第3話 日常終了

 ふぁ~。悪魔たちに目を付けらている大門鈴鹿は整った顔に似合わず、カバもビックリな大口であくびをした。

「あんたねー、一応花も恥じらう女子高生なんだから手で隠しなさいよ」

 そう言ったのは鈴鹿と幼馴染の崎本麗華(さきもとれいか)だった。鈴鹿とは一緒に通学をする仲で今もその道中だった。

「嫌よ、なんかそれって自分を隠しているみたいであんまり好きじゃないんだよね。だから私はくしゃみや咳も手で覆わない」

「いやそれに関しては迷惑極まりないよ」

 そんな馬鹿なやり取りをしながら通学するのがいつの間にか日課になっていた。

「鈴―! 麗華―!」

 後ろから二人を呼ぶ声がした。声のする方に目をやると二人と同じクラスメイトの神崎千代(かんざきちよ)が走ってきていた。

 千代は挨拶がてら鈴鹿の胸に飛び込み、アメリカンなハグをする。

 童顔で背が低く人懐っこい性格の千代に抱き付かれれば女子でもうれしいだろう。しかしそういった物理的な馴れ合いがあまり好まない鈴鹿はパコンと千代の頭をはたく。

「痛い……」

「暑苦しい」

「今真冬だよ」

「やってることが暑苦しい」

「まあまあまあ」

 麗華が仲裁に入る。

「いいじゃん別にね、鈴鹿も頭叩くことないのにねー」

「そうだよね麗華、麗華は優しい」

 千代は麗華に抱き付く。彼女はどうやら行動で愛を表現するタイプのようだ。

「そういえば千代久しぶりだね」

「え、そう? 土日の二日間会わなかっただけじゃん。もしかしてその二日間で麗華の中の千代ポイントがなくなっちゃったとか?」

「そうだね、なくなっちゃったかも」

「しかたない。今私が麗華に千代ポイントを授けよう」

 千代は本場オーストラリアのコアラが木につかまるように麗華にくっつき何事かを念じ始めた。どうやら千代ポイントなる謎の未確認物質を流しているらしい。

「送った。元気出た?」

もしそんなもので元気が出るというのならそれを基盤に新たなエネルギー概念としてすぐさま学会に提唱して欲しいと鈴鹿は半ばバカにしていたが、基本がサンタクロースの存在を信じているピュアな子供のような精神で構成されている麗華は、

「ありがとう元気出たよ」

 と嬉々とした笑顔で答えた。

 それに対して千代は、

「そっか、よかったよ。でも千代ポイントとかそんなんないから」

 と、まさかの裏切りを見せた。

 しかし根っこが孫のお年玉のためにせっせと内職をするおばあちゃんのような慈愛でできている麗華は、

「そんなんなかったかー。あまり大人をからかってはダメだぞー」

 と、自分よりも一回り小さい千代の頭をよしよしと撫でた。

 朝の茶番にしては少し臭すぎないだろうかと鈴鹿は思い、そのやり取りを横目で見やる。

別に千代が嫌いなわけではない、ああいった女の子らしい子が人気なのはわかる。しかしそういったかわいいといった要素を出すことを苦手とする鈴鹿にとって千代はどうやって接していいか不確かな存在だった。だがあちらから寄ってくる分には嫌ではない。来る者は拒まない、去る者は追わない。それは鈴鹿が友達と接する時のモットーだった。

 学校に着くと生徒は上靴に履き替える。千代は背が低い。だのになぜか靴箱が一番高いところにあり、いつも履き替えるのに苦労をしている様子だった。背の高い鈴鹿は千代のために上靴を取ってやる。「ありがと」と千代は言った。かわいい笑顔だった。

 教室に入るとすでに十数人の生徒がいた。それぞれ思い思いの友人とたむろし、談笑している様子だった。しかし三人が入ると何人かは会話をやめ、おはようと言った。このクラスは他に比べて生徒の結束力も高く、合唱コンクールでは三年を下し金賞を取るほどだった。プライベートでの親交も深く文化祭終わりの打ち上げは出席率異例の百パーセントをたたき出した。

鈴鹿にとってこのクラスは居心地がよかった。

 チャイムが鳴り、全員が席に着いた。担任の岡崎が入ってきて、朝礼があるからみんな体育館に集合だと伝えた。週に一回校長が身にもならないことを喋るあの朝礼だ。

 体育館では何百人もの生徒がすでに列をなしていた。

 そして朝礼が始まり、まずは教頭と校長の記憶にも残らない長話が終わった。すると次に部活の大会成績発表に移った。

 この闇蔵高校はこれと言って何か突出して強い部活があるわけじゃない。あっても地区大会三位といった中途半端なレベルくらいだ。皆が一様に『あー、頑張ったすごいね』といった拍手を壇上に上がった部長に送る。

 だからこそ、その後の拍手は盛大なものに感じた。

部活以外での個人大会成績発表。

『全国学生音楽コンクール ピアノ部門金賞受賞 崎本麗華』

 校長はにやけた顔でそう言った。

「え、金賞って何? 優勝?」

「すごいじゃん、日本一でしょ」

 そんなひそひそ声が聞こえた。

麗華は壇上に上がり、生徒たちに向かって慇懃に礼をした。清楚な黒髪がなびく。

音楽を志すものとして崎本という名はいやでも耳に入る。ピアノだけではなく多くのヴァイオリニストやチェリストをも輩出している。その中でも麗華は才能の塊だった。生まれながらに絶対音感を持ち、六歳にして作曲も手がけるほどだった。高校卒業と同時にドイツへの留学も決まっている。合唱コンクールで金賞を取れたのも麗華のピアノあってのものだった。

麗華はルックスも良い。雑誌やメディアへの露出も多い、それと同時に闇蔵高校の名も知れ渡る。そう考えると校長の表情筋が緩むのも無理はない。

なぜ麗華がこの何のとりえもない闇蔵高校に進学したのか入学当時鈴鹿は疑問だった。

ある日訊いたことがある。なぜ麗華が音楽学校ではなくこの闇蔵高校に入学してきたのか。

すると麗華はさも当たり前のようにこう答えた。

「だってピアノなんて家で弾けばいいんだし、それに鈴鹿と一緒の高校に行きたかったから」と。

 あまり感情を出さない鈴鹿だがその時ばかりはうれしかった。胸のあたりがグッと熱くなった。

 麗華、私にとって最高の親友だ。

 鈴鹿はめいっぱいの拍手を送った。

 彼女は二度目の礼をした。


 しかし、それらすべては崩れ去る。

 穏やかだった学生生活も、気の置けない友達たちとのやりとりも、ありきたりで普通ともいえるそんな幸福な日々も。

 すべてはこの日から崩れ落ちることとなる。

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