第41話 悪魔の血

 三人が暴れまくりほぼ半壊状態の部室棟とは距離を取り、サタンは北校舎へと降り立ち、両脇に抱えていた女子二人を屋上に降ろした。

 すると好奇心の鬼と目された鈴鹿は我先にと屋上のフェンスにかぶりつき部室棟を野次馬のように見つめる。

 視線は鈴鹿に向けながらサタンがもう一方の女子、麗華に言った。

「このままみんなの避難列に戻ってもよかったけど、もしあの男が追ってくることになれば他の生徒たちも巻き込むことになるからね。だからここでいいかなって――」

 反応がないのでサタンは麗華に目を向けると彼女はその場に足の筋肉がなくなったかのように力なくへたり込んでいた。紳士なサタンは、

「大丈夫?」

 と問いかける。こんな禍々しい仮面をつけていなければ惚れてしまいそうなトーンで。

「ねぇ」麗華はサタンを見上げる。「あんたたちは何なの?」

 好奇心が先行しない麗華でもそれは当然の疑問だった。背中から翼を生やし、一瞬で地上から屋上に移動し、素手で校舎を破壊する。ビックリ人間の特集番組でもここまでの規格外な存在は取りざたされないだろう。

 サタンは審念熟慮の体勢に入るが、やはりこの言葉でしか表せない。

「悪魔だよ」

 しかしその説明では不十分だったのか、

「それが何なのかって聞いてるのよ。何? 何なの? 悪魔ってのは知ってる。神様なんかと敵対してて聖書に出てくる悪の象徴でしょ。でもそんなのは想像上の存在でしかない。妖怪とかお化けとかと一緒よ。そんなのが目の前に現れていきなり信じるなんてことできると思う? 無理、無理だよ。そんなの、無理だよ……」

 再び麗華は顔を俯かせた。

 サタンは宥めようとするがどう声を掛けたらいいものかわからなかった。

「それにあの男は何なの?」

「男ってどの?」

「あの男よ、翼が生えたあんたと同じ、悪魔のあの男よ」

「ああ、ビルデのことか。あの子はそうだなー、なんていうか真面目でとっつきにくくて、それでいて気高い戦士みたいな……」

「私――」

 『あの人を見たことがある』と言葉を紡ぐつもりだったが麗華は、

「私のことを一般人って言った」

 という言葉にシフトする。

「え?」

「あの男、私の方を見て一般人って言ったの。そりゃ、あんたたちから見れば私はどこにでもいる非力な女だよ。でも、――」

 麗華は顔をあげて、少年のように目を輝かせながらフェンスにしがみつく鈴鹿に目をやる。これだけの距離があれば今までの会話は聞かれていないだろう。それを分かってか麗華は、

「でもそのビルデは鈴鹿に対して、一般人とは言わなかった。それは何でなの?」

 目鼻立ちの整った顔がサタンに向けられる。

 そしてサタンは鈴鹿を視界に入れながら答えた。

「血だよ」

 飽くまでも端的な、たった一文字の説明だった。

「血?」

「そう、あの大門鈴鹿は僕たちと同じ悪魔の血を引くものなんだ」

「悪魔の血……」

 大きな双眸で麗華は鈴鹿の背中を見つめる。鈴鹿のその姿はどこからどう見ても好奇心が旺盛な子供心を忘れないどこにでもいる女子高生に見える。

「それは何なの? その悪魔の血が入ってると鈴鹿はどうなるの? あんたたちみたいに翼が生えたりするの?」

 矢継ぎ早に麗華は質問するが、サタンはどこまでも冷静に、

「今までみたく人間界で普通の日常を歩んでいればそんなことはないよ。君たちと変わらない普通の女の子だよ。でも一つ、その能力を開眼させるものがある」

「それはなんなの?」

「……悪魔妙薬だよ」

「悪魔妙薬?」

 一般の女子高生よりは語彙力があると自負していた麗華にとってもそれは初めて聞く単語だった。

「さっき見たでしょ。あの仮面の男が飲んだ黒い飴玉みたいなやつ。あれが悪魔妙薬。まあ簡単に言えば戦力増強剤かな。悪魔の血を引くものが飲めば強くなるんだよ」

「そう……なんだ。じゃあ、あのハンニャも鈴鹿みたいに悪魔の血を引くものなんだ」

「いや、それは違うと思う。多分だけどあの男は普通の人間だよ」

「え、じゃあなんでなの?」

「それは――」

 ダンッ! 

 耳朶を打つ轟音によりサタンの言葉の先は失われた。そして地面が揺れるのを感じた。地震かとサタンは一瞬思ったがそれは鈴鹿の言葉で違うということが分かる。

 鈴鹿がこちらを振り向いた。

「あの三人、この校舎に入ってきた!」

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