第14話 出会い
「確か、この階だったよな……」
目的の階に辿り着いて、分かっているのに言葉が出る。
そのまま、さらに歩を進める。道順は分かっていた。一回通ったことがあるから分かっているだけではないと思う。……なんとなく、そう、なんとなく道が分かっていた。
最初にあった門番の障害以外何もなく、悠々と目的の病室に辿り着いた。病室には前と一緒で『面会謝絶』の張り紙が貼ってある。まあ、俺には関係ない……こともないか。
そんなどうでもいいことを考えていると、
「そういえば……」
少し気になったことがあった。この前ここに来た時は、激しい頭痛に襲われたが今回はそれがない。なぜだろうか? ……まあ、ないならないで、それに越したことはないが。
気を取り直して、面会謝絶の扉をノックする。
「…………ふむ」
だけど何の反応もない。誰かがいるのは分かっている。居るからこその面会謝絶なのだから。
ここまで来て帰るなんて選択肢はない。どうせ自分は死に神『ノックはしたぞ』と自嘲気味に言い聞かせて、扉を慎重にスライドさせ中に入る。
病室の中は薄暗く、かろうじで見える目先には、ベッドと簡易イスが確認できた。扉を後ろ手で閉めると、さらに部屋が暗くなる。
暗くなった病室内で一番に目に付いたベッド。最初はベッドとしてしか認識出来なかったが、暗闇に慣れた目には、そのベッドには横たわる人がいることが分かった。
ベッドに寝ている彼女を見て、鼓動と呼吸が荒くなるのを感じる。
――その所為か、自然と『彼女』と断定したことになんら不自然には思わなかった。
なぜか、足音も立ててはいけないと考えてしまい、すぐに近づきたい衝動を押さえ、ゆっくりと彼女に近づいていく。
……ん?
途中、何かを踏んでしまった。彼女は俺に気付かないと確信してか、何を踏んでしまったのか確認しようと、右足をどけて拾い上げると……それはただの紙だった。
正確に言えば何かが書かれている紙。暗くてよく見えないが、縦書きで文が書き込まれている。小説か何かだろうか?
よく見えない紙を右から左に目を動かすと、左にいくにつれて、グチャグチャに書き殴られていた。
これに似た物を……どこかで見た気がする……。
「つっ!」
頭に刺すような頭痛が一瞬。それと同時に、夕日に染まったこの病室、誰かの引きつった笑顔。そして書きかけの小説が頭をよぎった。
……なんだいったい、なんなんだ……。
思わず頭を両手で抑える。頭の痛みからではなく、突然の情報に混乱したからだ。
頭の中では、ここに足しげく通う誰かの姿が流れる。その誰かは、俺がここに来るまでに通った道をそのままに通りこの病室に入っていった。
その人物の顔はよく見ていた……その姿は……。
「俺……なのか? 俺は、ここに――」
「ん……」
――突然、ベッドから物音が聞こえた。すぐに視線を向けると、ベッドに横たわる女性は起き上がり、こちらに顔を向けていた。
起き上がった女性の顔はよく見えないが、代わりに髪はボサボサで、整えれば充分綺麗な髪になることが分かる。彼女の目は死んだように虚ろな目をしていたが、暗闇に溶け込んでいるであろう俺の姿を、しっかりと彼女は認識しているように見ていた。
「……りん……くん?」
かろうじで聞き取れるほどの枯れた声でそう言った。
俺はその言葉にとてつもない罪悪感を覚え、この場から、脱兎のごとく逃げ出した――。
さっきの病室を飛び出してからがむしゃらに走り、気付いたら病院の玄関に出ていて、両膝に手を置いていた。
「――――っ。はあ、はあ、はあ――――」
自分がどこに居るのかを頭が認識すると、呼吸するのを忘れていたのではないだろうかというぐらいに酸素を取り込んだ。
「はあ、はあ、はあ……はぁ、はぁ――――」
呼吸が落ち着いてきたのを見計らい、膝から手を離して一気に上半身を持ち上げた。
「うわああ!」
――すると目の前には、タバコを咥えたシュウが立っていた。いつの間に……。
「何をしてるんだ? 小僧……」
こちらを訝しげに見てくるシュウ。落ち着いた呼吸が、驚きでまた乱れながらも、俺は『別に』と返すが、納得していないのか、その視線を止めない。
だけど、なんて言えば良いのか分からないし、さっきの病室で何を経験したのか、俺自身理解していなかった。
憔悴しきった俺と、懐疑心に満ちたシュウとの冷戦が続いたが、シュウは急に目線を外した。
「……まあいい。俺の用件は別にある」
平然と横を通り過ぎるシュウ。首だけを振り向かせると、シュウが病院内に入っていったのを確認。
「……はあ」
一度だけとはいえ命を狙った相手だ。俺から離れたのを見て、やっと一息が吐いた。
「…………ん?」
冷静になったところで、シュウの言葉が脳裏に引っかかった。
……用件? それはつまり、死にたいと思っている人を殺す……という意味ではないだろうか? 知らず知らずの内に掻いた冷や汗が背中や顔に流れた。
――嫌な予感がする。
やっとのことで落ち着いた体に鞭を打って、俺は来た道を走り戻った。
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