第12話
ヴァンピール保護協会の本部は現在世界保健機関に属しており、支部は世界中の大きな都市には必ず存在する。しかし、大々的に看板を上げるわけにはいかないので、その都市で一番大きな病院の中に設置されている。隠れ蓑の意味もあるが、利便性も考えられてのことだった。いちいち支部を通して輸血やその他様々な書類手続きを行ってからでないと輸血も薬の受け渡しもできないことになっているが、支部が病院内にあればそれがすぐに済むのだ。
だが、支部があるということは、すべてのヴァンピール用の設備がそこに集結しているということだ。蒼人が連行された大学付属病院の地下にはヴァンピールのための応接室もあった。
応接室といっても、よく刑事ドラマで見られるようなコンクリートの部屋はまるで取調室のようだ。
そんな狭い応接室に蒼人は通された。協会員は目でパイプ椅子を示したので、それに座る。地下のため、蛍光灯が必要以上に灯されているが、妙に薄暗いような気がした。窓がないせいだろうか。普段と違う状況に置かれるというのは、これほどに不安になるものなのか。
テーブルを挟んで向かいに座る男と、テーブルの横に立って見下ろしてくる男は、スーツの上からでもわかるくらいの鍛えられたがっしりとした体格で、協会の戦闘員だと推測された。
戦闘員というのは、高い身体能力を持つヴァンピールに対して保護協会の唯一の戦闘力である。ヴァンピールについての法律はヴァンピールたちの生活を厳しく制限することがあり、その法律に反発する過激な団体のためにも戦闘員が必要なのだ。戦闘員たちは密かに行われる抗争に日夜身を削っているという。本当のところは知らないが。
しかしながら、ヴァンピールである蒼人としては、戦闘員の存在はあまり気持ちのいいものではない。戦闘員なんていうとなんだか正義の味方っぽく聞こえるが、昔はヴァンパイアハンターとして、蒼人と同じような境遇にあった罪もない人々を狩り取っていたのだから。戦闘員個人個人に恨みがあるわけではない。だけど昔、ハンターに同じ病気を持つ人たちが殺されていたと考えるとそれと同じ職業を選んだ彼らと仲良くはできないと思ってしまう。
目の前の二人からは、きりきりと張りつめた敵意を感じた。あきらかな憎しみだ。
沈黙が気まずかった。しかし蒼人から口を開ける雰囲気ではない。息が詰まる。
俯いてじっとしていると、やがて横に立つ男が言った。
「おい、君」
声の低さに肩が震えた。脅しているのかと疑いたくなるような声色だ。
「どこで、どのくらい血を飲んだんだ」
急になんだよ。
なんの前触れなく始まった尋問に、頭が真っ白になる。でもそれは不当な質問だ。法律ではこんなふうに戦闘員が事情聴取はできないことになっているのだ。
だから蒼人は不当な質問に言い返してやりたくなった。
「保護協会って、そんなふうにいきなり疑ってかかるものなんですね」
生意気な口調が気に入らなかったのか、協会員は声を荒げた。
「ヴァンピールが保護協会に逆らうのか!」
大きな恨みのこもった怒鳴り方だった。もう一人の協会員は「怒鳴るなんて冷静じゃないな」という顔はするものの、彼を止めはしない。
「こっちは貴様のレベルがどこまで下がったか見極めようとしてやっているんだ! ヴァンピールのくせに俺たちに逆らうな!」
レベルというのは、ヴァンピールの自我の程度を現す指標だ。レベル1が「健康的な生活を送ることができる」、レベル2が「他人の力を借りて生活ができる」、レベル3が「重症治療が必要である」、レベル4が「脳へ細菌の侵入があり、うつ状態である」となり、蒼人はまだレベル1だ。自分ではそう思っている。
血液強奪を行うヴァンピールはレベル4に陥っていることが多く、自我の喪失もしばしばみられるのだ。
協会員の言葉は、蒼人だけでなくすべての後天性赤血球欠乏性貧血患者を貶めるものだった。誰も望んで病気になったりしない。それなのに病気のせいで貶められ、侮辱されるなんて許せない。
「レベルの判定はペーパーテストが行われるはずでしょう。その前に言質を取ろうってわけですか。黙っていれば、いったいなんなんですか。ヴァンピールだからってそんなふうに言われる筋合いはありません」
蒼人は、自ら望んでヴァンピールになったのではない。生まれたら、もうヴァンピールになっていた。母を恨んではいない。でもヴァンピールということに誇りを持っているわけじゃない。だから、ヴァンピールというだけで傷つけられるのはなによりも辛いのだ。
それは外見が少し変わっているということでいじめにあうのと同じことだ。この保護協会員はなにもわかっていない。彼らはもしかすると、ヴァンピールに関わってなにか辛い思いをしたのかもしれないが、それはヴァンピールたちを傷つけてもいいということじゃないのに。
蒼人はできる限りの迫力を込めて、協会員を睨みつけた。すると協会員はほんの少し怯んだようだ。自分の顔の特性を知っておいてよかった。
「だいたい、あなたたちは業務部の職員なんですか」
協会員がぐっと言葉を詰まらせた。やはり彼は戦闘員だったのだ。彼は怒鳴るのはやめたが、蒼人を睨んでくるようになった。しかし、それよりも向かいに座る協会員の方が恐かった。非常に冷静に、冷たく、刺すような瞳で、ただ蒼人を見つめてくる。
机から上では生意気に顎を反らしたりして見せるが、やはりこの二人が恐い。膝がかすかに震えている。相手はスーツの上からでも鍛えられていることがわかる対ヴァンピールの戦闘員で、蒼人はただの貧弱な高校生なのだ。赤血球捕食細菌の力があれば勝てない相手ではないが、ヴァンピールは彼らに勝ってはいけない。
反抗は、つまり自分の罪を認めるということとみなされる。だから蒼人はここまでおとなしく連れてこられたのだ。
それに蒼人は実際に唯華の血を飲んでしまっている。それは罪なのだ。
しん、と静まり返る室内。蒼人はきりのいいところで顔を俯けた。それにしても、なぜこんなことになったのだろう。
蒼人はすぐに答えに行き着いた。
蒼人が唯華の血を飲んでしまったことを知っているのは、兄と義姉だけだ。義姉はこのことに関してなにも口出しはしないと思われる。
きっと兄がなにかしたのだ。もしかしたら、唯華にすべてを話してしまったのか。まさかそれをするために今、この病院にいるのではないか。だからそこから何らかの情報が支部に入って、蒼人の行為が知られてしまったのではないだろうか。
絶対にそうだ。滝人はそう思われても仕方がないくらいのブラコンだ。きっと蒼人には荷が重いだろうとか言って、暴走したのだ。滝人の中ではいまだに蒼人はなにもできない小さな弟でしかないのだろう。
「もうすぐ業務部の者が来ます」
向かい側の協会員が瞳の冷たさを揺るがすことなく言った。
いいかげん、この状況も辛くなってきた。この状況が動くならなんでもいい。誰でもいいから早く来いと願う。
しばらく、はとても長く感じられた。
「君! 待ちなさい!」
突然、ドアの向こう、廊下の方から困りきった怒声と速いテンポの足音が響く。
そして。
ドアを勢いよく開けて、応接室に飛び込んできたのは、息を切らせた唯華だった。
唯華は一度部屋の中を見回し、蒼人と目が合うとほっとしたのか少しだけ笑った。
しかし蒼人のそばまで歩いてくるとすぐに顔を引き締めて、協会員に高らかに言い放つ。
「私は神田蒼人の血液提供者です!」
協会員が目をむいた。蒼人もびっくりした。
毅然とした唯華の横顔。伸びた背筋。なによりきれいで、格好よかった。
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