第11話 鈴鹿が好きだ
鈴鹿とともに制服下校という淡い夢もついえた徹は麗華と別れ、学校の図書室にいた。
来年から受験生の彼にとって勉強をするのにここほどもってこいの場所はない。
普段はそこまで勉強熱心というわけではないが、なぜか今日は数学の微分積分を勉強しなおしておきたいとふと思った。
だがいくつものインテグラルの記号を書き連ねてもなぜか頭の隅では鈴鹿のことを想っていた。
勉強中、徹の眼鏡を取り、真面目な彼を冷やかす鈴鹿。
麗華と話しているとそこに無理に割って入る図々しい鈴鹿。
昔、友達がいじめられていると聞き、ガキ大将にタイマンを申し込んだ勝気な鈴鹿。
思い返してみれば鈴鹿の思い出は尽きることがない。
小学生のころから知っていた。たくましく、自分の意見ははっきり言い、いつでも元気がよく、明るく、言葉よりも行動で示す、そんな鈴鹿が徹は好きだった。
もし鈴鹿と出会ってなかったら自分は他の人を好きになっていたのだろうか。もっとまじめで、清楚で、やさしく、気が使える、麗華みたいな人を好きになっていたのだろうか。
そんなことを思ったりもした。確かにそうかもしれない。
事実、子供のころに崎本ピアノ教室に通っていたのは麗華がいたからだ。周りの友達が麗華目当てで教室に行くので徹も半ばノリでそこに通った。
そして数日後、鈴鹿に出会った。麗華をサッカーに誘うためにやってきたらしい。
最初は短髪で中性的な見た目にサッカーボールを持っていたからか男子が誘ってきたのだと思い、徹たち生徒は嫉妬のようなものを覚えた。だがすぐに女子だと気づき、一種の恥ずかしさも子供ながらに知ることとなった。
別に一目惚れだったわけじゃない。スポーツができて、社交的な鈴鹿には確かに好感が持てたが、その頃はまだ麗華の方が輝いて見えていた。
いつからだっただろうか、鈴鹿をそんな風に見だしたのは。
そんなことを思っていると図書室の窓を打つポツポツという音が聞こえた。
雨だ。とうとう降り出した。
果たして鈴鹿はちゃんと家に間に合っただろうか。いや、まだ鈴鹿が出てから十分も経っていない。普通に歩けば鈴鹿の家までは二十分はかかる。だが今から追いかけたとしてももう遅い。おそらく彼女は自分の鞄を傘にして家まで走っている頃だろう。
どこかで雨宿りをしようなどと女の子らしい考えを鈴鹿はしない。ずっと近くで見ていた徹にはわかる。
いつも笑っていて、すごく楽しそうで、一緒にいるこっちまで楽しくなってしまうほどに鈴鹿は明るく、屁理屈ばかりで短絡的に物事を考える。理屈なんてクソくらえ。泣いている姿なんて見たことがなかった。
だが人なんてどこで何を思っているかはわからない。もしかしたらあの鈴鹿も心の奥底では何かを抱えているのかもしれない。人には言えない悩みや、苦渋があるのかもしれない。今はなくとももしかしたらこの先そんなことがあるかもしれない。
そんな時、俺は鈴鹿の力になれるだろうか。何か言葉をかけてやることができるだろうか。
そんな時、俺は好きな人に何かができるだろうか。
徹は感慨にふける。
窓を打つ不規則な雨の音だけが図書室内で響き渡っていた。
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