エピローグ
屋上を後にした俺は、早歩きで奈央の病室に向かった。本当は走りたかったが、すでに面会時間どころか消灯時間も過ぎているので、下手に走ったら足音でナースに見つかって怒られてしまう。
が、そんな心配もすぐに必要となくなった。目の前のあるのは奈央の病室。見つからずにここまで来ることが出来た。
俺はドアをスライドさせて中に入る。
廊下は消灯時間で消えているが、奈央の部屋は個室だから明かりを点けることが可能。だから、俺は迷わず点灯させた。
すると、病室のベッドにいる奈央が確認できるようになった。
奈央の傍によって、顔をよく見ると、血色は確かに悪いが、今にも起き出しそうな寝姿に見えた。
俺はさっそく起こそうと能力を……どうやって使うんだ? ……とりあえず、目覚めさせようと思いながら奈央に触れてみた。
奈央の寝息が聞こえただけで、なんら不反応。
……そういえば、神さまが言っていた能力名は『愛する人を目覚めさせる能力』で、今の君に相応しい能力って言ってたよな?
それってつまり、おとぎ話でよくある、眠り姫を起こす上での常套手段。
――キス。
別の世界の奈央とはキスをしたが、この世界の奈央とはしたことがない。というか、寝ている相手にそんなことをしていいのだろうか? キスとかそういうものは自分勝手にしていいものではないだろうし、ちゃんと相手の同意を得てしなければならないと思う。だけど、同意を得ようにも相手の意識がないし、それに眠っている人にキスすることを否定してしまったら、今までキスすることによって、眼を覚ましたお姫様たちを侮辱することになるのではないだろうか? それにキスをした王子さまたちも、純粋にお姫さまを助けようと思い立っての仕方なしのキスだったはず、『うわ! 可愛い』とかそんな邪なことは考えていなかったはず。だから俺も――、
奈央の寝顔を見る。
「可愛い……」
違う! ……いや、違わないけど。そっちの違うじゃなくて可愛くないわけじゃないってことで、俺が邪な思いがないことを言っていて、『可愛い』って確かに思ったけど、それは純粋に助けたいと思う気持ちの後にきた感情であって――、
……いや、もうこんなこと考えるのやめよう。きりがない。だけど、キス……で合っているとは思う。
俺はベッドに寝ている奈央に合わせようと屈み、膝立ちにする。あとはもう、上半身をお辞儀するように曲げれば……唇に触れる。
それよりも、近づいたことで奈央の顔が近くなった。
……当たり前か。
「…………うぅ」
もう、キス……しよう。
駄目だったら駄目でも、元々目覚めるまで待つつもりだったし、起きたらそれで万々歳、起きなかっても勝手にキスしたことがばれるわけじゃないから、問題はない……はず。
「よし!」
自分を奮い立たせて、俺は奈央の後頭部に左手を入れて頭を持ち上げる。そして、奈央と同様に目を瞑り、俺自身も奈央に近づこうと右手で彼女を抱きしめるようにして丸まっていく。
目を瞑っているから正確な場所は分からないが、左手を俺の顔に持っていけば、ちゃんと出来るはずだ。
段々と左手が自分の顔に近づいてくる。……あと、どれくらいかな?
左手や右手に伝わる体温が生々しく感じる。……これで合ってるのかな?
静かな部屋なのに、ドクンドクンと心臓の音が強く聞こえる。……これで目を覚まさなかったら、神さまを探し出して一発殴って――。
「ん……」
気を紛らわしている最中に、奈央の唇に俺の唇が触れた。俺にとっては二回目のキスだったが、一回目同様に甘く感じ、離れることを惜しんでしまうほどの甘美なものだった。永遠にし続けていたい思えるキスだったが、息を止めながらだったので段々と苦しくなってくる。だけど、ギリギリまでこの感じを味わっていたくて離れられないでいた。
「……ん」
――すると、俺ではない声が聞こえた。キスをやめるのは惜しかったが、それ以上に知りたい事実が目に前に合ったので、唇をゆっくりと離していき、これまたゆっくりと目を開ける。
「……んん……んん」
久し振りに目に感じる光りが、奈央の眼に中々受け付けないのか、しきりに閉じたり開いたりしている。声も久し振りだから、ちゃんと出ないかもしれない。
「奈央! 俺だ、分かるか?」
「……りん……くん」
光に慣れていない目を必死に開けて、奈央はかすれながらにだが、俺の名を呼んだ。
「ああ、そうだ。奈央」
奈央は、しばらく使っていない顔の筋肉を必死に使って、俺に笑顔を向けてくれる。
「……りんくん……おかえり……」
その言葉と同時に、両目から一筋の涙が零れ落ちた。奈央を死に神の世界で泣かせてしまい、この世界でも泣かせてしまったが、この涙とあの涙の持つ意味が違うと理解しているのは、決して驕りからではないだろう。
「ああ、ただいま、奈央」
俺もそう返すと思わず涙がこぼれる。何度も好きな人に泣いている姿を見られたくなかったが、とまらないのだから仕方がない。それに幸運なことに奈央はまた目を瞑った。一瞬、また眠りについたかと思ったが、奈央のあごが上がったので、まだ起きている。
「……ん」
奈央のあごが限界まで上がってそのまま静止する。
「ん?」
……これはもしかして、またキスして欲しいってことだろうか?
「ん……」
今度は声と同時に、奈央のあごがはねた。……間違いないのか。
「わ、分かった」
俺はそう言って、もう一度キスしようと奈央の唇にキス――、
「稟太郎くんですか! また奈央ちゃんの部屋に勝手に泊まるようなこと――」
――しようとした瞬間、いきなり扉が開いたので驚き後ろを見ると、この世界では俺と顔見知りのナースが入ってきていた。
「「――――」」
俺を視界に捉えたナースと俺の時間が止まる。
「……りんくん」
奈央はに目を向けると、気付いていないのか、もしくは気にしないのか、奈央のキスを求める行為は悪化して、あごを上げるだけでは留まらず、唇を尖らせて待っていた。
「――それじゃあ愛川さん、口を開けてください」
「はい」
女医の言葉に奈央は素直に口を開ける。だけど、視線は女医ではなく俺に向いていた。手を小さく振ってきたので、恥ずかしかったがこちらも手を振り返す。
「んんっ! ……愛川さん。自分が起きるのを待っていてくれた彼氏さんが大事なのは分かりますが、今は診断に集中してください。あなたの病気は、一朝一夕で治るようなものではないはずなんです。ですから、以上がないかの確認なんですから……」
そう女医が言ってる最中にも、無視して手を振り続けてくる奈央。俺も嬉しくないわけではないので振り返す。……だけど、恥ずかしいのは本当だ。
「……はあ、もういいです。とりあえず言われたことには従ってください……」
ついに女医は諦めて診断に集中した。
奈央の元気な姿を見て、しみじみと俺は思う――本当によかったと。
――昨日、奈央とキスしようとしているところにいきなりナースが入ってきたあとは、色々と大変だった。
まずは、俺にあらぬ疑いをかけられたことだったが、……まあ、これは奈央の意識があったのですぐに誤解が解けたが、問題はそのあとだ。
奈央が意識を取り戻したことで急遽診断することとなり、しばらくしたら、今診断している女医さんがやってきて看ようとしたので、俺は離れようとしたのだが、いつの間にかに俺の体にしがみ付いていた奈央は、『やだ! 絶対に離れない!』と言いながら(数年間寝たきりだった筈なのに)強く俺の体を抱きしめていて診断にならなかった。
結局女医は『こんなに元気なら明日までは絶対に持つわ。診断明日にしましょ』と言い残して去っていった。
そして次に、女医さんと入れ替わるように奈央の親御さんがやってきた。たぶん、あのナースが呼んだのだと思う。
奈央の親御さんとは前の世界で何度か面識がある。普通に俺に挨拶してきたので、こっちの世界でもあるのだろう。なにをしているかよく知らないが、良い夫婦という字をそのまま具現化させたような人たちで、たぶん裕福な家だと思う。
久し振りの親との再会だったのだが、奈央の調子はあまり変わらず、俺を抱きしめたまま『パパ、ママ、おはよう。今まで黙っていたけど、私この人と結婚するから』と言いのけた。
昔した結婚の約束を俺なりには守り続けていたつもりだったから、別に構わないといえば構わないのだけど、もう少し順序があっても良いと思う。まだデートらしきこともしていないのに、いきなり親御さんに結婚の報告とか緊張する暇もなかった。
親歩さんは親御さんで、俺と何度も会っているので俺という人間を知っているのか、娘の報告に娘に反論を言うのではなく、『宜しくお願いしますね』と俺に言ってきた。……もしかしたら、俺はすでに結婚の許しを貰っているのかもしれない。
――その後は、やっぱり久し振りの再開だったのか、奈央も親御さんも泣いて抱きしめ合っていた。親子水入らずにしようとしたのだが、奈央の右手が俺の左をがっしりと掴み離さなかったので、親子水入らずに水をさすような形になってしまった。だけど、気にしているのは俺だけのようで、愛川さんの家庭は平和だった。
ひとしきり親子で会話をしたら、明日も来ることに決まったようで、親御さんは帰ることになった。だから、俺も帰ろうするのだが奈央が俺の手を離さず。このままここに泊まることになってしまった。さすがに親御さんが許さないんじゃないかと思ったが、『風邪をひかないように気をつけてくださいね』の一言で去っていった。
奈央は何度も自分のベッドで寝るように言ってきたが、さすがにそれは駄目だと思い。ナースに毛布だけ持ってきてもらい、奈央のベッドに頭を置いて、座るように寝るということで妥協点がついた。
床は底冷えするような冷たさだったが、毛布を上手く使って何とか耐え忍ぶことが出来た。
……もしかしたら奈央の親御さんは、俺がこうやって寝ることが分かっていたんじゃないだろうか? だから、風邪をひかないようにとか、言ってきたのかもしれない。
二人っきりになった時に会話があるかと思ったが、俺はすぐに寝てしまったようで、会話をした記憶がない。俺が起きてもすぐに女医さんが来たので、まだ二人っきりでまともに会話していない。
……まあ、今更急ぐつもりは一切ないけどね。
「はい、こっちを見てください。……こっち、お願いだから、こっち見て……」
女医の診断も終わり、『今までが逆になんだったのかと言うぐらいの健康そのもの』だと言って去っていった。……まあ、神さまの力のおかげだから、そう思われても仕方がないか。
今日は学校が休みなので、ずっと奈央の傍にいることが出来る。世界の時間では、奈央と別れて一日と経っていないが、体感的にはかなり久し振りだ。
この構図も久し振りだな。ベッドに奈央が座っていて、俺が椅子に座っている。お見舞いの時はいつもこうだった。
「来週までには退院できそうだって先生が言ってたよ」
「そうか、それはよかった。これからは一緒に学校に行けるな」
心の底から嬉しい。俺の言葉に奈央は『だね~』と返してくれる。
「神さまには感謝だよね。自分が消滅してでも、私を助けるための能力を身に着けさせてくれたんだから……」
「ああ、そう……何で知っているんだ? 俺はまだお前が助かった方法なんて言ってないぞ」
「やっぱりそうだったんだ。私もよく分からないんだけど、りんくんの本当の気持ちを知って消滅してこっちの世界に来たとき、この世界の私には意識はなかったんだけど、別の世界の私の記憶を見ることが出来たんだよ。たぶん、『記憶維持』の能力のレベルが上がったんだと思う。『記憶共有』っていうのかな? その記憶の中で、私以外の私の記憶が今でも鮮明に覚えているよ。例えば、神の使いに、神さまになることを強要されているときの記憶とかもね」
そういえば神さまが言っていた能力ってのはそれのことか……。
「あの時、実はりんくんから助けて声が聞こえたから、私以外の私に助けるようにお願いしたんだよ。それのおかげでりんくん助かったんだもんね」
「別の世界の奈央が、声が聞こえたって言ってたのは、眼の前の奈央の声だったのか。そうだよな、自分の声ってのは自分じゃよく分からないもんな」
「でも、そのあと、私以外の私とキスした」
つーんと、拗ねる奈央。
「いや、あれは……」
仕方がないと言う言葉で片付けて良いものだろうか?
「分かってるよ、あれは私。私が私を否定するなんてありえないよ。それに記憶を共有しているってことは……感触とかもあったしね……」
頬に両手を当てて、体を横にぶるんぶるんと振っている。
「でも――」
何かを思い出したのか、奈央の真面目そうな顔が見せた。
「私が来たあとに、りんくんがこっちの世界に来てくれてよかったんだけど、私は起き上がることが出来なかった。すぐにでも、りんくんの名前を呼びたかったんだけど……」
あの時、奈央に意識があったのか……。
「だけど、りんくん! 私に意識がないからって死のうとしたでしょ?」
「何で知ってるんだ?」
「言ったでしょ? 別の世界の私の記憶を見ていたって、別の世界の私は、りんくんが寝たきりの状態と知って、自分の望む世界になるまで死のうとしていたんだよ! だから必死に死ぬのを止めてたんだよ。あの世界の私は、こっちの世界りんくんと同じことをしていたから、もしかしたらと思って言ってみたんだけど、やっぱりそうだったみたいだね」
「ごめん」
「別に良いことはないけど、死んでいなくてよかったよ。もう残されるのは嫌だから……」
別の世界の俺の言うとおりだったか。
「お前のその記憶共有で、何となくだけど、神さまが助けてくれたと知ったんだな……」
「うん、間違っていはいないでしょ?」
俺は軽く頷く。
「私以外の私の世界の神さまは消えちゃったけど、こっちの世界の神さまも消えちゃったの?」
「たぶんな」
「うーん、それより神さまってそんなにたくさんいるものなの?」
「さあな、神さま自身も自分のことをよく分かってなかったみたいだし、そっちの神さまとか、こっちの神さまとかいるんなら、世界一つ一つに神さまがいるかもしれんな……」
「だったら、あの死に神の世界もまだあるのかな?」
「あるんじゃないか。たくさん神さまがいるんならだけど……」
……まあ、そもそも俺に能力を与えた神さまが、本当に消滅したかもよく分かっていないがな。
「ねぇ、りんくん……」
俺の眼を真剣な表情で奈央は見てくる。
「死んでよかったと思う?」
「いや、思わない」
俺は即答した。
「どうして? あの世界がなかったら、私たちは今だにすれ違っていたかもしれないんだよ。それに、今は私は元気だけど、別の世界だったら、私は病気のままかもしれないんだよ」
さらには、俺は自殺をするって神に言われたしな。
「確かにそうかもしれない。だけど、この世界に来るまでかなりの危うさがあった。はっきり言って、この世界に来れたのは、自分だけの力で来れたわけじゃない。他の人たちの力を借りて、ここまで来ることがで来たんだ。前の世界では、確かにすれ違ってはいたが、嫌いあっているわけじゃんなかった。だったら、いつかは結ばれていたと俺は思うぞ。それに死んだからといって、次の世界が必ずしも幸福とは言えない。この世界がそうだった。病気以前に会話すら出来なかった。これだったら、まだ会話できるけどすれ違っている方がまだマジだと思う。まあ、今のみたいなのが最高だと思うのは本心からだけどな
「よかった、私と同じ気持ちで。死んであの世界にいっても、誰かが死ぬことによって悲しむ人が必ずいるはずなんだと思う。だから、やっぱり自殺は駄目だと思うんだ。だから、この死に神の世界のことを公表しようと思っているんだ」
「……どうやって? 死に神の世界なんて誰も信じないぞ」
俺の言葉に布団の中に手を突っ込むと、何かを取り出した。あれは、
「小説?」
「そう、小説だよ。詳しく言えば、ライトノベルこれに書こうと思うんだ」
「それで信じるのか?」
「信じる必要はないよ。ただ知って貰いたいだけだから……」
「良い考えかもな」
あの世界を知った今じゃ、俺は自殺なんてしたいとは思わない。なぜなら、死んだけど、悲しいことはあったし、痛いことも苦しいこともあった。死んで救われるなんてありえない。
「もうペンネームもタイトルも考えてあるんだ。これは二人の合作になるから『愛川奈央』と『七原稟太郎』を合わせて『相原直太郎』そしてタイトルが――」
――死に神は初めて恋をする。
死に神は初めて恋をする。 しゃりん @syarin06
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