第20話 夢

 シュウが消えてからどれくらい経ったのだろうか? まだ夜は明けてはないから、それほど時間は経ってはいないと思うが、そろそろアイには起きて欲しい。……少し足が痺れてきた。

「ううーん……りん……くん……」

 うなされているのか?

「……はっ! りんくん!」

 仰向けの状態から急に起き上がったかと思ったら、『りんくんりんくん』と言いながら左に横にと見ている。残念なことに、その『りんくん』であろう俺が、後ろにいることに気付いていないようなので――。

「そのりんくんって言うのは、俺のことか?」

 俺の指摘に、アイは恐る恐るいった感じで後ろを盗み見る。

「……りん……くん」

 俺を視界に捉えたところで、その眼がじわりじわりと涙がこぼれてくる。……いったいどうしたんだ? そんな俺の思いを倍増させたいのか、そのまま勢いよく胸に飛び込んできた。

「りんくん、生きてたんだ。うわーん」

 そのまま俺にしがみ付き、胸の中で泣き喚いていた。

 ……こういう状況になった場合、何が正解なんだ? また頭を撫でるか? ……いや、知り合い以上の関係でもないのに、そんなことは軽はずみでは出来ないな。起きていない時はそうでもなかったが、起きている時にはするには結構勇気がいる。

 結局、どうすることも出来ずにしていると、しばらく俺の胸の中で泣いていたアイが、次第に泣き声が止み始めて、俺には話しかける。

『どうして生きてたの? 串刺しになるのを私見ていたのに……』

 たぶんそう言ったと思う。俺の胸から離れずに言ったので、少し声がくぐもっていた。

「シュウが能力で俺を生き返らせたんだ。その代わり、シュウがタブーに触れて消滅してしまったけど……」

「ぷはっ……そうなんだ。あの人が助けてくれたんだ……。そっか、彼、タブーに触れて消滅しちゃったんだ……」

「すまなかった。お前をずっと守っていてくれた人だったのに、俺のせいで……」

 アイに頭を下げて顔を上げた時に、アイはキョトンとした眼をしていた。

「気にする必要はないと思うよ。彼とは短い間だったけど、……中途半端な気持ちで、りんくんを助けるような人じゃないはずだから……」

 シュウという人間を理解しているからこそ言えたのだろうが、俺はそのことが少し引っかかってしまった。……別に、アイから聞かされるシュウについて疑問が芽生えたわけではない。ただ何となく、やきもきする。

「だったらいいです。……それより、どうしてさっきから、俺のことをりんくんなんて呼んでるんですか?」

 そんな気持ちを払拭させようと、さっきから自然と口に出していることについて訊いてみた。

「あっ」

 言われて気付いたような表情を見せるアイ。無意識で俺をそう呼んでいたのか? 指摘してからは、戸惑うように目線が泳ぎ、俺と目線を合わせようとしない。

「……そういえば、俺のことをそう呼ぶ奴が他にもいたような……」

 確か――、

「駄目! 思い出しちゃ駄目!」

 手を俺の前で強く振っている。思い出させないようにしているのだろうか?

 ――思い出すといえば、ここには元々、生前の記憶を探りに来たんだったな。……色々あり過ぎて本来の目的を見失っていた。そしてここに来た時にアイに出会い、俺のことを何か知っている素振りを見せていたんだ。

「……なあ、どうして思い出しちゃ駄目なんだ? それに、俺の生前のこと……何か知っているんだろ。……教えてくれないか?」

 あの時と同じような質問を繰り返す。前回は逃走。今回は――、

「……どうして知りたいの?」

 アイは逃げなかった。だけど、涙ぐみながら声が震えていた。

 どうして、か……。自分の記憶が早く戻って欲しい気持ちもあるが、それと同時に、もう一つの思いもあった。

「俺は、自分が自殺をしたことが今だに信じられないんだ……。だから、ちゃんと確認したいんだ。自分が自殺したことを、そして、どうして自殺したのか?」

「……そっか、そうだよね。もう独りよがりの夢も……終わりどきかな……ししし」

 アイは悲しい表情で納得しながらも涙を耐え、必死に笑おうとしているように見える。

 ……どうしてそんなにも辛そうな顔をするんだ……。

 おもむろに立ち上がるアイ。さっきまでの辛そうな表情は隠れて、その代わりに、何かを決心したかのような顔が窺える。

「私があなたを殺したんだよ、七原稟太郎」

「………………は?」

 突然の宣告に理解が追いつかなかった。俺を殺したのが――アイ?

「詳しく知りたかったら、明日同じ時間に来て……待ってるから」

 アイはそう言うと、屋上の出入り口に走り去っていった。

 あとに残ったのは呆然とする俺だけで、彼女の言ったことが真実なのかどうかも、今の俺には判断できなかった。


 ――――――――。

「…………りんくん。ご――ありがとう、今日も来てくれて……」

「――――――――」

「うん、そう……あれ? 約束? ……約束って何だっけ?」

「――――――――」

「ああ……うん。覚えてるよ。忘れるわけないよ、うん、冗談……」

「――――」

「そう……かな? 医者にあまり騒がないように言われているから……かな。大丈夫、治ったら元気になるから……」

「――――――」

「……ねぇ、もし、もしもだよ。わたしの病気が治らないって、分かったらどうする……」

「――――――」

「だ、だからもしもだって。……どうする?」

「――――――――」

「約束……約束……したもんね。りんくんは、りんくんなんだね……」

「――――――」

「ううん、何でもない。……あっ、そうだった。……ごめん、来て貰ったばかりなんだけど……。この後診察があるんだ、だから今日は……」

「――――」

「ううん、わたしこそ言うの忘れちゃって……」

「――――――」

「うん、バイバイ」

「――ねぇ、りんくん。…………もう……別に……来なく――」

「――――」

「ううん、なんでもない。……じゃあね」

「――――――」

「……また、明日……」

 ――――――――。


 また、あの夢か……。

 廃病院の俺は体を起き上げて顔を押さえる。別に痛むわけではなかったが、少しずつ小出しされる記憶にもどかしさを感じた。

 だけど今日、やっと知ることが出来るかもしれない。アイが教えてくれると言ったから。

 ――そういえば、あれは本当のことなのだろうか? 彼女が、俺を殺したってのは……。

 それだけじゃない。続けて彼女はこう俺を呼んでいた――『七原稟太郎』と。俺は自分のことを『リン』と呼ばせていたから、稟太郎……繋がりはある。それがまた、彼女が本当のことを言っていることを証明していた。

 ……でも、俺は知っていいのだろうか? アイは辛そうな顔をしていた。俺が知ることにてって、彼女にとって何か不都合でもあるのかもしれない。

 そういえば、辛そうな顔をアイはしていたが、さっき夢で見た女の子も辛そうな顔をしていた。なんとなくだが似ていたような気もする……。

 俺の記憶を知っていることに何か関係があるのだろうか? ……まあ、それも会って話してからだな。

 ふと、時間を確認しようと窓を見る。そこから見える景色はすでに日暮れ間近だ。

 ……ほぼ丸一日寝ていたんだな、俺。

 あの後、廃病院に帰ると、俺はベッドに倒れ込んだ。別に睡魔などはなかったが、疲れた体を休めたいと思って寝転び、そのまま眠ってしまったようだ。

 今出て行けばちょうどいい時間になるか。

 そう思い立ちベッドから飛び跳ねると、脇に置いていた拳銃をコートの下に、赤い鞘の刀を右腰に携えた。

 昨日ドロシーの拳銃を持ち歩いた時は護身用のつもりだったが、今はそういう思いはなかった。自分を守るためではなく、二人の思いを俺が受け継いでいる、そんな気分だ。

 少ない準備を整えると、生前が知れる病院に足を動かした。

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