第46話 サタンと神二

「天谷君!」

 こんな状況で、しかも君付けで自分の名前を呼ぶ者に心当たりがなかった神二は振り向いた。

「なんだよ、えっと、サタンだっけ」

 どこからくすねてきたのか消火ホースを肩にかけているサタンがそこにいた。

「よかった、生きてたんだね」

 サタンは快活に言った。

「気色わりぃ、敵を心配する奴がどこにいんだよ」

「でも今は共通の敵がいるから味方みたいなもんだよ」

「はっ、めでたい頭してんな。敵の敵は味方とはよく聞くが、それはその敵が自分に肩入れしてくれる時だろうが。盃も交わさずに味方に引き入れちまったら寝首を掻かれるのがオチだな」

 服についた砂埃をはたく。するとサタンの大きな手が視界に入ってきた。

「じゃあ、今から味方ってことで」

 握手のつもりだったのだろう、しかし神二はその手をはたき、否定の意思。

「悪魔と契りを交わす気はない」

「……天谷君はなんで神と契約したの?」

 唐突な質問だった。だがその問いに関する明確な答えを神二は持っていた。今まで幾度となく思っていたこと。それは天谷神二という人間を作った概念そのものと言ってよかった。

「なんで……か」神二は逡巡する。「そんなものお前に言うことじゃねぇ。聞きたきゃ俺の好感度を上げて、仲良くなることだな」

「そっか」

 仮面で表情は読み取れないがおそらくがっかりした顔をしているのだろう。

「で、そのホースはどうしたんだ」

 神二はサタンが肩にかけている消火ホースに目をやり、訊いた。

「ああ、これはあそこの赤いところを開けたら入ってて」

「そういうことじゃなく、何に使うんだって訊いてんの」

「それはあいつをふん縛る時にだよ。普通の縄だとすぐに破られるけどこれぐらい丈夫なものなら行けると思うんだ」

「そうかよ。それで尋問するってわけか。まあ、俺もあいつには聞きたいことがあるしな」

「それがそうもいかないんだよ。まだあんな力が使えるってことは二つ目の悪魔妙薬を食べたってことでしょ」

「そういやビルデもそんなことを言ってたな。確かに黒い飴玉みたいな奴は食ってたな。だがそれが何だってんだよ」

 神二は頭を掻く。

「とりあえずあと七分くらいで薬の効果は切れるだろうからそれまでにこのホースで縛って欲しいんだよ。それで尋問でもなんでもしたらいいよ」

 サタンは肩にかけてあったホースを伸ばす。

 長さはおよそ二十メートル。消火の時にしか使わないと思っていたホースを縄代わりに使うのは天啓だと神二は思った。

「じゃあさっさと行けよ」

「それは無理だよ。だから、はい」

 サタンはそのホースを神二に渡した。

「なんで俺が、……ああそっか、てめえが戦うのは危険だったんだな。聞いたぜあいつに壊されたんだろ?」

「うん、そうだよ。だからよろしく」

 神二はサタンの割れた仮面を見ながら舌打ちする。

「食えねぇ野郎だ」

 そう言うと神二は意外に重みがあるホースを肩にかけてビルデのもとへ歩を進める。

「ああそうだ」神二が何か思い出したのか振り向く。「俺のことを君付けで呼ぶな、あと名字もやめろ。神二でいい」

「それは何? 仲良くなったから?」

「違う。俺がこの名字を嫌いなだけだ。父親と同じこの名字がな」

 そう言うと神二は東へと走り去っていった。

「天谷神二。いろいろと裏がありそうだな……」

 誰ともなくサタンは呟いた。

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