第11話
おやつにと開封したアーモンドチョコレートに手をつけることも忘れて、蒼人は申請書にペンを走らせていたが、ついに机につっぷした。
申請理由、一万文字以上ってどういうこと。
文才のない蒼人には泣きたくなるくらい辛いことだった。聡一郎のときのことを思い出して書いてはいるものの、そのときは兄が手伝ってくれたのだった。そのときのことなどさっぱり忘れていたので、思い出すのも苦労している。
「あぁーっ! もう書けないーっ!」
残り十枚以上ある原稿用紙を目の前にして、筆を折りかけている作家のごとく髪をかきむしった。たとえ申請用紙をきっちり埋めたとしても、提出したときに協会員がチラッと見るだけで内容まで確認しないのだと知っている。でも申請書に空欄があるとそれだけで突き返されてしまうのだ。
気持ちを落ち着けようと、蒼人はアーモンドチョコレートを何粒か一気につかんで口に放り込んだ。噛みしめると、甘いチョコレートの香りが口いっぱいに広がる。
それを飲み込んで再びペンを取ったとき、インターホンが鳴った。
部屋を出て、まずはリビングのインターホンに出る。
「はい」
「こんにちは、保護協会支部から来ました、保護協会員です」
「え…」
「神田蒼人君ですね。出てきていただけますか」
体がすうっと冷えた。
どうしてばれたんだ。
いったいどこから。
協会員は蒼人が思うところとは違うことを答えた。
「君に血液強奪容疑がかかっています」
まだ早い。
こうなる前に、説明しなくちゃいけなかった。
捕まったら、もう唯華に会えない。
「……わかりました、すぐに準備します」
もう保護協会員はここまで来ている。
逃げることなどできなかった。
☆
エレベーターの中で、滝人のポケットから着信音が響いた。幸いにもエレベーターには唯華と滝人以外の人は乗っていない。
その音で会話が中断される。少しほっとした。ウザいくらいの奥さんと弟自慢を聞かなくてもよくなったからだ。もう、三十歳近いんですかでも薫さんは確かにすごくきれいです、とか、きっと生まれる子は可愛いですよ、なんて言わなくてよいのだ。
「病院の中ではスマホの電源は切らないとだめです」
「忘れてた。はいもしもし」
申し訳なさそうに滝人は口元を覆って話し始める。
だんだん滝人の顔が険しくなっていく。
「…わかった」
話し終えたときにはもう、かなり恐い顔になっていた。
「どうしたんですか?」
「え?」
「こ、恐い顔のままこっち向かないで下さい」
「恐い顔になってる?」
「かなり」
滝人は手で顔を覆うと、大きく息を吐いた。顔を上げたときには、いきなり疲れた様子だった。
「蒼人が保護協会に捕まったって。大竹が数人の協会員に連れられて支部に入った蒼人を見たって」
「支部?」
「この病院の地下にあるんだ。ごめん、予定は変更だ」
言うと、滝人は長い指で地下一階へのボタンを押した。
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