第16話 ビルデと神二
「で、その神の力を得た天谷くんは俺をどうしたいのかな?」
頭上でふんぞり返る神二にビルデがまるでおもちゃを取り上げたガキ大将を諭す先生のように問う。
「んー、今回はただの挨拶みたいなもんだよ。別にここであんたと本気でやり合おうとは思わないしね。まだそんな時期じゃないし」
神二はおもちゃを取り上げたガキ大将のようにニヤッと笑みを浮かべた。しかしそこにはガキ大将とは比較にならない殺意と憎悪が入り混じっていたことにビルデは少しの恐怖を覚えた。
「いやー、でもあの魔王サタンの側近だっていうからどんな奴かと思えばそんなに大したことないんだね。これならそこまで気合入れて挑まなくても勝てそうだわ」
神二は鷹揚にクレストと呼ばれる紋章の上で両手を広げながら言った。
「へー、言ってくれるね。じゃあ何、お前は自分が俺よりも強いとか思ってんの?」
「思ってるとかじゃなく、実際そうだと思うんだけどなー」
豪胆で傲慢な笑顔がさらにビルデの神経を逆撫でする。
ビルデは鼻を鳴らす。
「はっ、そんな安い挑発を買うほどに心が狭く育ったわけじゃねぇが」
「じゃねぇが、何?」
グワン。
神二の問いと同時に辺りに風切り音が響く。さっきまでビルデがいた場所のゴミは居所をなくしたかのように四方へ散ずる。重力に従順だった雨のしずくがビルデの動いた軌道内でだけアトランダムに飛散する。
「ここでてめぇを逃がすほど心が広くもねぇんだよ!」
刹那でビルデは神二との距離を詰め、悪魔のように鋭い手を神二の胸に突き刺した。かのように見えただがその場所はすでに虚空。無情にも空を切り裂く。神二が立っていたクレストも消え失せていた。
「どうしたよ」
後方数メートル後ろから神二の声がした。見るとビルの屋上でポケットに手を突っ込みながら悠然とこちらを見据える神二がそこにいた。
「何その手。手を伸ばせば太陽が掴めるとか思ってる? こんなどん曇りで? 届かねぇよ。太陽にも俺にも」
神二は舌を出す。何とも憎たらしい顔だ。今すぐ顔面にパンクロニウムを打ち込んで表情筋を弛緩させてやりたいとビルデは思った。
ビルデは睨みつける。
神二は笑う。
「だからよー、今はまだあんたとやり合う時期じゃないって言ってんじゃん」
「どういう意味だよ」
ビルデは聞き返す。
「へー、そう言ってるってことはやっぱり気づいてないんだね」
「は?」
要領を得ない神二の返答にいら立ちを覚える。
「さっきあんたが話しかけた女だよ。佐藤優子だっけ? 今どきそんなありきたりな名前いるかな、いやいるかもしれないけどね。いい名前だもんね」
佐藤優子。さきほどビルデが詰問し、おそらくは大門鈴鹿と関係のある女、もしくは大門鈴鹿本人ではないかと見定めた女だ。
「お前何か知ってるんだな。じゃあやっぱりあの女は嘘をついていて実際は佐藤優子なんかじゃないと」
「そう、佐藤優子じゃない。じゃないけど――」
神二の顔はさらにゆがむ。まるでエイプリルフールの馬鹿らしい嘘を信じ切った純粋無垢な子供を蔑むような顔に見えた。
「やっぱりすごいね、あいつは。声や体型、顔ひいては衣服までトレースできるんだからさ」
神二はまるで弟子たちに種明かしをする手品師のように自慢げに話す。
「それでいて俺よりも強い。あんたらのリーダーのサタンだって適うかどうか……。よかったよ、こっち側についてて、あんたらみたいな悪魔の下についたって何も面白くないしね。やはり正義の味方に憧れる俺としてはこっち側がお似合いさね。それに――」
ビルデは神二と同じビルに降り立ち、神二の言を遮り再び睨みを利かす。
「どういうことだ、おい。トレースだとか、正義の味方だとか。あの女もお前みたいに神の力とかいうのにとりつかれたクチか? それにその口ぶりから言うとあの女もお前らの仲間か?」
「ちょっとちょっと、質問は一セリフにつき一回までだよ。でもお人好しな俺はちゃんと無知な君のために答えてあげよう。そうだよ、あの女は俺たちの仲間で俺と同じ神の力を持つ女だよ。ちなみにさっきの佐藤優子のルックスは大門鈴鹿そのままだったさ、ここ重要ね」
神二は嬉々として答える。なんともイラつく喋り方だ。
「なるほど、さっきのあの女のルックスは大門鈴鹿のものだったのか。覚えておこう。あとお前のその発言から考えると、佐藤優子と偽名を名乗ったさっきの女は大門鈴鹿ではない。大門図図化の顔を舌誰かと解釈しても相違ないな?」
ビルデのその追求は取調室で犯人に自供させる敏腕刑事を想起させたが、神二はそのビルデの問いに「そうだよ」と軽々しく自供した。
ビルデは軽く舌打ちをする。
「……解せねえな」
ビルデは神二に不信感を募らせる。
「なぜそれを俺に言った。お前は馬鹿そうに見えるが、あえて味方の情報を敵に漏らすほどの大馬鹿じゃねぇだろ?」
「ああ、確かに俺は味方の情報を敵に漏らすほどの大馬鹿じゃねぇ。だが、かと言って俺たちの情報をお前らに知られたところでこちらの牙城が崩れるほどに俺たちはヤワでもねぇんだよ」
一層に邪悪さを強めた神二のその笑顔は何もかもを喰らわんとする悪魔のように見えた。
「なぜそんなまどろっこしいことをする。変な作戦なしに俺たちとやり合えばいいだろ」
「別に俺は今あんたとやってもいいんだよ。でもうちのリーダーがもっと強いあんたらと戦いたいという戦闘民族みたいな思考を持ち合わせてる人でね。まったく下の俺からしたら困ったもんだよ。まあ俺は楽しいからいいんだけど」
「答えになってねぇよ。俺はなぜわざわざお前らが、俺らの前に大門鈴鹿の姿で現れたのかって聞いてんだよ」
今すぐにでもこの天谷神二の体に風穴を開けたくなる衝動に駆られるがビルデは自制しながら再度質問する。
そして神二は、
「だから今回は挨拶みたいなもんだって言ってんでしょ。悪魔二人が人間界に降り立ったっていうからちょっかいでも出すかってことになったの。あと大門鈴鹿の姿で登場したのは、あんたたちが後々動きやすくなるかなって思った親切心からだってよ。だから今回は本気でやり合おうとは思わないよ。多分。安心しな」
マドモアゼルをエスコートする紳士のように優しげな声で言った。だがそんな男の甘い言葉には裏があると相場は決まっている。今すぐに神二の鉄拳が飛んでくるともわからない。
ビルデは警戒の念を強める。
そしてそれに気づいたのか神二は、
「そう肩を張るなよ。大丈夫だって今日俺はあんたとやらねえよ。正義の味方は無為な争いは望みませんよ」
と言った。
正義の味方? いやそれ以前に『俺は』だと?
「俺は、ってことはその女は」
「そうだね、今頃おっぱじまってるかもね。あいつは血の気が多いから」
ビルデは血の気が引くのを感じた。
雨がより一層強さを増し、風が吹きすさぶ。
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