い夢を見ていた気がする。俺が異世界に召喚されて、ドラゴンと戦う夢。俺は勇者になれたのだろうか。
俺はゆっくりと目を開けた。
「あ、タイチぃ……! 目、覚めたのね。よ、良かったぁ……」
整えられた前髪、くるくるの癖毛、大きな瞳にいっぱい涙を浮かべた、君。俺の目に映る景色にアリサがいる。
「もう、死んじゃったのかと思ったじゃない! なんで心配かけるのよぉ……!」
はばかることなく涙をこぼす君を見て、俺はどうしようもない程、恋をしてしまっていることに気づいた。
「ご、ごめん。結局、あの後どうなったんだい?」
ドギマギする胸の内を悟られぬよう、平静を装いながら話をする。俺はどうやら気を失い村長の家に運び込まれたようだ。
「星竜はすっかり大人しくなったわよ。あれだけの騒ぎが嘘みたい」
アリサは涙をぬぐい、何でもなかったように話す。少しくちびるを尖らせる仕草がとても可愛らしい。
「そっか、良かった。あ、俺が抜いた剣は……、」
「それよ!」
突然大きな声で言葉を遮られた。なにかと思うと、アリサは席を立ち、やがて剣を持って帰ってきた。
「これ、あんたが抜いた剣。聖剣だったのよ」
これみよがしに俺の目の前で剣を振る。待てよ、聖剣?
「え、聖剣って、俺たちが探しに行くはずのやつ?」
「正確には違うけどね。何かの拍子で星竜に刺さった時に、聖なる力が宿ったみたい」
あまりにも急な展開に頭がついていかない。だが剣を握ったあの瞬間に感じたものは、確かに聖なる力だったのかもしれない。
「じゃあ、俺がやったことは君にとっても無駄じゃなかったんだな。良かった。俺のわがままに付き合わせちゃって、悪いと思ってたんだ」
俺の言葉にアリサは目を丸くして、それから少しムスっとした顔になる。よほど時間を食ったことが気に入らなかったのだろうか。
「……別に、あんたのわがままに付き合ったとか思ってないし。これはあたしの意思。あたしが、助けたいと思ったからやったの」
そう言ってアリサはそっぽを向いた。こんなにも優しくて、強い。彼女のまぶしさに俺は目を細めた。
「何ともないならもう出発するわよ。あんたのせいでだいぶ時間使っちゃったんだから」
不機嫌な調子のまま、アリサは立ち上がる。俺も手足を軽く動かし無事を確認してからベッドを立った。
「もう平気なのかい? せっかく救世主をおもてなししようと支度をしていたのだが」
家の外で村長に声を掛けられた。手には野菜をたくさん抱えて、宴の準備をしていたのだろう。
「ご厚意痛み入ります。でも俺たち、急ぐ旅なんで」
「もう星竜にちょっかい掛けられないようにするのよ。今度は助けてあげられないからね」
尚も引き留める村長に丁重に別れを告げ、俺たちは村を後にする。ようやく、魔王の居城に向かう時がきた。はやる鼓動を抑え、俺たちは竜の背に飛び乗った。
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