第三章

第53話 悪魔の訪問

 つるべ落としの秋の暮れとはその言葉通り秋に使う言葉であって、こんな二月の真っただ中で使う言葉ではない。だが鈴鹿はその言葉以外に日が暮れる早さを形容する言葉を知らないため、カーテンの隙間から真っ暗な空を見上げて言った言葉は、

「暗くなるの早っ」

 という情緒のかけらもない散文的なものだった。

 何のけなしに外の状況を確認した鈴鹿は横たわっていた上体を起こす。

 そこはいつもの見慣れた自室であり、彼女自身は自分のベッドの上に胡坐をかく体勢になる。

そして部屋には三人の客人がいた。

 その中で最も客人としての振る舞いを見せていたのは麗華であり、彼女は今までまともに使われることはなかっただろう鈴鹿の勉強机の椅子に楚々と腰かけていた。

 そして残りの二人は示し合わせたかのように地べたに座り込み鈴鹿と麗華に向かい合っている。

 その一人、サタンはなぜか周りをキョロキョロとしていて落ち着きがなく、一方のビルデはそれとは対称的に落ち着いた様子だった。サタンは室内に入ってもヤギの被り物を脱いではいない。

 時刻は午後五時。時計の秒針が刻むチクタクという音だけが部屋に響く。

 誰がこの静寂を破るのか四人は互いに目配せをしていたがそれを破ったのは意外な人物だった。

 バン! 

 部屋の扉が勢いよく開かれ市販のお菓子と座布団二枚を持った女が躊躇うことなく入ってきた。

「いやーごめんなさいね、気が利かなくて」

そう言うと女は座布団を地べたに座る二人に渡し、四人の真ん中にある小さな机にお菓子を置いた。

「いえいえ、お構いなく」

 一番気遣いとはかけ離れていそうな風貌のサタンは女にそんな言葉を発し、ビルデは無機質な会釈をする。

「もう鈴鹿、お客様が来てるならちゃんともてなさなきゃダメでしょ。なんでお菓子の一つも出さないの、それでも私の娘なの?」

 大門鈴鹿の母、大門梨花(だいもんりんか)は自分の娘を指さす。

 そして指を指された傲岸不遜な娘鈴鹿は、

「たとえDNA鑑定で一致率ゼロパーだったとしても私はあんたの娘で、あんたは私の母親だよ。今さらそんなこと訊かないでよ。恥ずかしい」

「まったくなんて偉そうな子が生まれたのかしら。親の顔が見てみたい」

「一階の洗面所に行けばすぐに見れるよ。はい、邪魔だからお母さんは帰った帰った」

 鈴鹿は蚊を払うような手振りを見せる。

「もうごめんなさいねー」梨花は客人三人に向き直る。「私がもう少し早く帰ってれば最高のおもてなししたんだけどねー。三人は何時くらいにここにいらしたの?」

 その質問には梨花とも顔見知りな麗華が答えた。

「午後二時くらいです。ご存知の通りあの事件で学校が早く終わり、そのままお邪魔した形なってしまいました。やはりお邪魔でしたか?」

「いえいえ全然そんなことないのよ」梨花は鈴鹿にヘッドロックを決めて、「こんなバカ娘の友達でいてくれるってだけで十分なのに、家にまで遊びに来てくれるなんて感謝してもしきれないわよ。麗華ちゃんには昔からお世話になってるからね。ありがとね」

「そんな、感謝したいのはこちらの方です。いつも鈴鹿には楽しませてもらい、実りある学生生活を送らせてもらっているのですから」

 麗華はセバスにも引けを取らない一礼を行う。

「まあなんていい子なのかしら、養子に来てほしいくらいよ」そう言うと梨花は残り二人の客人に目をやる。「そちらのお二人さんは初めましてよね。お名前は?」

 サタンは意表を突かれたようにおろおろとしだしたので代わりにビルデが答える。

「僕はビルデと言いましてこちらの大きなコスプレ男はサタンと言います。僕たち二人は鈴鹿さんのクラスメイトでして、今日は期末試験に向けての勉強会でもしようかと参った次第であります」

 必要以上に堅苦しい挨拶をしてビルデは三つ指をついて一礼した。

「まあまあこちらの子も礼儀正しいわね、サタン君もよろしくね。あとコスプレしてるのはサタン君だけじゃなくビルデ君もだけどね」

 梨花はビルデのとがった牙に視線を向けると、腰を浮かして扉の方へと向かった。

「それじゃあ、みんなごゆっくりね。それにしても男の子を二人も連れ込むなんて、徹君が聞いたら泣いちゃうわね」

「なんで徹が聞いたら泣いちゃうのさ?」

 鈍い鈴鹿はハテナマークを出す。

「あらあらこんなことじゃいつまでたっても進展はなさそうね。鈴鹿がこんな鈍感で徹君かわいそう」

 そう言うと梨花は不敵な笑みを鈴鹿に向けながら部屋を出ていった。

「なんでそれで徹が泣くのかな」

 という鈴鹿の呟きは麗華の苦笑を誘った。

「え、なに徹君って誰? そいつは鈴鹿の何なの――」

 というサタンのミーハー魂はビルデの鉄拳ツッコミで制される。

「サタン様、そういう無駄な話をしていたからこんな時間になってしまったんでしょ。少しは自重してください」

 ビルデはやれやれという意味でため息をつく。

 時刻は午後五時を少し回ったところ。

 午後二時に鈴鹿の家にやってきたので単純計算で三時間もだべっているということになる。

 主に時間を弄した駄弁は鈴鹿の好奇心からくる疑問がほとんどだった。

 悪魔には恋っていう気持ちは存在するの? 

 悪魔には排泄器官とかは存在するの? 

 二人以外にも悪魔っているの? 

 魔界って暗くて太陽とかそんなんないの? 

 じゃあ日向ぼっことかしないの? 

 休みの日は何してるの? 

 趣味とかあるの? 

 普段何食べて生きてるの? 

 といった不生産な疑問にバカ正直なサタンが真面目に答えるといった具合で長針と短針の追いかけっこは進んでいった。

 そしてその質問達の掉尾を飾ったのは、

『なんで二人は人間界に来たの?』

 という鈴鹿の疑問だった。

 そしてそれにはビルデが答えた。

『お前に会うためだ』と。

 その一言に鈴鹿は茶化すように「きゃっ」と手で顔を覆ったが、事態はそこまで呑気なものではないということは理由を聞く限り明らかだった。

『じゃあなんで会いに来たの?』という麗華の問いにビルデは、

『大門鈴鹿に神を倒してほしいからだ』と真面目な顔で答えた。

 第三者が聞いたらこのビルデ君は重い中二病に罹患したのだろうと思ってしまうそんな答えはこの部屋に幾ばくかの静寂を与えた。

 そして鈴鹿が何のけなしに窓の外をのぞき『暗くなるの早っ』と言った冒頭に戻る。

 所要時間およそ三時間、ここまで来るのに長かったとビルデは慨嘆した。

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魔王少女 ~わたしは魔王だったんだ~ サガミ @cokurai1221

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