第23話
「唯華ちゃ~ん、今日帰りに冬明堂に寄っていかない?」
と、佳奈子が胸の前で手を組んで可愛らしくお願いのポーズをするものだから、唯華は財布の中身を思い出し、すぐにいいよと返事をした。昼休みに早退した蒼人は、病院で輸血を受けている頃だろうか。
なぜか聡一郎は一緒に行きたがったが、佳奈子が「ガールズトークは男子禁制!」なんて言い出すものだから、聡一郎は落ち込んで一人で帰っていった。蒼人はガールズトークに混ざったのに、ちょっと納得いかないよね。
放課後に佳奈子と二人で冬明堂に入り、苺のタルトセットを注文した。デビルズパフェはさすがに学生の懐には厳しい。蒼人が二人にデビルズパフェをおごることができたのは、月に五万円ものお小遣いを貰っているからだ。唯華だってひと月に五万円を振り込んでもらっているが、それは生活費込みでその金額であり、お小遣いとして使えるお金はそれほど多くなかった。
唯華はただの高校生のお小遣いに五万円も寄こす彼の親に驚いている。だが蒼人がそれを良しとして散財する姿を見たことがない。できる限り出費を抑えるために高校生らしく限られた資源を活用してゲームや音楽、映画などを楽しんでいるのだ。彼のその姿勢は何かに抵抗しているようにも思える。
「あ~、パフェのほうがよかったかも」
運ばれてきた苺タルトをつつきながら佳奈子はぼやいた。
唯華はセットのアイスティーをすすりながら、佳奈子の様子をうかがった。佳奈子がこんなふうに話をすることを前提に二人きりになることは、滅多にない。
タルトを半分食べて、佳奈子はようやく本題に入った。
「単刀直入に聞いちゃうけど、唯華ちゃんて蒼人君のこと好きなの?」
「げふっ」
アイスティーを飲み込み間違って、唯華は盛大にむせた。佳奈子の質問はあまりに単刀直入だ。
「なに、急に?」
「だってさ、お昼に呼ばれたのも蒼人君がらみでしょ、なにがあったか知らないけどあんなに急いじゃって。それに最近、唯華ちゃん楽しそうだよ」
「前と同じだと思うけど…」
「そんなことないよ~。なんか楽しそうで可愛いし。クラスの男の子たちが、最近小野寺さんて可愛くねぇ? って言ってたもん」
唯華は「ふーん」としか言いようがなかった。佳奈子はニヤニヤ笑って、身を乗り出してきた。
「実際はどうなの? 親友に教えちゃってよ」
親友という言葉が嬉しくて心臓がドキドキ鳴ったが、それは意識しないようにした。
「…蒼人は嫌いじゃないよ。でもどんな好きかはわからない」
そういえば蒼人は、唯華を女の子としてみている。唯華はそれを知っている。じゃあ昼間のあれは、なんて大胆な行為だ、神田蒼人。
「むぅ、じゃあ、質問変えるね。唯華ちゃん、蒼人君といたら楽しい?」
その質問には、素直に頷いた。
「前はひとりでいると寂しかったけど、蒼人がいると寂しくないよ。話してると楽しい」
「そっか、それならよかった。蒼人君、ちゃんと役に立ってるんだ」
佳奈子はほっとした表情を浮かべた。
「私ね、唯華ちゃんの親友とか言ってるくせに、唯華ちゃんのそばにいることはあんまりできなかったから蒼人君にはけっこう感謝してるんだ」
佳奈子はタルトを一口食べて、続けた。
「ずっと唯華ちゃんのそばにいることは、私にはできないから。寂しいときになにもしてあげられないのはちょっと悔しいけど、唯華ちゃんが楽しいなら、よかった」
佳奈子は急に泣きそうな顔になって俯いたが、すぐに元気な表情を取り戻して笑った。
「で、結局恋なの?」
またこのチェシャ猫は。話すまで帰らせないつもりがみえみえだが、唯華が自分の気持ちがよくわからないので話せることなどない。
蒼人の気持ちを語ることはできそうだが、こんなところで話題にされるのは不本意であろうから、会話のタネにするのはよしておこう。
唯華は黙って紅茶をすすった。
☆
輸血を受けた後、体調はすぐに回復した。すこぶる快調である。冬明堂で滝人にケーキを買ってもらって帰ると、小野寺家の前で聡一郎が泣きそうな表情で体育すわりをしていた。人様の家の前でなにをやっているんだろう。
蒼人が車から降りたのが見えたか、聡一郎が叫んだ。
「寂しかったーっ!」
「なんだよお前、彼女はどうした? 存在忘れてない? それに唯華とかなちゃんはどこにいったの?」
「二人は俺を仲間はずれにして、冬明堂でガールズトーク中」
「え、俺も冬明堂に行って来たんだけど」
冬明堂はケーキの販売と飲食のスペースは完全に分かれている。二人がいたとは気づけるはずもない。
蒼人は唯華から合鍵を貰っているので、人目につかないようにこっそり家の中にはいった。
リビングでチョコレートケーキを食べると、聡一郎は一気に機嫌を直した。聡一郎も甘いものが好きなのだ。
とくにやることもないので、二人きりでゲームをすることになった。勉強しようよ、といつもならみんなの将来を憂えてくれる唯華はいない。
「具合どうよ?」
ものすごいスピードでコントローラを操りながら、聡一郎が呟いた。
「もう平気だよ。心配かけたな」
「まったくだ。お昼に佳奈子ちゃん仲間はずれにしたせいで怒らせちゃうしさ。あー、寂しい」
たしかに男二人では華がない。せめて佳奈子がいれば違うのだろうに。その佳奈子は昼休みに三人がのけ者にしたせいで機嫌を損ね、唯華を独り占めしている。
「俺の顔だって華はあるだろ~」
冗談だが、聡一郎は本気で嫌そうに顔をしかめた。聡一郎は中学生の頃に蒼人との関係を、腐女子に変に解釈されたときからボーイズラブなどに拒否反応を起こすようになってしまった。気持ちはわかる。
「本気で引くなって。冗談だよ」
「俺は女が大好きだ!」
恐い顔で聡一郎は叫んだ。必殺技が出て、テレビ画面の中で蒼人が操っていたプレーヤーが倒されてしまった。
「わかってるから、そんな堂々と胸を張って言わなくていいよ。俺も女の子が好きだから」
聡一郎の前ではもうあまりこんなことを言わないほうがいいかなと反省しながら、なんとか聡一郎をなだめる。
「ところでさ、お前最近唯華ちゃんとはどうなの」
聡一郎は若干不機嫌な調子で、唐突に切り出した。彼にとっては精一杯の攻撃だろう。しかし蒼人にそんなものは効かない。
「なんだよ、急に。なんにもないよ」
胸にキスはしたけれど。
それは心にしまって、何度この手の話をさせるつもりかと呆れてみる。ボーイズトークなんてこんなもんだ。
「早くなんか進展してくれよ。俺は将来、赤血球捕食細菌による後天性赤血球欠乏性貧血を架空の病気としてお前たちの恋愛小説を書いて、映画化、アニメ化、漫画化してがっぽり儲ける予定なんだから」
「じゃあアニメ化したら、冒頭の俺が唯華のパンツを見てしまうシーンは角度でどうにかほかの男に見えないようにしてくれよ」
「パンツ見ちゃった? 詳しく描写しなくちゃならないから、唯華ちゃんの下着の様子を詳しく教えてくれ。けしてやましい気持ちじゃないぞ、小説のためなんだ」
「教えるわけないじゃん。あれは俺の心のなかにずっとしまっておいて、その記憶は生涯の宝にするんだから」
「ケチ。小説のためだって言ってるのに」
「男の子の欲望丸出しやめて。それに俺のこと小説にしたら、協会からむちゃくちゃ怒られるから。だいたい唯華の承諾なくて小説とかアニメとか無理だろう」
「蒼人は承諾すんのか」
「その代わり、俺は聡一郎と彼女の恋愛小説を書いてやるよ。聡一郎、彼女とはうまくいってるのか」
これは意地悪すぎたか、聡一郎はいきなり涙目になってしまって、コントローラーを操作しつつ言った。
「もうそこまでいったらもう無理なんじゃないっていうくらい、もう無理っぽいよ…どうすればいいと思う?」
「前の恋が幼稚園の時の先生っていう俺にそういうこと聞く? アドバイスなんてできるわけないだろ」
「そうなんだよな、お前なんでその顔で恋愛経験少ないんだよ。まったく無駄な美形だな。その顔で少しは親友の役に立ってみろよ!」
なぜ怒られているのかは理解できないが、聡一郎がなにやら大変なことになっているということはよくわかったので、反論はしてやらない。
「なんなんだろう。俺は彼女がいて、蒼人より格上のはずなのにこの敗北感はどういうわけ? くそぉ、小説の蒼人君はイケメンでも女の子を弄んで高笑いするようなひでぇ奴にしてやる」
「それじゃ蒼人君はすぐに唯華ちゃんに振られちゃうぞ」
「そこは新たなヒーローを登場させればいいじゃんか」
しばらく聡一郎の愚痴を聞きながらゲームを続けていたが、聡一郎が思い出したように言った。
「そういえば、叔母さんの墓参り、そろそろか?」
聡一郎のいう叔母さんとは、蒼人の母のことだ。もうすぐ月命日になる。蒼人は必ず月命日には墓参りに行くが、その他は盆と彼岸以外には行かないことにしている。
「一緒に行くか?」
軽い調子で彼は言ったが、蒼人はそれを断ることにした。
「そろそろ唯華に言っておきたくなったからさ、唯華についてきてもらいたいとは思ってるんだけど。もっと後で言っても、変な感じになるし」
ふとした時に母親がいないことがわかると、友達となぜだかよそよそしい関係になってしまう。ただの友達ならばあまり気にすることはないが、唯華に変な遠慮をしてほしくない。
こういうことは、蒼人から言ってしまうに限る。
さあ、どうやって誘おう。
唯華の母がやって来たその日、蒼人は重大なことを暴露してしまったかもしれず、いったいどのくらいの情報が彼女に伝わっているのかはまだ教えてもらっていない。蒼人の気持ちに気づいていれば唯華からなんらかの動きがあってもいいはずだ。それなのに唯華はなにも話さず、いつもと同じような調子で過ごしている。蒼人の反応を見て楽しんでさえいるようなのだ。しかも今日の蒼人を救わんとする行動。蒼人の気持ちをわかった上でやったのならば、唯華はやはり超悪女だ。
聡一郎に相談してみようか。
きっとさっきのお返しがくるだろうから、とりあえずなにも言わないで、不慣れなゲームでは聡一郎に負けつづけた。
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