Scene4 函の中の冒険家

第9話 日没まで

 個室にヴァリエさんを呼んで緊急会議を行う。


「時震って何?」僕は前のめりになって尋ねた。


「何かと思って来てみれば」僕のベッドに腰かけたヴァリエさんは、はあぁーと深いため息をつく。「そういえば昨日、時震があったな。アレがどうかしたのか?」


「いやそのさ、なんでそんなみんなありきたりな感じなの? うそでしょ?」


 僕は「時震」だなんて現象を初めて目の当たりにしたことを説明した。ヴァリエさんはダルフォネさんと同様、それなりに驚いた。


「この星特有の現象……」顎に手をやって脇を睨む。

「ねえー! ヴァリエさん僕より賢いんだから何か分からない!?」

「わたしの方が貴様より賢いだなんて思ったことは無いが……」


 ヴァリエさんは泣きつく僕を踏み潰してから「しかし」と口にした。


「貴様が体験したという記憶の違和感はわたしたちには無い」

「え?」

「わたしたちにとっての『時震』は、『時間を長く感じ、視界がぼやけ、お互いがすり抜ける現象』だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「ふええええ……?」


 頭を抱えて床をゴロゴロ転がる成人男性がいる。僕だった。


「分かんないよう……」

「貴様たまに可愛い子ぶるのはなんなんだ……」

「え。あ」ふと正気に戻って返事をする。「処世術が身についちゃって」

「変わり身が早すぎる……」ヴァリエさんはゾッと身を引いている。そんな。聞かれたから答えただけなのに。「そもそもそれのどこが処世術なんだ」

「哀れな存在だと思わせることで油断を誘えたりはするよ! みっともなかろうができることはやる! それが僕だからね!」


 ヴァリエさんは呆れるようなため息をついた。


「記憶の話に戻るが……あくまで違和感なんだな?」

「気がするだけではあるけど……気がするんだよお……」

「いずれにせよ今のわたしたちには分からないな。それこそ陛下のような立場の人間にしか分からないだろう」ヴァリエさんは窓の方に顔を向けた。「いやそうか、ならば——」

「ならば……?」


 目を戻して頷く。


「もう一人だけいる。陛下やエルネスト、そして貴様と同様の神祖がな。しかも彼女は『なんでも知っている』し『なんでも分かる』。彼女は理解しているはずだ」

「もう一人? 投獄された犯罪者本人がいるの?」


 そんなことがありえるのだろうか。エルネストさんがいた暗室には確かにコールドスリープのコフィンがいくつかあったけど——。


「コールドスリープの機器は一人分しか稼働してなかったのに?」

「彼女本人は死んでいる。だが彼女を彼女足らしめる要素は継承されているんだ。一世に一人ずつの弟子はみな彼女本人を自称する。知識と人格を完全に継承しているから本人も同然なのだと主張する。疑わしいだろうが、実際対面してみると信じざるを——」

「——ごめんちょっと待って」


 僕はヴァリエさんの言葉を遮った。一度呼吸を挟んでから、しかしやはり歪な笑いを浮かべたままに尋ねる。


「もしかしてその人の肩書きって、〝星紀の環境活動家〟だったりしない?」

「なんだ、知っているのか?」ヴァリエさんはくいと顎を上げる。「まさか本当にそんな平和そうな肩書きで無期懲役とは」


 僕は頭を抱え直した。うぎぎと顔を引っ張りながら背を逸らす。


「うっそでしょ。あのゴミ虫こんなところにすらいるの。いくら駆除したって無限に湧いてくるじゃん寄生虫がよ……」

「ん、ん?」


 僕はひとしきり唸った後、重いため息を吐いた。


「まあそれはいいか。いいや。ありがとうヴァリエさん。今考えたって仕方ないってことが分かったよ」

「いや、今、貴様には珍しい語彙がいくつも出てきた気がするんだが……」

「寄生虫──〝星紀の環境活動家〟については時が来たら説明するよ。よし、まずはとにかく例の作戦に集中しよっかあ」





 セララさんの「店」を訪ねる。結局なんの店なのかは分かっていない。


「いらっしゃいませー……あ」猫耳ベレー帽の眼鏡女子、セララさんは僕に気付くと元気よく立ち上がった。「グレロさん!! こんにちは!! 何かご用ですか!?」


 凄く元気でこっちも嬉しい気分になった。

 セララさんの手元には3✕3のブロックに分かれた立方体がある。


「ルービックキューブ? そんなものがあるんだ」

「え? はい!」セララさんは持ち上げて見せる。「いつかの神祖様にとってお気に入りのパズルだったらしいです! こんなパズルが好きだなんて、きっと凄い知能犯だったんでしょうね……」


 その口振りには「憧れ」のようなものが滲んでいた。この星の市民は犯罪者に憧れる感じらしい。


「それで、なんでしたっけ?」

「あ、えっとね。ダルフォネさんから、服を直してほしいならセララさんに持っていくといいって言われて」


 直してほしい服というのが、しばらく世話になっていたパーカーだ。この星に来てから酷使してきたのだけど、遂に先の鬼ごっこで破けてしまった。

 じゃあ今何を着ているのかというと、リゼンさんから借りたシャツである。ちょっとサイズが大きい。


「あっはい! ウチが直しますね! なんなら洗濯もやっちゃいますよおお!!」

「ありが──」


 お礼を言い切る前に引ったくられた。セララさんはカウンターの下に潜り込んで工具や金物の山、あと猫たちをひっくり返す。裁縫道具が発掘された。腕をまくって作業を始める。凄いスピード感である。

 僕は近くのボロ椅子を寄せてきてカウンターの向かいに座った。


「ん?」セララさんが作業の手を止める。「まだ何か?」

「何もないけど、ちょっとおしゃべりしようかと思って」


 セララさんは「はあ」と実のない返事をした。目を落として手を動かし始める。


「でもそういえば確かに、ですかね? ウチらお互いのことをあんまり知りませんし! もう仲良しさんですけど!」

「そうそう。例えばそうだな……」蜘蛛の巣を見上げつつ尋ねる。「今回の『星を見に行こう』作戦も、リゼンさんとセララさんのどっちが言い出したのかとか、聞いてみたい」


「どうしてそんなことを聞きたいんですか?」セララさんは目を上げて首を傾げる。

「えっ」聞き返されるような質問だったかな。「そりゃあ、えっと、なんとなく。リゼンさんがリーダー然としてるけど、セララさんが言い出した可能性もあるかなって」

「言い出したのはお兄ちゃんです。積極的に計画を立てたのもお兄ちゃんです。でも──」


 セララさんは、彼女にしては珍しく憂えた様子で、眼鏡の奥の目も伏せがちに答えた。


「ウチがあの望遠鏡を作ってもらったのは、それよりも前です」

「つまり……セララさんの望遠鏡を見て、作戦を思いついた?」

「でしょうね。それで、こんな命の危険すらある作戦を立てて。こういうの、初めてじゃあないんです」


 セララさんは作業の手を止めて視線で机の傷をなぞる。


「ウチとお兄ちゃんは血がつながっていませんが……ウチは本物のお兄ちゃんだと思っています。もう危ないことはしないでほしいんですけど……」

「いっ、言った方がいいよ、それ」僕は気持ち焦って言った。これは後回しにしない方がいい。即刻言わなければならない。

 だって命は取り返しがつかない。

「言ってもお兄ちゃんは満足しませんよ」

「なんで──」

「なにせ、お兄ちゃんも〝星紀の冒険家の末裔〟ですからね」


 セララさんは寂しく微笑んでそう言った。


「いや——」


 にゃんと突然カウンターに跳び上ってきた猫。僕はビビって身体を引くあまり椅子を倒してしまった。セララさんは初めポカンとしていたのだけど、ピンと気付くと「みんな~ごはんだよ~」と声をかけた。集まってきた猫に囲まれて三角座りで震える僕……。


 猫たちが食事を終えて去っていった頃には、僕は半泣きになっていた。


「な、なんでこんなことするのお……」訴えるわけではなく、ただめそめそとして尋ねた。三角座りのまま。


 爆笑していたセララさんは目元に浮かんだ涙を拭う。


「猫が苦手だなんておかしいですよグレロさん。この星では猫って愛されてるのに」

「なんでなの……」

「ええ。そりゃあ、可愛いし。あと……市民が目にできるうち最も高貴な人たち、アダマイト家の家紋だったりもしますし……」

「アダマイト家……」


 そういえば、アダマイト家の制服には猫の文様があった。〝環帯の中心(リバーサル・キャット)〟が絡んでいるのだろうか……?





 義眼と眼帯も買ってから店を出る。セララさん曰く裁縫と服飾は最近始めた趣味らしい。頼めばフラクタルな感じの図形が並ぶクロスステッチを見せてくれた。自作の図形らしい。「図形はですね……美しいんですよ……」と、ちょっと不気味な陰気さでもって笑っていたけど、全然わかんなかった。ただの多角形じゃん……?


 そろそろ歩き慣れてきたスチールエッジ。次はリゼンさんとおしゃべりしようと路地を縫って進んでいたところ、日の陰る狭い裏道に妙に目立つ女性が一人立っていた。

 妙に際立って異質感のある人だった。彼女だけが彩度の違う手前のレイヤーにいるかのよう。

 立ち止まった僕に気付いて女性が「ん?」と振り返れば、黒の艶髪がシャララと滑らかに流れる。

 紅白の巫女服に着物風のコートを羽織る。布地や色使い……刺繍の高級さから貴族階級の人だろうことが分かった。左手だけポケットに入れて。


「なにか?」女性は薄く微笑み、右手を緩く伸ばして僕に尋ねた。「道案内をご要望ならば、お生憎様、ワタシはここの人間じゃない」

「あ、ごめんなさい、見ちゃって」素直に答える。「なんというか……際立ってて。目が留まっちゃいました」

「ああ」女性は自らの黒髪に指を梳き通した。「こんなに可愛いワタシだからね。無理もないよ」


 この人は可愛いというより綺麗系だと思うけど……。


「これも何かの縁だ。庶民に一つインタビューしよう」


 今の僕はパーカーを脱いでいるし、現地の人間に思われたらしい。


「分かることなら、まあ」

「キミはこの星の名前を知りやしないか?」


 星の名前?


「星の名前は……『監獄惑星』じゃないの?」


 女性はチッチッと右の指を振る。


「それはあくまで通り名だったはずだ。ワタシは疑っているんだよ、この星には他の名前が──本来の名前があるんじゃないかとね。その痕跡は王都の近くでは徹底的に抹消されている。だからこうして辺境までお忍びで来ているんだ。お付きの者を撒いている今のうちに解明したいところだね。アレが存外に目ざとくて」

「あなたは歴史学者さんってこと?」


 そんな危険分子がこの星にいただなんて。


「まあ、そのようなものかな」女性は緩く目を閉じて微笑んだ。


 思い当たる節はあるけど言っていいのかな……。

 まあ、ここの人には伝わらないか。


「じゃあ、Voyager 11、だよ」

「……なに?」女性は少しだけ目を見開いて聞き返す。


 あれ、この人──。


「なんだって?」

「あ、えっと」


 元がフランス語なだけあって少し訛ってしまっていたのかもしれない。


「えっと──『ボイジャー11号』、だね」


 女性はほんのすこしだけポカンとしていたけど、すぐに口角を上げて右手を口元にやった。クックッと笑う。


「なるほど。全てを理解したよ」

「え、ほんと?」

「ああ。この星のことも、時震のことも。これでワタシが考えるべきことは無くなった」


 この星の人にとって「ボイジャー」は意味を持つ文字列ではないと思うのだけど、なぜか役に立ったらしい。


「協力してくれたお礼に、プライスレスで少しだけ教えてあげよう」

「全部は教えてくれないんだ?」

「一億円くれるなら全部教えてあげるけれど」

「ガキの口からしか出てこないタイプの料金設定!」


 あれ。 


 女性は嫌らしく口角を上げて一言だけ口にする。


「『観測』だよ」


 一見すると何の役にも立たない一単語を残し女性は去っていった。路地を曲がって後ろ姿が見えなくなる。


「変な人だったな……」


 この星では珍しいくらいに流暢な共用語だったし。


「誰だったんだろう、今の人」


 大前提が致命的にズレているようなむずがゆさがあるのだけど、その場では分からなかったので、一旦保留しておいた。





 酒場に顔を出せば店員とリゼンさんの二人だけがカウンターにいた。

 声を掛ければ「おお! グレロ!」と声を上げて大振りな仕草で招かれる。

 席に着こうとしたのだけど、カウンターの向こうに立っている人間が前に見たときと違った。「あれ?」とお互い視線を交わす。


 金髪に碧の三白眼。クラシカルなメイド服。ダウナー系のアイメイクが印象的。鎖骨まである金髪を細いツインテールにする。シャツの襟を立てて、タイは緩い。


「コイツが俺様のもう一人の仲間」リゼンさんが紹介する。「トロ・ショットだ!」

「おおきに。トロちゃんやで~」少年は人懐っこい笑顔を浮かべる。「こんなめんこい子が立っとったら酒もウマなるやろ? バイトやからいつもはおらんで。グレロ様ったらラッキーやなあ」

「この星ってパートタイム制あるんだ……」


 この子が噂のメカニックらしい。セララさんの望遠鏡や、ダルフォネさんのワイヤーアローなんかを作った人。まだ十五、六歳に見える。顔立ちが端正なのもあって、肩から上だけ見るとまったく女子だ。


「あ、えっと。自分はグレロ・ド・ルゼ。〝星紀の革命家〟です」

「〝星紀のガンスミスの末裔〟、864代目や。傍系やけども。よろしくなグレロ様」

「ガンスミス……!」ズバリ求めていた職分である。


 握手すればかなり硬い手のひらだった。

 隣に着くやいなや、リゼンさんが肩に腕を回してくる。


「どうしたグレロよ! 暇か? 暇なのかああ!?」


 匂いからしてお酒を飲んでいるわけではないらしい。となるとこの人、シラフでこのテンションなのか。それはそれで驚き……。


「まあ、今は待機時間だしね。計画は日が落ちてからだし」


 作戦決行は今晩だ。警備兵が少なくなるタイミングを狙う。


「日が落ちてから……?」とトロくんが首を傾げるのを見て、遅れてリゼンさんが大声を上げた。

「日が落ちてから!! なるほどな!! そう言うのか!!」続けて僕の背中をバンバンと嬉しそうに叩く。

「あれ、リゼンさんには分かる?」背中の痛さに苦笑しつつ。

「『太陽』のことだろ!? そうか! やっぱり太陽は落ちるのか!!」


 リゼンさんはカーッとおじいちゃんみたいな声を上げてグラス(水)をカウンターに叩きつけた。続けて感慨深げにつぶやく。夢見る少女のようなうるめく眼差しで。


「本当にあるんだな……太陽……」

「あれ」そういえば奇妙だ。「リゼンさんは知ってるの? 『太陽』を」

「ああ。俺の記憶にはある。移植用人畜だった頃の診察医が教えてくれたんだ。というか、〝星紀の環境活動家〟大先生だな! 脱走するときにも見逃してくれた恩人だ!」


 また出た。〝星紀の環境活動家〟。

 彼女の手にかかった星は環宇宙政府によって完全な封鎖が行われ、どれだけの無辜の民がいようとも問答無用で焼き滅ぼされることになる。環宇宙政府を統べるただ一基のAI──〝環帯の中心リバーサル・キャット〟は資源の浪費を嫌う傾向にあるというのに、それでもなお凍結ではなく焼却を選択する。

 それほどの脅威。一切の容赦が許されない絶対的な悪。


「その先生と話したのは合計何時間くらい?」

「お、なんだ? 先生のことが気になんのか? 合計で言ったら一時間も話してないと思うぞ」

「そっか。良かった」


 リゼンさんはそういえばと目をかっぴらいた。


「そういえばグレロも神祖なんだったんだな!!」

「そういえばってお前よお」トロくんが呆れる。「グレロ様の寛大さに感謝せえよ」

「いや僕はそんな様付けされるような者じゃなくて……」

「聞かせてくれ! グレロの人生を!!」目を輝かせて顔を迫らせてくる。


「ええっ……初めての飲みの席で全部喋ったけど……」押しのけつつ苦言を呈す。「それで僕のことを気に入ってくれたって流れだったじゃん……」

「酒で全部忘れた!」

「そんな元気よく言い切ることじゃないよう」


 僕はしかたなく語り始めた。

 元は奴隷で、両親が蜂起計画に関わっていたことから革命思想に触れた。手始めに、生まれ育った鉱星で蜂起を成功させた。宇宙政府からの増援を捌くのにも限界があったので、最寄りの駐屯星に侵入して指導者層を暗殺した。そろそろ人員が不足してきていたから、星に駐屯していた兵士たちをそれとなく啓蒙して自分側に付けた。


「こういうことを繰り返してたら、大事になっちゃってた、みたいな……」


 リゼンさんは涙を流してカウンターを叩く。やりきれないと言った感じで。


「おい!! 焼却される星から逃してくれたその仲間たちは、どうなっちまったってんだよっ!」

「みんな死んじゃったね」


 胸がズキリと痛む。〝環帯の中心リバーサル・キャット〟が手ずから指揮した包囲網。その網から僕と数人の仲間を逃がすために、それ以外の二百万人が命を捧げた。だというのに今の僕はこんなザマだ。今のままでは彼らに顔向けできない。


「そうか。そりゃあ……グレロは死ねねえな」


 ──ん?


 つい見返す。リゼンさんは「なんだ?」と不思議そうな様子。


「いま、なんて?」僕はあくまできょとんとした風で尋ねた。実際にはどきどきと心臓が鳴っている。

「グレロ様は死ねねえんだなあ、って言ったが?」

「な……なに、その感想。僕の話を聞いて出てくるのがそれなの?」

「そんなに変か? もう投げだしたいくらいに背負ってるのに死ぬことだけは許されてないんだな。どうにもならないからがむしゃらにやるしかない。分かるぜ、その気持ち。俺もグレロ様と同じだ」


 僕がという側面を指摘した人はこれまでに片手で数えるほどしかいない。


「おいリゼン。神祖様を愚弄するのもたいがいにせえよ」トロくんは突然苛立ちを露わにする。「勝手に共感なんてしていい相手とちゃうわ。お前の境遇と比べていいもんでもない。数百万、数千万の命を背負っとんのやぞ。桁が違うわ。いくつ違う? 三つや四つじゃまだ足りんけど。わしがグレロ様やったら、酷く侮蔑された気分になるやろなあ!?」


「そっ、そこまで言わなくても……」

「いいや」リゼンさんはあちゃーと額に掌底を当てた。「ついやっちまった。悪い癖なんだグレロ、許してくれ」

「グレロ!」

「いいやグレロだ」

「ああん!?」


 オラつくトロくんをリゼンさんはにやりとしてからかう。トロくんの語気は聞いてる方が不安になるくらいに強いのだけど、この二人にとってはいつも通りのようだ。


「なあグレロ様、このシスコン殺してええで」


 呆れたイラつき顔でリゼンさんを指差すトロくん。苦笑だけ返しつつ、さっきの掛け合いを思い返す。『桁が違う』の下りから察するに……。

 リゼンさんなら聞いても許してくれるだろう。


「リゼンさんも殺してるんだね? 僕と同じように」

「殺す、だなんて自罰的な言い方は止めろ」


 リゼンさんは笑って僕の頭に手を置いた。そのままくしゃくしゃされる。


「わわあ僕のストレートボブがっ」

「こだわりあったんや」

「ま、そりゃ人間だからな。誰だって、誰かを犠牲にして生きてるさ」


 そう言い残して、リゼンさんは「外の空気を吸ってくる」と席を外した。


「リゼンはよお、ホンマもんのバカなんよ」トロくんはリゼンさんの背中を視線で追っていた。「ああ、アイツのこと考えるだけでバカらしなってくるわ」

「トロくんはリゼンさんと長いの?」

「まあまあな。とはいえ一線は引いとるよ」この子は冷やかすような笑い方をする。「あんまし近付くと死んでまうし」


 主張は理解できるけど、実際のところ友人相手にそうと割り切れる人は少ないだろう。天秤がちゃんと機能している、商人タイプにカテゴライズして良さそうだ。この手合は利害関係さえしっかりしていれば絶対に裏切らない。


「そういえば、僕から君に一つお願いごとがあるんだけど」

「ん? 神祖様のお願いならお安い御用やで。お金は取るけど。シャワー浴びて来るからちょっと待ってな……」

「違う違う」エプロンを脱ごうとするトロくんを慌てて止める。

「あら、ちゃうのん?」トロくんはツインテールの片方を抓んでくりくりと弄る。「残念やなあ」

「女装趣味じゃなくて、実際のところそうなんだ?」

「さあ? そうかも知れんし、ただの冗談かもしらん」

「強いなあ……」


 苦笑を浮かべればトロくんは指で唇に触れて妖艶に微笑んだ。


「あの、えっとね——狙撃銃を作ってほしいんだ」


 僕はスナイパーライフルの概念を説明した。トロくんは宙にイメージを想像しただろうか、腕を組んでぼんやりと見上げている。


「おもろいやん。腕の見せ所っちゅうことやな」


 ヴァリエさんがオートマを持っていてくれてよかった。雷管を利用できるから、狙撃銃を作るにあたって最も時間のかかる点を省略できる。国家周りの銃の技術力が高く維持されていたのは幸運だったと言える。

 ダルフォネさんは飛車足り得る才能の持ち主だ。これを歩と銀で武装させてミアさんを打ち貫く。


 ……?

 ミアさん……そうだ、ミアさん。僕が倒すべき人……だよね?

 なんだか記憶がおぼろげな。


「鋳造は本家の機械を勝手に借りるか。加工はわしがやったろう。質のいい鉄鋼の入手はお願いしたいところか……」

「あっ……そうだね。それについては今晩鹵獲してくるつもりだよ」

「ほな、よろしく。設計の方はやっとくわ。わしにまかしい」トロくんは片方のツインテールを抓んで唇の前に伸ばす。「この可愛い可愛いトロちゃんにな」

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