#3 僕たちのこれから

 彼女は綿菓子ような白さの長い髪とまつ毛、ラムネのビー玉のように輝く目、りんご飴ほどの艶のある唇、そして異様なほどの透明感を放っていた。



「はじめ…いや三度目まして…?」

 彼女は顎に人差し指をあてて言う。

「うおおおおおおおおおお!」

「ちょっと驚きすぎじゃない?」

「ご、ごめん。やっと会えたことが嬉しくて…」

「ふ~んそんな嬉しいんだ」

 ニヤニヤしながら言う。

「あ、あの君の名前はなんて言うの?」

「え、私?」

 彼女は人差し指を自分に向け、わざとらしく首をかしげる。

「他に誰がいるんだ」

「うーん、そうだな…じゃあ、百合ゆりって名乗っとこうかな!ぜひ百合って呼んでね!」

「え…?百合?じゃあって本名じゃないでしょ」

「それはわかんないよ~?」

「なんで教えてくれないんだ!」

「個人情報?だからかなー」

「ま、まあ…それはそうだけど…」

「名前なんてなんでもいいじゃん!それに、いつかわかるよ」

「いつかっていつ?」

「いつかはいつかだよ!はい、この話おしまい!それで君は何してたの?海なんか眺めてさ」

「なんか怪しいけど、まあいいや。ここではちょっと考え事してただけ」

「考え事?なになに?ほら、この私に教えてみ?」

「話してもわかるわけない……」

 うつむきながら「この夏のことなんて……」とボソッと呟く。

「8月32日って、おかしいよね。って言ったら話す気になる?」

「は…?な、なんで……」

「えへへ、実は知ってまーす!」

「僕たちだけじゃないのか」

「いいや、君たちだけだよ?」

「じゃあなんで……」

「それも秘密!」

「秘密ばっかじゃん!」

「私は謎多き女なの!」

「はぁもういいや、わかった。じゃあ話す」

「おお~!話が分かるね!」

「まず、改めて確認だけど8月32日がおかしいことは百合もわかるんだよね。そしてこの現象のことは僕以外にも仲の良い友達四人が認知できてるんだ。でみんなでこの現象をどうにか抜け出そうとしてて……でも…」

「でも?」

「きっとこの現象は僕のせいなんだ……!」

「ほうほう、一体それはなぜ?」

「昨日、夏休み最終日に僕は夏が終わってほしくないって強く願っちゃったんだ…」

「え…なにそれ!強く願ったらなんでも叶うの⁉」

「そうじゃないけど、これは僕が望んだ結果なのかなって…僕は夏が終わらくて嬉しいのにみんなは、危険とか…一生は嫌だとか…」

 気分が下がりまたうつむく。

「もう!そんなに下ばっか見てないで、前向きな!ほら海みて、ほら!」

「海…?」

 言われた通り顔を上げ海を見る。

「見て何か思うことない?」

「え、綺麗…?」

「そう!綺麗でしょ!こんな綺麗な海を前にしょんぼりしないの!」

 彼女は海を指さし、意味わからない理論を唱えてきた。

「てか、そもそもこの不思議な現象は君のせいでもなんでもないよ!」

「なんでわかるの?」

「んーこれはね、私が原因なの」

 彼女は急にいつかのように儚げな目をしてそう言った。

「そう言い切れるのはなんで?」

「ごめん」

「また秘密?」

「お、分かってきたね?」

「なんとなくだよ」

「それでそれでもう一つは、夏が終わらないってことに対して他の友達と思いが違うと?」

「うん、まあ、そんな感じ」

「君には申し訳ないんだけど。この夏はね、終わるよ」

「え……なんでわかるの?これも秘密?」

「ううん、これは秘密じゃない。これは私も絶対とは言えないんだけどね、なんでかわかるの。君の夏が終わってほしくないって意見もわかる、私だって夏が好きだし終わってほしくない。でも、この夏は終わらなきゃダメなの君にとっても、みんなにとってもね。この意味は夏の終わる時にきっとわかる」

「秘密じゃないのは嬉しいけど、なに言ってるの?どゆこと?」

「さ、これで君の悩みは解決だね!」

「解決してないでしょ⁉」

「したよ、した!」

「んーしたかどうかは怪しいけど、まあ最初よりは気持ちがすごい楽にはなった。ありがとう」

「お礼が言えて偉いね~」

「子ども扱いするな!」

 頭を撫でに来た手を振り払う。

「それで、教えてくれ百合。この夏を終わらせるにはどうすればいい?」

「夏を楽しむべし!」

「で、ほんとは?」

「いやいや、ほんとだって!」

「謎多き女は信用できん!」

「あーそんなこと言っちゃうんだ」

「全然言いますが?だって秘密何個あるんだよ!」

「いいの?このまま信じないなら夏終わんないよ?私の情報が唯一の可能性なんじゃないの?」

「……わかった。今回は信じる」

「さすが、な……君だね!」

「今…僕の名前……?」

「名前?え、言ってないけど?そうじゃん!君の名前聞いてなかったよ!君の名は?」

「おい!そんな適当に名作を使うな!」

「それで名前は?」

「凪」

「凪か~!いい名前だね!」

「で、夏を楽しむってどういう事?」

「嘘でしょ、夏楽しめないの⁉」

「普通なら楽しめるわ!でもこんな明日があるかもわからない状態で楽しめって言われても……」

「そゆことね!それは秘密基地に行ったらわかるかも!」

「あれ?僕、秘密基地のこと言った?」

「こ、細かいことは気にせず!さ、レッツゴー!」



 僕たち二人は険しい道を抜け、秘密基地から海を眺めていた。

「ここは木陰がちょうど良くてあまり暑くないんだね~。海もきれいに見えるし、最高の秘密基地だね!」

 一日の中で太陽が真上に来る時、ここには木漏れ日のシャワーが降り注ぐ。そのため夏でも暑くなりすぎないので、僕たちの中で夕方に次いでお気に入りの時間帯になっている。

「ここに戻ってきたら何かわかるって言ってなかった?なにもわからないんだけど」

「まあまあ、すぐにわかるから!」


「おい、もう凪帰ってきてるぞ!浴衣早くしろ!」

「待って……あんた早すぎる……はぁ…はぁ…」

「なあ凪!俺また見ちまったぜ、あの消える人を……って、いるじゃねぇか!」

「きゃああああ!お化けー!」

 涼と浴衣は百合に驚き、一歩後ずさる。

「あ、どうも~さっきぶりだねお二人さん!」

「さっき?いつ会ったの?」

「凪と会う前だよ~」

「そうなんだよ凪!俺たちこの人に会って『秘密基地に集合ね』って言われて、また目の前から消えたんだ!んで走ってきて、今って感じだ!」

「百合、僕と会う前に涼たちに会ってたの?どういう事、距離と時間が合わない…」

「ま、まあまあ細かいことは気にせずに!もうすぐしたらもう一組も到着するよ~」

「嘘でしょ、まさか……」


「な、凪くんに…涼くん…浴衣さんまで…みなさんお揃いで…ぼ、僕たちも…見たんです!消える女の子を…………い、いる…こ、ここ、ここにいるじゃないですか!」

 夏葵は帰ってくるなりいい反応を見せたが、対照的にあやめは魂が抜けたように放心状態だった。

「もしかして、二人も秘密基地集合みたいなこと言われたの?」

「そ、そうです。なんで凪くん知ってるんですか?それに二人もってどういうことですか?」

「実は涼と浴衣も同じことを言われて帰ってきたみたいなんだ」

「そんなことがあり得るんですか⁉」

「本人から聞くとしよう、じゃあどうぞ」

「どうぞって、こっちに丸投げしないでよ!」

「いやいや、知らないことばかりなんだから本人に聞くのが一番早いでしょ」

「よーしじゃあ分かった、みんないることだし改めて説明するね。私は百合、気軽に百合って呼んでね!それで、この8月32日がおかしいってことも知ってまーす!」

「お、俺たちだけじゃないのか⁉」

「なんかこの流れさっきもやった気がするけど。まいっか!えっとこれを知ってるのは、ここにいる君たち五人と私の計六人。そして、この現象の原因は…私なの」

「あ、あなたが原因なのですか?この現象はどういうものなのか、いつ終わるのか、なぜこんなことをするのか、教えていただきたいです。お願いします!」

 夏葵が珍しくペースを乱し早口で聞く。

「うん、それもちゃんと話すよ。実は、私もこの現象をあまり理解はできていないの。ごめんなさい。そしていつ終わるのかってことだけど、いつかはわからない。でもこの夏の終わりは来る、絶対に。これは凪にはもう話したんだけど、この夏は終わらなきゃダメなのみんなにとってね。だから終わるはずだしみんなで終わらしてほしい」

「なるほど、僕たちの頑張り次第では早く終わるのですね?」

「そゆことそゆこと~」

「それで、百合さん。肝心なこの夏を終わらせる方法とは、一体何なんでしょう?」

「夏を楽しむべし!」

「「「「で、ほんとは?」」」」

 僕以外の四人の声が重なる。

「えぇ!君たちも信じてくれないの⁉」

「みんな、信じたくない気持ちもわかる。もちろん僕もだ。でもこればっかりは受け入れるしかない、有益な情報がこれしかないんだ」

「俺は凪がそう言うなら賛成だぜ!夏を楽しむだけで解決するんだからよ、最高じゃねぇか!」

「浴衣もさんせーい!夏の続き全力で楽しんじゃお!」

「浴衣が賛成するなら、私も賛成する」

「仕方ないですね。ここは僕も賛成しましょう、危なくなさそうですし。ただ一つ聞かせてください。夏を楽しむって、どうすれば?」

「クックック、それなら心配はいらねぇぞ夏葵。これを見てくれ」

 涼はドーンっと効果音がついてそうなほど勢いよく一枚のチラシを出す。

「このことは浴衣が説明してくれるぜ!」

「あんたも丸投げか!ま、まあいいわ説明してあげる。みんなここを見て」

 浴衣がチラシの見出しである部分を指さし、みんながのぞき込む。

「な、夏祭り⁉」

「そうなの、なぜか夏祭りの開催予定のチラシなの。夏はもう終わるっていうのに」

「あ、確か今年の夏祭りは大型台風の影響で中止になってましたね。」

「中止になったからかはわからないけど、さらに見てほしいのはここなの」

 浴衣がさしたその先には『8月34日(水)開催!』と書かれていた。

「なるほど、つまりこれで8月が続いていくことが分かりました。そして、二日後に夏祭りが開催されると……」

「ほら凪、私の言った通りだったでしょ?秘密基地に来たらわかるって」

「おい百合、なんで夏祭りが開催されることが分かってたんだ?あとさっきも言ったけどどうやってみんなの前に現れた?」

「さあ?」

 百合はわざとらしく首をかしげる。

「なあ、みんな!俺考えたんだけどさ!この夏を越えるまで、みんなでお泊りしねぇか!そっちのほうがすぐに情報共有?ってやつできると思うし、何より楽しいじゃん!」

「涼くんそれは言い考えかもしれません。明日起きて何があるかわかりませんし、みんなでいると安心できますしね」

「おお!夏葵もそう思うか~!ほかのみんなはどうだ!」

「ま、まあ浴衣もいいけど…女の子一人は嫌だ。あやめはどう?」

「うん、私もいいよ。すごい楽しそう」

「「「「凪は?」」」」

「ぼ、僕もいいよ…で、一応聞くんだけどどこで泊まるの?」

「そりゃもちろん!凪の家だろ!」

「やっぱか…!まあいいけど、そんな気がしてたし」

「でもみなさんもう一つ考えないといけないことがあります」

 全員の視線が百合に集まる。

「え、あ……私?」

「百合さんはこの後どうするんですか?」

「百合は僕たちと一緒に行動するよ、百合は僕たちの知らない情報を持ってる。だから一緒に行動する、みんないいよね?反対するならその人は僕の家に入れません」

「俺はもともと賛成だったぞ!」

「浴衣も女の子増えるのは賛成!」

「私もいいよ」

「じゃあこれで解決ですね。もちろん、僕ももともと賛成でしたよ」

「い、いいの⁉みんなありがとう!これからいっぱい楽しいことしよ!」

 百合が満面な笑顔で感謝する。

 こうして次々と今後の方針が決まっていった。


「じゃあ、とりあえず僕んちでお昼ご飯でも食べる?人数多いからそうめんとかになるけど」


「「「「「行くー!」」」」」



 この夏を越えるため、僕たちの‘‘これから”が幕を開けた___


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