エピソード②

幼馴染とボクと幼馴染 - 1

「……ろー? ねえ、たつ……ってばー……」

「んぅ……?」


 誰かの声が聞こえた気がして、目が覚めた。

 なんだ……?

 まだ上手く回らない思考で、ぼんやりと覚える違和感。

 おかしいな……いつもと変わらないボクの部屋のハズなんだけど……。

 ああ、なるほど。カーテンが開いているのか。

 どうりで部屋が明るいわけだ……って、どうして開いているんだ?

 寝る前にちゃんと閉めたと思うんだが――。


「あ、起きた? おはよ」


 どうやら……ボクは寝ぼけているみたいだ。

 そうでなきゃ、千穂が目の前にいることの説明が付かない。

 昨日あんなことがあったとはいえ、幼馴染の幻覚を見るなんて、よっぽど疲れているんだなぁ。

 よし、もう少し寝ていよう……。


「ちょっとちょっと! なんでまた布団被んのよ!」


 もう一度包まろうとした布団を引き剝がされる。

 あれ? 幻覚じゃない?


「まさか……本物なのか?」

「なに? ワタシが偽物だって? 『お前のような幼馴染は知らん、さっさとこの家から出ていきやがれ!』だって!?」

「いや、全く言ってないんだが……」


 頼むから、朝っぱらからキンキンと甲高い声で喚かないでくれ。ご近所に迷惑だろ……。


「というかオマエ、何をしてるんだ?」

「何って、竜郎のこと起こしにきたに決まってるじゃん」

「どうしてわざわざそんなことを……」

「朝から恋人の幼馴染を家まで起こしにいく――これ、青春っぽくない?」

「あっそう……」


 付き合ってるフリなんだから、『恋人の幼馴染』って言い方はやめてほしいんだが……。

 まあ、それで千穂が満足してくれるのなら、何も言うまい。


「ところで、どうやってウチに入ったんだ? 鍵なんて持ってないだろ」

「え? 普通にママさんに入れてもらったけど」

「あーあ……やっぱり母さんにかぁ……。変なコト言ってないだろうな?」

「うん大丈夫! ママさんには竜郎に本借りに来たって言っといた」


 それなら安心できるか。

 一度交わした約束は最後まで守る――それが千穂の良いところだ。

 今回も、恋人ごっこのことを誰にも話さないって約束をちゃんと守ってくれてるらしい。


「で、満足したか? ならそろそろ学校行くんだぞ、遅刻しても知らないからな」

「いやいやいや、竜郎も一緒に行くんだよ!? せっかく起こしにきてあげたんだからさー!」

「ボクは行かないぞ。――さぁて、アイプロのイベント周回でもするか」


 早起きさせられたんだし、どうせなら有効的な時間の使い方をしてやろう。

 そう思って机の上のスマホに差さっている充電ケーブルを外す。

 アプリの起動を待つ間にふと見ると、千穂は豆鉄砲を食った鳩のような顔をしていた。


「え、なんで? 大学行かないの? サボり?」


 コイツ、ひょっとして……大学のことをなんにも知らないのか?


「はぁ……大学というのはな、時間割を自由に決められるんだ。今日は二限目だけだから、わざわざこんな時間に家を出る必要は無い」

「へえ~、そうなんだー……」


 本当に知らなかったみたいだ。

 良かったじゃないか。これでまたひとつ、賢くなれたな。


「なんでもいいけどさ、早く支度しな? 二人一緒に出るんだから」

「おい話聞いてたか?」

「うん。必要が無いってだけで、別に早く行っても問題無いんでしょ? じゃあ一緒に行こうよ」


 確かに千穂の言うことも一理ある。

 だとしても、何もないのに一限目から大学に行くなんてお断りだ。


「そうだなー。そうしたいのは山々なんだが、悪いがもうイベント周回始めてしまったんだ。しばらく手が離せそうにないから、一人で行ってくれー」


 画面に視線を落としたままそう言った後は、もう一切言葉を発しない。

 これだけアイプロに集中していれば、さすがに諦めてくれるだろう……。

 ……おかしいな……。

 スマホの画面を収めている視界の奥に、ずっと千穂の足が見えているんだが――。


「額縁、いらないの?」

「なに……?」

「フリでもなんでもいいけどさぁ、ワタシと付き合うって言ったクセに、彼氏らしいコトとか全然してくれないんだね……。はぁ……あの額縁あげるって話、やっぱ無かったことにしようかな……」

「ま、待ってくれ!」

「あ、オークションに出てる。――へぇ、結構高値で売れるんだ~」

「分かった! 分かったからっ! すぐ準備するから、それだけは絶対にやめてくれ!!」


 スマホなんて投げ出すくらいの勢いで立ち上がった。

 あの超激レアな額縁を売るだって? そんなことさせちゃいけない……!

 千穂の乱心を鎮めるためには、今ここで一緒に家を出るという意思を見せなければ……とっ、とにかくまずは着替えからだ!


「まったく……初めからそうしとけばいいのに。それじゃあワタシ下で待ってるから、早く降りてきてね~」


 なんとか危機は免れた……のか?

 階段を下りる千穂の鼻歌が聞こえてきたことで、ホッと胸を撫で下ろす。

 とはいえ、まさか額縁が人質――いや、モノ質になってしまうなんて……。

 これは……急に先行きが不安になってきたぞ……。

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