#2 【8月32日】

「おいおい、凪!やべぇことになってるぜ!日にちが」

「涼!うん、知ってる!日にちのことでしょ!」

「おお!凪もわかるか!よし早く行くぞ!」

「い、行くってどこに⁉」

「決まってんだろ?秘密基地だ!みんな待ってるぞ!」



 こうして、僕たちの終わらなかった夏が始まった。



「みんな待ってるって言ってたけど、みんなもこの現象に気づいてるの?」

「ああ、そうだ!俺がみんなの家に行ったらもう知ってた!凪が最後だ!」

 僕と涼は走り出した。


「なあ、凪!」

「な、なに…?」

 走ることで精一杯の僕とは対照的に涼は元気よく振り返って言う。

「なんだかワクワクしねぇか!俺、こんなこと初めてだ!」

「あ…ああ、そう…だな。僕も…初め…て……うおっ!」

「おい、凪大丈夫か!」

 僕は段差でつまづいて転んでいた。

「ありがとう、大丈夫。ちょっと…休憩させて…」

「つい楽しくなっちまって、凪の体力の無さを考えてなかったぜ!」

 涼は相当楽しいのか、手を合わせて「すまん!」と言うが、顔はニコニコしていた。

「はぁ…はぁ…ふぅ…よし。もう行ける、ありがとう」

「よっしゃ!そんじゃラストスパート行っ……あれ?なあ、凪。ありゃ誰だ?綺麗な人だぞ」

「あ…!あの子は!」

 涼が指を差した先には昨日見た彼女の姿が。

「なんだ凪、知り合いか!おーい!そこの人ー!」

「おい!バカ!呼ばなくていい!」

 僕は焦り涼の服を思いっきり引っ張る。

「おいおいおい、引っ張りすぎだぞ!」

「あ、ごめんごめん。つい……」

「ま、全然いいけどよ!って、あれ?あの人どこ行った⁉」

「え⁉ま、まただ…。前も見かけたとき急に消えたんだ」

「急に怖いこと言うなよー!は、早くみんなのとこ行くぞ!」

「う、うん」



「みんなー!お待たせ!凪連れてきたぞ~!」

「ちょっと!遅いじゃない!浴衣、一番に呼ばれてたんですけど!」

「ご、ごめん。来る途中で僕がこけちゃって…」

「もしかして、あんたが突っ走ったからなんじゃないの?」

「りょ、涼は悪くないよ!今回は僕のせいだから…」

「そ、そう?ならいいんだけどさ」

 浴衣は不服そうな表情をしながら涼のことをずっと睨んでいた。

「凪、おはよう。けがは大丈夫?」

「あやめ、おはよう。平気平気、ちょっと擦りむいただけ」


「さて、みなさん。そろそろ僕の話を聞いてもらいましょうか」

 腕を組みながら黙っていた夏葵が口を開いた。

「まず、みなさんはこの不可思議な現象をどこまで把握していますか?情報を整理、そして共有しましょう。では浴衣さんからお願いできますか?」

「え、急に⁉んーそうだなー。えっと、日にちが変?ってことかな。8月32日になちゃってるし」

「そうですね、8月32日というあるはずのない日にちになっています。浴衣さんありがとうございました。次にあやめさんお願いします」

「……私も浴衣と同じだった。あ、でも細かいことだけど曜日が月曜日だったことぐらいかな」

「そうですそうです。曜日は月曜日で昨日から普通に進んでいるんです。あやめさんありがとうございました。じゃあ一応聞いときましょうか、涼くんは何か気づいたこととかありますか?」

「一応だって⁉夏葵、なめるなよ俺だってすげぇことに気づいてんだぜ!」

「それは失礼しました。ぜひ教えてください」

「フッフッフ…それはな、なんと夏休みが増えたことだ!」

「「「「バカだ…!」」」」

 涼の発言を聞いてみんなが頭を抱える。

「えぇ?違うのか?」

「い、いえ合ってますよ。間違いじゃないです…でも、そういうことじゃないんです…」

「合ってるけど、違う?んん?どゆことだ?俺には分らんな!」

 涼は潔いほどの笑顔で笑う。

「最後に凪くん。最後に来たので何か多く分かってることはありませんか?」

「そうだな、ほとんどはみんなと同じだけど。一つだけ、この8月32日という架空の日にちをと認識してるのはおそらく…僕たち五人だけ、とか?」

「さすが凪くんです。おそらくですが、この8月32日を異常だと思えているのは僕たちだけです。世間一般ではなぜか今日が8月32日として時間が進んでいるんです。きっと浴衣さんとあやめさんは涼君に早い段階から連れ出されているのでニュースなど見ることがなかったのでしょう」

「あ、あの~」

 夏葵の話を聞いて浴衣が手を挙げた。

「まさか8月32日ってのが今年から新しくできたってわけじゃないよね?本当に架空の日にちなんだよね?」

「はい、無いと思います。月の日にちを増やすなんて聞いたことないですし、変えるのならニュースなどで取り上げられるでしょう」

「そうだよね……でもなんだか架空の世界だなんて、ワクワクするね!」

「そうだろそうだろ!俺も朝からワクワクが止まらねぇんだ!」

「あんたはちょっと落ち着きなさい!」

「お二人とも、そうワクワクもしていられないですよ」

「なんでだ?夏休みが増えたんだぞ!」

「この現象、危険かもしれないんです」

 夏葵のの言葉にみんなの表情が変わり、集まってきた。

「危険ってどういうことよ、詳しく聞かせて!」

「今日、8月32日は架空なんです。ここから考えられる今後の展開は三パターン。一つ目、明日が来て何事もなかったかのように9月1日が始まるパターン。二つ目、明日になり33日…34日…と続き8月が終わらないパターン。三つ目、明日になっても8月32日のままでこの架空の日にちに閉じ込められているパターン。そもそも夜が来て明日が来るのか、それすらもわからないんです……」

「複雑で何言ってるか俺にはさっぱりだけどよ、夜はきっと来るぜ!」

「なんでわかるんですか?涼くんふざけてる場合じゃないんですよ」

「今回は大まじめだ!あの木の陰を見て見ろって!ここに来た時よりちょっと動いてんだろ?このまま時間が経てば夜は来るはずだ!」

「涼くん!今日は冴えてますね!そうですその通りです!これで夜が来るのが分かりました!」

「あんたもたまにはやるじゃない!」

「当然だろ!」

 涼はフフンッと鼻を鳴らす。

「でも……」

 不安そうにあやねが口を開く。

「この現象を解決できたわけじゃない。夜が来ても、まだ夏葵が言った三パターンの可能性があるのには変わりない」

「そうですね、少し浮かれていました。僕が挙げた三パターンで一番危険なのは三つ目で、この架空の日にち閉じ込められているパターンです。一つ目、二つ目は時が進むのでまだ普段の日常に戻れる可能性が高い。でも、閉じ込められては一生このまま……」

「一生このままは嫌だわ!」

「夏は好きだけどよ、俺もずっとは嫌だな!」

「私も嫌、暑いし」

「凪くんはどう思いますか?みんなでこの夏を抜け出しませんか?」

「え、あ…ああ。いいと思う、やろう」

「まずは作戦会議だな!って作戦会議って何すればいいんだ?」

「そうですね…。とりあえず現段階で分かってることが少なすぎます。情報収集しましょう、現段階でみなさんの中でおかしなものを見たとかありますか?」

「私と浴衣は早くに家を出てずっとここにいたからわからない」

「あ!凪、俺たち見たじゃねぇか!おかしなものを…いや、人か?」

「あの子か。たしかに、あれはおかしかった…」

「何を見たんですか⁉」

「なんか、ひゅってなって!しゅってなって!すんって感じの人だ!」

「「「「バカだ…!」」」」

 みんながまた頭を抱える。

「凪くん説明お願いできますか?」

「その子は僕らと同じ年くらいで…髪が白色。で僕はその子を昨日も見てて、その時は海を見てた。それでなんていうんだろう、儚げな表情?しててそれで僕はその子に見惚れてて…」

「「「「見惚れてて⁉」」」」

「…あ、それは違くて」

「なるほど、髪が白色…それに凪くんが見惚れるほどの方ですか…興味深いですね」

「違う違う!ま、間違えただけ!もう話さないよ⁉」

「すいませんでした。教えてください」

「不思議なのはここからで。その子、一目離すともう姿がないんだ」

「そんなことあります?」

「いやいや、本当なんだって。今日ここに来る時も涼とその子を見て、急に姿が消えたんだ」

「そうそう!凪の言う通りだ!俺もそれが言いたかった!」

「あんた擬音しかなかったわよ?」

「凪くん涼くん、情報ありがとうございます。このおかしい状況ですし、消える人がいてもおかしくない…その子のことも頭に入れておきましょう。それじゃあ、ここからは手分けして他に異変がないか探しに行きましょうか」

「僕一人でいいから、みんなでペア決めて」

「凪ほんとか?男女で分かれてもいいんだぞ?」

「情報を多く集めるには二手に分かれるより三手に分かれたほうがいいだろう?じゃあまたここ集合で」

「お、おう!凪も気をつけてな!」

 僕は秘密基地をあとにした。

「凪くん行っちゃいましたね。ペアどうしますか?」

「じゃんけんで決めましょ!嫌って人いる?」

「俺は全然いいぜ!全勝してやる!」

「あんたバカなの⁉勝ち負けじゃないから!」

「私もそれでいいよ」

「僕も大丈夫ですよ」

「「「「じゃーんけーん、ぽい!」」」」



 雲一つない青空の下、蝉声をもかき消す声が響いていた。

「って、なんであんたとなのよ!」

「まあいいじゃねぇか!じゃんけんにしよっていったの浴衣だし!」

「それはそうだけど…!」

「機嫌直せって!アイス買ってやるからよ!」

「え!いいの⁉やった~!涼、優しいじゃん!」

 こうして、涼&浴衣による凸凹コンビが誕生した。



「あやめさん、あの二人大丈夫ですかね」

「夏葵は心配しすぎ、大丈夫だよ。浴衣は素直になれてないだけだから」

「あやめさんがそう言うのなら大丈夫そうですね。さて僕たちはどこに行きましょうか」

「じゃあ、向こう」

 あやめは自信満々に指を差す。

「なるほど向こうですか…結構ざっくりしてますね…」

「時にはこういうのも大事」

「そうですね、じゃあ行きましょうか」

 こうして、夏葵&あやめによる頭脳派コンビが誕生した。



「はぁ…なんだよ8月32日って」

 僕はみんなと分かれてから海岸堤防に座りキラキラ揺らめく海を眺めていた。

「なんでみんなこの状況を飲み込めるんだよ。この夏を越えるって何?夏が続いたら嫌なの?」

「ねぇ、君ここでなにしてるの?」

「え…?」

 急に話しかけられ振り向く。

「あ、あれ…?誰もいない。何の声だ?まさか!」

 立ち上がり周りを見渡す。

「お、おい!いるのか!白い髪の君!出てきてくれないか!君と、話…話がしてみたい!」

 返事はなく、燃え尽きたかのようにその場に座り込む。

「なんだよもう、これじゃ異常者じゃないか……わっ」

 急な涼しさを感じて思わず肩がすくんだ。

「な、なんだこれ。涼しい…」

「君は異常者なんかじゃないよ?」

 ふと声がして右を見るとそこには女の子が座っていた。


 彼女は綿菓子ような白さの長い髪とまつ毛、ラムネのビー玉のように輝く目、りんご飴ほどの艶のある唇、そして異様なほどの透明感を放っていた。


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