第23話 時間転移

 ……いったい何故こうなってしまったんだろうか?

 ――いや、答えは出ていた。七原稟太郎と愛川奈央のすれ違いが、この事態を引き起こしてしまったんだ。

 だけど、悪いのは俺たちだけだろうか? お互い相手が好きかどうか分からずにいた時に、俺は殺され、そして、俺のいない世界を嫌い、奈央も死んだ。

 死に神に殺されたから、俺たちのすれ違いに気付いたが、別に好き合っているのなら、いつかは気付いたかもしれない。こんな、死んだ後の世界で気付くのではなく、ちゃんと自分たちが生きていた世界で……。

 ――誰のせいだ?

 さっきまで流れていた涙はもうすでに止まっていた。

 ――誰が俺を殺した?

 体中が内から熱を帯びたように熱くなるのを感じる。

 ――誰が奈央を殺した?

 全ては、俺を神にするなどとのたまった。神と名乗る奴のせいだ……。

「神を殺す」

「やはりそんな考えを持つようになったんだな……」

 後ろから聴いたことのある声が聞こえた。俺は振り返り、声の主を確かめる。そこには、黒いコートで身を包み、フードで顔を隠した死に神がいた。

「お前が、神か……」

 神を殺すと言ったら現れたからそう思って言ったが。本能が告げている、こいつは違うと。

「いや、違う。それはお前も分かっているだろう?」

 俺のことを見透かしたかのように喋るこいつには見覚えがある……あったことはないが……。

「未来の俺だな」

 見えないのに、フードに隠れた顔が笑ったように思えた。

「そのとおりだ。お前が何を経験したか分かっている。そして、お前の望むことも……」

「だったら、教えろ神の居場所を……」

「残念だが俺も知らない。だけど、神に近い存在が、お前を待っている場所なら知っている。俺はそこに連れて行くために、ここに飛んできたんだ」

 未来から来たのは分かっているが、少し気になったことがあった。

「お前は……もう時空飛行しないんじゃなかったのか?」

「……俺が飛ばなくなったのは、自殺する未来を消しても、そいつがまた自殺をする可能性があると気付いたからだ。何度何度も飛ばなければならない、そんなことをするくらいなら、シュウのように殺した方が良いと考えたからだ」

 自殺を止めたいと考えている俺とは違い、未来の俺は人を殺すことに躊躇いを感じなかったことに、今の俺は関心が持てなかった。

 今の俺は、神を殺すことしか考えられなかった。

「だったらそいつを殺して、神の居場所を訊く。だから連れて行ってくれ」

「ああ。……その前に、お前には、本物の死に神になってもらう」

 そう言ったかと思ったら、未来の俺の左手は光りを確認する。

「……えっ」

 ――と、俺は暗闇の空に移動していた。未来の俺の意味を理解しようとする前に、重力に逆らえず、俺は頭からまっ逆さまに落下し始めた。

 不思議と声は出なかった。復讐に燃えているからだろうか? それとも、自分の能力で助かると分かっているからだろうか、俺はなにもせずにいたら、未来の俺の声が届いた。

『聴こえるか? 俺の声が届く空間と、お前の周りの空間を――』

「そんなことはどうでもいい。何をするつもりなんだ?」。

『今、当たり前だがお前は落ちている。助かるためには、どうすれば良いと思う?』

 まるで他人事のように言ってきた未来の俺に、俺が死ねば、自分も死ぬということを理解しているのかと疑ってしまう。

「瞬間転移を使えばいいんじゃ……」

『残念だが、それでは落ちているという運動はなくなりはしない。地上に移動したからといって、地面に激突することには変わらない』

 あくまで冷静に言いのけた未来の俺。俺も死ぬかもしれない状況なのに冷静でいられた。やはり、神に対する怒りからだろう。

「だったら、どうすればいいんだ?」

『お前が自力で助かるためには、どうすればいいか考えろ。ヒントは、この世界でありえないことなんてありえない――ことと。想像上の死に神にあって、俺たちにない物を頭に浮かべてみろ。……心配するな。未来の俺の存在が、お前の成功を示している』

 確かに、未来の俺が生きていることが、ここで死んでいないことを証明しているが……。

 俺は逆さまに落下しながら知恵を絞る。

 ……ありえないことなんてありえない。これが意味するのは、俺に常識にとらわれるなって言いたいのだろう。重要なのは、想像上の死に神にあって、俺たちにはないっていうヒント。

「………………」

 今落ちているという状況。自力で助かる方法。ありないことなんてない世界。想像上の死に神にあって俺たちにない物。これらを合わせた、ある物を頭に浮かべる。ありないことなんてないと信じて……。

 ――翼を。助かるための翼を下さい。神に復讐するために、翼を下さい――。

 すると、落下し続けている俺の耳に、翼を広げるような音が背中から聞こえた。背中がどうなっているかのか見えないが、背中から腕が生えたような感覚がある。

 俺はその背中にある感覚を勘ではためかせると、頭から落下し続けていた俺の体は反転して宙に留まった。

 とりあえずの安全が確保されて、初めて背中に眼をやると、背中に黒い羽が生えていた。まるで本物の死に神のように……。

 翼を、腕を操るかのように振るい、未来の俺がいるであろう病院の屋上に向かった。

「よし、上手くいったな」

 俺が屋上に足をつけた開口一番がそれだった。地上に降りて再度確認すると、黒い羽は左右合わせて俺の身長ぐらいの長さがある。

 俺は思ったことをそのまま言葉にした。

「どうして羽が生えるんだ。これも俺の能力なのか?」

 未来の俺が首を振る。

「その羽は死に神の能力とは関係ない。死に神全員が羽を出すことが出来る。ただこの時代では一般的ではないだけだ。……あと、その羽は厳密に言えば生えているわけではなく、背中から少し離れた距離を保ちながら翼が浮いているだけだ。……まあ、動いても離れたりはしないから、くっついているのと一緒みたいなもんだが」

 そう言われて背中をよく確認したら、確かに背中にくっついているわけではなかった。さっきの飛行で問題はなかったので、あまり考えないことにする。

「あと、その翼は消そうと、『思えば』簡単に消える。出す時も、『思えば』簡単に出せる」

 羽を畳もうと、腕の筋肉に力を入れるようにしてみると、翼は折り畳まれていた。次に消そうと思ってみると――翼は簡単に消えた。

 自分の手足が少し増えたようなもので、思い通りに動かせるみたいだ。新しい力を大よそに理解すると、未来の俺に口を開く。

「……で、どうして俺に翼を生やさせたんだ?」

「相手が相手だ。それくらいのことは出来ないとな。……それじゃあ、神の使いがいる場所をお前に教える」

 そうだ。俺は神を殺すそのために、まずはその、神の使いって奴を……。

「神の使いがいるのは……お前にとって終わりであり始まりの場所だ。同じ場所、同じ時で、そいつに会える。……これだけ言えば分かるよな?」

 終わりであり始まりの場所……そんな場所、一つしかない。……だけど、そこで会えるということは……。

「……そうか、そういうことか……。ああ、充分だ」

 能力を発動させるために左手を上に上げたところで、未来の俺が眼についた。

「あんたは来ないのか? あんたも俺なんだ、復讐したいと思っているんじゃないのか?」

 俺を神にするとかで俺たちは振り回されたんだ。未来の俺だって同じ気持ちだろう。

「……悪いが俺は行けない。お前も分かっているだろうが、目的は神を殺すことであって、使いっぱしりを殺すことじゃない。それに俺が行くと、終わる戦いが終わらない戦いになるしな」

「そうか」

 来ないことを聞いて再度能力を発動させようとする。――が、何かが引っかかって集中できない。なんだ……この違和感……。

 ふと、未来の俺が眼についた。こいつか、違和感の正体は……。そう思い立ち、あいつの言った言葉を、頭の中で繰り返す。

 ――すると、気になる箇所が見つかった。俺はそれを未来の俺に問いただす。

「お前が来ると、終わる戦いが終わらない戦いになるってのは、いったいどういう意味なんだ? 俺は今から神の使いを殺しに行く。だから終わるってのは分かる。だけど、未来のお前が加勢に来たら、終わるのではなく終わらないってのは何なんだ?」

「……重要なことをお前は考えていないからだ。……どうしてお前は、もう神の使いに勝ったつもりでいるんだ。俺の言った言葉を、お前が負けるという前提に考えてみろ」

 ……俺一人で行けば神の使いに負ける。だから、終わる戦い。未来の俺が来ると、勝てない戦いから負けない戦いに変わり、終わらない戦いになる。

 終わる戦いが終わらない戦いになるってのは、そういうことか……。

「どうしたら勝てるんだ?」

 負けると分かった以上、このまま行くつもりはない。羽を生やすことを教えてくれた未来の俺に、助言を求めた。

「無理だ。少なくとも、今のお前では勝てない」

「だったら一緒に来てくれ。あんたも神を憎んでいるんだろ?」

「……そのとおりだ。俺が憎んでいるのは神であって、神の使いではない。それに、未来の俺の存在は、お前が負けた世界の先にある俺だ。お前が負けなければ、俺は神になれないどころか、神の使いから貰った二つ名である『時の番人』という名も貰えなくなる」

 時の番人? その言葉、どこかで……。

 ――そうだ、シュウとの戦いの時に聴いたんだ。

 確かあの時の俺は、無数の刀に串刺しなりながら、その名を聞いていたんだ。それってつまり、あれが俺の未来……ということか。

 ……ということは、今から俺は負けると分かっている戦いに赴き、未来で神を殺すための礎にならなければならないってことかよ……。

 未来の俺を恨めしながら見ると、こちらに冷めた視線を向けていた。人事ではなく自分の過去のことなのに、諦めたような視線に腹が立った。

「あんたはどうだったんだ? これから負けると分かっている戦いに行かなければならないって時、どういう心境だったのか聞かせて欲しいな」

 嫌味たっぷりに俺は言ってやった。

「……俺の時は、未来からの助言なんてなかった。ただ、神の使いのいる場所を未来の俺に教えてもらって、その場所に行き……負けたんだ」

「どういうことだ? 過去は未来をなぞるように進むのではないのか?」

 未来の俺がここに来たのは、自分も未来の俺に会ったからではなかったのか?

「本来ならそうだが、俺の知っている過去より少しずれている。俺が知っている限りでは、シュウとの勝ち方からずれ始めている。俺の時のシュウとの勝ち方は、死んでしまったアイを助けるために、シュウが自己犠牲を働いたって終わり方だったが、お前は違っていたからな。それに、俺はお前に助言しなければならないと思い来たが、俺の時に助言なんてなかった。だから、少しだけ未来が変わっているのかもしれない」

「……未来が変わっている。だったら、勝てるかもしれないということか」

「さあな」

 どちらとも取れない言い方だったが、俺は肯定に受け取った。

「だったら行ってくる。神の使いを殺しに――」

 左手を軽く上げて、『時空飛行』の能力を発動させる。

 能力の発動と同時に左手が光り、その光りが俺の周りを包み込んでいく。……まるで、タブーを踏んでしまった死に神のように……。

「……勝とうが負けようが、七原稟太郎に逃げ場などない。神を殺すことも大事だが、お前……俺は、神になるしかないんだ……」

 未来の俺の言葉を最後に、俺は過去へと飛び立った――。

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