第19話 万物全てを再生する

 ――俺はどうなったんだ? 今ある記憶を整理する。

 ……確か、上から降ってくる刀に俺は串刺しにされだが、アイの頭上の刀は降らずに助かっていたはずだ。

 ということは、一応目的は達したのか。だったらいいか、このまま死んでしまっても、元々死んでいた身だし、助けられたんだ後悔はない。

『お前はまた、あいつを悲しませるのか?』

 誰だ?

『俺の時とは違ったが、どうやら未来が少し変わっただけで済んだようだ。つまりは、お前の望まぬ未来に着実に進んでいることを意味している。俺が生きているのがその証拠だ。だから、お前はこれからまだ知らない過酷が待っている。それを乗り越えてみせろ』

 謎の言葉を残して俺の意識から消えていった。そして、死んだはずなのに、今まで眠っていただけのように、俺の意識が覚醒し始めた――。


「はっ!」

 俺は意識が覚醒すると同時に体を起き上げる。そして辺りを見渡し状況を確認――しようとした時に、足に重みを感じて下に注意を向ける。

 そこにいたのは、俺が助けようとしたアイが、俺の左腿を枕にして仰向けに寝ていた。あの時もそうだったが、フードは被っていなかった。足から伝わる体温と、呼吸の躍動で生きていることがすぐに分かる。

 助けることが出来たんだな、良かった。

 安堵した俺は、何の気なしにアイの頭を撫でる。アイの顔はこちらに振り向いていたので、気持ち良さそうにしている表情が窺えたが、それと同時に、彼女の頬に伝わる涙の跡も確認できた。眼も腫れてしまっている。かなり泣き明かしたようだが、どうして?

「よう、生き返ったか……」

「えっ?」

 声のする方に首だけで右を振り向くと、声の主は後ろからやって来た――シュウだ。

 彼の場合は生きていても不思議ではない。だが、シュウの体は淡い光りを纏っていた。……まるで、あの時のドロシーのように……。

 シュウは、座っている俺に目線を合わせるためかしゃがむ。そして俺の首に手を添えた。

「脈は……あるな。よし、ちゃんと蘇ったか」

 蘇った? シュウの何気ない言葉に気付いた。……というか、どうして今まで忘れていたんだ。俺が死んだということに……。

「どうして生きているんだ!」

「……俺の能力でだよ」

 こんな時に、真面目な顔でふざけているシュウに腹が立った。

「あんたのことじゃない。俺だ……俺はどうして生きているんだ!」

 シュウは溜息をついて、タバコの煙をなびかせる。そんな行為も俺をいらつかせる。

「だから俺の能力だよ。万物全てを再生できるって未来のお前が言っていただろ? 俺は死んだ人間も再生させることが出来るんだよ」

「そんなことまで……。だけど、そうだとしても――」

 生き返らせる能力にも驚かされたが、俺を生き返らせたシュウの真意が気になった。

「俺を殺そうとしたのに、どうして生き返らせたんだ?」

 シュウは俺の疑問に、俺をではなく、俺の下に眠っているアイを指差した。

「お前が死んで、アイが泣いていた。それだけだ」

 その言葉にアイに視線を落とす。どうしてそこまでアイは俺を思っているのだろうか?

「お前を殺そうとしたのは、それ以外の選択肢がないと思ったからだ。だけど、それ以外の選択肢が出来たので、俺はお前を殺すことを諦めたんだ」

「その選択知ってなんだ?」

 シュウの体が淡く光っているのが関係あるのだろうか?

「俺が死ぬっていう選択肢だよ。見て分かるだろ?」

 両手を広げて『どうだ』という風に見せ付けるシュウ。

「何言ってんだ? あんたには自己再生能力がかかっているのだろ。だから死ぬことなんて……」

 言葉で否定しつつも、ドロシーが死んでいった状況と酷似していたので、思わず語尾が弱くなってしまう。

「タブーだよ。タブーに触れてしまったんだ」

 ……タブー。死に神それぞれにあり、踏んでしまう消滅するという物。俺のタブーは『恋をしてはいけない』だけど、死に神は恋をしないから踏む心配はないが、シュウは……。

「俺のタブーは、『自分以外の人間を再生してはいけない』つまりは、生き返らせてはいけないってこと。怪我程度なら問題ないが、致命傷を負ったお前を生き返らせたから、俺はもうすぐ消滅する。だから、お前に二つのことを任せたいんだ」

 一瞬、シュウの存在が薄くなった。消滅というのは事実のようだ。

「一つはこれだ」

 そう言って、いつも左腰に携えていた赤い鞘の刀を俺に投げた。俺はそれを受け取る。

「俺は自殺したい奴を殺す時はいつもそれを使っていたんだ。別にそれを渡したからといって、俺のように人を殺せなんて言うつもりはない。……ただ、俺は人を殺したことをずっと背負い続けるつもりでいた。だからその刀は言わば、俺の十字架なんだ。お前は俺を否定したんだ。死んだ奴らを弔うなら貰ってくれるだろ?」

 死にたい奴を殺すことは正しくない。だけど、死んでしまった人たちがいるのを、俺は忘れてはいけない。右手に掴んだ刀を強く握りしめる。

「分かった。あんたの罪、俺が背負い続ける」

 シュウは短く礼を言うと、次に移り始める。

「そして、二つ目はそこに寝ているアイ。何故だか知らないが、お前にかなりのご執心のようだから、お前に任せる。ちゃんと守れ」

「……それはいいんだが、どうして彼女をそんなに大切にしているんだ?」

 彼女を守ることは構わないが、前から気になっていたことがあったので訊いてみた。それに、未来の俺が彼女を殺すみたいにほのめかした時も、尋常じゃない態度だったし、シュウにとって、何かあるのだろうか?

「……お前に教える義務はない」

 やはりそうだよな、教えてくれるわけないか……。

「……ただ……昔とある男がいた。その男は孤児で、孤児院の出身だった。信用出来る人なんてほとんどいなかったが一人だけ、その男にとって守るべき存在がいた――妹の冬冬だ。男にとって、妹は大切な存在で、男が生きている存立基盤でもあった。……だが、突然不幸が襲った。その妹は……交通事故にあったんだ。事故はとても凄絶なものだったが、なんとか命は取り留めることが出来た。が、内臓の幾つかを損傷し、はっきり言って、生きていることが不思議なくらいの状態だった。さらには金もない。妹は……もう死を待つだけだった。だけど、その妹の兄である男が、それに納得できずに行動を移した。唯一信頼できる孤児院の先生を代理人にして、生命保険の金と自分の内臓を、妹のために使うようにお願いしたんだ。当然ながら先生は止めたが、男の決心は変わらず自殺した……」

「妹さんのために自殺を……。妹さんはそのあと、どうなったんですか?」

 不謹慎かもしれなかったが、男の目的は達成されたのか気になってしまった。

「元気にしていたよ。妹のために勝手に死んでいった兄のことなんて忘れたように……」

 それは喜んでいいのだろうか? 男の目的は達しているが、思いは報われていない……。

「そんな顔をするな。男も最初は、生きていただけで良いと思って見ていたが、妹の持ち物の中に、使ってもいないのに持っている物があったんだ。それは、男がいつも好んで吸っていたタバコとガスの切れたライター。妹はずっと肌身離さず持っていたんだ。男のことを忘れてなんかいなかったよ。それを確認すると、男は二度と妹の傍には寄らなかった。未練が出てしまうからな。だけどその男は、妹に似ている誰かを、ほおっておくことが出来なかったんだ――それだけの話だ」

 最後まで喋り終わるまで、シュウは一回も視線を合わせなかった。

「俺、絶対にアイを守るよ。約束する」

 シュウは俺の約束に口元だけで笑った。安心した表情を浮かべているのを、シュウの存在が希薄になりながらも確認できた。

「頼んだぞ。――じゃあな」

 そう言って淡い光りから一瞬強く光り、水蒸気のように光りが舞っていくと、その場には誰も立ってはいなかった。

 ――それが鋼鉄のシュウとまで呼ばれた、最強の死に神の最後だった。

 今感じるのは、太ももに乗っかるアイの頭の重みと、シュウから渡された刀の重みだけだった。

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