第18話 VSシュウ

 眼前に立つ男の異名は最強の死に神。その名が過言でないことは十二分に知っている。

 死に神特有の能力は――刀や剣のみに対する瞬間生成能力。だけど、この能力はいわばドロシーの劣化版で、ドロシーほどの脅威はない。

 これだけでは、最強とは呼ばれはしないだろう。

 ――本当の脅威は、有り余る身体能力。

 ドロシーは言っていた、この世界に長くいれば居るほど身体能力が上がると。その事実を俺は何度か目にしている。

 ……ドロシーに撃たれても頑丈な体。……飛び降りたにも関わらず五体満足な体。……炎に焼かれても焼けど一つしない皮膚。

 さらに、防御だけではなく攻撃も――、

 ……刀を投げる腕力。……人を吹っ飛ばすほどの打撃力。

 それら全てが最強と語るのを否定しない。ゆえに他の死に神からこう呼ばれ恐れられている。

 ――鋼鉄のシュウ、と。

 そんな男が俺を殺すと言って近づいていくる。シュウの説得はもはや不可能。俺はシュウと戦わなければならない。

 だけど、俺はなんとかなるんじゃないかと考えていた。以前の俺とは違い、今の俺は能力が目覚めている。

 だからと言って勝てるとは思わないが……。

「悪いがシュウ。俺はあんたとは戦うつもりはない」

 戦って勝てる見込みはゼロだが、逃げることはそう難しくはない。

「今見せた瞬間転移能力。これを使えば勝てなくても、あんたから逃げることは出来る」

 俺の背走を理解したのか、諦めて立ち止まるシュウ。

「あんたの頭が冷えるまで、俺は逃げ続けさせてもらう」

 左手を軽く上げて能力を発動させる。場所は出来るだけここから遠くを意識すると、すぐに左手が光り、俺から見える景色が一変した。

 さっきまで眼の前にいたのはシュウだったが、今、目の前にあるのは屋上の柵――の前に俺は立っていた。先ほどの屋上と似たような屋上であることは確かなようだが、……いったいここは、どこの屋上――、

「やはり、まだ不完全だな。……リン」

 聞こえるはずのない声が背中から聞こえ、俺の体は凍りついた。だけど、このまま聞こえなかったことには出来ない。だから俺は、ゆっくりと後ろを振り返ろうとする。

 ……嘘だと、……ありえないと、心の中で叫びながら……。

「どうして……」

 外れて欲しいと思いながらも、同時に確実にいるだろうという二つの思いを持ちつつ、振り向いた先にいたのは、俺が瞬間転移した時と同じ体勢で――シュウが立っていた。

 まさかシュウも同じことが出来るのか?

 ……いや、この瞬間転移は俺の死に神としての能力。それはない。それに、あいつの身体能力がどれほど優れようと、消えるように移動することは出来ない。

 だったら、どうやって移動したんだ……。

 そんな状況の把握に努めていると、シュウの後ろが目に付いた。たくさんの刀が突き刺さっている。……あれはシュウが出した刀か? そうだとしたら俺は……、

「お前の能力は確かに優れている。……だが、まだそれほど使ったことがないのだろ? 例えば、遠くに瞬間移動したことなんかはないんじゃないか?」

 ……そういえばそうだ。今まで使ったときは、全部自分の視界に入る場所だった。遠くに移動するために使ったことは一度もない。

 ……だから、この結果か。

 俺は確かにシュウから離れたが、シュウの視界からは逃れてはいない。屋上の真ん中辺りから、出入り口から遠く離れた屋上のフェンスに移動しただけだった。

「……たぶん、お前の力は段々と真価を発揮していくタイプなんだろうな。だから、本来ならお前の望むように、遠くへ移動出来るだろう。……過去に戻ることが出来るんだ。それくらいは出来るはずだ」

 再びにじり寄ってくるシュウ。思わずあとずさるが、すぐにフェンスに阻まれてしまう。

「経験の浅さが仇になったな……」

 もう戦うしかないのか……。

 ……でも、俺の能力出来ることは瞬間転移と、時空転移による過去への移動のみ。はっきり言って武器にはならない。

 シュウの持つ刀に対する武器なんて……。

「あっ!」

 その時、背中に隠した物を思い出した。そうだ、念のために持ち歩いていた、ドロシーの拳銃がある!

 すぐに俺は、左手を背中に突っ込んで拳銃を取り出す。そして、その拳銃を素人ながらにも片手で持ち、こちらに向かってくるシュウに突きつける。だが、手が振るえ、自分の思い通りにならない照準。

「無駄だ、止めておけ……」

 俺の抵抗に一瞬立ち止まったが、すぐにまた、何もなかったかのように歩き出すシュウ。

 この拳銃は俺の持つ唯一の武器ではあるが、シュウに効かないのはドロシーで実証済み。シュウを止めることは出来ないか。

 ……だからといって、俺は生きることを諦めるつもりはない!

 一瞬、挫けそうになるが、自分を奮い立てて、拳銃を……。

 ――シュウの言う通りだ。そいつに弾丸なんか通じない。

 無駄だと感じつつも拳銃を撃とうとしたその時、俺を何度も助けてくれた声が頭に響いた。

『じゃあ何だ! 俺に死ねって言うのか?』

 声に出さずに頭の中で言い返す。……何度も助けてくれた恩人に向かって言うセリフではなかったが、今の俺はそれほど切羽詰っていた。

 ――何言ってんだ? お前はとっくに死んでいるだろうが。

 そんな俺の心境を知っているはずなのに、冷やかしてくる声の主。本当に今の俺の状況を理解しているのか……。

 ――まあ、そんなことはどうでもいい。とりあえず、俺がいるから安心しろ。

『……また、俺に助言をしてくれるのか?』

 ――いや、今回は違う。助言ではない。だが安心しろ、お前は死ぬ運命にはない。

 強く、頼りがいのある声が頭に響いた。その声にある疑念がわいた。

 それは、どうやってシュウから死なずに済むのか。や、死ぬ運命にはないと言い切ったことでもない。

 ……どうして、

『どうしてお前は、俺を助けてくれるんだ?』

 俺は会ったこともなければ、誰なのかも分からない。それなのに……どうして?

 ――ふっ。……助けてなんかいない。自分の命を……守っているだけだ。

 その言葉の意味を理解する暇もなく、俺の両手は眩い光りを放つ。

「……足掻くか。これ以上、淡い期待はさせない方がよさそうだな……」

 シュウは少し屈んだかと思ったら、一足で俺との距離を詰めた。

 ――そう。そう分かった時にはもう遅かったんだ。シュウの両手に持ったか刀が、上から下に交差しながら俺を襲いかかってきていた。

 ……駄目だ、殺され――。

「座標転移」

 わけの分からない言葉が頭……ではなく、耳に届いたかと思ったら、金属のぶつかる激しい音が響いた。……どうやら、シュウの襲い掛かる刀を防いだ音なのだろうが、そんなことより驚きなのは、防いだ本人が――俺であるということだ。

 俺の眼から見えていたことをありのままに言うと、左から襲い掛かる刀には、左手に持っていた拳銃の銃身で防ぎ、右から襲い掛かる刀には、いつの間にかに持っていた刀で対抗していた。

 その間、俺は体を動かした記憶がない。つまりは……無意識?

「ちっ、抵抗するだけ無駄だと言ったはずだが」

「そうだな。……だが、俺はこんなところで死ぬ運命にはないんだ」

 つばぜり合いながら、俺はシュウと会話をしていた。

 ……だけど、俺は喋っていない。それなのに口が勝手に動き声を発していた。というかそもそも、体の自由が利かない。

 いったい、どうなって……。

『悪いな。咄嗟だったんで説明が遅れた。今までは、お前に語るだけのサポートだったが、この男にそんな悠長にかまけている時間はないんだ。だから……まあ、なんとなく理解しているだろうが、説明させてもらうと、お前の体を――俺が乗っ取らさせて貰った』

 頭に聞こえた声に俺が返していたように、声が俺に響いた。

 乗っ取った? どうしてそんなマネが出来るんだ。

『時空転移の応用……ではないか。さしずめ、時空転移の初歩の初歩と言ったところか。過去の私が未来の私に干渉出来なくても、未来の俺が過去の俺に干渉することはさほど難しくはないんでな』

 過去の私、未来の私? ……それって、まさか、あんた……。

『そうだ。俺はお前の未来。今から数えて十年後のお前だ』

 俺の能力は、こんなことも出来るのか?

『過去に行くことに比べたらこんもの簡単だ。未来の俺が、過去の俺に意識を飛ばせばいいだけだ。もちろん普通はこんなマネ出来ない。俺だから出来るんだ、能力を使ってな。……お前の能力は言わば、あの時、ああしていればよかったことを『たられば』で終わることなく、本当に実現させることが出来る能力だ。だから、使いようによってはいくらで――』

 未来の俺の言葉が絶ち消えると共に、シュウが行動に出た。

 鋼の体を過信してか、左手に持った刀を急に離す。すると、俺の刀が押し合っていた刀が急に落ちたことによって、そのまま俺の持った刀がシュウの左腕を切りつけた。切り裂いたというよりは、押し切ったという形だったからか、シュウの腕に押し留まった。

 シュウは苦悶の表情を浮かべながらも、マイクを向けるように、俺に何も持っていない左手を向ける。

 その手が光ると同時に、未来の俺が危険を察知したのか俺の左手が光り、頭に『瞬間転移』の文字が浮んだ。

 その刹那、俺はシュウの後ろで、刀を背にして立っていた。見ると、シュウの左手にはさっきまで持っていなかった刀が、フェンスの金網に突き刺さっていた。

 あのまま、あそこにいたら串刺しだったのか……。

 紫煙を上げながらこちらに振り返るシュウ。すでに左腕には怪我をした痕跡はなくなっていた。……驚異的な身体能力のおかげだろう。あの身体能力の前では、たいていの死に神は、最強の名前を汚すことにはないらないだろうが、未来の俺なら……。

 シュウは俺を視認するとすぐに行動に移る。両こぶしが光り輝くと同時に、その両手を右、左の順に、見えないボールを投げるように投げた。

 たぶん、何かが飛んで来る――。

 何が来るかは俺には分からなかったが、未来の俺は分かっているのか、右手の刀を地面に突き刺すと、右手の平を相手にかざす。

 その時、シュウの投げた見えない物が突如現れた――刀や剣や槍。そういった武器が俺に向かってくる。――が、未来の俺がかざしていた左手が光ると同時に、俺の脳裏に『空間転移』の文字が浮かび上がる。

 すると、俺に向かって飛んで来ていた武器が消失した。どこに消えたのかと思う暇もなく、その武器は激しい音を鳴らして、シュウや彼の周りに突き刺さっていた。

 どうやら、シュウに向かって跳んでいったようだが、これも俺の能力でやったのか? 俺の能力っていったいなんなんだ……。

『これで少しは時間を稼げるな。あまり時間がないので、今お前が知りうるべきこと手短に言うぞ』

 シュウとの激しい攻防戦を繰り広げた後に、シュウが、自分や自分の周りに刺さった刀にあくせくしている最中に、未来の俺は語りかけてきた。

『お前の能力を簡単に言えば『時空間の支配』だ。主に三つのことが可能で、まず一つが、空間と空間の入れ替えである『空間転移』だ。人以外の物の入れ替えが可能で、例えば炎なんかは、炎が本来通る道と、通らない道を入れ替えることで防ぐことが出来る。……つい最近だ、分かるだろ? 上手くやれば、今やって見せたように相手に攻撃を返すことも出来る。――そして、それを収束したのが『座標転移』――空間ではなく、物自体を入れ替えることを目的としている。さっき、シュウが切りかかってきた時に使って見せたが、シュウがたくさん出した刀の一本に狙いを定めて、俺の右手に移動させたんだ』

 そうか。フレアの炎は防いだのではなく、入れ替えただけだったのか……。

『そして二つ目、お前にはまだ新しい『時空飛行』――これはお前の理解している通り、過去と未来に干渉することを可能にする能力だ。これの説明はいいよな。戦闘では使えない……こともないか。フレアが全方位に炎を展開させた時、あれは『空間転移』では防げなかった。なぜなら、入れ替えられる空間のエリアには限界があるからだ。未来の私ならともかく、過去のお前には、炎が届かない場所までの空間との入れ替えは不可能だった。だからこそ空間と時間の合わせ技である『時空間転移』だ。これは座標をそのままに、過去、もしくは未来の空間と入れ替えることが可能だ。あの場合、俺たちがいた空間と未来の空間を入れ替えることで防いだんだ。……まあ、レベルが上がっていけば、入れ替えられる空間のエリアが広がっていくから、それまでの辛抱だな』

 何度か口にしているが、レベルって何だ?

『その名の通りだよ。レベルが上がれば、お前の能力で出来ることが増えていく。今のお前が出来るのはこの二つだけだが、レベルが上がれば、シュウの能力並みに最強の能力を身に付けることが出来る……私のようにな……』

 最後の言い方からは、自慢出来ることなのに、望まぬ力を持った自嘲を感じた。

『――あと、なんとなく気付いているかもしれないが、お前が『転移』出来るのは、『物』と『空間』だけであって、人の転移は不可能だ。――が、お前自身なら可能だ、それが『瞬間転移』だ。無意識で何度か使っているだろ。こちらも空間のエリア内でしか使えない。さらに、今のお前には一度使うとしばらくは使えないから気をつけろ。――だいたいこんなところか、今のお前が知っておかなければならないことは……』

 自分の知りたかったことを未来の自分から語られて、スッキリした気分もあったが、どうして未来の俺から語られるのが、戦いを前提にしたような言い方なのか気になった。

 ……なあ、訊いていいか?

『どうして戦いを前提にしているかだろ? それはな――』

「おっと!」

 未来の俺は、飛んできた刀を今度は右に飛んで避けた。投げた主に視線をやると、最後の一本であろう刀を体から抜いていた。

 どうやらさっきまで、体に刺さった刀を抜いていたようだ。

「……もうちょっとばかし時間を稼げるかと思ったんだがな。……くそ、さっきのを何回も繰り返していたら寿命が縮まるぞ」

 そう言いながらも、まだまだ余裕がありそうだ。その雰囲気に俺は思ったままに言った。

 ……あんた、未来では最強の能力を身に着けているんだろ? だったら余裕で勝てるんじゃないのか?

『……確かに俺は『最強の死に神』ではないが、それに近い呼び名で呼ばれてはいる。だが、未来で出来る能力がそのまま使えるというわけでないんだ。今のお前が出来る能力で対抗しなければならない。はっきり言って、余裕を見せれば殺される。それに勝つつもりはない……というか不可能だ。――済まないが集中しなくては、会話はこれまでだ』

 不可能? どういう意味か尋ねようとする俺の眼に、シュウの両手が光り、刀が現れるのが見えた。その両手の刀を握りしめると、こちらに走ってくる。

 その光景に、未来の俺は拳銃を背中にしまい、シュウが最初に突き刺した刀を一本左手に握り、元々持っていた右手と合わせて、こちらも両手に刀という形を取る。

 シュウは猪の牙のように刀を構えて突進してくる。それを未来の俺は、肩より上に刀を上げて、刃先を斜め下にクロスさせて構えた。

 これが彼の迎撃態勢。避けることは出来ないと考えて迎え撃つようだ。

 真っ直ぐに直進してくるシュウの刃先が、俺のクロスさせた刀にぶつかる刹那――、

「うるああああ!」

 刀が届かないギリギリの所で、シュウは体全体を時計回りに回転させた。その回転途中、シュウの背中が一瞬がら空きになったが、こちらは完全に防除の体勢だったので、切りかかることが出来ずに相手が回り切るのを待つしかなかった。

 ……無理をすれば切りかかることも出来たかもしれないが、そうすると、防御の体勢を崩してからの、攻撃の体勢に移らなければならなくなり、どうしてもワンテンポ遅れてしまう。故に、向こうの初断ちを受けてからの反撃が無難だった。

 ……もちろん、初断ちの対処を間違えれば待っているのは死……だろうな。

 そうこうしている内に、回転しながら近づいてくるシュウ。一瞬見えた背中がまた見えなくなりシュウがこちらに向いてくる。時計回りに回転したのだから自明の理だが、それが意味するのは、二本の刀が俺を襲いかかってくるということ。

 案の上、シュウは二本の刀の握りであるこぶしを重ねて真横に切りかかってくる。未来の俺は、真正面からの攻撃に対しての防御を崩すことなく、その形のまま、右にスライドさせる。元々防御の体勢であったから、この動きは速かった。だが、これでシュウの攻撃を防げるかどうかが問題だ……。

「「――――」」

 俺が心配出来たのも一瞬で、未来の俺の刀とシュウの刀が火花を上げてぶつかった。両手に痺れがはしったのも一瞬で、すぐに決着はついた。

 ――勝者はシュウ。

 右からの衝撃を浴びた俺の体は、左のフェンスまで吹っ飛んだ。相当の衝撃だったのか、かろうじでフェンスのていをなしてはいたが、変形は甚だしかった。さらには、両手の刀はどこかに飛んでいってしまっていた。

 俺の惨状も凄まじく、一滴たりとも血は流れてはいなかったが、シュウの刀の衝撃を受け止めた両手は痺れが残っており、フェンスに激突した背中は激しい痛みを訴えかけていた。

「……やられた……防御が間に合わなかった……」

 尻餅をつきながら、未来の俺は後悔と痛みに苦しんでいた。俺はその後悔が気になった。

 ――防御なら間に合っていただろう? シュウの攻撃を的確に判断して、真正面の攻撃から真横に防御をシフトしていた。俺からすればどうしてこれほど吹っ飛んだのが不思議だ……。

『上半身はな、問題は……下半身だ……』

 ――下半身?

『人間ってのは真正面からの攻撃には強く出来ているが、真横からの攻撃には弱いんだ。最初私は、突進による威力倍増の攻撃だと匂わせていたから、爪先を相手に向けての正しい体勢で迎撃の準備をした。だが、それはフェイクだった。実際は、遠心力を加えての遊撃と横撃。咄嗟だったので、下半身は攻撃が来る右に振り向けなかった。……向いていたら、まだここまで吹っ飛ぶことはなかったろうな……』

 向いていてもやばかったのか。だったら、打ち身程度ですんで喜ぶべきだろう……。

『やはり今の俺の体では無理がありそうだ。……どうするかな?』

 もう策は尽きたみたいな言い方をした未来の俺が気になったので、俺は純粋に訊いた。

 ――どうして助けてくれないんですか?

『何を言ってるんだ? どうみても今助けているだろう』

 本当に分かってないみたいに未来の俺は返した。どうして白を切るんだ?

 ――俺が使えるんだから、未来のあんたも使えるはずだろ『時空飛行』……どうして助けに来てくれないんだ? 未来のあんたなら、自分の体で闘うことが出来るんだ、シュウにだって勝てるだろ?

『………………』

 返答がない。意識がないわけではないことは、体を使われているからか分かっている。言いたくない理由でもあるのか?

「…………俺は二度と……飛ばないと決めたんだ……」

「もう終わりだ……」

 俺が『どうして?』を語りかけようとしたその時、いつの間にかに近づいていたシュウが、紫煙をなびかせ、刀を引きずるように両手で持ち、俺を見下ろしていた。

 すでにシュウの間合いだが、未来の俺は動かない。別に動けないわけではなさそうだから、単純に体を休めているようだ。

「いい加減諦めろ。お前が俺に勝つことは不可能だ」

 未来の俺は、シュウの言葉に『ふっ』と鼻で笑い返す。

「俺……だけではないだろ? お前に勝てるやつなんて、この世にはいない。……もし、仮にいるとすれば、神さま……ぐらいだろうな」

 未来の俺がふざけて言ったであろう『神さま』を聞いて、シュウは鼻で笑う。

「神さま? まるで居ること大前提に話しているが、お前はこの世界に来てまだまだ浅いだろうが。俺だって居るかもしれないと思って捜してはいるが、今までその痕跡さえ見つかっていないんだ。あまりつまらないことを――」

「いるぞ、神さまなら……」

 そう言うと未来の俺は、体を持ち上げるよう起き上がる。充分に休息をとったおかげか、かなり体が回復したようだ。シュウは、俺が起き上がるのをただ見ているだけだった。……いつでも倒せるということか。

「だから――」

「本当にいるんだよ、シュウ――いや、周冬馬」

 周冬馬? 未来の俺が言った言葉だからか漢字まで分かった。名前らしき言葉で、この周という単語に当てはまる人物を、俺は一人しか知らない。

「……どうしてお前が、俺の生前の名前を知っているんだ?」

 シュウは驚愕の表情を見せる。その後、数歩あとずさる。未来の俺が知っていることが、それほど意外だったのだろうか……。

「少し知る機会はあったからな。……そういえば、まだ挨拶をしてなかったな。久し振りだな、シュウ。俺は未来の『リン』今から十年後の世界から来たんだ」

 シュウは驚愕の表情をさっきまで浮かべていたが、未来から来たという言葉に、何か考える素振りを一瞬見せた。

「過去にお前が戻れるんだから、未来のお前が過去に干渉できるのも訳ないってことか」

 俺が過去に戻った時もそうだったが、シュウの理解力はかなり早い。この世界に長くいるせいか、『ありえないことなんてありえない』という考えが染み付いているのかもしれない。

「そういうことです。理解が早くて助かりま――」

 未来の俺の評価が言い終わらないうちに、右手の刀を突きつけてきたシュウ。未来の俺は、脅威どころ興味すらなさそうに怖がりさえしない。

「御託はいい。俺の質問に明確に答えろ。神は実存するのか?」

「イエス」

 ……神さまが……実在する?

「この世界を作ったのは神だ」

「イエス」

 この世界を作ったのは神さま……。

「お前は神に会ったことがある」

「ノー」

 未来の俺の否定に、シュウは質問をしてから初めて訝しげな表情に変えた。

「会ったこともないのに、どうして神が実存すると言えるんだ」

「確かに、神その者には会ったことはないが、その使いという存在には会ったことがあるん

でね……」

 シュウは、未来の俺の言い分真意を確かめるように睨んでくる。

 ……それはそうだろうな。俺自身すら信じられないのに、証拠が全くないので、真実がどうかの審議は自分の観察眼を信じるだけだ。

「……仮にそれを信じるとして、神がこの世界を作った真意はなんだ」

 諦めたのか信じたのか分からないが、シュウは新たな質問を繰り出す。

「知らん」

 キッパリと言い切った未来の俺に、あからさまに溜息をつくシュウ。

「俺の知りたい肝心のことは知らないんだな。……もういい、俺の知りたいことを、未来のお前なら知っているかと思ったが……どうしてお前は、未来で生きているんだ?」

「……やっと気付いたんですか? 俺が未来で生きていることに……」

 シュウは、ありえないという表情を浮かべている。

 ――そうか。未来で俺が生きているということは、少なくとも俺は死んでいないんだ。

「……俺は、お前を殺すことを諦めるのか?」

 少ない可能性を搾り出すようにシュウは言った。

「いいえ。……確か、最後の一瞬まで俺を殺そうとしてましたよ」

 本当に分からないという表情を見せるシュウ。しきりに『どういうことだ?』と、呟き繰り返している。

「ちなみに俺の記憶が確かなら、あと数分で、周冬馬はこの世界から消えてしまいます」

 未来の俺は、シュウに対して死の宣告を言い放った。

「なっ! ありえない! お前に殺されるわけがないんだ。俺の、俺の力は――」

「……『万物全てを再生する能力』……でしたよね」

 一瞬、何を言っているんだと思ったが、シュウの表情が、それが真実だと物語っていた。

 シュウの能力は、刀類を作り出す能力じゃなかったのか? ……だったら、あのたくさんの刀はいったい……。

『欠片だよ。刀や剣の欠片を元の形に再生していたんだ。あいつが能力を使う時は、必ずと言っていいほど手を握り締めている、その時に欠片を握っているんだ』

 作り出していたのではなく、元に直していたってのか。

『そんなものより、本当の脅威は――自己再生能力。シュウの体には、再生能力が永続的にかかっている。どれほど攻撃を受けようが再生してしまう。故に、周冬馬を殺すことは不可能なんだ』

 そう言えば言っていたな、シュウに勝つことは不可能だと。そういうことだったのか。

「……いや、俺の力は再生能力。俺をどれほど殺すことが出来ても死ぬことはない」

 あと数分後に死ぬと言われ、さらには自分の能力まで見破られたシュウだったが、事実を確認することによって立ち直し始める。

「――もう細かいことを考えるのは止めだ。これから起こる未来のことを、あーだこーだと考えたところで仕方がない。どんな状況になろうと対応してみせる!」

 そして、威風堂々にシュウは言い切った。もう迷いは感じられない。

「お前は殺されるんじゃない、自ら死ぬんだよ、周冬馬。生前と同じ状況と理由でな……」

 未来の俺の言葉に、シュウは折角取り戻した意気込みが凍りついた。

 ――そして刀を捨てると、俺の元まで走ってきたかと思ったら、俺の胸倉を右手で掴みフェンスに押し付けた。

「……お前、アイに何をするつもりだ……」

 声を荒げるわけではなく、ただ静かに冷たい声で威圧するシュウ。怒髪天を衝くと言うのは、今のシュウの表情のことを言うのだろう。

 それを未来の俺は不敵に笑って見せる。息苦しさを感じながらも未来の俺は返す。

「……さてね。ただ、……もし彼女が死んだりしたら……周冬馬はどうするかな?」

「それが狙いかあ!」

 シュウは叫びと同時に、掴み上げていた胸倉をそのまま振り返って俺を投げた。俺は地面を擦りながら、屋上の真ん中辺りまで吹っ飛んだ。ちょうど横に、シュウが最初に出した刀が見え、真正面にはフェンスを背にしているシュウがこちらを見ていた。表情こそ見えないが、その表情には察しがつく。

 未来の俺は今度はすぐに立ち上がる。シュウはそれを確認すると、右手をポケットに突っ込み、すぐにポケットから手を出した。

 ――たぶんあの握りしめた手の中に、刀の欠片があるのだろう。

「あいつを殺させはしない。これで――終わりだ!」

 シュウの握りしめた右手が光り輝くと、その右手を俺に――ではなく、上空に投げた。

 その刀の欠片は月光りに照らされてキラキラと光り、天の川のように連なって伸びていき、全ての欠片が上空に辿り着いた。その光景はとても綺麗で、攻撃だということを忘れるほどだった。

「――ん、やっとか」

 今正に攻撃されているというのに、未来の俺はそんなこと気にも留めていないようで、屋上の出入り口に注意を向けた。何かに気付いたようだったが俺には分からない。

 ……ただ、さっきから耳を済ませていたから、求めていた何かが聴こえてきたのかもしれない。

「もう手遅れだよ。――充分時間は稼いだ」

 ――そうか、未来の俺の言葉を聞いて分かった。

 未来の俺はシュウに勝てないことを知っていたから、死なないことを目的に時間を稼いでいたんだ。あることを待つために……。

 ただ、未来の俺は何を待っていたんだ? それに、手遅れなのはこっちじゃないのか? 視界の先のシュウの右手が再び光り輝く。

「串刺しになれ!」

 一瞬、シュウの言葉の意味が分からなかった。……だって、何も起こらなかったから。

 ……だけど、上空から聞こえたカチカチという金属音に未来の俺が上を見上げると、シュウが何をしたのか、そして何の音なのかを知った。

「これを見るのは、これで……三度目だな」

 さっきまで夜の空にあるのは星の光りだけだったが、今上空を多い尽くしているのは無数の刀や剣。それらが互いにぶつかり金属音を鳴らしながら剣先が下に向き、この屋上に広がる空を埋め尽くしていた。シュウの攻撃は、刀や剣を雨のように降らすつもりなんだ。

 雨のように刀が降るってことは避けることなんて不可能。だったら逃げたいが、上を遮る物なんてここにはない。唯一あるとすれば屋上の出入り口。だけどここに走っても、到着する前に串刺しになるだろうし『瞬間転移』もまだ使えない。

 ――これをどうするつもりなんだ?

『……空間を入れ替える能力を忘れたのか? 私の上の刀が降ってくる空間と、降らない空間を入れ替えてしまえば私は大丈夫だ。そして、自己再生の能力がかかっているシュウも死なない』

 ――つまりは痛み分けにもならないということで、また振り出しに戻るんじゃ……。

『いや、一人死ぬ。俺ではなければシュウでもない。第三者が……』

 それはいったい、誰――。

「リン!」

 突然屋上に飛び込んできた声に出入り口に振り向く。そこにいたのは――、

「リン! よかった無事で……」

 ――アイ。

 今の屋上の惨状を知らずに近づいてくるアイ。まさか、死ぬのは……アイ?

「来るな! 逃げろーー」

 シュウは叫びながら走ろうとするがすでに間に合わない。そして、俺が出来ることは何もない。だから俺は、救えるであろう未来の俺に叫ぶ。

 ――どういうことだ! このままじゃあいつが死んでしまう! 何とかしろ!

『悪いが助けるわけにはいかない。シュウを倒す唯一の方法がこれなんだ。あいつが死ななければ、シュウは俺を殺しにかかる。俺が生きるために死んでもらわないといけない』

 ――全く説明出来てないぞ! どうしてシュウを倒すことと、アイが串刺しになることが繋がるんだ! あんただったら――、

『黙れ! 俺だって経験してこうして生きているんだ! 俺がどれほど悔やんだと思っている! これほどの後悔を経験していながら、どうして十年間も生きることが出来たのか分かるか? 俺はこの世界を恨み、純粋な復讐のためだけに俺は生きているんだ!』

 ――復讐?

 その瞬間、俺の知らない記憶が頭に入ってきた。色はなく、白黒の景色が広がっている。俺の目の前にいるのは、シュウ、ドロシー、そして少年が一人。

 俺はというと生きてはいたが、さっきのシュウのように刀がそこらじゅうに刺さっていて、生きているのが不思議なくらいの状況にあった。

 少年は俺に話しかけている。

『――キミは選ばれたんですよ。神の素質に、どうしてそれを拒否するんですか?』

『……俺や、あいつを弄んだやつの言いなりになるつもりはねぇ――ぐはぁっ』

 血反吐を吐きながらも、俺は真っ向から拒絶していた。死んではいなくても、さすがに死ぬほどの痛みはあるのだろう。

『別に言いなりになる必要はありませんよ。あなたが神になれば良いんですから』

『………………反吐が出る』

 少年は溜息を一つ。

『まだ分かっていないんですか? あなた方には死の概念はありません。つまりは殺されようが自殺しようが、再びこの世界に記憶を失って生まれます。あなたをここで殺してしまっても、またこの場面を繰り返すだけですよ――あなたの場合はね。ですから、早く諦めた方がいいですよ――七原稟太郎』

『……だったら、神にでも何でもなってやるよ。それで、お前らを皆殺しにしてやる……』

『アハッ。その意気です。ですが、すぐに神になれるわけではありません。あなたにはこれからも経験して貰わないといけませんからね』

 少年は指をパチンと鳴らすと、俺に突き刺さっていた刀が消えた。刀が消えたせいで俺を支える物がなくなり、俺は地面に伏っしている。

『――だけど、神の名に相応しい名を貴方に上げましょう。空間を操り、時空を飛び越え、そして時間を止めることができるあなたには――『時の番人』――と。これからはそう名乗りなさい。あなたは他の方からこの名で呼ばれ、恐れられるのです。アハッ』

 少年の笑いで、俺の知らない記憶が終わりを告げた。――その証拠に、未来の俺の言葉が俺に語りかけてくる。

『――お前もすぐに経験する。この理不尽な世界に、ぶつけようのない怒りを……』

 さっきの俺の知らない記憶のことだろうか……。未来の俺の様子を見る限り、あえて見せたわけではなさそうだ。

 俺は未来では復讐に燃えていた。何が原因でこの世界を恨み、さらには神を殺すとまで言うようになったかは分からない。……分からないけど、記憶の中の最後の俺の顔は、悔しさと後悔で滲んでいた。

 その記憶が俺の中に鮮明に残っており、単純に後悔はしたくないと思った。だから――、

 ――お前が、アイを見殺しにするというのなら、退け、俺が助ける!

『何を――』

 意識が入れ替わったのを感じた。

「――ふう」

 引っ込んでいた俺が前に出て、さっきまで出ていた未来の俺が中に潜まった。

 俺はすぐにアイを助けようと、空間転移を――、

 ――空間転移では無理だ。それに、お前分かっているのか? 彼女を助けることは、逆に自分が串刺しになるということだぞ。今のお前には、一回の転移で入れ替えられるのは一つだけだからな。

『だから何だ? 未来であんな復讐を考えて後悔するくらいなら、ここで死んだ方がマシだ!』

 ――未来……お前はこれから起こる未来を垣間見たのか?

『シュウと少年と、何故かドロシーのいた未来を見た』

 ――俺が最後の最後で諦めた時か。確かにあの未来は強烈だったろうな。何も知らないお前からすれば……。お前があの未来を拒んでも、あいつらは俺を絶対に逃がさない。何度も何度もこの局面を繰り返し、あの未来に繋がっている。だから無駄なんだ、諦めろ、俺のように……。

『言っただろ! 後悔はしたくないと。だから教えろ! アイを助ける方法を』

 ――そうか……分かった。ここで死んでもまた繰り返されるだけだ。だから、お前が諦めるのを待つとしよう――、

 俺が諦めるのを諦めたのか、未来の俺は黙ってしまった。

 その間にも少しずつではあったが、周りの風景は変わりつつある。落ちてくる刀、剣、槍。アイを助けようと走るシュウ。

 ……まだか?

 未来の俺との会話は時間軸がずれているとか言っていたが、それでも気が気ではいられない。

 ――未来の記憶を垣間見たことによって、お前のレベルが上がっていた。今のお前なら使えるはずだが、全体は無理だ。局地的にしか能力は使えない。だから……お前は死んでしまうが良いんだな。

『構わない。あんな未来お断りだ』

 ――だから不可避だと……まあいい、すでに場所の設定済みだ。後は唱えるだけだ。頭に浮かんでいる言葉を、言の葉に込めて口に出せ。

「ストップ」

 呪文を唱えると同時に俺の両手が光り輝く。

 ――その瞬間、まるで止まっていた時間が進み始めたかのように、刀と剣と槍の雨が降り注いだ。それらは俺を避けることなく降り注ぎ、俺の体はもちろん、意識までも断絶させていった。

 消え逝く意識の中で、俺の視界に映っていたのは……、

 ――何故か、アイの頭上だけは刀が降り注ぐことなく、空中で静止していたという不思議だけだった。

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