第24話 神の使い
足が地面を確認した。
どうやら目的の場所に辿り着いたようで、あとは、俺を包む光りが収束されるのを待てば、視界が開けるだろう。
俺を包む光りが段々と弱まり、最後には光が消えた。すると、目的の場所である――俺が落ちた病院の屋上に辿り着いた。
戻った時間も大丈夫かと思ったが、俺の視線の先に映る人物に、目的の場所だと確信するには充分だった。柵の前に立つ、生前の俺の姿に……。
一瞬、俺が死ぬのを止めれば良いと思ったが、たぶんそれは不可能だと感じた。なぜなら、神は俺を神にしたいと思っているのだから、俺が死に神に殺されないなんてことにはならないようにするはずだと考えたからだ。
だからこのままことが起こるを待っていたら、フェンス近くにいる生前の俺の後ろの空間が、歪んだかと思ったその時には、黒いコートの男が現れた。
後ろからではよく分からないが、たぶん俺を殺した奴だろう。その男は現れるとすぐに、生前の俺の背中を押して、もろくなっていたフェンスごと地面に落とした。
その光景を確認した瞬間、俺はその死に神に向かって走り、そして右腰に携えた刀を握る。
俺を殺したあの死に神。そして、あいつを殺したであろう死に神。
視界に捉ええていた死に神の姿がくっきりと見えてくる。それによって、近づくごとに予想が確信に変わっていく。
背は低い死に神のようで、顔はやっぱりフードによって隠れていたが、そんなことどうでもいい。
――あいつだ。俺と奈央を殺した死に神だ!
走って近づいているので足音が聞こえているはずだが、死に神は後ろに振り向こうとはしない。
俺の間合いに入ったところで、怒りを込めて刀を振るおうと、素人ながらに居合いのように刀で攻撃する。
「なんで、どうしてお前が……」
――と、俺の刀は死に神に届くことなく、別の刀によって阻まれた。その刀の持ち主は、さっきの空間を歪めて登場したように急に現れた。
「どうしてお前がいるんだ――シュウ!」
「………………」
呼びかけに応じない。が、『それはそうか』と、あとから思考が追いついた。
この時点ではシュウと面識がない。俺のことを知らなくても同然か。俺はすぐにシュウから離れる。追い討ちは、とりあえずはなかったがまだ安心は出来ない。
「後ろに気をつけた方がいいよ」
シュウの声ではない声が俺に届いた。あの背の低い死に神の声だ。俺に言ったのではないと思ったが、反射的に後ろを見る。
「はあ?」
そこにいたのは、銃を構えたドロシーだった。ドロシーのいたことに驚き続けているわけにもいかない。銃口は俺に向いている。咄嗟の判断で左横に前転しながら飛ぶ。――すると、前転している最中に銃声が響き、さっきまでいた場所に弾道が通った気がした。
「なんで、ドロシーやシュウがここにいるんだ……」
「僕が呼んだのですよ――」
別に答えて欲しいわけではなかったが、フードを被った小男の死に神が答えた。
「――あなたにとって終わりであり、そして始まりであるこの時を祝うための――」
その死に神は、話しながら進んでくる。それと同時にシュウは後ろに下がり、ドロシーもシュウの隣にジャンプで移動した。
「――最高の二人を、ね」
顔を隠した死に神はというと、俺との一定の距離で止まり、おもむろにフードをめくり、顔があらわになった。
顔を隠していた小男の死に神の容姿は、男というより少年に近かった。少年なのだから、背が低いのは当たり前。小男と言う表現は正しくないだろう。
それと、少年の顔は知らない顔ではあったが、初めて見る顔ではなかった。
……シュウとの戦いの時の未来の俺の記憶で、串刺しにされた俺に向かって『時の番人』と言った張本人だ。
少年は右手の平を胸に当てた。俺が知る中でそれは挨拶のポーズだ。
「今のあなた時間では、僕と会うのはこれで三回目ですかね。でも挨拶はしていないので、今ここでさせてもらいます。――初めまして、神さまの代理遂行人の一人であります。……名前などはありませんので、『神の使い』と呼んでいただければいいかと存じます。そして後ろにいるのが、『鋼鉄のシュウ』そして、『黒煙の魔女と唄われたドロシー』です。まあ、この二人はよくご存知でしょうね。ちなみに、今の彼らの意識はこちらが掌握していますので、呼びかけに応じませんので。あしからず」
見た目に反してしっかりとした対応を見せた神の使い。さっき俺を殺していたところを見ていなければ、虫も殺せないような容姿にだまされていたかもしれない。
「……お前が、俺を殺して、そして、奈央も殺したんだな……」
意図せずに、腹の底から声を出すように俺は言っていた。今すぐにでも飛び掛り、あの首を絞め殺したい気持ちが言葉として現れた結果だろう。
「はい、そのとおりです。……まあ正確には、まだ愛川奈央を殺していません。僕自身には、あなたの能力のような『時空飛行』は出来ません。ですが、僕の意識に過去や未来という概念はなく、全ての時間を共有していますので、未来で僕が殺したという事実は知っております」
悪意なく殺すという言葉を使った。……やはり普通ではない。こいつが、俺や奈央を殺したと聴いた時点で、すぐにでも切りかかりたいが、後ろの眼が光っている。
あの二人を相手にするのは厳しいからか、二人の存在が俺を冷静にさせた。だから、俺はまだ知らないことを訊くことにした。
「俺や奈央を殺した理由は聴いた。俺を神にするだかと言っていたが、本気で言っているのか?」
「勿論です。あなたには神になれる素質がありましたので。……愛川奈央も素質があったのですが、彼女は神になることよりも愛を大切にしたようですので、あなたが神になるための犠牲になって貰いました」
何をいけしゃあしゃあと……。
「……どうして奈央は死ななければならなかったんだ。俺を神にしたいだけなら、奈央を殺す必要はないはずだ」
「それは、あなたに怒りを覚えさせて、ここで僕と会うため――」
そんなことのために……奈央を殺したのか……。
「――と、そして何より、あなた……七原稟太郎を逃さないためにです」
「俺を逃さない? はっ、俺は逃げるつもりなんてない」
神の使いは、俺の言い分を否定するように首を横に振る。
「あなたの言っている逃げるではありませんよ。この世界から逃さないという意味です」
「俺を逃さない……」
そういえば未来の俺が言っていたな。七原稟太郎に逃げ場はないと。それと関係があるのだろうか……。
「そうです。あなたには神になってもらわないといけませんから」
もはや、わざと俺を怒らせたいのかという笑顔。その笑顔に切れそうになるのを抑える。
……どうやら相当俺を神にしたいようだが、だったら――、
「だったら、どうして俺が死に神になってすぐに、会いに来なかったんだ? 死に神になった当初は記憶を失っているのだから、お前らにとって操りやすい人格を作ることが出来たんじゃないのか? その方が、都合がいいだろ」
「確かにあなたの言うとおりです。……ですが、それは最初だけで、記憶が完全に戻ってしまえば、今のあなたのようになるとは思いませんか? それだったら、なにも教えずに、神になるための経験を積んで貰った方が良いと考えられたからです」
「経験? 俺はこの世界で、神になるための経験なんて得ていないぞ」
「いいえ、あなたは確かに、たくさんの経験をしましたよね? 後ろの二人から――」
そう言って、後ろに手の平を向ける神の使い。だけど、あの二人から教わったのは、自殺に関してのことだけだ。
「経験? 自殺が正しいかどうかが、神になるのとどう関係があるんだよ」
「大有りですよ。あなたは彼らから何を学びましたか? 二人とも考え方は逆方向でしたたが、人を救いたいという思いは同じでした。――自殺を止めることが、その人の為になるのか? ――それともいっそ、死を求める相手を一思いに殺してあげるのがよいか? あなたは二人を介して学んだ筈です。その経験は、あなたが神さまになった時に、この世界をどうするかの道しるべになるでしょう」
語尾に『あなたのためにしたことですよ』とか付け足しそうだ。
……だけど、俺は理解した。神を殺すことが、神に対する復讐になるかと思ったが、そうではないようだ。
だから、さっきから左手に持っていた刀を握り直して、本当の意味で復讐になる相手の咽喉に、刀をあてがった。
「……なんのつもりですか? 自分の咽喉下に刀を添えて」
「見て分からないのか? 今から死ぬんだよ。この方法が、お前たちに対する復讐だと気付いたからな」
話を聴く限りでは、眼の前の神の使いを殺しても、別の神の使いがいそうだし、それに、俺の目的は神を殺すことだから、何の意味にもならない。その神も、俺を神にすることに執着していて、神が神に居続けたい感じはしない。神を殺したところで、俺が神になるだけだろうし、だったら、神の素質を持った俺が死ぬことが、一番の復讐になると考え抜いた結果だ。
「別にどうぞ。構いませんよ」
冷静な大人びた仮面が剥がれるかと思ったが、返答はあくまで無関心。……なぜだ? 俺が死ねば、俺を神にしようとした努力が無駄になるというのに……。
「それに、一度味わった方が、諦めがつくかもしれませんしね」
「……どういうことだ? 諦めがつくってなんだ?」
俺は無駄だと分かり、刀を首元から下げながら訊いた。
「あなた方……死に神には死の概念がありません。つまりは、殺されようが自殺しようが、再びこの世界に記憶を失って生まれます。あなたがここで死んでも、またこの場面を繰り返すために生まれなおるだけで、あなたが神になる道から外れるわけではありませんよ」
だったらこの世界はまるで、罪を犯した者を収容する――牢獄。さしずめ、罪状は自分自身を殺した罪……ってところか……。
「ふん。それが本当なら、俺は今度、人を殺したりは絶対にしない。ここが牢獄のような世界と知ったんだ、お前は俺に人を救わせたいんだろ? だったら俺は、こんな牢獄の世界に来ることにならないようにする。……残念だったな、シュウの経験が無駄になったぞ」
神の使いが喋りすぎた結果だろう。いくら神の使いとはいえ、万能ではない。
「いいえ、そんなことにはなりませんよ。確かに、死に神は死んでもまたこの世界で生まれるだけですが、この世界から脱出する方法が一つだけあります。それがタブーです。タブーとは、生前の自分が死んだ原因がタブーになります。……このことは、愛川奈央から聴いたはずですから大丈夫ですね」
唯一脱出する方法、それがタブーか。
「あなたの知っている人で言えば、ドロシー・ガーランド。周冬馬。愛川奈央。火野千一。この四人は消滅して、この世界からいなくなりました。……もちろん、未来では。という意味ですよ」
……よかった。少なくともこんなふざけた世界から、ドロシーやシュウ、そして奈央は脱出したようだ。だけど……、
「誰だ、火野千一って……」
「そういえば名前を聴くのは初めてでしたね。この世界で、フレアと名乗っていた男ですよ。彼のタブーは、『自分の罪を認めること』でした。彼は生前、自分より優れた兄によって、誰からも相手にされない環境で過ごしていたようです。その結果、自分の実力を認めようとしない兄や親を殺した。そして自身は、尊属殺の罪に絶えかねず自殺をしました。彼はこの世界でも、記憶を失いながらも、自分の存在を認めてくれる人を捜していたようですね。やり方はとても褒められた方法ではありませんが……。ですが記憶が戻り、いつまでも逃げ続けるわけにはいかないと。自分の罪を認め、そして背負うことを決めた結果。この世界から脱出することになったのです。これが火野千一という男の一生です」
あいつにもそんな過去があったのか。平気で俺やドロシーを殺そうとしたのは、生前で、人を殺すことによって、自分は認められると曲解したせいか……。
……あいつも、この世界に踊らされた一人だな。
だったら俺もタブーを――――――どうやって踏むんだ?
俺のタブーは『恋をしてはいけない』だ。抽象的ではあるが、一人では踏めないタブーだろう、踏むためには……相手が……必要……。
「あああっ!」
「やっと気がついたんですか?」
そういうことだったのか……。俺はもう、タブーを踏めない。俺が恋をするとすれば、相手は――奈央しかいない。だけどもう、彼女は消滅してしまったんだ。
「七原稟太郎がタブーを踏んでしまうかもしれない、愛川奈央がいなくなってしまった今、あなたはタブーを踏めませんよ。……まあ、元々、この世界では、新しく人を好きになることはありませんが、一応念のためにね」
そういえばドロシーが言っていたな。睡眠、食事、恋愛に対する欲求がこの世界ではないと。
「……だったら、殺さなくても良かったんじゃないのか?」
すでに回答を言っていたが、言わずにはいられなかった。
「言ったでしょ、念のためだって。ああ、それと、あなたの能力で過去に戻って、過去の愛川奈央に会って恋をするというのは不可能ですよ。さっきも言いましたが、死に神は恋をしないというのも理由の一つですが、何より、あなたの能力は、単純に過去や未来に移動するというわけではなく、人を救いたいという思いを前提にして発動します。タブーを踏むんでしまうという救いが未来で決まっている場合、能力は発動しませんよ」
死ぬことも、タブーを踏むことも出来ない。八方ふさがりじゃないか。もう俺には、神になる以外の選択肢はないのか……。
『――りんくん――』
突然、聞こえる筈のない奈央の声が聞こえた。……たぶん幻聴だろう。……だけど、声のおかげで、俺がここに何をしに来たのかを思い出した。
――俺は神の使いを、そして神を殺しに来たんだ!
すでに武器は握っていたので、新しい力である――黒い羽を生やす。バサッという音を立てて羽を広げた。
「おかしいですね。あなたの時代では、まだ羽を生やすことは一般的ではないのに……」
俺が羽を生やすと、初めて余裕の表情が崩れた。だけど、それも一瞬――、
「それでも、諦めることをおすすめしますが、如何に?」
余裕の表情に戻ってそう言ったが、俺は返答することなく、羽を翻して宙に浮くと、これが返答だとばかりに、地面と並行に神の使いの元まで飛んでいく。足を使うより、こっちの方が速い。
飛んでいくスピードに身を任せて、余裕ぶっている神の使いに向かって刀を振り下ろす――が、またもやシュウが止めに入った。
俺はシュウとの刀がぶつかると同時に上昇。シュウの怖さは充分に知っている。シュウとの戦いで重要なのは、近づかないことが一番だ。上空にいれば、投げてくる刀をかわすだけ――、
「なっ!」
俺は咄嗟に刀で防御する。何とか防ぎ相手の刀が離れたが、飛んできたのは刀ではなく――シュウだった。
俺が空中に滞空しているように、シュウも黒い羽を羽ばたかせて並行に滞空していた。
「どうしてお前も飛べ――ちっ!」
疑問を投げかけている最中に、後ろから飛んできた弾丸が頬を掠めた。すぐさま防御しようと後ろを振り返ると、ドロシーまでが飛び上がり、俺と並行の位置に黒い羽を羽ばたかせて滞空してきた。
飛べるのは俺だけだと思っていたのだが、これでは制空権がお互いにある。さらには、最強の死に神と唄われる二人に挟み撃ちにされている。
シュウは両手に刀を、ドロシーは両手に拳銃を、
「「…………」」
ハッキリ言って最悪だ。どっちから仕掛けてくるか体を半身にして左、右と警戒する。
そんな折に第三者も飛んできて滞空する。黒い羽の神の使いだ。
「あなたが飛べることを知っていたのは予想外でしたが、死に神が飛ばないのは、飛べることを知らないだけですので。……まあ、対処できますよね?」
俺が飛んだことは、少し驚かせた程度にしかならなかったようだ。
「最初から、あなたを神にさせるために私たちは動いてきました。例えばタブーなどが分かりやすいでしょうか? 『恋をしてはいけない』なんて、死に神の世界で踏めないようなタブーを持つことはありえないのですが、あなたをこの世界に留めるためのタブーなんです。このことから分かるでしょ? 今のあなたがどれほど頭を絞っても、最初から、てぐすねを引いてきた神には勝てないと。……ここで諦めた方がいいですよ」
確かに、聴けば聴くほどとてつもない工作がされていた。七原稟太郎には逃げ場がない。この言葉の意味は充分に理解した。
――それでも俺は、
「……悪いが、最後まで抵抗させてもらう」
その言葉を発した瞬間、串刺しになりながらも生きている未来の俺が見えた。シュウとの戦いで見た未来の俺の姿だ。
「残念です。……ですが安心してください、死ぬことはありませんので。……まあ、殺されるような目には合いますがね――お二人とも、お願いします」
神の使いの言葉を皮切りに、操られた二人の攻撃が始まった――。
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