第二章

第25話 鈴鹿のモーニングルーティン

 星の光が陰り、その代わりかのように太陽が姿を現した。月はそれを見て地平へそそくさと隠れる。追いかけると逃げられる、まるで男と女の恋愛の皮肉を謳うかのように朝がやって来た。

 静謐な夜はスズメの甲高い挨拶とトサカ鳥の耳障りな騒音で押しつぶされた。

 目覚ましよりも先に起きたのはいつ振りだろうかと鈴鹿はまだ電子音を発さない時計を見つめながらベッドの中で思っていた。二度寝するにもあと三分とないし、音よりも先に起きてしまうと三分後に鳴るであろうその音は一体だれが止めるのか。いや確かに時計をいじって音が鳴らないようにすれば終わりの話だが、それを考えられるほど寝起きの鈴鹿の頭は回転率が良くはない。これほどまでに時計のアラーム音を待ちわびたことはなかった。

 ピピプッ。クイズチャンピオンさながらの早押しを見せた鈴鹿はベッドから転がり出る。

 昨日とは打って変わって太陽が燦々と輝いている。もしかして英語のサンはこの燦からきているのではないかと不生産なことを考えながら鈴鹿は食卓についた。

 昨日鈴鹿は早めにベッドにつき、購入した雑誌を読んでいた。絵も多かったが、活字も多かったためすぐに鈴鹿は活字の海に溺れてしまい深い眠りについた。それが今日の早起きに繋がったのだろうと鈴鹿は勝手に結論付けた。

 鈴鹿は壁に立てかけてあるカレンダーを見る。そして『あー、今日は二月十日なんだな』と分かり、今日学校に行けば明日は祝日を満喫できるんだなと彼女は感慨にふけった。

 朝食が運ばれてきた。まずは山盛りのキャベツから食べるのはいつの間にかの暗黙のルール。そしてアトランダムなおかず。今日は昨日の残り物のパターン。

 いつも通りのご機嫌な朝食。長期記憶に残らないインパクトに薄い朝食だった。

 食べ終えると部屋に戻り、カッターシャツの袖に腕を通す。黒色のプリーツスカート、赤色のリボン、紺色のブレザーの順に身に着ける。

 胸ポケットの『十字架が刺さったドクロ』が優しげに微笑んでいた。当初鈴鹿はなぜこんな趣味の悪い柄がわが校の校章なのかと疑問に思ったが校長のあの話を聞いてみると、なるほど悪くはないと思ったのはいつの時だったかと鈴鹿は思う。

 そして一応女の子ということを考慮して鈴鹿は洗面所で申し訳程度に髪を整える。茶色がかった髪はより一層の輝きを見せる。見ようによっては天使の輪を付けているように光が反射する。

 リビングに戻りテレビモニターの左上に表示されている時計を見る。

 いつも思うのだがなぜ朝のこの時間の流れはいつもよりも急ぎ足なのだろうか。もしかしたら日本人の遅刻率を減らすためにテレビ局が何か裏で画策をしているのではないかと考えてしまうのは鈴鹿の悪い癖だろう。

 惰性で鈴鹿は今日の星占いのコーナーにも目を通す。これが最高位の一位ならば鼻歌スキップで登校してやっても良いと思った鈴鹿だが順位はなんとあいにくの最下位。これではうつむき加減に足元を見ながら登校するしかない。アナウンサーの無機質な「ごめんなさーい」の声が鈴鹿の気を逆撫でする。

ならばせめて最後に発表するラッキーパーソンに頼るかとしばらく待つ。すると今日のラッキーパーソンは『親しい友達』とアナウンサーが唱えた。

鈴鹿は安心からか少しガッツポーズをする。それだけにこのラッキーパーソンとは切っても切り離せない関係だったからだ。

自然と頬が緩む。

 鈴鹿は学校指定の革靴を履き、玄関を出る。

 太陽が満面の笑みを鈴鹿に向けた。

 普段と変わらないいつもの朝、明日には記憶にも残っていない昨日と同じ様な普遍的な一日がまた始まるのか、と考えることもなく鈴鹿は昨日と変わらない日々を今日もまた歩もうとしていた。

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