第22話 麗華の放課後
煌々と光るストロボに目を細めれば自然と笑顔になるという方法は麗華自身が編み出したものであり、最近はその専売特許を遂行しているため雑誌に載っている大概の笑顔は人為的に作られたものであることを彼女だけは知っていた。そのおかげでいささかの後ろめたさも感じるのだが、それは人を笑わせるセンスにかけるカメラマンのせいだと帰結させ、今日も彼女はサービス精神あふれる作り笑いを敢行する。
「いやー、さすがですよ麗華さん。今日もお嬢様らしい麗しい笑顔でした」
撮影後のカメラマンのそんなセリフに少し吹き出しそうになった麗華はいそいそとセバスの車へと戻っていった。
車が見えなくなるまで深々と礼をするスタッフたちには一社会人としての偉大さが感じられた。
時刻は午後七時。雨はすでにやんでいて、上空は自分が一等星だと言わんばかりに数多くの星がきらめいていた。
「ねー、私って悪い人かな?」
帰りの車の後部座席で揺られながら麗華はマネージャー兼運転手兼執事のセバスに聞いた。
「なぜそんなことがありましょうか?」
セバスはその質問に質問で返す。
「だって私撮影の時も心の底から笑ったことないし、雑誌社の人にされる質問もそこまで考えた答えじゃなくてその場しのぎの言葉だから他の雑誌社に同じ質問された時にもまた違う答え返しちゃってるんだよね。確固たる信念がないって言うのかな」
麗華はふと窓の外を見て見る。夜空にきらびやかに輝く星々と自分との距離がそのまま大人たちと子供である自分の差のように感じられた。
「私ね」麗華は話す。「この人生ってその場しのぎの連続だと思うんだ。ずっと今日という日をつつがなく過ごす連続。何か突飛なことをすれば明日からは昨日とは違う不確かなものになってしまうかもしれない、その想いが働いて、人は無難に走ってしまう。だから私もそうしてる節があるんだよね。『あなたにとって音楽とは何ですか?』って問いにも『人生です』って答えちゃう。それははたから見れば『おー』と歓声が起こる答えかもしれないけど内心やっぱりベタな答えだなって思う自分がいる。誰かを敵に回すような答えが出ない。『それは間違っている』と言われるような答えを出せない。だってそんな答えをしたらつぶされるから」
麗華は一定間隔で景色を流れていく街頭に自身が歩む日々の連続を連想させた。昨日と今日でまったく同じ装飾をまとった毎日がどんどんと過ぎていく。それが何本目かもわからずに。その毎日に焦りさえ感じる。
果たしてこれでいいのかと麗華は考えるようになっていた。
「私は自分の保身のことばっかりで『自分』ってのを出せてなくて、嘘ばっかり、その場しのぎ、言い換えれば自己中なんだよね、私って」
それでとりあえずの証明を終了させたのか、麗華は再び前を見据える。それと同時に車が止まり、赤信号が麗華の顔を照らす。
「そんあことはありません」
セバスは前を見ながら口を開いた。
「自分を出せないなんてとんでもありません。現に麗華様は私に『自分』を出してくれているのではないですか?」
さっきまで止まっていた車が青になった瞬間われ先にと目の前を横切る。いろいろな思いが払拭されるような感覚にもなる。
「いや、でもそれはセバスだから言ってるだけであって」
「それで十分だと思います。一人でもそういう相談や愚痴を言える人がいるというだけで人は『自分』を出せるのですよ。それに『自分』を出せないことが悪だとは思いません。そういった嘘も要は使いようですよ。それに麗華様には私なんかよりももっと『自分』というものを見せている人がいらっしゃるじゃないですか」
麗華は必然的に鈴鹿の顔を思い出す。
確かに麗華は鈴鹿とは親友の前に『超』という言葉をつけても差し支えない関係は築いていて、いつもの着飾っている自分というものは地平の彼方へとすっ飛ばして接している。
鈴鹿の前では素の自分でいれるのを麗華は知っていた。
「それでいいのかな」
「それでいいのだと思います。上辺だけの関係を築いた友達が百人いたとしても、たった一人そういう存在がいなければ何の意味もないのですから。麗華さまは幸せな人だとそう思います」
セバスは好々爺のような優しい笑顔を見せた。
その笑顔は麗華に安心感を与えるには十分な効力を持っていた。
信号は青になり、車は進む。
確かに麗華にとって鈴鹿は大事な親友だ。それは言われずとも自覚していた。第三者の目から見てもそうだろう。しかし麗華は麗華自身、鈴鹿がそばにいること、『自分』をさらけ出せる存在がいるということを幸せだと思ったことはない。鈴鹿はいつでもそばにいて、いつでも二人三脚で歩んできた。鈴鹿と一緒にいること、それが当たり前になっていた。
そうか、私は幸せだったのか。麗華は思った。
だがそれは今の状況に対する感想でしかない。
失くして初めて本当の大切さを知るということをまだ麗華は知らなかった。
夜は更ける、星は輝く、だがその輝きもいつかは薄らぎ見えなくなる。それが自然の摂理だった。
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