第15話 助けたいんだ!
「はあ、はあ、はあ――」
タバコの匂いを辿るように、廊下と階段を全速力で走る。そのさなか、自分の考えをもう一度纏める。
さっきの病室で会った彼女は死に神ではない。死に神でもないのに、俺たちを視認出来るのは――死ぬ予定にある人物だけだ。
そんな人がいる場所に、用があると言って現れたシュウ。
――この二つを結ばせれば、答えは一つ!
「……はあ、はあ、はあ」
さっき逃げ出した病室の前に、息切れしながらもなんとか辿り着いた。『また入らないと駄目なのか』という躊躇を振り払い、中に入ろうとドアに手をかけたところで、本来あるべき物がなくなっていることに気付いた。
それは目に見えないが、俺はそれを辿るように走った。だけど、今はそれを感じない。
シュウのタバコの匂いが……。
どこからかタバコの匂いから外れてしまったのか。
「……もしかして」
慣れていないながらも集中して、この辺り一帯に神経をとがらせてみる。
――すると目の前の病室からではなく、上から自殺の匂いを感じた。俺は天井を見上げてすぐに理解する。
「上ってことは――屋上か」
すぐに走り出す俺。ここから自殺の匂いを感じないってことは、さっきの彼女は屋上に居るはずだ!
――彼女を死なせてはいけない。そんな気持ちに駆られた俺は、すぐさま屋上に走り出した。
「シュウ !」
屋上に飛び出すと、いるかどうかも確認せずに名前を叫んだ。……一応、タバコの匂いは屋上に続いていたが、近づくにつれて匂いがなくなっていたから、絶対にいるとは言い切れなかったが、ここにいなきゃ、どこにいるんだって話だ!
屋上全域に視線を向けると、後ろ向きではあったが、三つ編みに編んだ髪を一本下げ、左腰に赤い鞘の剣を携えたシュウが紫煙を吐いていた。関心ないような視線で振り返るシュウ。
そして、屋上のフェンス近くに立っている見知らぬ女の子。後ろ向きで顔までは見えないが、身長から考えると小学生ぐらいだと思う。目の前にすると、確信を持って彼女は死にたがっていると分かった。
――幸か不幸か。さっきの病室の女性ではなかったが、シュウがあの子を殺そうとしているのは確かだろう。……俺の予感は半分だけ当たっていたようだ。
さっきの女性が死ぬ予定にあるってのも気になるが、今は、自殺をしたいと思う気持ちが強く匂うこの娘が先だ。
俺は、彼女とシュウに近づく。後ろ向きでいる女の子は気付いていないだろうが、シュウは『どうして来たんだ?』みたいな視線を送ってくる。
俺はその視線に構わず進み、シュウの隣に立った。
「はあ……。どうして来たんだ?」
溜息をつくと思ったとおりの言葉も重ねるシュウに、俺は左手を伸ばし女の子を指差す。
「あの子の自殺を止めに来たんだ」
……最初に俺がここに来た理由は、病室の女性を殺そうとするシュウを止めるつもりで来たのだが、女性ではなく代わりに女の子がいた。
思っていた人物ではなかったが、元々人を死なせたくなくてここに来たんだ。止めるに決まってる。……それに、ドロシーが居たら必ず止める筈だ。
「馬鹿かお前」
呆れた表情でそう言ったシュウ。その態度に苛立ち、反論する。
「あんたは俺を認めているんじゃないのか? それにだ、ドロシーと同じようなに人を救えと言ったじゃないか! だから俺は自殺を止めに来たんだ!」
「確かに言った。お前のことも、ドロシーが認めていたという理由で俺も認めてはいるが……。何か大事なことを忘れてないか?」
……どういう意味だ?
何を言っているのか分かっていない俺に、シュウは右こぶしでストレートを打つように、ゆっくりと俺の胸を叩いた。
「お前が俺を止められるかって……ことだよ」
シュウの諭すような言葉に理解した。
――俺はさっきから、シュウを止めようと走ってきたが、シュウを止める具体的な案は何も考えていなかった。……まさか、話し合いでシュウが納得する……いや、少し違うな。俺はシュウを納得させることは出来ないだろう。ドロシーなら出来るかもしれないが……。
シュウの言葉が思い出される。
――理想だけでは人は救えない。
――正しいだけでは駄目なんだと。
結局、今の俺には理想を語ることしか出来ない。
「やっと理解したか? 俺はお前に理想を追い求めて欲しいと思っている。だけど、今のお前には理想を叶える実力が伴っていない。それなのにお前はここに来た。――お前は俺を説得できるか? ――お前は俺と対等に戦えるか? 無理だろ。……もうここまで来たんだ、俺のを見てろ」
シュウは言い終わると、フェンスに佇んでいる少女に歩き近づいてく。その背中に俺は唇を噛んで睨みつける。
……本当に俺には何も出来ないのか? このままじゃ、あの子はシュウに殺されてしまう。俺はそれを見てることしか出来ないのか……。
「…………そうだ」
手立てが本当にないのかと考えていると、天啓のようにひらめいた。……あの時、シュウが最期に言い残した言葉を思い出した俺は、前に見える背中を追いかける。
俺の足音に気付いてかシュウが振り返る。その顔はめんどくさそうにしていた。
「まだ何か用か?」
「当たり前だ。自殺を止めるために俺がいるんだ。今から殺そうとするあんたを止める」
シュウは俺を試すような目を向ける。
「戦いに来たってわけでなさそうだから、言葉による説得か……。ふん、おもしろい。聞こうじゃないか、小僧」
腕を組んで居丈高に俺を見据えるシュウ。その迫力に臆することなく俺は言う。
「あんた言ったよな。『自分がやっていることが最良の策だとは考えていない』って、それってつまり、本当は殺したくないって考えているからじゃないのか?」
俺の言い分にシュウは何も示さない。しいて言うなら威圧感が消えた。俺はさらに続ける。
「……今思えば、あんたは自分のやっていることの必要性は言っていたが、正当性は認めていなかったように感じる。……本当は俺と同じで、正しいやり方で人を救いたいと考えているんじゃないのか?」
最期はほとんど俺の推論。だけど、当たらずとも遠からずの筈だ。現に否定が返ってこない。
代わりに、瞼を閉じて溜息一つ。
「その通りだ。よく俺の言ったことを理解したもんだ」
そして、シュウから賞賛を貰うが、肝心の殺すのを止めるという言葉はない。
「――だけど、俺はこうも言った筈だ。『死にたい奴を助けるだけが正しいとは言えない。本当に死にたいと思っている奴を殺すために俺がいるんだ』とな。それに――」
冷静に俺を言い負かし、さらにシュウは追い討ちを続ける。
「――ここに来るまで死に神なんて存在は、人が勝手に考える妄想での産物。だから、人それぞれ考える死に神は違う。だけど、共通していると思われる定義がある。……それは人の命を奪うであろう存在だということ。そう考えれば、……まあ、俺は認めたくはないが、人の命を奪うことこそが、俺たち死に神だって言えるかもしれないしな」
完膚なきまでに言われ、俯き何も言い返せなかった。俺の態度を察したのか、後ろ向きで一歩下がった。
「もういいな、それじゃあ――」
「お兄ちゃんたち、しにがみなの?」
俺とシュウの時間が止まった。俺は前を、シュウは後ろを見る。
――そこには、俺たちを見上げるおかっぱの女の子がいた。どこから現れたかは、さっきまでフェンスの近くにいた女の子に他ならない。
女の子は不思議な物を見つけた表情を浮かべ、ビー玉のような純粋な目でこちらを見ていた。
……どうする? ――いや、ここは先手必勝。シュウを説得出来なかったのだから、先に、この子の自殺したいと思う気持ちをなくせばいい。
そうと決まれば、シュウの前をすり抜けて女の子の近くにより、背丈に合せて屈む。
「ううん、違うよ」
自殺したいと思っている人に、死に神なんて言ったら逆効果だと思って否定する。
「でもさっき、このお兄ちゃんが、じぶんのことをしにがみだっていってたよ」
そう言ってシュウを指差す女の子。シュウは白々しく『言ったかな』と一言。俺は見上げてシュウを睨む。……こいつのせいで、俺の優しい嘘がすぐにばれた。
それを好機と見たのかシュウが前に出る。
「ああ、そうだ。俺たちは死に神だ。それがどうかしたのか、嬢ちゃん」
シュウは上半身を曲げるだけの対応だったが、女の子は俺ではなく、シュウに意識を向けている。くそ、イニシアチブを取られた。
「ふふ、やっときたんだ。のろわれたわたしをころしにきたんでしょ?」
呪われた? 女の子は乾いた笑顔でそう言った。シュウと俺は顔を見合わせる。シュウも気になっているようだ。
シュウは上半身を起げて俺に近づくと、左腕を引っ張って女の子から引き離す。
「……おい、お前のせいでいらねぇ情報聞いてしまったじゃねぇか。なんだよ呪われたって。死に神の存在を知った俺たちでさえも聞きなれない言葉だぞ……」
女の子に聞かれた教訓からか小声で話しかけるシュウ。
「……どうして俺の所為なんだ。あんたが死に神だと認めるからこうなったんだろうが……」
俺も小声で反論する。
「……お前が俺を止めようとするから、会話が長引いて嬢ちゃんに気付かれたんだろうが。……くそ、こういうことがあるから、事情なんて聞かずにすぐに殺しているのに……」
情が移ってしまうことを怖れて……だろうな。
「…………お前の勝ちだ」
シュウはしばらく沈黙した後、俺に言った。
「事情を聞いてしまった今、……もしかしたら、本気で死にたいとは思っていないタイプの可能性が高い。だから、お前に委ねる」
シュウはそう言うと、俺の腕を離して女の子に俺を振り向かせた。すると、女の子のつぶらな瞳と目が合う。……こちらもどうするつもりかと、俺に委ねているように思えた。
とりあえず会話だ。話をしなければずっと意味が分からないままだ。
「どうして呪われたなんて言うのかな?」
また女の子と同じ背丈になるように屈む。……シュウは俺の後ろで傍観するようだ。
「……だってお母さん……じこにあったんだもん……」
必死に泣くのを我慢しているように窺える。
……そうか、お母さん事故に遭ったんだ。……訊くのに多少気が引けるが俺は口を開く。
「……お母さん、死んじゃったの?」
俺の質問に女の子は首を横に振る。……よかった、最悪の展開は間逃れた。
「……でも、せーしをさまよっていたって、おいしゃさんがいってたの。お母さん、車にひかれてじゅうしょうだって……」
……車に轢かれた……女性……。
俺の脳裏に一人の女性が思い浮かんだ。死に神が見えていた死ぬ予定にある女性。そうと知りつつも無駄だと言われ、彼女が車に轢かれるのを俺は見殺しにした女性がいた。まさか……。
俺は女性が轢かれた場所を特定して言ってみた。
「……うん、そこでじこにあったっていってた。いえにかえるとちゅうだったの……」
「――――ぁっ――」
とてつもない吐き気が俺を襲い、立ち眩みまでしてくる。
「わたしがのろわているから、おかあさんがじこに……」
「……違う……」
後ろに後ずさりながらか細く否定する。シュウが『どうした?』と俺に声をかけるが、そんなものに構っていられなかった。思わず頭を抑える。
……何が呪いだ、俺のせいだ。……俺が助けられなかったから、この子は自殺なんて考えてしまったんだ……。
溜息が聞こえたと思ったら、シュウが前に出るのを確認できた。だけど、それを止めようとは思いもしなかった。
「どうして自分のことを呪われているなんて言うんだ?」
「……おとうさんがいなくなっちゃうまえにいってたの。……おまえさえいなければ、おれはでていくことにはならなかった。……おまえはふこうをよぶ、のろわれたこどもだって……」
かろうじで二人の会話が聞こえるが、それに加わりたいなんて、今の俺は思わない。
「…………そうか」
だけど、シュウがおもむろに右手を左腰に回した。今まで下げているだけだった刀の握り手である柄を握ると、そのまま刀を鞘から抜いた。
シュウはその刀を右手でしっかり握りながらも、だらしなげに刀をぶら下げる。そのせいか地面に刃先が着いているが、今まで見てきた刀の中で一番の銀色の輝きを放っていた。
シュウは少女にゆっくりと近づいていく。俺はそれを止めようとは考えなかったが、少女の顔が目に入り、今俺がしなければいけないことを思い出し、体勢を整える。
「待て! 何をするつもりだ」
分かっていながらの詰問。今までのやり取りでシュウが何をするつもりかは分かっていた。
……何より、少女の怯えた顔がこれからの行動を物語っている。
「何って、死にたい奴を殺す。それが俺の役割だろうが」
シュウは首だけを動かして当然のように言い切った。
「……俺に任せるんじゃないのか?」
「何か知らんが、お前が体調を崩したから、選手交代だ。……それに俺の早合点、みたいだったしな……」
「早合点?」
やっと俺に振り向いたシュウ。
「俺は最初、自分のことを『呪われた』なんて言ったのは、あの子を守ろうとして、お母さんが身代わりになったことによる自分への悪口だと思ったが、話を聴いていると、そうじゃなかった。お母さんは単独で事故に遭ったんだ――」
事故という言葉に、聞こえる筈のないブレーキ音が耳に響いた。
「――さらにだ。『呪われた』なんて言い出したのはこの子からではなく、この子の父親から言われたそうじゃないか。こんな小さい時から、自分で言ってもないことをここまで刷り込まれてたら、夢も希望もないだろ。ここで殺してやるのがせめてもの情けだよ」
そう言って背中を見せるシュウ。もう話すことはないと背中が語っていた。
「待ってくれ――」
シュウにしがみつき、この子の母親が死んだ原因は自分にもあると言おうとしたが、シュウは俺との間に遊びを作ると、俺の腹に後ろ蹴りをかました。
「ぐはぁっ!」
俺は思いっきり吹き飛ばされ、地面に頭をつけ横たわる形になった。
「力もねぇくせに! ガキの理想に付き合っている暇はねぇ!」
霞んでくる目に写るのは近づいてくるシュウの足。俺の目の前で足が止まるとしゃがみ、俺の胸倉を左手で掴み上げた。
そして俺の耳に口を近づけてぼそっと呟くと、胸倉から手を放してまた戻っていった。止める言葉をかけなければいけないのに声が出ない。それほどまでに認めたくない事実をシュウに言われたからだ。
――ドロシーの手が汚れていないと思うなよ。
この言葉の意味はすぐに分かった。俺はドロシーを侮辱したシュウを許してはいけないと思い、自分を急きたて声を張り上げる。
「嘘を吐くな! ドロシーがあんたの行為を認めていても、ドロシーは人を殺したりしない!」
俺の反論にシュウは歩みを止めて振り返り、俺の怒りを受け流すような達観した大人の表情が窺えた。
「……そう調子よく、本当は死にたくない奴にめぐり合えるわけないだろ。……あいつも人を殺したことがあるこそ、お前は経験が少ないって言われたんじゃないのか? お前もいずれ、理想を語りながらも、俺のように行動するときが必ず来るだろう。今回はそこで見て参考にでもしていろ」
シュウの言葉に認めたくない気持ちが溢れていたが、反論は浮かばなかった。俺の威勢が削がれたのを感じ取ったのか、シュウは俺から離れ、女の子に近づいていく。
今度こそ、あの子を殺すつもりだ。
「ぐっ」
それを見て俺は、痛む体を必死に歯を食いしばって起き上がる。
――例えそれが事実であったとしても、俺が理想を語るのを止める理由にはならない!
俺が起き上がるのを感じ取ったのか、起き上がって前を向いた瞬間にシュウと目が合う。俺の目が死んでいないのを確認したのか、女の子にすぐに近づきに二、三会話すると、女の子の腰辺りを、刀を持っていない左手で抱え込み跳んだ――着地先はフェンスの向こう側。
もう話しもせずに殺すつもりだ。
すぐさま走り出すが、すでにシュウは赤い鞘から抜いていた刀を振りかぶっている。このままじゃ間に合わない。
――そうだ。あの時、ドロシーを助けようとした瞬間移動。あれを使えば……、
能力発動させようと走りながら、左手を見た俺に、シュウからの声が届いた。
「そこで理想を語るだけでは駄目だということ、無力感を味わいながら見ていろ」
俺の目にはゆっくりとだが、女の子の首に吸い込まれるように刀が近づいている。俺はそれを止めるために能力を発動させようとする。
――が、発光することなく、無常にも女の子の首を通り過ぎる刃。その光景を目にして呆然と立ち止まってしまう。
女の子の首は繋がったままで、血も一切流れていなかったが、女の子の体から力が抜けたのか奥に倒れ始め、重力に逆らわず屋上から落下した――。
その光景に、膝から崩れ落ちてしまい。
「くそったれ!」
俺はそのまま屈みこみ土下座のように地面を殴りつける。……俺はまた、助けたいと思った人を助けられなかった。俺には理想どころか、人も守れないのか!
体を起き上げもう一度見るが、フェンスの向こう側にはシュウしかいない。そのシュウも、やるべきことは終わったようで刀を赤い鞘に閉まった。
俺は後悔に打ち拉がられながらも、シュウが俺の前で殺した理由は分かっていた。この前は言葉で、今回は行動で――必ずしも自殺を止められるわけではないと、納得は出来なくても理解しろと言っているんだ。
そうと分かっていても。……それでも俺は、あの子を助けて、生きて欲しかった……。
――助けたいか?
俺の脳裏に声が響いた。……この声は確か、フレアの最期の攻撃で聞こえた声と同じ声。今回も助けてくれるのかと、女の子が落ちる前なら淡い期待も抱けたものだが……もう落ちてしまったんだ。助けることなんて、もう不可能だ……。
――いや、お前ならあの子を、本当の意味で助けることが出来る。
だからもう! 遅いんだ!
――救って来い、お前の新しい能力で。
能力、そう頭に響いたかと思ったら、脳裏に聞いたことのない言葉が浮かび上がった。
――それを口にしろ。それがお前の能力だ。
わけも分からず、頭に浮かんだ言葉を舌に乗せて――俺は言った。
「時空飛行」
その瞬間、俺の両手は眩い輝きを放ち、その光は俺自身を包み込んだ。
――いいか。大事なのは、事故は回避できないが自殺は回避できる。女の子が自殺しな――。
俺が理解出来たのはここまでで、そのまま俺の意識は光りの中に消えていった――。
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