第28話

「それがまさかお前を苦しめることになるなんて… いや、わかっていたんだ。俺は滝人に蒼人が自分のせいで葵が死んだと思っていると聞いていた。それでも、言えなかったんだ。お前の母さんは、俺のせいで死んだんだ、なんてどうやって言えばよかった? 俺は怖かった。お前に嫌われるのが怖かった。お前に葵の血が流れているからじゃない。お前が俺の息子だからだ。子どもに嫌われたい親なんて、どこにもいない。でも、それがお前を傷つけていたんだな。ごめん、蒼人、すまなかった」

 父は涙を流しながら、深く頭を垂れた。

「嫌いになんて、ならないよ、父さん」

「でも、お前はずっと気に病んでいたはずだ。俺がちゃんとしていれば、ちゃんと葵が死んだ理由を話しておけば…」

「…父さんは、母さんがいなくなって寂しくないの?」

 父は顔をあげ、照れたように笑った。

「寂しくなんてない。体がなくなっても、葵の心はずっとそばにあるって信じている。それに、いつかまたきっと会える。その時に蒼人と滝人を立派に社会に送り出しておかないと、葵に叱られてしまうだろう? お前たちがいる。寂しくなんてないよ」

 父の温かい言葉も、耳になかなか入ってこない。

 蒼人は父の話を聞いて、頭が爆発しそうだった。

 母が死んだことは自分のせいじゃない。しかしそれ以上に、いろんなことが衝撃的だった。

「…母さんは、俺がお腹にできた時に、感染したの?」

「そうだ」

「でも、母さんは、ちゃんと予防接種もしていたんだよね?」

「ああ、一年に一度、必ず受けていた」

「それでも、感染したんだね」

「…まぁ、避妊に失敗…いやっ、蒼人が失敗の産物だなんて思っていないぞ!」

「一回だけで、感染したんだ。それだけで、感染するんだ…」

 蒼人にとって、それはただの男女の秘め事ではすまされない。

 気の早いことだが、もしも唯華と恋人にでもなったら。

「でもな、ちゃんと予防接種を受けていれば、感染することは稀だっていう話だ」

「その稀な例が、俺の母さんだったんだ。だから、おばあちゃんもあんなこと言ったんだ」

 ヴァンピールは覚悟がないと。

 祖母は、きっとこんな風に続けたかった。

 人を愛してはいけない。

 愛する人を、殺すことになるかもしれないから。

 蒼人の父がそうだったから。

 蒼人も同じ思いをするかもしれない。

「父さん、俺、好きな人がいるんだ。でも、好きでいちゃだめなのかな」

 父と母を恨むわけじゃない。

 でも、叶うならば、ヴァンピールになどなりたくはなかった。

 母の死の真実を知って、蒼人はこれから誰かを愛することができるのか。相手がヴァンピールならば安心できるかもしれない。でも、安心できる人に恋をするとは限らない。

 唯華への恋が、最初で最後の恋になる。

 その予感だけが胸に残った。


 雨が降っていた。まるでバケツをひっくり返したような雨が、朝から続いている。

 蒼人は傘を持っていたが、それを開かなければ雨に濡れ続けるということにも気がつかない。

 信じたくない。

 父が病気だったせいで、母が死んだなんて。

 それと同じように、唯華が死ぬかもしれないなんて。

 嘘だ、そんなのは嘘だ。

 自分が唯華を死なせるなんて。

 頬に水が流れる。それが涙なのか雨粒なのか、自分でもわからない。

 唯華。不器用で、ツンツンしていて、それでもとっても優しい女の子。

 そばにいたら、きっと蒼人は唯華を危険にさらす。

 蒼人は全身を雨に打たれ、言葉にならない叫びをあげる。それは嗚咽のようだった。

 蒼人は息を切らしながら、たった一言を呟いた。

 呟いて、終わりにしよう。ただの友達になろう。大丈夫、ふたりは、まだ何も始ってはいないのだから。友達としての関係でも、十分だから。

 それがいい。それでいい。

 父の話を聞いた後だ。そうするのが、一番いい方法に思えた。唯華から離れなければならない。ヴァンピールが、普通の人に恋などしなければよかったのだ。

 空を見上げると、激しい雨粒が顔を打つ。雨の勢いはいよいよひどく、遠くで雷が鳴っていた。

 蒼人の声は、雨の音に消されてしまった。

 誰の耳にも届かなかっただろう。

 自分の耳にさえ、届かなかったのだから。

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