第25話 祈り
――ドロシー・ガーランドの攻撃は拳銃による遠距離からの弾丸。
彼女本来の攻撃手段である爆弾ではなかったが、それでも俺の脅威になるには充分。ただ、俺は常に空中に浮いていたので、狙いを定めるのが難しいのか直撃せずにはいた。薄皮をかするのではなく体の肉を削るような弾丸で、すり傷以上重症以下の損害。やはり幸運ではないだろうな。わざとそういうダメージを俺に負わせているはずだ。
――周冬馬の攻撃は刀による近距離からの打撃。
彼と戦ったことのある俺からすれば、今の彼の攻撃方法は紳士的だった。なぜなら、単純に持っている両手の刀で切りかかるといったもので、前回みたいに刀を投げつけたりはしてこなかったからだ。それでも俺の脅威になるには充分。飛行に関しては、お互い飛んでいるのでアドバンテージはない。そして、彼の攻撃は、切りかかると俺の刀を弾き生身に攻撃……の一辺倒だった。来る場所が分かっているのなら防げそうなものだが、防御を無視するほどのシュウの力強さは健在。刀を弾かれて生身に攻撃されるの繰り返しだった。……だけど、俺はまだ生きていた。なぜなら、刀を弾くのには刃を用いながらも、俺に攻撃する時は、柄や峰といった打撃。おかげで切り傷こそはないが全身打撲だらけだ。なぜ切りかかってこないかは――いつでも俺を殺せるということだろうっていう手加減……だろうな。
――そして俺の攻撃は一切なく防御に専念。
シュウならまだしも、ドロシーに刃を向けるなんてこと俺には出来ない。だけど、このまま守ってばかりでは勝てないのは自明の理。だから、神の使いを殺そうと動くが隙が窺えない。それに、さっきの二人の攻撃もある、さらには同時攻撃ってのもある。そんな時に攻撃なんて考えられずに守ってばかりでいた。それも、いつか見える勝機のために、ジリ貧になりながらも耐え続けた。
その結果……、
――黒い翼は折れ、羽を撒き散らしながら病院の屋上に落下した。
「……くそっ……たれ……」
神になることを拒み、神に弄ばれた人生の復讐のための意思は、圧倒的な戦力の前に、地に落ちた……。
「ふう、彼の抵抗、落下、全て予定通り。あと残すのは諦め、のみ。……歴史はまた、繰り返されるのでしょうね――」
「――――…………」
遠くの方で声が聞こえる。だけど、声を出している主は、俺の薄めに開いた眼で確認できるほど近くにいた。
……ああ、そうか。遠くで声が聞こえているんじゃなくて、俺の意識が切り離されたように遠くにいっているから、そう聞こえるだけだ。
体は焼けるような痛みを感じるが、このまま眠りたい気持ちがあった。そうすれば、全てを諦めることが出来る。
元々、たかだか人間風情が、全知全能の神に勝てるわけがなかったんだ。そう思えば、簡単に諦めがつく。だってそうだろ? 人間が人間にケンカで負けて悔しいと思っても、人間がライオンにケンカ……では済まないが、襲われても悔しいなんて思わない。むしろ、生きていたことに喜んでしまう。
――今の俺が正にそうだ。これだけやられても、『ああ、やっぱりか……』と思うだけで、悔しい気持ちは芽生えない。
「――……よろしいでしょうか?」
意識がハッキリと覚醒した。それを見越してか、それともさっきから、同じことを言い続けていたのか分からないが、俺はそれに反応する。
「……なん……だ……」
「……そのままではろくに話しも出来ませんね。少々お待ち下さい。周冬馬、こちらへ」
神の使いの言葉に、ドロシーと一緒に後ろで待機していたシュウが近づいてくる。そして、神の使いの『お願いします』の言葉で俺の胸に右手の平を押し当てた。
すると、シュウの右手は光り輝いた。
シュウの能力は再生。タブーに触れない限りの致命傷以外なら、どんなものも治すことが出来る。俺の体の見える傷、そして見えない傷が治った。
「ありがとうございます。それでは下がってください。これで、話が出来ますね?」
「……そうだな……」
俺の体は、痛みもなければ疲れもない戦う前の状態に戻った。さっきまで折れていた黒い翼も、元に戻った。だけど、俺の心は戻っていない。戦う前には確かにあった、闘志という心。
俺の心はすでに――折れていた。
「勝てないとわかりながらも、戦ったあなたは賞賛に値します。……ですがそれは、人間が持っていた諦めない心があったからこそ。今のあなたは、生きていることを除けば、人間らしくなく、私たちに近い存在になりつつある。花も実も自分のために取らず、他人のために残す。そんな神と言う存在に。あなたはいずれ、私どもを創造して使役する立場になられる。あなたにはもう、他の道は残されてはいない。残った道はただ一つ――神になる道のみ」
俺を起き上がらせるためにか、神の使いは、左手の平を俺に向ける。これを掴んで起き上がれということなのだろうが、この手を掴むことが意味するのはそれだけではない。この手を掴むこと、それは神への敗北。今まで俺を弄んだ相手への決定的な敗北宣言だった。
俺はその手に左手をゆっくりと近づけていく。この手を掴めば全てが終わる。そう分かっていても、俺は止まらない。
……だってそうだろ。もう俺にはこの世界からの脱出方法はない。だったら、神の使いを殺そうとしたが、最強の二人が護衛していたら勝てるわけがない。それに、神の使いにも勝てないのに、神に勝てる道理はない。
だから、神に勝つには、俺が神になるしかないんだ。そう考えてしまえば、あとは簡単だ。この負けは次への布石。最後で勝てばいいんだ。そうすれば俺の願い。
願い? そう思った瞬間、俺の伸びていく腕が止まった。
……俺の願いって何だったんだろう?
確か、俺たちの人生を弄んだ神を殺すことだったような。……なんだろう、さっきまでやっていたことなのに、冷静になった今では、それが俺の本当の願いなのか分からなくなってきた。
神は、俺を神にしたいとかいうことで、弄んできたんだ……俺たちを……。
……たち? そうだ、被害者は俺だけじゃない。俺を神にするために殺され、自分の気持ちを利用された奈央。奈央のためにも復讐を……。
『あたしはそんなの、望まないわよ――』
突然声が聞こえた。何度も聴いた声だから誰かはすぐに分かった――奈央だ。……でも、しばらく聴いていないような、強気な口調の奈央の声だ。
幻聴かもしれないが、その声のおかげで、奈央の本当の望みがわかった。
死んでも俺に合いたいと思って、この世界にやってきたんだ。あいつの望みはたぶん、俺とまた会うこと……じゃないだろうか。
俺は神になったら、奈央にまた会えるのだろうか?
……答えはたぶん、イエス。会うことは出来るだろう。でもそれは、人と神という関係での出会い。俺は人にはなれないし、奈央も神にはなれない。
こんな二人が出会っても、奈央は嬉しいだろうか? 分からない。
――でも、これだけは言える。
俺は嫌だ! あいつとは同じ立場で会いたい。だからこれが――俺の本当の望みだ!
俺は、神の使いの伸ばした腕を弾いた。そして立ち上がる。
「俺の本当の望みはお前らを殺すことじゃない……。俺の本当の望みは、この世界から脱出して、もう一度奈央に会うんだ。だから、俺は神になんかにはならない!」
左手を大きく横に振って俺は言った。それを見ても、神の使いは驚きを見せない。
「やはりこうなりましたね。あなたを二回諦めさせなければならないことは知っていました。ただ……」
神の使いは、全てを見透かした言葉の最後に腑に落ちない顔になる。
「……私の知っている言葉とは違うことを言いましたね。……どういうことでしょうか?」
俺に言っていない、自分自身に訊く自問。だけど、彼の思案は終わらない。自答が出ないらしい。そんなこと、俺には関係はない。
「もう俺は、神を殺さないし憎まない。……ただ俺は、この世界から何としても脱出したいんだ。何か知っているのなら教えてくれ」
「……何を言っているのですか?」
初めて神の使いの顔が本格的に歪んだ。その表情を一言でいうなら驚愕。『ありえない』と顔が物語っていた。
「あなたが神を憎まなければ、七原稟太郎が神になるという道はなくなるのですよ。それが意味するのは、タブーを踏めないあなたは、この世界の一部として永遠に過ごすことになります、逃げることも死ぬことも出来ない。……あなたが例えて言ったように、本当にここが『牢獄』となってしまうのですよ。それでもいいんですか?」
さっきまで俺を半殺しにしていた張本人とは思えない焦りようだ。
「牢獄だろうが監獄だろうが、俺は奈央に会う。そう決めたんだ。どれだけ長い時間を掛けてでも、この世界を脱出する。だから、俺は神にはならない。……他を当たるんだな」
もう用はないとばかりに俺は、この場を後にしようと、三人背中を向けて屋上の出入り口に進む。
「この世界からタブー以外の脱出方法なんてありませんよ!」
早口で、そして張った声だった。別に無視すればいいのだが、俺のことを思っての言葉に聴こえ、俺は振り返る。神の使いは焦った表情をしていた。
「この世界で俺は何度も味わったんだ。『ありえないことなんてありえない』と。だから、俺は何としても捜す。捜してもなかったら、俺が最初の人になってやる。俺はもう決めたんだ。諦めてくれ……」
今度こそここを去ろうと、また背を向け――ている途中で、大きな銃声が響いた。
何度も聞いた音だから聞き間違えようがない。俺を引き止めるために、ドロシーに撃たせたのかと思った。
「なに……」
――が、引き止めるにしては場所がおかしい。俺は左脇腹に手を添えすぐに離す。すると、左手の平には血がべっとりとついていた。銃弾は俺の左脇腹を貫通。
止めるにしては、バイオレンス過ぎるだろ……。
「史実どおりにあなたが神になる道を歩まないのであれば、……あまり利口な手ではありませんが最後の手段です。ここで死んで、もう一度『死に神――リン』をやり直してもらいます」
「……無駄だって……言ってんだろ。この場で死んでも……俺は奈央に会うために」
血を止めようと左脇腹を抑えながらに言った。痛みは限界を超えていたが、痛みのおかげか意識はハッキリとしてくる。
「それはこちらのセリフです。あなたが神にならない道を歩むのであれば、私は、あなたが神になる道を歩むまで、あなたを殺してやり直させ続けます。それが私の使命ですから――お二人とも!」
後ろで待機していたドロシーとシュウが、神の使いの前に出てきた。
「どうしてこうなったのかわかりませんが、私はもう、あなたを見ていたくはありません。私の記憶どおりなら、あなたをここで殺さずに痛めつける予定でしたが、あなたの意思は固そうです。……ですので、あなたの好きな方で死んでください……」
その言葉と同時にシュウとドロシーの両手が光る。
――そして、シュウは俺の真上に、ドロシーは俺の足下に、複数の何かを投げた。それが何かと理解するのに時間はいらなかった。
シュウが真上に投げたのは刀に再生する前のたくさんの欠片。ドロシーが投げたのは十数個のカチカチと音が鳴っている爆弾。彼らの専売特許であり、最高の攻撃だ。
「あなたの空間転移能力は把握しています。あなたが出来ることと出来ないこと全てをね。あなたの能力で最も厄介な『時間停止』は、今のあなたでは一つの場所を一定の時間でしか発動できない。そして『空間転移能力』は間を空けずに連続して能力を発動させることは出来ない。以上のことから、今の状況に説明は不要ですね?」
上を見れば屋上全域に広がっている刀の欠片、下を見れば爆弾が散乱していること、そして連続して俺は能力を使えないこと。このことから考えられる俺を殺す算段は一つ。
――時間差を用いて、俺を二回殺すつもりだ。
俺が刀で死ぬか爆弾で死ぬかは分からないが、この二つの凶器は、同時に俺を襲いかかってこないのは確実。
なぜなら、仮に刀が先に落ちてきた場合、落ちてくる刀を空間転移で俺は防がなければならない。逆も然り。
だが、そうなればもう一つの残った凶器を防ぐ手立てが俺にはない。刀を飛ばせば爆死。爆弾を飛ばせば串刺死。
万事休すか……助かる手立てがない。神の使いの言うとおり、もう一度、俺はやり直さなければならないのかもしれない。
……だけど、あいつの思い通りになるつもりはない。何度殺されたとしても、俺は絶対に諦めない。諦めるつもりはない!
ここで俺は死ぬだろうけど、俺は諦め――、
『あたしに会うことを諦めない前に、生きることを諦めるんじゃないわよ!』
「えっ?」
また奈央の声が聞こえた。この声が幻聴かどうかを考える前に、奈央の言葉は俺の胸に突き刺さった。
「……ははっ、何言ってんだ、俺……。」
思わず笑みがこぼれる。
たった今、諦めないと心に強く決めたのに、俺は今の状況を諦めようとしている。そんな俺を、昔の暴れていた奈央が見たら、俺は張っ倒されるな。
それに、二度と後悔はしたくはないし、例え死んだとしても、一度でも諦めたら俺はもう、あいつに会う資格がなくなるような気がするんだ。
だから、俺は左手を前に出し、どんな状況にも対応する意思を見せる。
「まだ諦めないのですか? あなた一人で、この二人に勝てるわけがないと散々経験したのにどうして……。何度やられても諦めないあなたを倒す方法は、一つだけです。諦めないという意思そのものを絶たせて貰います!」
絶命へのカウントダウンが始まった。思わず見上げた上空では、キラキラと光るだけだった欠片が本当の姿を現す。凶器として俺を殺すために刀となって降り注ぐ。
この技を見るのはこれで二回目だが、恐ろしい技なのに、これほど綺麗な攻撃もそうはないだろう。
真下では数十個の爆弾から時を刻む音が聞こえてくる。初めて見る爆弾ではあったが、どうやら時限爆弾のようだ。
さすがドロシー。こんなことも出来たんだな。
どうするか、俺はどちらかしか防げない。串刺死と爆死、どっちが助かるか……。
……いや、俺は知っている。シュウとの戦いの時に、未来の俺が刀で串刺しになっていたのを見た。あの時、確かに俺は生きていた。その後に俺は……諦めたんだ。
その未来どおりに生き残るか分からない。だけど、何の根拠もないことを実行するよりかはマシだ。
俺はすぐに前に出していた左をかざし能力を発動させる。
「空間転移」
呪文のように唱えた。すると、足元にあった爆弾が消えた。この屋上から横に移動させただけだが、ここは屋上、下になにもなければ勝手に落ちて俺から離れてくれる。これで爆死は間逃れた。あとは……、
「串刺しを選んだようですね。助かる術はありません。さようなら、イレギュラー因子。もう二度と会いたくありません」
声の主がいない。いつの間にか、シュウ以外が屋上から消えていた。どこに消えたか俺に確認する術はもはやない。
上を見上げると、そこには雨のように降り注ごうとしている刀がある。とても避けきれるものではない。飛べるようになった今でも無理だ。
あとは、刀が雨のように降るのを待つだけだ。刀が俺に突き刺さっても死なない……と思うが、それでも耐え忍ばなければならない。でも、それは突き刺さってからの対応。刺さる前に今出来ることはないだろうか?
……ないよな。空間能力を使ってしまったんだ。使えるようになったときには、すでに串刺しになっている。
だから、俺に残されているのは祈ることしかできない。
誰に? 普通ならこういうときは神頼みなんだが。殺そうとしているのが神なのだから、神さまに祈るのはおかしい。だったら、俺が……七原稟太郎が祈る人物はただ一人。
「助けてくれ、奈央。お前に、また会うために……」
俺は見上げて眼を瞑り、愛する人に愛の言葉を紡ぐように祈った。
眼を閉じてしまったので見えないが、無数の刀は、俺の祈り(合図)を待っていたかのように、屋上全域に刀が振り注くだろう――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます