第51話 遺書

五分前。

ハンニャが悲痛な断末魔とともに死亡したその時、ビルデは一つの紙片を血に染まった彼の懐から見つけた。

「なんだこれは……」

 ビルデはそれを拾い上げた。『遺書』と書かれていた。

「遺書……だと」

 それが大事なものということが分かり半ば丁重にその紙を広げる。

 遺書というものは家族への遺産相続の有無や、葬儀の執り行いの仕方、愛する人への感謝の言葉などが述べられているものだとビルデは思っていたが、それにはハンニャ自身のことしか書いていなかった。

『私は巷で噂になっている連続殺人犯のハンニャです。今回のこの学校での出来事はすべて私が独断でやったことです。中学時代から爆弾の研究をしていたのですが、一つ作るのがやっとで、北校舎以外の煙はすべて発煙筒に頼ったものでした。なので理科実験室以外の部分には一切手を付けていません。これだけは命をかけてもいいです。

 なぜ私がこんなことをしてしまったかというと有名になりたかったからです。どんな形でもいいからテレビに出てみたかったのです。そして皆が私に恐怖する様を見てみたかったのです。だから殺人をしました。何人も、何人も。

 そしてハンニャのお面を被っていたことによりハンニャという異名はすぐに世間に浸透しました。

でもそれでは物足りなくなりました。だから今日のような事件を起こしたのです。生徒が恐怖に逃げ惑う様は殺人よりも高揚感を覚えると思ったからです。

しかし私もバカではありません。それだけのことをして逃げおおせることができるなんて思っていません。

だから私は死を選びました。その方が楽だと思ったからです。薬は自分で作りました。司法解剖しても解析できないそんな薬が出来上がりました。もしかしたら私は爆弾よりも薬を作る才能の方が長けていたのかもしれません。

私の名はこの先の未来でも語り継がれることになるでしょう。

だって私は誰にもできなかったことを平然とやってのけた

連続殺人犯ハンニャなのだから――』

一枚目にはそんな稚拙な言葉が書かれてあり、二枚目にはさっきハンニャが語っていた、なぜ女ばかりを狙うのか、『生』は『死』であるという持論なんかがこれまた小学五年生の感想文のような文章で書かれていた。

ビルデは速読家だ。それらの文章を読むのに十秒もかからなかった。

短い時間でも作者の気持ちや行間を読むことはビルデにとって造作もない。

だからこそこの文章を読んでみてもなぜかしっくりこなかった。というより作者の顔が見えないと言った方が正しいかもしれない。

(これをハンニャが書いた……と)

 ビルデは不信感を覚えた。横からのぞき込んでいた神二もそう感じ取ったらしい。

 当たり前だ。二人はハンニャの死に際の叫びとその時のセリフをを聞いている。それはどんなに聴覚に難のある奴でも悲痛なものとして聞こえたことだろう。どう考えても遺書を書くほどに死を受け入れた者が発する声とは思えなかった。

 ハンニャは望まぬ死を受け入れざるを得なかった。なぜならそうしなければ本当の首謀者たる神に死よりも恐ろしい『生』を啓蒙されることになったのだろうから。

 ビルデは歯噛みする。それは非業な死を遂げたハンニャに対する感情からではなく、他人を巻き込む神のいかれた考えに対する怒りからだった。それが犯罪者だろうとビルデには関係なかった。

 そんなビルデの気持ちとは裏腹に神二は落ち着いてハンニャを拘束していたホースを解きだした。

「なんだ、ほどくのか?」

「ああ、死んじまったんならもう拘束する意味もねぇからな」神二は悲壮な目をしながら、「あとその辺に落ちてるこいつの左手も持ってきてくれ」

 と言った。

それはさっきビルデが切り落としたものだった。

「左手? そんなもんどうすんだよ。死体の横にでも並べるのか」

「そんなんじゃねぇよ。あと死体じゃなくて、遺体な」

 神二は顎を使ってビルデを促し、彼は渋々探しに行った。

鼻の利くビルデにとって人間の血が付着した肉塊を見つけるのは造作もなく、少し草木をわけるだけでそれは見つかった。

一応そこまで雑に扱うことなくそれを神二の許に持っていく。

「こんなもんどうすんだよ。まさか今からブラックジャックさながらの縫合術でも見せてくれんのか」

 ビルデは冗談交じりにそう言ったが、神二はその腕を取り上げ、

「それよりもすげぇことだよ」

 と返す。

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