Scene3 驚天動地のスナイパー

第6話 〝星紀の冒険家の末裔〟?

 先行して林道を進む軍服の女性──ヴァリエさんがこちらに振り返って言う。


「しかし、貴様はどうやってこの星の脱出を果たすつもりなんだ? 陛下を倒せたとてそう易々と叶いはしないだろう」

「脱獄自体はミアさんさえ倒せれば簡単だよ?」

「なん……だと?」ミアさんが固まる。


 あれ、変なことを言ったつもりは無かったんだけど。そんなに難しく思われてたのか。


「星間を移動する方法など、わたしには検討もつかないんだが」

「えっとね……まず、この星は恒星から離れている以上、エネルギー源がない。定期的に環宇宙政府からの補給があるはずなんだ」

「ああ、あるな……」


 聞けばヴァリエさんは実際のところ補給を管理することもあったらしい。


「だがあれはただの箱だぞ、我々に理解できるレベルのものだ。星間の距離なんてよく分からないが……あれでできる気はしないな」

「重要なのは、その船がやってきた瞬間には、星間をワープする機能がついてたってこと。これは確実だよね?」

「それはそうだろう。それはそれで自立して戻るんじゃないのか」

「つまり! ワープしてきた瞬間を待ち構えて鹵獲すれば、その機能を手に入れることができるってこと!」

「なるほど……?」


「つまり僕らは宇宙に出るだけでいいんだ……」僕は腕を組んでしたり顔で頷く。「十万人もいるんだから、みんなで考えれば十年くらいで達成できるはずだよ」

「いや、いや待て。やはりおかしいだろう」まだ何かあるらしい。「宇宙を航行するのと、宇宙に突如現れた船を捕まえるのは、難しさの次元が違うんじゃないか?」

「でもできるにはできるよね? ならできるよ!」

「は?」


 何言ってんだコイツという目を向けられる。なんでえ……? できるならできるじゃん……。





 ということで、次の目標はこの星の反抗勢力との合流だ。ミアさんを倒すにあたって、この星での革命に一日の長がある彼らと協力しない手はない。

 コロニーを筒に見立てて上から三分の一くらいの場所に王都があるのだけど、僕たちはこれとは反対側の方向へ移動していった。

 森を抜けて、仰ぎ見て、思わず声が出る。


「おおー……」


 世界の果てには遥か直上五キロにわたって鋼鉄の断崖絶壁が聳えていた。筒と見立てたときの「底」である。単純な数字の情報よりも、実際に見たときの圧迫感が桁違いだった。見上げればその頂上は遥か彼方で霞んでいる。

 壁の表面は単なるフラットな鋼鉄ではないようだ。細かな溝や突起の他、幾本もの亀裂が等間隔に走っている。細かなと言っても、近くてみれば入り込めるほどのスペースだろうけど。

 ひときわ大きな亀裂が放射状に広がっていた。カメラのシャッターみたいだ。駆動するのかな? まさか直接宇宙空間に繋がってるとは思わないけど。


 森を抜けてすぐのところから壁際まで町が広がっていた。王都——エネルギッシュで色鮮やかな都市——とは違い、ほこりっぽくくすんだ雰囲気だ。西部劇の舞台っぽい。でも風はあまり吹かないから、唐草は転がってこないかな。

 町の入口には粗雑な木製のアーチが建っている。錆びかけた鉄板に〝スチールエッジ〟と刻まれていた。


「ここは惑星の構造上、ゴミやチリが集まりやすい場所でな」アーチを潜りながらヴァリエさんが言う。「こういうところにはアウトローが集まる。そういうものだろう?」

「そうだね。でも、そういうところは行政の手で潰されるのが常、だとも思うかな」

「国営にはこういうクッションのような場所が必要だとわたしは習ってきたが」

「わお……流石に万年続いた国家運営は違うね……」


 路地に入ってみると猫がいた。反射的に身震い、全身を鳥肌が覆う。固まる僕を余所に、猫は人懐っこく尻尾を絡めてきた。僕は怯えながらも優しく力を加えて猫を押しのける。でも離れてくれない。絶望とはかくも容易く人を襲うものである……。

 森には鳥もいたし、小動物くらいまでなら生息しているようだ。馬や牛とかになると面積が足りないだろうけど。


「まだわたしの立場は使えるようだ」人と話していたヴァリエさんが戻ってきた。「多少聞き込めばすぐに見つけ出せるだろう」

「僕ちょっと見て回ってていいかな。この星の景色に興味があって」

「そういうものなのか?」ヴァリエさんはちょっとだけ不思議そうにしたのち、軽く微笑んだ。「それなら当然、構わない。一時間後に合流しよう」


 人の姿はぱらぱらと。みな西部劇のような格好だ。道の脇には使い古された荷車や錆びた金属の部品が積み上げられている。

 猫が足を止めたのは、他よりも幾分しっかりして見える建物の前だった。壁には朽ちかけた木の看板には、かろうじて「店」と読める文字が彫られている。

 猫は尻尾を一振りして店の中へ消えていった。後を追って暖簾をくぐる。


「すみませーん」


 中はほこりを被った雑多な倉庫だった——訂正——前後左右にガラクタの積み上がった、一応のところ店のような体裁の倉庫だった。やっぱり倉庫じゃん。

 奥にカウンターがあって、そこに店番と思しき女性が一人。座って、猫に顔をうずめている。


「すうー、すうー……ふふ。さいこう……」


 浅瀬のような水色、あるいは緑色をした髪の女性だ。脇に眼鏡が置いてある。

 初見では理解不能な光景だった。ワンテンポ遅れて、この星では猫が忌み嫌われる存在では無いことを思い出す。犬とかと同じ扱いなら、なるほど、こういう趣向の人もいるか……僕には無理だけど……。


「あのおー」

「——!?」


 軽く十匹を越える猫に埋もれていた女性は、僕の存在に気付くと同時に猫の全てを弾き飛ばし、同時にリボルバーを抜いてバキュンと発砲した。咄嗟に屈まなきゃ死んでた。掠めた後ろ髪が焼け散る感覚がある。


「えっ……え?」慌てて近くの棚の陰に隠れる。「ええ!? 今僕のこと撃った!!?」

「う、ううっ、撃ちましたけどお!? なにかあ!?」女性ははあはあと息を切らしつつ、ガチャガチャと慌てた様子で眼鏡をかけた。「あなたを撃ち殺せばウチの痴態は無かったことになりますからねえ! ここでっ、死んでもらいますよおおっ!」


 次の弾がピチュンと跳ねて車輪なり家具なりの山が崩れる。危うく下敷きになるところ。


「あわわ」


 慌ててお店を飛び出た。怯えながら逃げ去っていく。


「な、なんだったの今の……」その道中。「ん?」


 フードの中で揺れる物体に気付いて取り出した。筒状の物体。さっきの拍子に入ってしまったらしい。細い方のレンズは凹、広い方のレンズは凸。腹のところが伸縮節になっていてスルスルと伸ばせる。


「望遠鏡だ」覗き込めばかなりの拡大率である。天体観測に使うレベルのものだろう。「とはいえ……過剰な性能だけど」


 仰ぎ見ればどこまでも地上が続いている。白く眩い照明部を除けば、あまねく全ての区画は床面である。

 このコロニーには、「窓」にあたる部分が無かった。

 つまり、星は見えないはずだ。





 ヴァリエさんと合流して、この街の反抗勢力の頭目と思しき人間に会いに行くことになった。照明は日暮れどきの橙色に染まっていて、ヴァリエさんのオレンジの巻き毛は溶け込むように映えている。ポンと手を置いて撫でる。


「は?」

「あ、ごめん」


 睨まれたので慌てて手を退けた。まだ睨んでくる。でも下から睨まれてる分にはチワワみたいな印象であまり怖くない。見下されているときとは圧が全然違う。

 星紀の傭兵の血を引いているという割には、ヴァリエさんの身長は150センチくらいとかなり小さかった(荷重環境で育った影響が少なからずあるだろう)。僕とは20センチ以上差があって、なんかこう、手を置きやすい高さなのだ。置きたくなっちゃったので置いちゃった。言ったらもっと怒られそうだから言わないけど。

 ジロジロ睨まれるのを下手な口笛で躱しているうちに目的地に着く。


「ここだな」


 扉を押し開ければ、鼻をつくのは埃とアルコールの匂い。カウンターの奥にある小さなランプと天井から吊るされた裸電球がぼんやりと光っている。

 目を回せば、店内には十人ほどの客がいた。頭髪を剃り込んだ強面の男、リボルバーをテーブルの上に置いたまま酒を飲んでいる女。彼らはそれぞれこちらを見たが、すぐに興味を失ってまた酒を煽る。カランカランと鳴る氷の音が脳髄を揺らす。


 一人、歓喜に打ち震えて目を輝かせる男がいた。僕である。


「お酒あるんだ……!」なんならアル中の震えが出てたかもしれない。

「歴代の神祖は例外なく酒が好きだったと聞いている」 ヴァリエさんは困惑気味に解説してくれる。「蒸留に関しては惜しみない知識が下ろされたらしい。例えば今飲まれているあれは五十年ものだな」

「ごっ……五十年!!?」驚愕に詰めよればヴァリエさんは若干引き気味で顔を引く。

「あっちには百年ものもあるが……」

「えええええ!!?」僕は頭を抱えつつ歓喜の声を上げた。「ちょっと待ってよ! このコロニーお酒好きにとっちゃあ最高の星じゃん!!」

「酒なんて堕落の象徴のような存在だと思うんだが。あと百年はもうただの木だぞ。木。樽の香りとか言うレベルじゃない」

「飲んでいいの!? いいよねえ!! お金貸してくれるよね!!?」

「あ、後でな。貴様がそんなに楽しそうなところは初めて見たよ……」


 一角だけやけに騒がしいテーブルがあった(僕とは別に)。見れば無精ひげの男性が一人。歳は三十前後。折り重なった水色の髪はしばらく放置されていたようで、不格好にボリュームが多い。大げさに腕を振り上げて何かを語っている。


「アイツだな」


 話に聞けば彼の名前はリゼン。自称〝星紀の冒険家の末裔〟らしいのだけど、〝星紀の冒険家〟が投獄された記録は無いという。まあそもそも「冒険家」って言葉に犯罪者感が無い。


「いいかお前らぁ!」舌足らず。既にかなり飲んでいるようだ。「俺様は神王になんて屈しなぁい! いつか絶対に神王を下して、この星を出ていくんだ……俺のこの情熱はなぁ……水をかけても砂をかけても消えねえんだよおっ……!」


 彼の周囲にいる男たちは、みな曖昧な笑みを浮かべ、「お、おう……」と困ったように相槌を打っていた。リゼンさんはグラスを掲げ得意気に笑う。


「いいやぁあ違う! 俺様はなあ、計画を立ててんだよ、王国に一矢報いるための計画をなあ。あの銅像全部俺たちの顔に造り直したくねえか? お前らも協力するだろ? ほらほら——」

「おい、リゼン」カウンターの奥から、店主らしき初老の男が声を上げた。ヴァリエさんの軍服にちらりと目をやってから、すっぱい声をかける。「くだらねえ話で客を困らせてんじゃねえ」

「くだらないとはなんだあ!? これはあの王城をぶっ壊すための——」

「はいはい。飲むなら静かに飲め。酔っ払ってるなら帰れ」


 店主に心配されていることも露知らず、リゼンさんは「まったく、高尚すぎたか」と首を振ってグラスを傾けた。


「やる気あるみたいじゃん。いいねいいね」

「士気はあるようだが」ヴァリエさんは困った様子で腕を組んでいた。「頼りになるかは疑問が残りそうだな」

「じゃあ声かけてくるね!」


 件の席に近付いていく。「こんにちは〜」と声を掛ければ「おう!」と手が上がる。


「見ねえ顔だな! 脱走か? おうおういいなあ反体制的で好感度上がるぜ」


 勝手に好感度を上げたリゼンさんは揺れるままにしなだれかかってきて(びっくりした)、僕はそのまま彼の隣に着けられた。腕を回され酒臭い顔を寄せられる。出鼻をくじかれちゃった……。


「俺に用があんのかぁ?」

「興味はあるね。だって〝星紀の冒険家の末裔〟なんでしょ? 他に聞かないから」


 言えばリゼンさんの目がキラッと輝く。


「おうともよ! 俺様こそが〝星紀の冒険家の末裔〟であるところのリゼン様だ! 俺様に踏み越せない障害はねえってことだな!」

「なあ兄ちゃん」脇にいた他の客が汗を浮かべて訴える。「ソイツはただの馬鹿なんだ、た、頼む。許してやってくんねえか」


 頭まで下げられた。僕はヴァリエさんの部下か何かだと思われているらしい。


「い、いや、そんなんじゃないんだけど……」リゼンさんが擦り付けてくる顎髭が不快なので押し剥がしつつ。

「なあ〜ぼくくんは聞いてくれるだろ? 俺様ちゃんの計画をよお〜。むちゅう〜」

「そ、それは気になるんだけどっ、ちょ、ちゅーしないでっ!」

「なあ頼むよ……こんなボケのアホでも居なくなると寂しいもんなんだよ……」脇の男性は泣いて懇願し始める。

「いやだから違うんだよね。安心して──」

「ぼくくん力強いじゃないの〜でも俺様ちゃんだって負ーけない!」


 突如バンッと大きな音を立てて店の扉が開放された。両手で勢い良く押し開いて入ってきたのはベレー帽の女性だ。水色の髪を三つ編みに、メガネのレンズは丸い。


「お兄ちゃんっ!!」入場すると同時に、誰にともかけず大声で呼びかける。「ヤバいよお兄ちゃんっ!! 軍の奴らが監査に来てるんだって!! みんなを隠さなきゃ──」


 女性は彼女自身と似た色の髪をした人間──リゼンさん──を見つけると同時に、その腕に抱きつかれている僕も視界に映した。驚愕に目を見開き、力強く指差してくる。


「あああ!! あ、あなたはウチのっ!! ウチの痴態をっ!」

「あ、ああ……。さっきの……」よく見れば先ほど猫を吸っていた女性だ。

「ウチの痴態を露わにしたどころか、かけがえのない大事なものまで盗んでいった、ハイエナさんじゃないですかああっ!」


「ああ?」リゼンさんの声がドッと地に落ちる。「おいおいおい、誰がなんだって? このぼくくんが? いや、このクソガキが? 目に入れても痛くない俺の妹を欲望のままに襲っただって?」

「信じてもらえないかもしれないけどさ……こいつらホントにただの馬鹿なんだよ……。馬鹿も一周回れば愛おしくなってくるもんでさ……」

「あのー……そっちの話ばっかりしてないで——」


『ダンダンダンッ————!!』


 銃声は三連続で。銃口は下に向いている。


「次にわたしの許可なく喋ったやつは殺す」


 慈悲深きヴァリエさんが助け舟を出してくれた。なるほどこれはチワワなどに収まる器ではない。


「ヴァリエさん、ありが──」言いかけたところで耳元を銃弾がかすめる。

「両手を上げて膝を着け」


 恐怖に震えながら指示に従えばヴァリエさんは僕の頭にポンと軽く手を置いた。怖くて目を上げられない。


「なるほど良い気分だ」


 声がぜんぜん楽しそうじゃないんだけど……。


「ごっ、ごめんな──」

「わたしがいつ発言を許可した?」


 僕は命を繋ぐため低頭(物理)の限りを尽くした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る