第28話 悪魔会議

 その闇蔵高校から約五百メートル離れたビルの屋上で一人ののぞき魔と、割れた仮面をつけ装飾を纏った背の高い男が一人、合計二人の不審人物がいた。

「やはりどの教室かはわかりませんね」

 自分の手をまるで望遠鏡のように使いながらビルデは言った。

「やっぱそうだよね。闇蔵高校とは分かっていてもどのクラスにいるのかは分からないし。分かっているのは二年生ってことだけだもんね。あ、でも顔は分かるのか、昨日見たし」

 サタンは流れが速くてコンスタントに形を変える雲を見ながら言う。

「ブブ行けるか?」

ビルデは肩に止まっている小さなモンスターに話しかける。

「はい、大門鈴鹿の容姿はちゃんと覚えてますよ」

 ハエのモチーフにしてはいやにかわいい多足モンスターが手もみをしながら言った。

「だがその恰好で学校に侵入すれば目立つ。ハエに化けてから行けよ」

「了解しました!」

 四つの手で敬礼するブブは、即座に黒い点へと変貌を遂げ闇蔵高校へと飛んでいった。

 ブブはこぶし大の大きさから一般的な蝿の大きさまで自由自在にサイズを変えることができる。スパイ要因にはもってこいの使い魔だった。

「あとは待つだけですね。ここで下手に動いても体力を労するだけです。風は強いですが、今日はいい天気ですよ。日向ぼっこしながら待ちましょうか。魔界じゃこんなことできないんですから」

 空を見上げながらビルデは寝ころんだ。青い空に少しばかりの白綿が幻想的に見えた。これ以上ないベッドルームだとビルデは思った。

「ねぇ」

 サタンが頼りなさげな声を出す。

「ほんとにこれでいいのかな。このまま大門鈴鹿と接触して力を開花させたとしてもあいつに勝てるかどうかもわかんないんだよ。たとえ神を凌駕する力が発現されると言っても、神の力は本物だ。その気になれば僕ら二人を同時に相手どったってあいつは笑いながら戦うんだろうし、たとえあの薬を使ったとしても――」

「サタン様」

 ビルデはサタンの言葉を遮る。自分が言いたいことがあったからか、それともその先の言葉を聞きたくなかったからか。

「仕方ないことなんです」ビルデは視線を空に向けながら、「この世界は不条理です。魔界や地獄や天国やこの人間界も力が全てです。それは権力だったり財力だったり単純な暴力だったりもします。そして力のないものはそれに従わなければならない。虐げられなければならない。それは自然の摂理なんです。小さな獣が大きな獣に食べられ、大きな獣が更に大きな獣に食べられ、その大きな獣よりも賢い人間がその獣を喰らう。あまりに必然なことです。力のあるやつは力を行使する。そして頭をつかい、更なる力を欲する。終わることのない競争、死の積み重ね。勝者という名の敗北者。それを不公平だというものもいる、しかし力に左右される世界は理に適っているという奴もいる。そこで対立する。また戦争が起こる。互いが互いの価値観を押し付け合い、自分の考えこそが正義だとのたまう。自分の価値観を押し付ける時点で、どっちも悪なのに。でも争いが始まればそこに善と悪の概念は介在しない。あるのは勝つか負けるか、そして勝った奴が正義だという自分勝手な理論だけ。それだけに力というものは何よりも優先されるものなんです。それ故に無力なものはそこに甘んじるしかない。今の私たちはそれなんです」

 ビルデは太陽に向かって手をかざす。

「弱いものはできることをも制限される。今私たちはあいつに生かされているんですよ」

 ビルデの手は無情にも虚空をつかみ、そこには太陽という光はなく、それははるか遠いところで順調に核融合を繰り返していた。

「でもそうかな」サタンは中空に目をやりながら、「ほんとに力だけが全てだったらこの世界はもっと混沌としていて、血なまぐさいことになってると思うよ。それにこんなに発展もしなかっただろうし。もし力のある一人の人間の言いなりだったら世界は一つの見方しかできないからね。それに互いが互いの考えを押し付けるのは争いを生むことだけど別に悪いことだとは思わないな。そうやって争って優劣をつけた後にこそ本当に必要なものが何か分かるんだからさ。あと、力が全てだったら、今頃ビルデは魔王になってると思うんだけどな」

 サタンはビルデを見る。仮面で目は見えないがビルデはサタンと目が合ったような気がした。

 何かを見通す力がサタンには宿っていた。まるで嘘を言って折檻を逃れようとする子供を見る母のようにも見えた。しかしなぜかそこには自虐的な憂いの色も秘めている。

それはなぜなのかビルデは知っていながらも考えることはやめた。

「何を言っているんですか。サタン様は魔王の地位が嫌いなのですか? それに私が魔王など的外れもいいとこです。私はサタン様だからついて行ってるんですから、そんなことは言わないでください」

 ビルデはサタンとは反対側を向き、寝る体制に入る。

 サタンは空を見上げる。

 そう、自分たちは弱い。ならば今できることをやるしかない。それは大門鈴鹿と接触すること。そしてその力を借りてあいつを倒す。おそらく今の自分たちの行動も筒抜けなのだろう、だが襲ってこないところを見るとあいつはやっぱり生まれもっての戦闘民族であり、最高のコンディションの自分たちと闘いたいと、そういうことか。明らかにあいつの掌の上で転がされている。そうするしかない、そうすることしかできないから。だが自分たちは強さを求めなくなるほどに弱くはない。

空のように大きな青写真をサタンは脳内で描いた。それがどんなものなのかはサタン以外には知る術もなかった。

青い背景の中を流れる雲がまるで柵を飛び越えんとする羊のように見え、それがサタンの眠気を誘った。

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