満足度調査とメンテナンス
アンドロイドを導入して、半年が経った。契約した際の説明に合った通り、アンドロイドの会社から連絡があった。満足度調査とメンテナンスのためにアンドロイドを交換するという。満足度調査は特に強い要望がなかったり、都合が合わないというのであれば、断ることもできるという。
土日でも対応できるということなので、土曜日にお願いした。住み込み家政婦を雇いたいくらいなのだ。忙しくて、一般的な休日に設定したい人が多いのだろうか。
予約した日の時間丁度にそのアンドロイドの会社の人間がやってきた。その人は契約した際に店で担当してもらった男性だった。アンドロイドが出迎えようとするのと同時に私も立ったので、アンドロイドと一緒に出迎える形になった。
彼はアンドロイドのほうを一瞬、一瞥すると、私に「お久しぶりです。本日はよろしくお願いします」とビジネススマイルを見せた。機械とは違うぎこちなさがなんとなく親近感を感じる。
「では、どうぞ、入ってください」と私が促し、彼を家に通した。私はアンドロイドに「お茶を淹れてくれ」と頼んだ。
席について、一息入れた後、「半年間使ってみていかがですか」と彼は尋ねた。
「ええ、はじめは戸惑うことはありましたけど、今では慣れましたね」と私は答えた。
担当の人間はうなづいて、「息子さんはどうですか。怖がったりしませんでしたか」と聞く。息子は部屋続きのリビングのほうで遊んでいた。「そうですね、息子は最初は不気味だと思っていたようですけど、今ではあまり関心がない。いや、もしかしたら警戒しているかも」と愛想笑いをしながら答えると、「僕の話?」と息子が寄ってきた。
「アンドロイドのおばちゃんが来て、どう思った」と私が聞くと、「うーん、便利?」と言葉を選んだようにそう言った。
「怖かったりしなかったかな」と彼は尋ねた。
「よくわかんないけど、ちょっと怖い」と息子は私の席の後ろに隠れるように回った。まるで彼のほうが怖いと見えなくはないが、もちろん怖いというのはアンドロイドのことだろう。
そのとき、ちょうどアンドロイドが台所で淹れたお茶を運んできた。習慣でアンドロイドにお願いしてしまったが、アンドロイドの会社の人にそのアンドロイドを使って、おもてなしするというのも変な感じがするな、と思った。
「失礼します」と言って、お茶をテーブルに置くと、「ありがとうございます」と彼は言った。これも変な感じだ。彼は自然な様子なので、慣れてしまっているのだろうか。
アンドロイドは給仕が終わると、テーブルの横に佇んだ。待機状態になったのだろう。
「台所で待機していてくれないか」と言って、アンドロイドを台所に下がらせた。
「やはりこういうところが不気味ですかね」と彼は離れていくアンドロイドを見ながら言った。「まあ、そうですね。いつもは下がってくれますが、今日は貴方がいるので、違うようですが」というと、彼は「ほかのユーザー様によっては給仕させるために、近くにいてほしいという方もいらっしゃるので。すみません、言い訳がましくなってしまうのですが」と弁明した。
「使っていけば、こういうことはなくなっていくのでしょうか」
「ええ、弊社としてはそう考えております。もし、ご意見があれば都度、受け付けておりますので、なにかありましたら、ご連絡いただければ、と思います」と定型文になっているだろうセリフを口にした。
それからいくつか質問をされた。内容としては、おそらく質問票があるのだろう。彼の眼鏡にはその質問票が映っていて、この会話の内容がその場で処理されて、質問票に記入されていく。彼の視線が変に動くのを見て、そう思う。最初はこれも気持ち悪いといわれたが、慣れるものだな、と思った。それと同時に意外と人間は視線を気にしているように思う。いや、気になる人とならない人でインターネットの片隅で口げんかしていたことを思うと、”そう感じる人がそれなりにいる”というのが正しい認識なのかもしれない。
そういうことを考えていたからなのかもしれない。「他に何かありますか」と最後の質問に「行動と視線の意図が一致していない気がする」と答えてしまった。彼は私の答の要領をえなかったようで、私は漠然とした私の考えを慌ててまとめた。「目は口ほどにものをいうって言うじゃないですか。なんか目で言っていることと体で行動していることが違うというか。えーと、別に目の部分に作業に必要なカメラをつける必要はないと思うんですよ。そのカメラは他のところにつけて、目の部分はもっとコミュニケーションの機能に割り振ったほうが気持ち悪さを低減できるかもしれませんね」とまくしたてるように言ってしまった。 カメラ云々は余計だったかもしれない。そもそも人の目の部分にあるものは最初から飾りで、行動処理に使用しているカメラは別のところにあってもおかしくない。瞬きしていることも考えると尚更だ。
彼はすこし唖然としていたが、「ああ、なるほど。わかりました。伝えておきます」と笑顔を取り繕った。視線が泳いだのは、今の受け答えが記入されたのだろう。なんて記入されたのか気になってしまう。
「まだ、他にもありますか」と彼はつづける。私は少し羞恥を感じながら、息を整え、「いえ、大丈夫です。特にありません」と答えた。
それから、アンドロイドをメンテナンスに出すために引き取ってもらう場面になった。
一度、アンドロイドを連れて、出て行ってもらい、そのあと、代替のアンドロイドを連れてきてもらう流れだ。これは向こうからの提案として挙げられて、私はその提案を受けた。もちろん、ここで交換してもらってもいいのだが、同じアンドロイドが入れ替わる場面を息子に見せることに少し抵抗があった。同じように感じる人がいるのだろう。
アンドロイドが連れていかれると、「いなくなるの」と息子が私に尋ねた。私は「すぐ戻ってくるよ」と軽い嘘をついた。
「いなくなったら寂しいかい」と聞くと、「うーん、少し」と息子は答えた。
「そうか」と私は答えた。
5分もしないうちにインターホンが鳴った。先ほど出て行ったアンドロイドと同じアンドロイドが入ってくる。
「本日はありがとうございました。またよろしくお願いします」と担当の彼は家を後にした。
アンドロイドはそれから出ていく前とまったく同じように家の中で振る舞った。違う機体だが、ソフトウェアは同期しており、型式も同じだから、私たちからは同じにしか見えない。私たちの呼び方もいままでお願いしたことも覚えている。
こういったアンドロイドが世の中にはいくつもある。今日、メンテナンスに出したアンドロイドもメンテナンスを終えれば、他のアンドロイドと入れ違いに中身を入れ替えて、違う家庭の家事をするのだろう。
息子は今まで通り、そのアンドロイドに接している。親しいわけではないが、粗雑に扱うわけではない。注意も聞いている。私もこのアンドロイドを同じものだと扱っている。もし壊れても、また新しいアンドロイドが同じように家に来るのだろう。それがなんとなく虚しく感じた。人間を歯車に例えることがあるが、それが当たり前のように目の前で行われて、それを当然のように受け入れていることをどう理解していいのかわからなかった。
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