第32話 神殺し

「よいっしょっと」

 またフェンスをよじ登り、そこから飛び降りた。もちろん、フェンスの内側に。

 目的を達成していないのに清清しい気分だ。憑き物が取れたっていうのは、今の自分みたいなことを言うのだろう。

 ここの屋上に来たときには、まるで死に神に取り付かれたように『死』を望んでいた。だけど、今はそれを望んでいない。

 そういう意味では『死に神という』憑き物が取れたっていうのは、正しいと言えるかもしれないな……。

 とりあえず、今日はナースが言っていたように家に帰ろう。そして、明日も明後日も、奈央の病室に行って起きるのを待つ。

 奈央を同じ存在である『七原稟太郎』が起きると言って、七原稟太郎である自分が納得したんだ。二人の信頼の保証だ。これ以上の保証はない。

 俺の心は、この夜空とは違い晴れやかな気持ちのまま帰路に立とうと、屋上の出入り口に向かった。

「どうして死ななかったんですか?」

 ――屋上から出るのを呼び止めるように、後ろから声がかかった。また聴いたことがある声だ。それもつい最近。そして、もう会うことはないと思っていた人物……いや、人や物と例えていいのか分からない存在――神。

 俺は後ろに振り返ると、そこには俺の予想通りにタキシードを着こなしながらも、一番に眼を引くシルクハット姿の神が、ステッキを右手に持って立っていた。

「それを聞くって言うことは全部知っているんだろ?」

 だけど神は、本当に分かっていないように首を横に振った。

「私の予想では、ここで君は自殺をして、今度こそは神の道を歩ませようとしたんですけどね……」

 その言葉に俺は驚かされた。

「まだ諦めてなかったのか? 俺を神にすることに。……もしかして、俺を自殺させるつもりで、奈央が意識不明のこの世界に俺を連れてきたのか?」

「…………」

 返答はなかったが、俺は無言が肯定だと理解した。

「いい加減にしろよ! 自分の作った世界が正しいかどうか分からないからって、俺に神の責任を押し付けるな。俺はお前なんかになるつもりもなければ、頼るつもりもない!」

「そのようですね。……君は私に頼ることなく、自分の意思で自殺をやめたようですしね」

「何言ってやがる。お前が俺を自殺させよとしたんだろうが……」

 神は軽く溜息を吐く。

「……この世界に入る前にも言いましたが、私は人が自殺をするのを心から止めたいと思っています。……確かに、自分の作った世界が正しいか迷ってはいますが、君を自殺に追い込んでまで神にさせようとは思っていません。……ただ、君を救うには、神になる以外の方法がなかったから神にさせようとしたんです」

「俺を救う? どういう意味なんだ?」

「それを説明するのは、あなたがどうして自殺するのをやめたかを話すのが先です。……教えてくれませんか?」

 話すまで話さないというプレッシャーが伝わってくる。俺は仕方なしに掻い摘んで説明した。

 ――死のうとしたら、別の世界の俺の声が聞こえたこと。

 ――その世界の俺は必ず起きると言ったことと。

 ――この世界の奈央と同じ存在だから、そいつが起きると言ったということは、同じ存在である奈央も、必ず起きると言われたから、死ぬことをやめた――と。

 俺の説明を、最後まで何の驚きもせずに聴くと、『なるほど』と一言呟いた。

「……別の世界の君が干渉してきたということは、記憶維持の能力のレベルが上がったからとしか考えられませんね。まさか、記憶を維持するだけでなく、能力のレベルが上がるなんて……予想外ですね」

「神であるあんたにも、わからないことがあるんだな……」

 神の予想を超えた発言に、何の気なしに俺は呟いていた、

「私にだって、わからないことはたくさんあります。現に、私は自分のことを神さまだなんて思っていませんしね……」

 神から自分は神じゃない宣言されたが、そんなことどうでもいい。俺を救うと言った意味を神に求めた。

「さっき自殺をしようとしたときに、君は『自分の思い通りの世界に行くまで死ぬことをやめない』つもりでいましたよね?」

 肯定する。

「それが答えです。記憶を維持し続けている君は、愛川奈央が元気で過ごしている世界を求めて何度も自殺を繰り返します。……ですが、そもそも君の求める世界は存在しません。だから、君は二回、三回どころではなく、記憶を持っているが故に、永遠に自殺を続けてしまう運命にあったんですよ」

 俺が永遠に自殺を繰り返していた? それってつまり、俺は何度も何度も地面にたたきつけられていたってことか……。

 考えるだけで恐ろしい……。

「君は一度、死に神の世界を『牢獄』と例えましたが、私からすれば、永遠に自殺を繰り返す君の方が、柵のない『牢獄』のように思えたんです。……ですから、君を神にするために、君をわざと怒らせたりしたんですよ」「

 柵のない牢獄――上手く例えたな……。

「……ちなみに、全ての始まりである私が君を殺したのも君を救うためにです。あのまま、あの世界にいれば、愛川奈央が死んだ後に君は自殺してしまいますから。あの時点では、私の目的は君に一度たりとも自殺をさせてはいけないことでしたので。……まあ、あなた方の愛に負けてしまい、君を救い損ねてしまいましたけど、そこで考え方を改めて、記憶維持がかかっている君に一度自殺をさせて、自殺の痛みを覚えさせて、これ以上死なないように考えていたのですが……。またもや、あなた方の……正確には別の世界の自分自身に阻まれてしまったようですね」

 ……そうだったのか。神さまは、俺を助けるつもりだったんだ……。

「私の考えを全て知った上で最後に聞きます、本当に神にならなくて良いのですか?」

「ああ、なるつもりはない。俺は、奈央が起きるのを待ち続ける」

 これが俺の最終意思だと込めていったが、神さまは納得していなさそうにしている。

「……聴いていなかったのですか? 君の求める世界は存在しません。……だから……愛川奈央さんが……目覚めることは――」

 俺は神の言葉を遮った。

「必ず起きるって約束したんだ――奈央と同じ立場にある自分自身と。あいつが約束を破るってことは、俺自身が約束を破ることと一緒な気がするんだ。自慢じゃないが『七原稟太郎』は今まで約束を破ったことは一度もない。もちろん『愛川奈央』もな。だから『今回も破るわけにはいかない』って俺が思っているってことは、あいつもそう思っているし、あいつと同じ存在である奈央も、そう思っているってことになる――」

 俺に救いなんていらない。

「――それにあんただって分からないことがあるんだろ? 神を名乗るあんたを二回出し抜いたんだ。三回目があってもおかしくはない。それに、神の言葉だろうがなんであろうが、何よりも――自分自身の言ったことを信じられなかったら、いったい誰の言うことなら信じられるんだって話だ。だから、俺は起きるって言った自分自身の言葉を信じる――信じ続けてみせる。奈央が起きるその日まで……」

 『俺は救うために神にする』と言った神の言葉を、俺は要らないとつきかえしたんだ。これ以上、語ることはお互いにないだろうと思い、俺は早々に出入り口に向かう。

「待ってください!」

 出入り口間際で、俺はピタっと立ち止まり振り返る。

「私は、君の自殺の連鎖を止めたくて神にしようとしました。ですが、君は君自身の力で自殺の連鎖を止めました。それが別の世界の自分の強力があったとしても、君は神の力を必要としなかったのです」

 さっき言ったことをまた繰り返しているとしか思えないんだが……。

「……何が言いたいんだ?」

「私が君を救おうとした力は、まだ残っていると言いたいのです。――この力を、君に相応しい能力を授けるために使います――」

『何を』の言葉を言った瞬間、ステッキを打ち鳴らす音共に、神自身が強い光りを放った。眩しくて、眼を開けては入られない。

「能力名は『愛する人を目覚めさせる能力』今の君にはとても相応しい能力だと思います」

 能力名が俺の耳に届いた。……だけど、こんな風に最初から俺を救えるんだったら、最初からしているはずだ。それをしたってことはまさか……。

「あんた、こんなことして大丈夫なのか?」

「察しがよろしいですね。私にもタブーというものが存在していまして、『直接的に人間に救済や殺生を行ってはいけない』と決められているのですよ」

 俺や奈央を殺したのは『神の使い』だからセーフってことだったんだろう。

「だったらあんた……消滅するんじゃないのか?」

 死に神が踏めば消滅という名で現実の世界に戻ることを意味しているが、神が踏めばいったいどうなるんだ?

「ええ、もしかしたら単純に消滅してしまうだけかもしれません。……ですけど、それでも君たちの未来を守りたい。ここまで君に干渉したのです。愛川奈央が目覚めないままでいさせることなんて、私には出来ない!」

 一層に光が強くなる。

「あんたがいなくなったら、神という存在はどうなるんだ?」

「そんなことは知りません!」

 清清しいほどキッパリと言い切った。

「私は、自分自身を神だなんて思ったことはありません。だから、もし、私という神の存在が消えた場合に備えて、人間の代表として君に言っておきます。『神頼みなんてしないで自分の力で何とかしろ!』ってね」

 俺は思わず笑みがこぼれる。神さまってこんな人間味ある奴だったんだな……。

「確かに受け取った! あんたの言葉――」

「そろそろお別れです。……さようなら、七原稟太郎」

 俺の名前が耳に届いた瞬間、光りが神に収束されていき、そのまま光りを握りつぶすように光りは消えてしまった。

 あとに残ったのは、俺と、俺の中に眠る新しい能力だけだった。

「……ありがとう、神さま。あんたのこと、忘れやしないよ……」

 どこにいるか分からない神さまに向かって、天を仰いで呟いた。

 ……でも、余計なお世話かもしれなかったんだぞ神さま。だって俺は、本気で信じていたんだ。奈央が目覚めることを……。

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