第47話 ビルデ&神二VSハンニャ 決着

 まだ戦い始めて一分と少しといったところ。未だビルデはハンニャのその非常識な力に喰らいついていた。

(一発一発が重い。ダイレクトに当たっちまえばすぐさまゲームオーバーだ。一瞬だって気が抜けねぇ)

 鉄球のように重い拳を急所から外させるので精いっぱいなビルデは攻めあぐねていた。

 防戦一方になってしまったファイターは敗者となると相場は決まっている。それを知っていたビルデは多少のリスクがあったとしても攻撃を入れてやろうとしていた。しかし事はそう簡単ではなく、拳ひとつ入れる隙がない。

もし右手を攻撃に移行させれば手薄となった右側に弓矢よりも鋭利な蹴りが飛んでくることが容易に想起された。左側も然り。

どうする。

そろそろ盾に使っていた両の腕が悲鳴をあげそうになったそんな時、転機が訪れた。

来る。右側から砲弾のような拳が飛んできて、それをまた右手で受けようとした時、代わりにピンク色のクレストがその任を請け負った。

「「なに!?」」

 二人は虚を衝かれた。しかしわずかに速くビルデが状況を理解し、フリーズして左側にスキを作っているハンニャの体にこれ以上ない一撃を見舞う。

「ぐっ!」

 不意な力のベクトルに逆らうことなくハンニャの体は飛ばされた。

 その入れ替わりかの様に神二がビルデの隣に立つ。

「死んだものと思ったぜ」

「そのセリフはそっくりお前に返すぜ」

 ビルデは悪態をつく神二の担いでいるものを見やる。

「で、そのホースはなんなんだ?」

「お前の上司からもらったんだよ。拘束する時に使えってな」

「そうか、なかなか気が利くプレゼントだな」

「闘うときには邪魔だけどな」

 そう言うと神二は八キログラムはある消火ホースを天高く放り投げる。そこにクレストを発生させてそれをホースの棚代わりにし、ホースは中空にとどまる形となる。

「とりあえずあと六分以内にふん縛ればいいんだろ」

「ああ、だがあと一分くらいは戦闘に集中した方がいい。そこからは徐々にだが力は衰えていくからな。その時に拘束すればいい」

「おっけ、わかりやすい。んじゃ、行くか。足引っ張んなよ」

「それはこっちのセリフだ!」

 ハンニャが突っ込んだ北校舎の瓦礫が音を立てて崩れ、そこからゾンビのようににぬらりと出てきたハンニャは敵意あふれる目を二人に向け、

「くそがあああああ」

 と激昂しながら走り寄った。

 その足元に神二は転倒を狙ったのかクレストを発生させる。しかしそう何度も不意を突かれるほどハンニャはバカではない。

 ハンニャはそれを軽々と飛び越えて、空中から二人を見下ろす。しかしその視界も第二の砦となるピンク色のクレストが壁のように立ちふだがり、遮られる。そのクレストはハンニャの進行を妨げる位置にあったが、フレキシビリティを持ち合わせるハンニャはそのクレストにつかまりまるでアクロバット俳優のようにそれを躱した。

 しかしその行動によって二人を数瞬視界から外した、外された。さっきまで二人がいたその場所には誰もいなかった。

(いない)

 そう思った瞬間にハンニャの両サイドから神二の蹴りとビルデの拳が飛んできた。

 だが人間の視野は百八十度を少し超えるくらい。何かが視界の端から飛び出してきてそれを獲物の二人だと思うのは容易で、反射的に両腕でそれを受けられたのはハンニャの戦闘本能からだろう。

 そして右から飛んできたビルデの拳をつかむことができたのは僥倖だった。

 ハンニャは左から来た神二を力任せに飛ばしていったん距離を取る。それとは逆に手を掴んだビルデを自分の体へと引き寄せてもう一方の手でビルデの顔面に一撃を入れようとした。

 だが、ただ防御されてそのままカウンターをおいそれと喰らうほどにビルデは弱者を演じてはいない。

 黒い翼の揚力を駆使してビルデは掴まれている手を中心としてぐるりと一回転した。

 ハンニャはビルデの腕をつかんでいるためその回転につられて空中で前宙をする形になる。ハンニャは回転に耐えかねて掴んでいる手を離した。

 慣性の力でハンニャはその後も数瞬前宙を見せていたが、その回転を止めるようにクレストが出現して、ハンニャの回転は止められた。

 そして回転が止まったところをを見逃さずビルデはハンニャの顔面をつかみ、それを押し出すように力を加える。

 するとそこにも壁となるクレストが発生し、ハンニャの後頭部はそれに押し付けられた。

 ビルデと神二は言葉にはしなかったもののこの場は共闘することが最高善だと考えていた。そして二人の能力の特異点を導き出しそれらを駆使して戦闘に生かそうとすることはチームプレーをするものとしては当然だった。

 神二はクレストを自在に発生させて相手の混乱を誘え、うまくいけば行動範囲を狭めることができる。

 そしてビルデには神二のような遠距離武器はないもの空中での機動力としてはこの三人の中ではずば抜けている。

 それら二つの事象を考えた上で帰結する戦闘方法としては『神二のクレストの誘導でハンニャを自由の利かない空中へと誘い出してビルデが相手をする』というものだった。

 咄嗟に考えたものとしては至極理に適っていた。そしてそれらを言葉を交わさずして行動に移せた二人には紫綬褒章を与えてもまだ足りないだろう。

 だが――

 ガジュッ! 

 人肉の裂ける音が響き渡る。

 ビルデがつかんでいるハンニャの顔面から鮮血が噴き出した。しかしそれは神二からの目線で、ビルデにとっては状況を見るまでもなく右手の痛みがそれを物語っていた。

 ビルデは手を外し、距離を取る。

 ハンニャは自身後方にある神二のクレストにつかまり、ふてぶてしい顔で何かをガムのようにしがんでいた。

 神二はビルデの右手に視線をやる。あにはからんやその手には人差し指と中指がなかった。

「ぺっ」ハンニャは唾を吐くように口の中の物体を吐き捨てた。「まあ、まずくはねぇけどな」

 その行動はハンニャの奇異性を強めるには十分なものだった。しかしそんなことにいちいち驚いている暇は二人にはなかった。

 ビルデは二つの指が失われた右手部分に力を入れて、自身の筋肉で血を止めた。

 その行動にハンニャは称賛の意味か口笛を吹いた。そして風を切り、ハンニャは戦力がそがれたビルデに向かう。

 前述のとおり空中ではビルデの方が敏と動ける。だが右手への噛みつきに虚を衝かれたのかその場を動けなかった。

 二人の距離はあと数メートルというところまで詰まった。この瞬間に一番の焦りを見せていたのは神二だった。この場で壁となるクレストをすぐに発生させればよかったのだが、この条件下では二人の間にクレストを発生させることは不可能だった。

 だが神二は何とかその条件を満たし、二人の間にクレストを発生させた。しかしハンニャはそんなものはものともせずにひらりと躱す。もちろん右手が使い物にならず防御力が失われたビルデの右側、ハンニャで言うと左側へと。

 タカのように細く鋭い左手がビルデに届こうとしていた。

しかしその瞬間黒い物体がそれを阻止した。

 二人の間から何かが中庭へと落ちた。それはハンニャの左腕だった。切断面からは赤黒い液体が流れ出ていた。

 そしてその切断面を作った黒い物体は細くなり、鋭利な刃物のような形になったかと思うとハンニャの左腰へとそれは刺さった。

 やっと状況が分かりだした。その黒いものがビルデの翼だということが神二には分かった。これまでは大人しくビルデの背中で揚力を駆使する道具と化していたその翼は今や生命を持ったように自在に動きを変えていた。

 そして失血からか意識を失いかけたハンニャの頭頂部に、鈍器の形となった翼は勢いよく振り下ろされた。衝撃を受けたハンニャは隕石のような速さで中庭に落下し、地面はそこを中心に大きなクレーターを作った。

 砂埃が辺りに舞う。

 そして地に伏したハンニャにダメ押しの一撃を、

「くたばれ!」

 という咆哮と共に腹へと喰らわせた。

 それで満足したのかうねうねと動く黒い異物はビルデの背中で翼の形に戻っていく。

(もう一分は経っているか。いやもしかしたら経ってないかもしれない。二つ目ともなると少し免疫が付いて効果時間も短いのだろうか……いや、そんなことはどうでもいいことか……)

 ギリギリ命をつなぎ止めているハンニャを見やりビルデはそんなことを考えていた。

 一部始終を見ていた神二は周りの砂埃がはけていく間に消火ホースを取りに行き、気絶しかけているのか動くこともままならないほどの痛みなのか、うめき声をあげながら倒れているハンニャを縛り上げた。そして動かぬように南校舎にあったさすまたを地面にぶっさしてくびきとして使いハンニャの体を固定した。

「確保! でいいんだよな」

 横合いで今にも倒れそうなビルデに訊く。

「ああ、そうだな」

 今にも吐血そうなほどに憔悴しきった声で言った。

「しかしそんな奥の手があるんだったら始めから使えばいいじゃねーか。人が悪いぜ、あ、悪魔か……」

「ああ、この翼のことか? そんなもん最後まで使わねぇから奥の手って言うんだよ。それに発動するのにも条件がいるし、体力が大幅に削られるっていうリスクもあるしな」

「ふーん、そういうもんか」

神二はハンニャを見下ろす。自由を削がれたそいつの顔は諦念というよりも絶望という言葉がよく似合っていた。

「んじゃま、尋問ということでてめーに訊きたいことがある。喋れるか?」

「くそがっ!」

 いきなり電気ショックを浴びせられたかのようにハンニャが暴れまわった。しかしさすまたのくびきがそれを抑制する。

「ざけんな、ざけんな! 何で俺が、なんで俺がああああ! ――」

 ハンニャは学校中に届きそうなほどの大声を出しているその口から赤い鮮血をまき散らした。近くにいた神二はその滴がかかりそうになったがクレストでなんとか阻止する。ビルデも翼で対応。

 疲労のせいか次第にハンニャの叫びは小さくなっていく。

「おい」神二はビルデを見て、「さっきこいつが食べたなんとか薬のせいで今は気性が荒い。やっぱりここは一発入れて気絶させて薬が切れてから尋問した方がよくねぇか?」

「こいつが食べたのが一つだけなら俺もそうしたさ。だがこいつは二つも食っちまった。だから問題なんだ、今は薬の効力のおかげでギリギリつなぎ止められてるがおそらくあと三分もない」

 それを聞き神二は嘆息する。

「……うすうす感づいていたが、やっぱりそういうことか。だったらさっさと吐かせるしかねぇな」神二はハンニャの胸ぐらをつかむ。「おい黒幕は誰だ。今回のことはてめぇ一人でやったことじゃねぇんだろ! 誰かの指示のもと動いてることはわかってんだ!」

 時間がないと分かったからか神二は声を荒げる。しかしハンニャはまともに答えようとはしない。神二を制してビルデが割って入る。

「もういい、どうせこいつには言語力も残っちゃいねぇさ」白目をむき呼吸もままならないハンニャを見る。「それにそんな必至こいて追及しなくても誰がやったかくらいは分かる。その指示した奴が悪魔妙薬をどこから手に入れたのかは詳しくは分からねぇが、やり様によってはいくらでも――」

 その時、神二の剣呑な視線がビルデの目に飛び込んできた。明らかに敵意あふれるものだった。

「指示した奴がわかってるだ? それはどういうことだ」

「ああ? そんなもんお前も分かってることだろ。大門鈴鹿を殺しに来たって時点でてめえのボスの神野郎が――」

「あいつはそんなやつじゃねぇ!」

 神二は立ち上がってビルデを睨んだ。まるで自分が信仰している宗教の教祖がバカにされたような怒り顔で。

「そんな奴じゃねぇってどういうことだよ。あいつはそんな奴じゃねぇか、何かを壊したり誰かを殺したりすることに何のためらいもない快楽主義者。お前もそれが分かってそっちについてんじゃねぇのかよ」

 ビルデは神二に問いかける。だが、顔を俯かせている神二の表情は読みとれない。

「おい、どうした」

「うるせぇよ」小さな声だった。「てめぇら悪魔が知ったような口きいてんじゃねぇ。てめぇが言うそれだって正義の名のもとに裁かれた奴のことを言ってんだろ。これだから悪者の言い分は分からねー。お前らなんか全員死ねばいいのに……」

 神二は顔をあげた。さっきまでのとげとげしい目はまだ続いていたがその目には涙があふれ出していた。

その涙にビルデは驚いた。ビルデは涙を流したことがない。だが涙とは人間が悲しくなったり嬉しくなったりした時に目から流すものだという知識はあった。しかしその道理だとなぜいま神二が涙を流しているのかの説明がつかなかった。

自分に力を分け与えてくれた奴をバカにされたことに対する悲しみか。神二の性格上その場合には悲しみではなく怒りが先行するものとビルデは思っていた。だからこそ神二のそんな反応の意味が分からなかった。

神二は息を整えてから、

「すまん、取り乱した……」

「ああ、そうかよ」ビルデは嘆息する。「まあ、お前があいつをどう思おうが知ったことじゃない。あいつが俺らの敵ということには変わりねぇからな。その幻想もいつか打ち砕かれることになる。客観的に物事を見る目を養え、じゃねぇと主観的な自分という存在も見失っちまうぞ」

 神二は何も答えない。数秒の沈黙が二人を包む。そしてその静寂を破ったのは第三者の悲痛な叫びだった。

「があああああああああ――」

 さっきよりも大きなその声が五秒ほど続き、さすまたの枷をも邪魔とばかりに暴れまわったかと思うと、すべての血流がいきなり止まったかのようにそのスピーカーは音がしなくなった。


 悪魔妙薬の効果が切れ、ひと一人の命が切れた瞬間だった。


「悪魔妙薬……」ビルデはぽつりと呟く。「一回目は一瞬神の域へと到達させる天国への往復切符。二回目からは死へといざなう地獄への片道切符……か」

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