第13話 雨の中の黒い影
雨は嫌いだ。
セバスが運転する車中で麗華はそんなことを思った。
そんなありきたりで定番な思考を麗華は恥ずかしいとは思わない。雨が降っていると髪型が決まらず、テンションが下がるのは自明の理だ。
小学校の時分クラスメイトの男の子から天然パーマの麗華とネーミングセンスゼロの名称で揶揄された思い出がある。実際、麗華はお嬢様らしからぬくせ毛である。
いつもはヘアアイロンで黒髪ストレートにしてから通学していたのだが、その日はたまたまピアノスクールの合宿から帰ってきてそのまま学校に直行したのでそんな暇はなかった。しかもその日はあいにくの雨。いつもより強く麗華のくせ毛がうねりを見せるのは不可避な状況であり、あれは今でも忘れたい思い出だった。
だが麗華は自分のこのくせ毛が嫌いではなかった。
中学生の時の修学旅行。女子部屋は二人部屋になっており、好きな人とペアになっていいとのことだったので麗華は鈴鹿と相部屋になった。一夜を過ごして朝になってシャワーを浴び、さていつも通り髪型を直そうかと思った時にヘアアイロンを忘れたことに気付いた。もし使用人のセバスに旅行の用意を任せていたならこんなことにはならなかっただろう。中学生になったのだから自立して自分で用意をしてみようと思ったのが運のつきだった。
さてどうしようかと悩んでいたところに鈴鹿が「どうした?」と声を掛けてきた。その時、鈴鹿にその髪型を見られるのは初めてだった。わざわざ見られないように早起きしてヘアセットをしようと思っていたのに、これでは笑われると思い覚悟した。だが、鈴鹿が発した一言は「その髪型イメチェン? ワイルドでかっこいいな」という虚を衝くものだった。
その言葉は鈴鹿にとってはなんのこともない一言だったかもしれないが麗華にとっては素直に嬉しく、その日一日をその髪型で過ごしたのは今でも中学級友の語り種である。
だがそこからの学生生活をそのくせ毛の髪型で過ごしていたわけではない。やはりそういった無造作な髪型はピアノスクールでは評判が良いとは言えなかった。
レッスンやコンクール、メディア取材の日は黒髪ストレートのザ・お嬢様的髪型で過ごしている。だがそれ以外の日には鈴鹿に喜んでもらうようイメチェンも兼ねてそのくせ毛の髪型、少しおしゃれにワッフルヘアーで学校に行くようにしている。
男子の中には黒髪ストレートの方が清廉性が増し、お嬢様みたいだと評する者もいるがそんな噂は麗華には関係がなかった。
今日はメディアの取材の日だ。できれば雨の影響なしに黒髪ストレートを貫きたい。もし、くせ毛なんかで雑誌に載ってしまえばそれを見た麗華の母親、崎本和美が黙ってはいない。和美はいわゆる教育ママであり麗華にピアノを教えた張本人である。母の教えは厳しく、それがたたり麗華がピアノを一時嫌いになったこともある。だがその時も鈴鹿が助けてくれたのは、また別の話。
さて、今日の取材内容はなんだっただろうか。ピアノを始めたきっかけか、尊敬する作曲家は誰かか、それともこれからの将来のことだったろうか。
とりあえず今までもなんとなしに答えていたのだから今日もなんとかなるだろうと思い、自身の適当さを憂うこともなくふと窓の外に目をやる。
相変わらず雨は降り続け、その勢力は強くなっているようにさえ感じた。
そこに黒い影が横切る。
麗華は目を疑った。屋根と屋根を飛び移りながら移動する人影が見えたのだから。
目をこすりもう一度見て見るがすでにその影はなく、曇り空だけが視界を覆う。
セバスは後部座席の麗華のその反応に気付くこともなくアクセルを踏み、目的地へと急ぐ。
麗華はそんなわけがない、自分は疲れているんだと言い聞かせこの後の取材の内容を考えることにした。
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