第7話 スチールエッジ
リゼンさん宅に僕らは招待された。この街には珍しい三階建てで、宿屋のような設え。
僕ら以外にも結構な数の人間が寝起きしている気配がある。
みんな早寝早起きなのでそれに従い、明くる日の朝に自己紹介の運びへ。ロビーらしきスペースにて、テーブルを除けて向かい合う。僕含め五人。
「ということで! 俺様こそが偉大なる〝星紀の冒険家の末裔〟、リゼン・ハウローだ!」
立ち上がって胸を張るのがリゼンさん。大きな口、大きな声、大きな素振りで話す人だ。うざったい水色のロン毛。髭がちょびっと伸びる。ダメージのあるベストにテンガロンハットが印象的。
「同じく〝星紀の冒険家の末裔〟! ウチのことはセララと呼んでください!」
並び立ってふたりでポーズを決める。帽子に指をかけるリゼンさんと、メガネを中指で上げるセララさん。二人とも渾身のキメ顔である。
長い水色の髪を三つ編みにして二房に分ける。フレームの大きな丸メガネに猫耳風の突起がデザインされたベレー帽。暖かそうなスカートで、上からコートも羽織っている。
肩と足首に猫が一匹ずつ絡まっていた。彼らのせいで僕は視界にセララさんが映るたびビクッと怯えなければならない。
「わたくしのことはダルフォネと、お呼びくださいね」
クスクスとお上品に笑うのが新顔のダルフォネさん。膝を揃えて行儀良く座る。
襟の詰まったブラウスを革のベストでピタッと締める。ショートパンツにウエスタンブーツで太ももが露わ。ふわふわと巻いたボリュームのある白髪を一つに留めている。
「こういう格好は落ち着かないな……」
自分のスカートを見下ろしているのがヴァリエさん。
ヴァリエさんは軍服から村娘ルックに召し替えていた。質素なワンピースを赤いコルセット──じゃなくて、外に着るのはボディスと言うらしい──に通す。膨らんだ袖口は手首できゅっと締める。銃と剣は、赤い大きなスカーフを腰から巻いて、気持ちだけ隠していた。
スカートを履かれてしまうとまったくもう少女にしか見えない。
「えっと……リゼンさんの仲間はこれで全部?」
最後。スマートなパーカーにカーゴパンツ、その上から無地のマントを羽織ったのが僕ことグレロ・ド・ルゼである。白黒髪の細い青年だ。二十代半ばはもう青年とか名乗れる歳じゃないかも……まだ気分は青年なのに……。
「あと一人いるんだがな! ヤツは俺とは距離を取ってるんだ!」リゼンさんは自信満々に胸を張って言う。
「それは嫌われてるってことじゃないのお……?」
「そんなことないですよ! ウチらの拳銃をメンテしてくれるのは彼だし、この──」セララさんは僕が返却した望遠鏡を取り出した。自慢げに前方に突き出す。「この望遠鏡だって、彼に頼んで作ってもらったんです!」
「お金を払ってですけれど、ね」のほほんとしたテンポで話すのがダルフォネさん。「ビジネスライク、ということ」
「ダルフォネさんは? ビジネスライク?」と尋ねれば微笑が返ってくる。
「わたくしは、ここのお部屋を借りています」ダルフォネさんは天井を見上げた。僕らも泊めてもらった上階の個室を意識しているのだろう。「その点で実利実益が、全く無いとは言い切れませんね」
「う、嘘でしょ……!?」セララさんが愕然としてよろめき椅子を倒した。「ウチら、そんな冷めた仲だったんですか!? あんなアツい夜を一緒に過ごした仲だっていうのに!!? ねえダルフォネさん!!」
「なっ、なんだとおおお!? ダルフォネお前ぇ!! いつの間に俺の妹に手を出したっていうんだああ!!」
拳銃に手をかけたヴァリエさんに手を差す。ステイ。よし。
「このように面白い方々でして」やんやと煩いふたりの境でダルフォネさんはほくほくと満足そうな様子。
つまりダルフォネさんはこの二人と一緒にいると楽しいからここにいるらしい。
「革命サークルの域を出ていないな……」
「まあまあ。どんな人材も使いようだよ」
「そのコメントもちょっと酷いが……なあ、グレロ・ド・ルゼ。やっぱり止めないか」ヴァリエさんが僕に一歩近づいて小声で言う。「この際仲間がいなくたってわたしと貴様でどうにかなりやしないか?」
「ヴァリエさんのことを信頼してないわけじゃないけど無理かな……」
数は多いに越したことがない、とまでは言わないけど、少なくとも二人では届かない。ミアさんに勝とうというなら、盤面の駒の数を増やすのは必須だ。
「……フッ」ヴァリエさんから出てきたのは自虐の乾いた笑いである。「まだ貴様に気を遣われるとはな。分かっている、わたしが貴様の信頼を得られるような活躍をした覚えはない。むしろ信頼できない理由しかないだろう。フフッ、わたしが貴様の力になれるだなんて大それた勘違いだったわけだ──」
地雷を踏んでしまったようでヴァリエさんまでヘラり始めてしまった。代わりにダルフォネさんが兄妹の頬をぷにと突いて鎮めてくれる。腕をクロスさせて。
「わたくしは、昨晩ご一緒していないので。いくつかお尋ねしても? 貴方様が新たな神祖、〝星紀の革命家〟様、その人である。と?」
「そうだね」頷いて返す。「改めまして、初めまして。グレロ・ド・ルゼっていいます」
「アダマイト家のお方すら、懐柔して味方にした、と」ダルフォネさんはヴァリエさんのことを言ったが、その視線は僕に向き続けていた。
ヴァリエさんは僅かにだけ顔を背けた。裏切った負い目は多少あるらしい。
「ヴァリエさんが付いてきてくれたんだよ」微笑んで言う。
「ご謙遜を」ダルフォネさんはクスクスと笑った。「神祖の方だと言うのなら、それすら可能なのでしょう、ね」
「おいおいグレロが神祖かなんてのはどうでもいいじゃねえかよ!」
「どうでもだなんて」ダルフォネさんはあらあらと目を逸らした。「わたくしたちの未来をお創りになる御方です、よ? ふさわしきご歓待の用意をばと」
「い、いや、そんなのは必要ないよ。僕はそこまで大した人間じゃないから」
「下手に謙遜するなよ、殺すぞ」
ドスの利いた声と共に肩に置かれたヴァリエさんの手。僕は細い悲鳴を上げて体を震わせた。
「なんにせよだ!」リゼンさんがドヤと胸に拳を着く。「これでついに頭数が揃った! 作戦を実行できる!」
リゼンさんは僕に協力してくれるらしいのだが、その前に一つだけ協力してほしい作戦があるのだという。セララさんが壁の黒板を裏返せば、作戦領域のマップと見張りの交代の時間が事細かに記されていた。
「名付けて!」セララさんはバンと黒板に書かれた作戦名を叩く。「『星を見に行こう!!』大作戦です!」
ヴァリエさんに表に連れ出された。
「本当に協力するつもりか?」
「え、協力しないわけないでしょ。凄く良いよこれ」
『星を見たい』。こういう素朴な目的こそ応援したくなるものである。
作戦を遂行するには戦力が足りないと悩んでいたところに、僕らが現れたらしい。
「これから陛下の首を獲りに行こうというのに目立つ真似をするつもりなのか……」ヴァリエさんはまだ悩んでいるようだ。「潜伏場所がバレたら全てが終わりなんだぞ? 二度目の脱獄はあり得ない」
ヴァリエさんの指摘に関して僕には一つ疑念がある。僕たちが王都から逃げ出して既に三日以上経過しているというのに、この街にはまだ捜査の手が及んでいない。所詮三十キロの世界で、三日かかって、なお。このことから分かるのは、ミアさんが僕の捕縛に本気でないという事実だ。僕なんかよりも優先すべきことがあるか……あるいは……。
脱獄して少し経って、やはり疑問に思い始めた。ミアさんの現在の行動は、僕のプロファイリングとは齟齬がある。そしてもしもそうならば——ヒントは既に示されているはずだ。ミアさんの発言をよく思い出せば分かるはず。
多分これこそが、僕の考えるべきこと。
「それと一応言っておくが、地下構造の侵入は簡単なものじゃない。市民が迷い込まないよう兵士が二十四時間体制で配置されているし、積極的に侵入しようとするなら彼らは躊躇なく殺す。わたしと貴様だけならともかく、あの兄妹を守り切れるか?」
「ううーん、でもさすがに、命の危険に関しては兄妹も承知の上じゃないのかな。起案者だし。問題はあの」僕はドアの向こうを意識して目をやる。「ダルフォネさんだね。ちょっと警戒されてるみたい」
「警戒? されているのか?」
「うん。間違いな——」
言いかけたところでドアが開き、セララさんとリゼンさんが出てきた。セララさんは店番に行くらしい。リゼンさんは「グラスの中に答えを探しに行く」とかなんとか言って消えた。僕も探したい。
二人が見えなくなるのを待ってから話を戻す。
「ダルフォネさんには警戒されてる、かなり。篭絡する必要があるね」
「貴様は一応この星において絶対の信仰対象のはずなんだが」
「もしかしたらそこから疑われてるのかも……」
「まあ……彼女が初めて見たお前の姿は、ベロベロに酔っぱらって、わたしに抱えられているところだったものな」
ヴァリエさんの冷ややかな視線に目を泳がせる。
「と、ともかく一回、二人で話してみるよ」
それならわたしは作戦領域の下見にいってくる、といってヴァリエさんも姿を消した。
「ふう……」
そろそろかな?
と思ったところ、ちょうど頭上でヒュンと矢音。
「あら?」
身を翻して矢を躱せば、建物の屋上からお上品な驚き声が聞こえてきた。
見れば、朝陽の大照明を背にダルフォネさんが見下ろしている。左手には金属製の弓。滑車が付いているのでコンパウンドボウというやつだ。曲面がツヤツヤと輝いている。
「わたくしに気付いていながらどうして、アダマイト様をよそにやられたので?」
「あのー」ドアを開けて半身を建物に隠しつつ見上げて尋ねる。「僕、そんなに嫌われるようなことしたかなあー。誤解があるなら解きたいんだけどー」
「誤解はありませんわー」伸びた声を真似してダルフォネさんは返す。「わたくしはただ友人を、むざむざ死地には行かせまい、としているだけですからー」
「そのためだけに僕に矢を!?」
「そうです」うふふと口元を隠して笑っている。
あっ……そこまで本気の人なんだ……。
脳内に「死」の文字が浮かび始めた。額に汗が浮かぶ。
「ど、どうしたら許してもらえるかなー?」
「死んでもらえればー」
「元も子もない!」
とはいえダルフォネさんのロジックはシンプルだ。
「えっと、じゃあ、僕が力を見せればいい!? よね!? どうかな!?」
要は僕がダルフォネさんのお眼鏡にかなう、「強い」人間であればいい。この人と一緒ならリゼンさんもセララさんも死ぬことは無いだろう、と思わせればいいはず。
「その提案には一利ありますね」ダルフォネさんは考える素振りをする。
意外に聞き分けが良い。良かった。
「なにかダルフォネさんが納得できる条件があるー?」
「では、わたくしと鬼ごっこをいたしましょう」
「鬼ごっこ?」
「はい。グレロ様が鬼。わたくしが子。制限時間はグレロ様が死ぬまで。ただ、十秒だけハンデをいただきます」
ダルフォネさんは僕を見下ろし微笑んでそう言った。
「え……」対して僕は眉をひそめる。
その条件は簡単すぎる。
「では、よろしくお願いいたします」言ってペコリ。
「え? あ、はい。よろしくお願いします」
こちらも頭を下げようとしたところ、音を裂いて矢が放たれた。咄嗟に半身を建物内に隠す。矢はカーブを描いて建物内まで入ってきた。危うく足を撃ち抜かれるところ。
「あ、ルール違反ですわ。十秒ハンデって言ったのに」
「えええ!?」再び顔を出して訴える。「これはノーカンでしょ!!」
「うふふ、そうですわよね」
言って、今度こそダルフォネさんは姿を消した。何か言いたかったのにすぐ消えられてしまった……。
「と、ともかく追いかけよう」
リゼンさん宅と向かいの建物との間は三メートル。三角飛びするには十分な距離。僕は壁を蹴って屋根の上に跳ね上がった。造作もない。
清々しく視界の開けた三階建ての上。球形の空がよく見える。
見渡せば逃げていく影が一つあった。コロニーの底の方角へ向かって屋根の上を跳ねていく。距離三十メートル。
「じゃあ行くよー!」
足に力を入れて跳ね飛んだ。十メートルくらいなら一息に——。
「!?」
瞬間、矢が飛んできたので慌てて回避行動をとった。ブーメランかと見紛う鋭いカーブを描いた射撃。
改めて向こうを見やれば、ダルフォネさんはなんと僕の方を向きながら——進行方向に背を向けながら——屋根間を身軽にパルクールしていた。スチールエッジの街並みはほとんどが一階建てとはいえ、彼らの骨強度だと頭から落ちたら死ねる高さのはずだ。
「なるほど自信があるんだ。でも……」
僕は改めて足に力を入れた。ぐいと視界が後方に向かって伸びる。一足のうちに通りを一つ飛び越えた。耳元を掠める風が気持ちいい。
「悪いけど、僕にこの星は軽すぎるからねっ!」
風を切って飛んできた矢を片手で飛び越えて、そのままムーンサルトで屋根間の溝も飛び越えてしまう。
矢を躱しながらでも僕はダルフォネさんより圧倒的に早い。距離は見る見る間に詰まっていく。もう十メートル少し。
というか距離が詰まらなくともダルフォネさんはいずれ詰む。なにせダルフォネさんの進行方向には——正しく〝スチールエッジ〟——この街に隣した「壁」があるのだから。
ダルフォネさんはもう数メートルで筒の底たる断崖絶壁に激突してしまう。
「ここまでだよ!」
最後の矢を手の平で受けつつ突っ込んだ。
「いいえ!」
掴む手は僅かにダルフォネさんの服を掠める。
「えっ——」
見上げれば、ダルフォネさんはメカニカルな弓を左手に握ったまま、右袖の内からワイヤーを伸ばしていた。巻き取られていくワイヤーの先端には製鉄の矢があり、その先端には矢じりでなくピッケルのような引っかける形の突起がある。
「ワイヤーと、アンカー……?」
鋼鉄の壁面には、なるほど確かに溝や突起が走っていて、それは人が入り込むのも可能なスペースだった。溝から溝までは三メートルくらいか。僕ならギリギリ素手でもクライミングできる距離だろう。
ダルフォネさんは十メートル上方の足場から僕を見下ろした。大照明を背に影を落とす。
頬を紅潮させて。
「うふふふふ。楽しい。楽しいですわ、グレロ様」
「えええー……。えっと、殺そうとしてるんだよね? 僕のこと」
スリリングな状況に興奮するのは分かる。それならいい。
「していますわ。血が騒ぐのを感じます」
「一応確認するんだけどさ。人を殺そうとしたら、自分も殺されるかもしれないって分かってる? いや、しないけどね。しないけどさ。でももしかしたら、激昂した僕が感情のままに君を殴り殺す……そんな可能性だってあるよね? それを理解したうえで、まだそう言える? 楽しいって気持ちでいられる?」
ダルフォネさんは屈託のない笑みを輝かせた。
「はい! 理解しています!」
それでも元気よく答える彼女は違う。殺し殺されに適正がある人だ。
ああ。
それならなおいい……!
「よおーし、分かった!」僕も笑いかける。「君が僕に無いものを持ってるタイプの人材だってことがね! 絶対に捕まえてあげるよ!」
「まあまあ、お気持ち嬉しいですわ! 貴方が本物の神祖様ならば、あるいはできるかもしれません、ね!」
「もちろん僕は正真正銘、〝星紀の革命家〟!」
「そしてわたくしは〝星紀のスナイパーの末裔〟!」ダルフォネさんは心底楽しそうな様子で新たな矢を番えた。「たまには人を撃たなくちゃ、始祖様の名が廃ります、わ!」
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