アンドロイドの契約
「これ、ロボットなの?」
店内に並べられたアンドロイドを指して、息子は私に聞いた。
「そうだよ。うちの手伝いをしてくれるんだ。大切にしないとな」
そういうと、息子は「ふーん」と無感情にそのアンドロイドを見つめた。息子が何を考えているか、少し不安になる。子供には、「パパの代わりに家に居てくれるんだよ」といって説明した。
うちの保育園ではアンドロイドはまだ導入していないが、レストランなどで働いていることは息子も知っているし、メディアを通して、そういうものがあることは知っている。
人工知能にしろ、アンドロイドにしろ、その描き方は好意的にも悪意的にも描かれることがあるが、おおむね友好的、道具としてうまく扱うように描かれる。
息子がアンドロイドと人間の違いをどのように考えているのか、あまり把握できていない。そのことについて、直接、話した覚えはない。違うことは理解しているようだが、身近にいないせいもあって、知らない大人と大差がないように思っているようだ。
私個人としては、相手がアンドロイドであっても、人として最低限の礼儀を払って受け答えできるようになったほうがいいと考えている。それはアンドロイドのためではなく、単純に私が”人に似たモノ”に対して、乱暴な扱いをすることに抵抗を感じるためだ。また打算的な側面で言えば、そう対応していた方がはた目からよく見えることもある。
アンドロイドに虐待行為をしたところで、それを咎める法律もないし、表立ってそれによる不利益を被ることはないかもしれない。だからといって、人間のようなものを罵倒したり、虐待する様子は見ていて気持ちの良いものではない。まあ、見られた相手によってはSNSにさらされて炎上することはあるかもしれない。
それを表立って息子に伝えるつもりはないが、一般的な道徳の一つとして、誰に対しても乱暴に振る舞うことを良しとしないことを、これから息子が学んでくれれば、と思う。
そのようなことを考えていると、「お待たせしました」と後ろから声をかけられた。このアンドロイドを扱う店の店員だ。眼鏡をかけた20代後半の男性だった。後ろには落ち着いた感じの壮年の女性が見えた。カタログで指定したアンドロイドだった。
家政婦アンドロイドは見た目、50歳程度をモデルにしているようだった。
子供から見て、母親は享年30歳、祖母となる私の母と妻の母はそれぞれ60歳に届かないぐらいだから、母親というよりは祖母に近い年代の女性となる。
身長は160cm程度の中肉中背だった。かすかにほほ笑んだ様子でお辞儀をした。
私はこのアンドロイドをどうやって子供に会わせるか、少し迷っていた。
一見して、人間のように見えるからだ。カタログから選ぶ際に、機械らしく見せるための仕掛けとして、目や口を隠したものもあり、そちらのほうが感情表現しない分、安くなる。
私が個人的に使うのであれば、それでもよかったが、身の回りの世話をするものがあまりに道具らしいことに抵抗を感じたため、予算を計算して、この表情がついたモデルを選択した。それが人間ではなくて、実際に礼儀が必要なものではないにしろ、子供が人に近いものを乱暴に扱わないようにするには、少しでも人間に近いほうがいいと思ったからだ。
家政婦アンドロイドは壮年の女性のタイプが多い。機械である以上、年齢や性別も関係なく、そもそも人のように見える必要はないはずだが、アンドロイドは比較的、その職業のステレオタイプに近い年齢や性別のものが主流になりやすい。不要なバイアスを加速させるという批判もあるが、結局、市場の答えとしてはステレオタイプが優勢だ。”なんとなくこんなイメージで”とカタログからアンドロイドを選ぶのだから、そういう偏りが発生するのだろう。
息子にはカタログを見せて、「いいんじゃない」という言葉をもらっている。「選びたい」というのかと思ったが、あまり気乗りしていないようだった。妻が死んで、どこか影があるような態度をとるようになった。私は仕事で無理にでも空元気を出す必要もあってか、表面上は大丈夫なはずだが、息子にはまだ時間が必要らしい。
「こちらのモデルでよろしいですね」と店員が確認をとってきた。
「はい。大丈夫です」
私がそう答える傍ら、息子はアンドロイドをじっと見ている。
「どうかしたか」と息子に尋ねると、「ううん、なんでもない」とアンドロイドを見ている。嬉しそうというわけでもなければ、怖がっているようにも見えなかった。単に珍しいのだろうか。なにか考えているようだが、難しい顔というわけでもない。
「大丈夫ですか」と店員が再度、尋ねた。
「あ、はい。大丈夫です」と答えると、「では、こちらにお願いします」と席に促した。
「すでに事前に答えてもらっていますが、再度、アンドロイドの仕事内容に関して、ご確認をお願いします」と、席に備え付けられているディスプレイに仕事内容が映し出される。
私の連絡先や平日と休日それぞれのスケジュールに始まり、炊事洗濯掃除における細々な推奨事項と禁止事項が続く。量が多いので、そのなかのいくつかを止めて、質問したり、より詳細な内容を確認したりしていると、結構な時間がかかった。
息子はとっくの昔に飽きて、脇のキッズエリアで見たことがない玩具をもてあそんでいた。時々、キッズエリアに目線を配りながらも、確認作業が進んでいく。
最後に金額を確認され、振込手続きを行った。
「はい、ありがとうございます。確認次第、ご自宅までお送りさせていただきます。」と笑顔で店員の男性は言った。
形態はリース契約になる。2年更新で半年毎にメンテナンスのために交換するという。
一仕事を終えた気になった私は、息子を呼んで、店を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます