第14話 天谷神二
殺意や憎悪が混濁した視線を避けるために道なりに走るのをやめ、屋根と屋根を飛び移る難航ルートを選んだのは果たして吉なのか凶なのか悩むほど今のビルデには余裕がなかった。
どれだけ早く進んでも不自然なコース選びをしても、一定の距離から離れることも近づくこともなくその嫌悪感はついてくる。まるで相手の手の上で転がされるかのような束縛感さえ覚える。
これだけの動きを織り交ぜてもついてくるこの不確かな存在を人以外の何かと定めるのにはそう時間がかからなかった。いや、実を言えばその視線を感じた時点で分かっていた。
悪魔たる自分にここまでの不快感や焦燥感を与えられるのはおよそ人間とは考えにくい。
おそらくはこちら側の何か。
雨がより一層強さを増す。雨音が聴覚を奪う。周りの視界をぼやけさせる。世界がモノクロになっていく。頭上に浮かぶ真っ黒な空間はこの世界のすべてを包み込むようだった。
突如ビルデは前方の建物の壁を蹴り、さっきまで自分が通って来た道を引き返す。
虚を衝いたビルデの行動だったがなぜか追ってきたその影を見据えることはできない。おそらくどこか物陰にでも隠れたのだろう。だが戦闘経験豊富なビルデは咄嗟に羽を出し上空に飛び上がった。死角がどんどんと無くなっていく。
さて物好きなストーカーの顔を拝んでやろうと息巻いたビルデは辺りを見渡す。だがそれらしい影はない。
まさか路地裏にでも隠れたか。だとしたらこの程度の高度ではまだ死角だ。ビルデはさらに高度を上げるため羽をはばたかす。
ガン。
その瞬間、鈍い音が辺りに響き渡ったと思う間もなくビルデは下の路地に突き落とされた。後頭部の激痛と共に。
その衝撃でマスクは外れ、帽子は彼方へと飛ばされた。
ビルデは周りのゴミ袋がクッションになったことに感謝をすることもなく上空を睨みつける。
そしてその追従者をやっと視界にとらえることができた。
背景の曇り空とは対照的な真っ白なワイシャツに赤色のネクタイ、下は灰色のスラックスに身を包んだ黒髪の青年がそこにいた。
その青年は上空にとどまりながらビルデを不敵な笑みで見据える。しかしビルデみたく羽を生やし揚力を行使してその場にとどまっているわけではない。その青年は何か六芒星か十六芒星かの複雑な図が描かれたピンク色の真円紋章の上で傲然にもヤンキー座りをしていた。紋章は中空にとどまったまま微動だにしない。
「不意衝かれた?」
鼓膜にストレスを与えるような甲高い声でその男は尋ねた。
「ねぇねぇ、さっきまで追ってたの俺なんだけど、どうだった? ちゃんと気配とか殺せてた? あ、でも殺せてなかったから気づかれたのか。でもさでもさ初心者にしては結構いい線行ってると思うんだ、自分で言うのもなんだけど。すぐに物陰とか隠れたし、この雨の状況をいい具合に利用できたしさ。そういやさっきの一撃どうだった? 後頭部ってめちゃくちゃ痛いんでしょ? 俺やられたことないけど。いやでも今のはそのままあの世コースだと思ったんだけどなー。もうちょっと上から助走つけたほうがよかったのかな。ねぇねぇねぇどう思う?」
悪態や反論をはさむ余地もないほどの弾丸トークだった。いやトークというかただの一方的な独り言だった。
「ねぇ聞いてる?」
男は反応のないビルデに不審がり怪訝な顔で再び尋ねる。
ビルデはまさかこの男がさっきまでの禍々しい殺気を出していたのかと疑問に思ったが、男自らがそう言っているのだからそうなのだろうと見切りをつけ、
「お前は誰だ?」
と質問で返した。
「ん、俺? 俺は天谷神二(あまやしんじ)ね。名前だけでも憶えて帰ってね。年は十七。見ての通りもう人間じゃないよ。こうやって人間離れしたこともできるしね。あ、あとねこれこれ、今俺が乗ってるこの紋様はクレストって言ってね、出す場所によれば足場にもなるしシールドにだってなるんだよ。超絶優れものだよ。他にも使い道ないかなー、って日々考えたりしてるんだよね」
その男、天谷神二は自らにプライバシーという概念はありませんよというようにあっけらかんと答えた。
さっきまで世界がモノクロだったり雨雲が地獄の扉のように見えたのは勘違いだったかとビルデが自分の比喩力を嘆くほどに目の前の男はひどく幼稚に見えた。
だがそんな博識に欠けていそうな奴にも訊きたいことはある。
「『もう人間じゃない』と言ったな。じゃあ、この前まではお前も普通に高校生やってたってのか?」
「いやいや、高校生は今でも普通にやってるよ。授業はあくびが出るほど退屈だけど友達といるのは楽しいしね」
「その力はどこで手に入れた?」
「ちょっと待ってよ。俺ばっかりに質問はずるいよ。今度は俺からね。あんたって魔王側近悪魔のビルデでいいんだよね?」
「……ああ」
「じゃあさ、大門鈴鹿を探しに来たの?」
「ああ」
「それってあれ? 俺らを倒すためとか?」
「……そんなことを言うってことはやっぱりてめぇもそっち側か。じゃあその力も――」
「うん。神の力だよ」
神二は満面の笑みで当たり前のようにそう言った。
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