歯車は回る
迎田 修也
妻と慰謝料
先月、妻が他界した。
交通事故だった。
妻は自動運転の誤認識で道路脇を歩いていたところを轢かれた。細かい状況はわからない。
悲しみと子供のことで頭がいっぱいで自動車会社の担当は平身低頭で謝り続ける彼らには怒りよりもうんざりな気持ちが先に沸いてしまっていた。「なぜ、妻が死んだのですか」と聞いても、「調査中でわからない」と言って、彼ら自身の未熟さという点を盾にただただ謝り続けていた。自動運転の車は日々、当たり前の技術になってきていた時代だった。私と妻も運転することはそれほど好きではなかったし、土地柄的にも運転しやすい街ではなかったから、そんな文明の進歩を喜んでいた節があった。
それだけにショックだった。
自動運転の車にひかれた被害者家族がむせび泣く報道を見たことがある。悲しい事件だと思ったが、それでも私たちは自分で運転しないことが便利だと思って使っていた。
妻が被害を受けて、はじめて「こんなものなければいい」と思うようになったが、理性の部分では「人が運転するよりはマシ」ということを知っている自分が苦笑する。突き詰めれば自動車のような重いものが動くこと自体が不条理だといえば、私たちの生活はままならなくなる。
自動車メーカーの不手際を責めるしかない状況で、彼らは徹頭徹尾、ただ謝りつづけた。
結果として、手元には慰謝料が振り込まれた。
妻の命に値段をつけるようで気が引けたが、調べてみると、相場並みか、それに色を付けた額だった。ほぼ満額回答といってよい金額らしい。弁護士費用もかかっていない。”満額なら”と許してしまって自分に嫌悪感を抱いた。
彼らの会社が上げている利益を考えれば、この慰謝料も許容範囲内のリスクの一つでしかない。彼らは謝るが、開発を続けるだろう。もちろん事故を起こさないように改良はするだろうし、今回の事件で彼らの信頼は幾分、下がったとしても、数年もしないうちにこの事件は風化するだろう。
しかしだからといって、何をどうすればいいかわからなかった。どこからかぎつけたのか知らないが、何件かの取材の要請があったが、断った。何を伝えればよいかわからなかった。記事になったとしてそれでどうにかなるのだろうか。
恨み事がないといえば、噓になるが、記事にしてもらい、同情してもらったことで憂さが晴れるとも思えなかった。メーカーから慰謝料以上に金をせびろうとしているなんて思われることも頭によぎって、怖かった。
結局、私は取材の要請に応えず、彼らの謝罪を受け入れた。それしかなかった。なかったと思う。
とはいえ、慰謝料は働かなくても済むような額でもない。ひとり親で育てていかないというのはお金以上に手間がかかる。息子はまだ小学校にも上がっていない。
仕事は忙しく、残業が日常化していた私にとって、どう折り合いをつけるか悩ましい問題でもあった。勤めている会社は大きい会社ではない。中小のソフトウェア会社ではあるものの幸か不幸か、慢性的な人手不足だった。出先の仕事が主で、リモートワークができないことのほうが多い。
私は家政婦アンドロイドを一体、使用することにした。家政婦アンドロイドを常用するとなれば、それなりの金額になるが、慰謝料で賄える。
子供の世話を家政婦アンドロイドに一時にしろ、見ててもらうと決めた際に、自動運転の車が妻を轢いたことを思い出さないわけでもなかった。
もしアンドロイドが事故を起こして、息子が怪我をしたり、死んでしまったら、と想像しなかったわけではない。
楽をしたいだけだろう、といわれてしまえば、否定はしない。アンドロイドがなくても育て切ったシングルファーザーたちはたくさんいるだろう。
それでも私は心の余裕が欲しかった。この子をどうにかして、育てなければという気持ちと、すべてを投げ出したいような自暴自棄の気持ちで正直、まいっていた。ただ、私の両親や妻の両親に頼ることは考えなかった。住んでいる場所の都合上、息子が私と一緒に住めなくなる。息子がただ育てばいいとは思っていない。私が育てることが私にとって重要なことなんだと思う。
アンドロイドを使うといっても、すべてアンドロイドに任せられるわけではない。家事の負担や息子を一人にしてしまう不安を和らげるためのものだ。息子が熱を出せば、病院に連れて行かなければならないし、ひどい喧嘩をしたとすれば保育園に行くこともあるだろう。行事にもできるだけ参加したい。それらはアンドロイドには任せられない。誰かに任せたいとは思えなかった。
私はアンドロイドに任せる不安にかられながらも、家事用アンドロイドを使用することにした。
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