幼馴染たちがボクの恋愛観をブッ壊しにきてるんだが。

鷹九壱羽

〔1〕恋人ごっこ編

エピソード①

恋愛ごっこ、始まります

 理想の恋愛とは、どんなものか?

 もしもそう問われれば、ボクはこう即答する。


『名も知らぬような男女が、ふとしたキッカケで惹かれ合っていく恋』


 いわゆるボーイ・ミーツ・ガール――運命的な出会いから始まる恋こそ、理想的な恋愛なのだ。


 ……といっても、これはボクならそう答えるって話だ。だから異論は認めよう。

 だが少なくとも――。


「いっっっっしょうのお願い! 半年……いや三カ月、最悪夏休みが終わるまででもいいからっ! すぐ別れる前提でいいから、ワタシと付き合ってよ!!」


 こういうのは、絶対に間違いだと思う。


「……なぁ、悪い。もう一回言ってもらってもいいか?」

「また!? もう三回目なんだけど? はぁ……ちゃんと聞いといてよね」


 少し怒気を含んだ声の後、我が家のリビングに束の間の静寂が訪れる。


「すぅ……――夏休みいっぱいで別れる前提で、ワタシと付き合って!」


 さっきからコイツは何を言っているんだ?

 ただの『付き合ってほしい』なら、まだ理解できる。

 いやそっちはそっちで絶対に有り得ないと思うが。

 これは――多分、いつものアレだよな。


「アニメか? マンガか? 今度はなんの影響なんだよ」

「……キィちゃんに借りたマンガ……」


 やっぱりそうだったか。

 この幼馴染の千穂ちほは、とにかくフィクションの影響を受けやすい。

 ゲームの主人公がカレー好きなら毎日カレーを食べだすし、写真が趣味のアニメキャラがいれば同じようにカメラを買ってくる。

 何の影響か声優になりたいと言いだしておばさんと大ゲンカした時は、ウチまで家出しにきたっけ……。

 今回は一体どんな影響を受けてきたんだ?


「少女マンガなんて初めて読んだの面白かったのっ! ワタシだってもっと青春したくなるじゃん!」

「それ、ボクである必要はあるのか? 別にクラスの男子とかでも構わないだろ」

「だって変な勘違いとかされたらさ、面倒じゃん。高校最後の思い出に青春したいだけなんだもん」

「ボクと千穂で青春ができるとはとても思えないが……」

「そこはまあ、なんとでもなるっしょ」


 あまりにも考え無しで勢いだけの行動に頭を抱えたくなる。

 千穂と付き合う、か……。


「一応聞いておくが、ボクに対して恋愛感情があるワケじゃないんだよな?」

「はぁ? なに当たり前のコト言ってんの。竜郎たつろうにそんなのあるワケないし」


 だよなぁ……。

 ボクだって同じだ。千穂を女の子として見るなんて、絶対に有り得ない。

 一つの年の差で、ほとんど兄妹みたいに育ってきた幼馴染だぞ? 無理だろ。

 それ以前に、ボクは理想の恋愛を求めているんだ。

 その理想を差し置いて千穂と付き合うっていうのは――。


「で、どうなの? 付き合ってくれるでしょ? どうせ彼女なんていなんだから」

「うるさいな……やっぱり無理だ、千穂とは付き合えない」

「なんで!? いいじゃん、夏休み終わるまで、三カ月くらい付き合ってよ」

「今年の夏は大学生として初の夏なんだ。もしかしたら運命の出会いがあるかもしれないのに、オマエと付き合ってたら逃してしまうじゃないか」

「何が運命の出会いさ! 高校の時もそんな乙女みたいなこと言って、結局女友達一人作れなかったクセに!」


 そんな大声で恥ずかしいコトを言わないでほしい。

 ご近所に聞こえてしまったらどうするんだ。


「なんと言われようが無理なものは無理、諦めてくれ」

「ぐぅ……」

「さあ、今日はもう帰れよ。オマエも本気で付き合いたいと思える相手が見つかるといいな」


 悔しそうにギリギリと歯を鳴らしている千穂を玄関まで押し出す。


「しょうがない……これはもっとヤバい時用に取っておきたかったけど――」


 なんだ? まだ何かあるっていうのか?

 まったく、こうなった時の千穂はホントに諦めが悪いな。

 ボクと千穂が付き合うことなんて、天地がひっくり返っても絶対に無いっていうのに。


「――アイプロの株主優待限定額縁」

「は?」

「ねぇ、アイプロの株主優待限定額縁……欲しくない?」


 アイプロ――アイドル育成ゲーム『アイドルプロバイダー』の株主優待限定額縁……。

 それはつまり、アイプロの開発会社の株式を一定以上所有することでしか手に入らない額縁のことか?

 確かに以前千穂と、喉から手が出るほど欲しいと話をした気がするが……。


「オマエまさか……持ってるのか……?」

「実はお父さんがアイプロの会社の株を持っててね。優待は別に要らないって言うから、もらったんだー」

「なん……だと……」

「もしも付き合ってくれるっていうなら、竜郎にあげてもいいんだけどな~?」


 なんという悪魔の囁き……!

 ボクにとってアイプロとは、今までに捧げてきた時間もお金も計り知れない、言わば人生そのものなのだ。

 その超激レアグッズが手に入れられる……素晴らしいじゃないか。

 だがしかし、その対価が千穂と付き合うっていうのはなぁ……。

 究極の選択が過ぎないか?


「くそぅ……」

「欲しい? 欲しいでしょ? 欲しくないワケないよね? じゃあワタシと付き合うしかないねぇ!」

「……付き合う……フリ、ならどうだ……?」

「付き合うフリ?」

「そうだ。付き合うのは無理だが、付き合うフリをするだけなら……できないこともない」

「なんか違うん、それ?」

「全然違うだろ!」


 付き合うフリであれば、それっぽいことをして千穂を満足させればいいだけだからな。

 本当に付き合うのと比べて圧倒的に気が楽になる……と思う。


「まぁ竜郎がそれでいいんなら、ワタシはなんでもいっか」

「よし、交渉成立だ。ああそれと、このことはほかの誰にも言わないこと、いいな?」

「誰にも? 凛姉にも?」

「やめろ、凛花りんかにだけは絶対にやめろ。取り返しが付かなくなる」

「りょーかい」


 納得してくれたのか、千穂はそれからすぐに帰っていった。

 ああ言ったものの、付き合うフリとは具体的に何をすればいいのだろうか?

 いや……考えるのはまた後にしよう。

 なんだかものすごく疲れてしまった……。


「はぁー……」


 思う存分に溜息を吐き出し、ソファに体重を預けて目を閉じる。

 随分と厄介なことに巻き込まれてしまったなぁ。

 今までも千穂の気まぐれに振り回されることはあったが、これほど無茶苦茶だったのは初めてだ。

 三カ月間、夏休みが終わるまで千穂と付き合うフリか。

 ボクの理想とする恋愛からは、まるで掛け離れているんだが……。

 いいや大丈夫、気を落とす必要なんて無い。だってこんなものは、幼馴染との遊びの延長線上にある、ただのなんだから。

 もしかすると、運命の出会いが訪れるのは、案外その途中だったりするかもしれないしな。

 うん……いいじゃないか。

 なんだか今年の夏は、ボクの人生の転機になりそうな予感がしてきたぞ――!

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