第7話 悪魔の大道芸人
『君のハートにキューピッドの矢、刺しちゃうぞ! ズッキュン』
そんな聞くだけで赤面必至の思春期男子にしか響かないであろうキャッチコピーをサタンは凝視していた。
「サーターンサーマー?」
まるで悪魔のような形相でビルデが近寄ってきた。
「あなたは人間界に漫画を読みに来たんですか?」
そう問われるとサタンはすぐさま読んでいた漫画雑誌を棚に戻した。
「ち、違うよ。ビルデが会計してる間暇つぶしに読んでただけだよ。傘買えた?」
「ええ、買えましたよ。じゃあ行きましょうか」
二人は傘を買うためコンビニにいた。
魔界では雨がよく降るが、濡れても悪魔は一般的な人間ほどそれに不快感を覚えない。故に傘をさすという文化を持たない。だが人間界で傘を差さないという行為は周りから好奇の目で見られ、目立ってしまう。目立った行動をしてしまうといろいろと動きづらくなる。そういった理由でビルデは傘を買った。また、隣のヤギの骸骨の大男を傘で隠すためでもあった。
外へと出る。空を見上げると雲行きが怪しく、今にも降り出しそうな雰囲気だった。
「とりあえず、闇蔵高校の大体の方向はわかったのでそちらに歩きましょう」
「あー、さっきみたいに飛んでたら子供に『でっかいカラスだ!』って指さされて目立っちゃうもんね」
「こっちですよ!」
ビルデはサタンの言葉を遮るように言った。思い出したくないことだったらしい。
「ところでその大門鈴鹿の容姿はわからないんでしょ? 学校行ってもどうやって探すのさ」
「ほら刑事ドラマとかであるじゃないですか。聞き込みですよ、聞き込み」
「あ、なるほど。でも誰に聞けばいいの?」
「高校というのは生徒に学校への帰属意識を持たせるために同じ衣服を着用させているのが大体を占めています。その闇蔵高校も例外ではありません。たとえ校舎にたどり着かなくてもその制服というものを着た人に尋ねれば大丈夫でしょう。制服の特徴は紺色の上着に黒のズボンないしプリーツスカート、黒の革靴とのことです。そんな人を見つけたら積極的に声をかけていきましょう。あと特徴的なものを挙げますと――」
「あ」サタンがビルデの説明を遮った。「ちょうどそんな人いたよ」
見るとサタンはビルデからは見えない結構遠くの曲がり角の方を指さした。どうやら目当ての人間はちょうど角を曲がったらしい。
「行ってくる」
そう言うとサタンはそそくさと走って行った。
はて、この時間高校生というものはまだ授業の時間ではないだろうか。気分が悪く早退をした生徒でも歩いていたのだろうか。いや、そんなことよりヤギの骸骨の大男が話しかけてきただけで卒倒ものではないか。こんな閑静な住宅街では仮装とも思われない。やばい。ビルデは咄嗟にそう思い、慌ててサタンの後を追い、曲がり角をまがった。
そこでビルデの目に飛び込んだ光景は、二十メートルほど先で骸骨の大男がびびりきった背の低い男に話しかけているというシュールなものであった。
よくよく目を凝らしてみると細かい全容が見えてくる。その背の低い男が着ている服は確かに紺色の上着に、黒い革靴を履いているものの、何かおかしい。
明らかに高校生の容姿ではない。人間の年相応というものをあまりわからないがビルデにとってその男は六十近いおじさんに見えた。
他にも気になるところはある。果たして高校の制服に帽子などというものがあっただろうか。事実、その男は帽子を被っていた。そしてその真ん中には金色の大きなエンブレムが輝いていた。
そこでビルデはピンときた。だが遅かった。
サタンの一瞬のスキ(サタンがビルデを呼ぼうとこっちを向いた瞬間)にその男は持っていた手錠をサタンの両の腕にかけた。
人間界の治安維持部隊、警察だ。
ビルデはため息をつくしかなかった。
確かにこんないかにもな不審者が『この近くに学校はありますか?』と聞いてきたならばやばい奴だとは思うかもしれない。しかし手錠をかけるのはやりすぎだろう。
ビルデは頭をフル回転させ、どうやってこの場を切り抜けようかと思案する。
警察の男がサタンに何かを言っていたが熟考しているビルデの耳には入ってこなかった。
そしてビルデはこれしかないと思い、
「あ、すみませーん」
と二人のもとへと歩み寄った。
その男はまた新たな仲間が来たと思い、少しだけおののいた気配だったがビルデは続ける。
「すみませーん。不審者だと思いますよね。違うんですよ、僕ら実は大道芸人をやっておりまして、こちらのヤギの仮面もパフォーマンスをする時に被っているものなんです」
マスクの下ではビルデのひきつった愛想笑いが浮かび上がっていた。自分でも鳥肌が立っていることだろう。
その警察の男、そして隣にいたサタンも『大道芸人』のワードに驚いた様子だった。
「だ、大道芸人? 大道芸人が高校に何の用なんだ?」
まだびくびくした様子でその男は聞いた。
だがビルデは平然と答える。
「実は先ほど尋ねたその闇蔵高校は私たちの母校なんです。私たち海外公演からたったいま日本から帰ってきまして、人生の節目として母校に挨拶をしておきたいなと思って……。しかしなんせ十年ぶりなんでね、町の開拓も進んでしまったようでどこがどこかさっぱり。それでおまわりさんに道を聞いた次第であります。どうですか、納得いただけたでしょうか?」
ビルデはまるで前々から言うことを決めていたかのように淡々と答えた。
サタンが横から「え、僕ら大道芸人じゃないよ」と言いかけたが、ビルデはサタンの足を踏み、黙らせた。
ビルデは男の方を見る。
しばらくその男はあっけにとられた様子で口をポカンと開けていた。だがすぐに我に返り、
「だからと言ってプライベートでもこんな被り物する必要はないだろ」
と言ったが、すぐさまビルデは、
「いや、やはりイメージというものは大事ですから。日本ではそこまでではないですけど、海外のビジュアル系バンドなんかはプライベートでも同じ髪型やメイクをするらしいですよ、それと同じです」
と、今日はエイプリルフールだったかと思ってしまうほどの嘘で答える。
まったくもってでたらめだが、こんなおじさんが海外のアーティスト事情など知らないだろうという考えからの発言だった。
「じゃあ、なんであんたは帽子とマスクだけなんだ?」
なるほど、そう来たかとビルデは思ったが魔界の王の補佐を務めるこの男の考えはそんなことで崩れるほど安普請ではない。
「僕はこの人のアシスタントでして、普段ステージでは目の部分だけを隠した仮面をしているんです。ほら、オペラ座の怪人とかのあれです。ならばなぜその仮面を付けずにマスクや帽子でその目以外の部分を隠しているんだ、と思うでしょう。わかります。だけどわたくしの信念といたしまして『アシスタントは主役よりも目立つな』ということを念頭に置いています。なのでステージ上での多少の華美ならまだしも、プライベートではこちらの人を目立たせるためにできるだけ地味にと思いましてこうやって顔を隠しているんです。まあ、実はわたくしマネージャー業も兼ねていますので、アシスタントとマネージャーが同じ人だとばれるといろいろこちらの業界では差し支えることが多々あるんですよ。それ以外の細かい理由は事務所から強く止められているのでこれ以上は言えませんが…………納得していただけたでしょうか?」
ビルデはつらつらと答えた。よくそこまで詐欺師が参考にしたくなるほどの嘘偽りを並べることができるなと、隣にいたサタンはあっけにとられていた。
肝心なその男も同じくあっけにとられた。
ビルデはこれだけの言葉を巧みに使ったのだからもう信じてくれただろうと思い、胸をなでおろし自分勝手に安心する。
「では私たち行きますのでよろしいでしょうか」
ビルデがサタンの手を引いて立ち去ろうとした。だがその時、男は最後の確認だと言わんばかりに、
「じゃあ、……何か芸をやってみろ!」
と要求してきた。
まさかそこまでとはと思い、ビルデは少し逡巡したがすぐに「ではやりましょう」と答えた。
サタンは隣で神妙な面持ちで見守る。
ビルデは少し咳払いをする。
「それでは今回ご覧いただくのは人体浮遊術!」
ビルデは居丈高にそう言った。
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