第26話 俺は死に神、君は天使

 人間には、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、の五つの五感がある。その中でも重要なのは視覚。人間は視覚に頼る部分が多く、眼が見えなくなるだけで、人間の本来持つ性能が格段に下がってしまい、何が起こっているのか全く理解できなくなってしまう。

 今の俺がそれに近い。

 降り注ぐ刀から眼を背けるために暗闇を受け入れたが、一向に刀が俺に刺さらない。前にシュウの刀の雨を受けた時は、一瞬の痛みのちに意識がなくなった。だけど、今回は待てども待てども俺の意識はなくならない。

 刀が落ちていない――わけではない。

 なぜなら、塞いでいない耳に刀が地面に突き刺さる音が届いてくる。それが落ちていることを証明していた。

 それなのに、俺には突き刺さらない。

 ……まさか、願いが届いて刀が俺を避けるように、落下するという奇跡が起きたなんて言わないよな。

 このまま耳に頼り続けていても、何も分からない。だから、俺は恐る恐る眼を開けた。

「……えっ?」

 ――すると、俺の眼の前には第三者が背中を向けて立っていた。その人は右手の平を上げている。さらにその上では、刀が上空で制止している。

 刀が上空で制止するのを見るのは初めてではない。たぶん、眼の前の人が止めてくれたのだろうが、この人はいったい誰なんだ?

 ――死に神ではないことは確だ。

 この世界で会った死に神の特徴として、黒いコートを全員羽織っていた。(ドロシーは例外だろうが)だけど、眼の前の人は黒いコートではなかった。

 黒の真逆……とでも言おうか――白いコートを羽織っていた。さらには、俺のように羽も生えていたが、黒ではなく白。そして、俺と同じ銀髪で整えられたミドルヘアー。たぶん女性だ。さらに眼が引くのは、左腰に携えた赤い鞘の刀。あれは俺と同じものだろうか?

 白い服に白い羽、そして銀色の髪。後姿だったが、眼を奪われるような神々しさがある。

 俺たちを死に神として対比させるならば、彼女はまるで――、

「天使……」

 思わず口からこぼれた。

 俺の何気ない言葉が聴こえたのか天使は振り返る。

「あら、そういうあんたはまるで、死に神みたいね、稟」

「――――っ!」

 二度目の驚きには声が出なかった。……だって、どれだけ時間をかけてでも、必ず会いたいと思っていた人に、いきなり会えたんだ……言葉にできない。

「……奈央……なのか?」

 俺の言葉に笑顔を見せて近づいている。その笑顔を自分の物にしたくなったのか、近づいてくる奈央を抱きしめようと両手を伸ば――ギュウ。

「あたしを呼び捨てで呼ぶなんてナマイキね。あんたはいつからそんなに偉くなったのかしら?」

 そう言って俺のほっぺを両手で引っ張る。俺の両手は彼女を抱きしめることなく空をさまよう。俺の知っている奈央と口調がかなり違うが、たぶん、彼女は愛川奈央だ。

「いふぁい、はなひてくれ」

 痛みはなかったが、とりあえず話がしたい。

「離して欲しかったら、上の刀をどっかに飛ばしてくれない? 咄嗟だったから、落ちてくるのを止めるのが精一杯だったのよ。それに、あと数秒でストップが切れちゃうし……」

 もう使えるだろうと思い、左手を軽く上げて能力を発動させる。左手の輝きと共に、上空の刀を安全な場所に飛ばした。……左手の光りと同時に落下したように見えたが、ギリギリだったのだろうか……。

「良くやったわ、稟」

 褒めると、俺のほっぺから手を離した。これでやっと話せる。

「本当に奈央……愛川奈央なのか?」

「そうよ。どっから見てもそうじゃない?」

 奈央(?)は、自身をよく見せようと、体を左右にくねらせた。

「……確かに、顔も声も、俺の知っている奈央なんだけど……性格かなあ? 乱暴すぎ――」

「おてんば! おてんばよ。乱暴ではないわ」

 ……おてんば? そういえば、昔こんな会話をしたような……。それになんていうか、彼女から懐かしい感じがする。

「そういうあんただって、自分のことを『俺』って呼ぶなんて昔に戻ったみたいね」

 昔に戻ったみたい?

 ――そうだ。この乱暴な言い方は、病気になる前の奈央の口調だ。病気になってからは、段々と大人しくなっていったから忘れていた。

 彼女は本来こうゆう性格だった。彼女が奈央であることは確かなんだけど、どうしてここにいるんだ? 奈央はタブーを踏んだし、そもそも、彼女の天使みたいな姿はいったいなんだ?

「あなたはいったい何者ですか?」

 いつの間にかに現れた神の使いが、俺の質問を代弁した。後ろにはシュウとドロシーがいる。

「あら、これはおもしろいわね。さっきまで、あたしをいたぶってくれたくせに、神の使いでも分からないことってあるのね」

「いいえ、あなたが誰かは分かっています。あなたは愛川奈央。だけど、あなたの存在理由は、タブーを踏んだ愛川奈央ではなく、そこにいる七原稟太郎に近い。……いえ、近いというよりも彼そのもの。それに、その姿はいったい……」

 この日一番の驚きを見せる神の使い。何でも知っているからこそ、初めて知らないことが出たような、そんな表情に見える。

「……あたしはこの世界に来てすぐに理解できたけど、あんたにはわからないようね。それとも……理解したくないだけかしら?」

 挑発するように奈央は言った。俺はその奈央の言葉の中に気になる箇所を見つけた。『この世界に来て』ってのは、いったいどういう意味だろうか?

「……ん、あっそっか。稟は確実に分かっていないわよね。あたしがどういう存在か……。あたしはね、この世界の人間じゃないわ」

 でも、眼の前にいるのは、口調こそ昔のように喋っているが、確実に奈央なのに……、

「愛川奈央……じゃないのか?」

「名前ではなく立場よ。この世界では、愛川奈央は病気になっていたんじゃないかしら?」

 肯定すると、奈央は『やっぱりね』と呟いた。

「あんたの世界ではあたしが病気を患っていたのかもしれないけど、あたしがいた世界では、あんた……七原稟太郎が病気を患っていたのよ」

「俺が病気?」

「そうよ。つまりはあんたとあたしの立場は一緒ってことよ。あんたが経験したことは、あたしが経験したことでもある。例えば、神になるように言われたりね……。あんたも言われたんでしょ? あたしも言われたわ」

 俺と同じ立場。……そういえば、さっきの時間停止能力は、この世界の奈央には使えない。あの能力は俺の能力だから、俺と同じ立場の世界から来たと言った彼女だからこそ、俺と同じ能力が使えたんだ。

 それに彼女の天使のような姿が、別の世界から来たことを物語っていた。

「たぶん、あたしとあんたの違いは性別だけでしょうね。……ああ、あと、なんかその……死に神みたいな格好? それもあたしの世界では違うわね。あたしの世界では、自分たちのことを天使って、呼んでいるから」

 性別以外はお互い同じ経験しているはずだから、別の世界から来た彼女も、自殺が取り巻く世界を生きていたんだろう。

「そもそも、どうやってこの世界に来たんだ?」

「あたしの天使としての能力は、空間と時間と時空間の支配。それはいいわよね? あんたも同じだろうし。だけど、あたしがこの世界によってきたのは第四の能力――平行世界の支配よ」

「平行世界……。アニメでよく聞くパラレルワールドってやつか?」

 奈央は頷く。

「時空間の能力で例えれば解りやすいかしら……。あたしや稟の能力である『時空飛行』は言わば縦の移動なのよ。もちろんこれは、時間は縦に流れていくものと解釈すれば……の話だけどね。あたし達は、縦に移動することが出来ても、横に移動することは出来ない。だってそこは、時間から切り離された世界。自分ではない自分がいる世界だから……」

 時空間の支配では、別の世界に干渉することが出来ない。それなのに、別の世界の彼女が眼の前にいる。

「でも、第四の能力を使えば……移動できたんだな」

「ええ、その通りよ――」

「いいえ、不可能なはずなんです。……確かに、あなたの能力で平行世界の移動は出来るはずです。ですが、時間の移動とはわけが違う。時間は縦に流れていくのに対して、平行世界とは数多ある世界のこと。何の目印もなく飛行すれば、異空間を彷徨ってしまうはずです。それなのに、運良く世界に辿り着いただけでも奇跡なのに、どうしてこんなことが……」

 俺たちの会話を盗み聞きしていたのか、急に神の使いが会話に入ってきた。

「今あなたが正解を言ったじゃない。目印があったのよ――あたしをここに呼ぶ声がね。あたしはそれを辿ってここまで来ただけよ」

「俺の助けて欲しい祈りが届いたのか?」

 奈央は首を傾げる。

「……あんたの声じゃなかったわよ」

「でも、俺も助けて欲しいって祈ったんだけど……」

「だからあんたじゃないって。それに、自分の声ならいざ知らず、あんたの声を、あたしが聴き間違える訳ないでしょ? 稟」

 そう言ってウインクをした奈央に俺は見惚れてしまう。ウインクか、ドロシー以来だな。

「――さて、話しもこれで終わりよ。さっきはよくもあたしをいたぶってくれたわねぇ……神の使い」

 威風堂々、居丈高に奈央は言った。

 それに気を当てられたのか、神の使いは一歩下がる。そういえば、シュウやドロシーはどこにいったんだ?

「さっきまでのようにはいかないってのは分かるわよね? 今のあたしには――」

 奈央は、突然振り返って俺を見ると近づき、俺の左手を握る。

「――稟がいる。……例え、あたしの知っている稟でなくても稟は稟よ。会いたかった稟がいてくれたら、あたしはいくらでも強くなれる気がするの――」

 奈央の言葉に声ではなく、手を強く握ることで答える。

「稟」

 俺の意思が伝わったのか、こちらを見る奈央。

「俺もそうだ。どれだけ時間をかけてでも、会いたいと思っていた奈央に会うことが出来たんだ。もう、負ける気はしない!」

「……いえ、もう戦う必要はありません」

『それはどういう意味だろう』と、俺たちはお互いに顔を見合わせる。

「七原稟太郎、愛川奈央、あなた達の勝ちです。神さまは、七原稟太郎を神にすることを諦めました。私もここに用はありませんので、失礼させてもらいます」

 そう言った瞬間、神の使いの体が薄くなっていき、そして、完全に見えなくなった。どうやら消えたようだが、どうして急に俺を神にすることを諦めたんだ?

「あ、そっか。あたしと稟がそろっちゃったから、諦めるしかなかったのね」

「どういうことだ?」

「分かんないの? あたしとあんたがこの世界から逃げられなくなって、神になることを強要されたのは、タブーを踏めなかったからよ。でも今は、『恋をしてはいけない』のタブーを踏むことが出来る。稟がいて、あたしがいるから――ね?」

 奈央の何気ない笑顔に思わず胸が高鳴る。

「なに顔赤くしてるの? かわいいわねぇ」

 ヘラヘラと笑いながら俺に言った。そんな仕草に、不覚にも心を奪われてしまう。

 ――が、やられっぱなしは嫌だから、少しだけ反撃する。

「さっきから繋いでいるこの手。段々汗ばんできたんだが……」

「うひゃあ! いつまで握ってんのよ、変態!」と言って、俺の手を振り払った。

「お前から握ってきたんだろが……」

 悪態を吐くが、

「汗まみれなんて……。稟と手ぇ繋ぐなんて久し振りだったのに……」

 自分の手を見つめて聴いてない。

「…………ふむ」

 こうして見ても奈央そのものだが、俺の知っている奈央じゃない。俺の記憶の中の奈央は、俺の手をいきなり握るような性格はしていないし、こんな乱暴な性格ではない。

 ――だから、俺は本当に――出来るのだろうか?

「なあ、奈央」

 奈央がこちらに『何よ』と言いながら、唇を尖らせジト眼で睨んでくる。

「俺たちは本当にタブーを踏めるのか? お前が愛川奈央だというのは信じられるが、俺の知っている奈央とはかけ離れている。こんな気持ちで、俺は恋をすることが出来るのか?」

「確かにあなたの知っている愛川奈央ではないかもしれない。だけど、あたしを否定することは、愛川奈央そのものを否定することと同義よ。だってあたしは奈央で、奈央はあたしなんだから。それに――」

 いきなり顔を近づけてくる奈央。

「あたしだって、あんたはあたしの知っている稟じゃないわ。あたしの稟はねぇ、もっとこう寡黙で、クールで、夕日をバックに小説を書いている姿がとっっっても素敵なのよ」

 舞台女優のように大げさな身振り手振りで言ってきた。俺のことではないのに、褒められて変な気分だ。

「今のあなたはなんて言うか……昔の稟ね。病気になる前の……乱暴って言ったら……やんちゃ……って言い直し……」

 奈央はたどたどしく話したかと思ったら、急に考え出した。

「……あんた最初にあたしに会った時、なんて思った?」

「お前と一緒だ。昔懐かしい……そんな気分だった」

 俺の返事に、奈央は笑いながら『やっぱり』と納得する。

「あたしやあなたは相手に遠慮したことで、すれ違いが起きてしまった。だから、あたしやあんたは、遠慮を知らない昔の自分たちの性格に戻ったんだわ。もっと、相手と接したくて……」

 ……確かに、死ぬ前の俺は、『俺』なんて言わずに『僕』と名乗っていた。それに、性格はさっき奈央が言っていた寡黙に近いかもしれない。

 でもそれは、相手ことを思って遠慮していたから、本当は、今の俺や、今の奈央のように話しかけたかったんだ。性格が変わっているのは、相手のことを思ってのこと。

「「だから――」」

「俺の知らない奈央でも……」

「あたしの知らない稟でも……」

 ――中身は変わらないんだ。

「稟!」

 奈央が俺に飛び込み頭と頭が交差して抱きついてきた。……本当なら胸に飛び込んで欲しい気持ちがあったが、俺たちの身長は変わらないから仕方がない。

「奈央……」

 特に意味もなく名前が口から出る。そして奈央の体を優しく、だけど絶対に離さないという気持ちを込めて抱きしめ返す。

「……稟。今度は絶対に離さないよ。好きな人が腕から消えていくあの感覚、二度と味わいたくない……」

 奈央の腕の力が強まっていく。……奈央も味わったんだな。お互いに相思相愛だと気付いた時には、すでに遅く、消えていくのを見ていることしか出来なかったあの無力感。

 ――俺も絶対に離したくない。

「奈央」

 名前を呼ぶ。今度は理由があって呼んだら、奈央は俺の微妙な機微に気付いたのか、抱きしめたまま頭が離れる。それによって、すごい近い距離でお互い見つめる結果になった。

「……何よ?」

 ――が、奈央はすぐに俺から目線を外して唇を尖らせる。そういえば、昔はこんな仕草もしていたような。そう思うと、思わず笑ってしまう。

「何笑ってんのよ。ムカつくわね。あたしの知っている稟なら、笑わずに微笑む程度よ」

「そんな対応しか俺がしなかったから、今まで進展しなかったんだろうが」

「うっ」

 図星をつかれたのか、声の詰まる音が聞こえた。

「……でも、あんたもそうじゃない」

「うっ」

 伏し目がちな奈央に俺も図星をつかれた。

「今度こそは、お互いに相手を幸せにしましょう」

「ああ、ここで経験したことは無駄にはしない」

 俺は覚悟を決めて、奈央を見つめる。が、相手の奈央は、俺と眼を合わせては外しを繰り返しいる。

 ……こんな状態で大丈夫かと思ったが、俺はタブーを踏むための言葉を切り出す。

「――奈央、好きだ」

 俺の言葉に一瞬、奈央の体がびくっと震える。

「あたしも――」

 ゆっくりとだが、確実に俺に顔を向けてくる奈央。

「好きよ、稟」

 奈央の言葉を合図に俺は眼を閉じた。たぶん、向こうも眼を閉じたと思う。前にも感じたことだが、人間は視覚を奪われると何も分からなくなってくる。だけど、視覚がなくなったらなくなったで、他の器官が発達する。

 耳は、間近に感じる息遣いを感じ。肌は、背中に回っている手が強く握られたのが分かる。

 俺はそのまま唇を不器用ながら前に出す。

「ん……」

 奈央の吐息が、唇にあった瞬間に聞こえた。初めてだったから失敗したのかもしれない。そんな気持ちが芽生えて離れたかったが、初めてのキスは甘く、離すのを惜しいと思ってしまうのもあったが、本当は終わったあとに、顔を見合わせるのが恥ずかしくて離れないでいた。

 すると、俺の眼には閉じながらにも強い光りを感じた。その光りが何なのか考えることも出来ずに、絶対に離さないと強く奈央を抱きしめながら、俺の意識は消えていった。

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