第16話 過去を変える

「はっ!」

 俺は意識を取り戻すと、すぐに起き上がる。それによって、自分がさっきまで冷たいアスファルトに倒れていたことを知った。

 どういう経緯でこうなったか、覚えている記憶を目一杯探る。

「……確か」

 女の子が助けられなかった俺に頭から声が響き、その声の通りに実行したら、ここに倒れていた。俺の記憶が本物ならこれで合ってる筈だ。

 俺はあの時、『時空飛行』と言ったがいったいどうなったんだ?

 ……というか、そもそもここはどこだ? 辺りに何か知っている物はないか見渡すと、俺の記憶に新しい十字路が目に付いた。……とりあえずは知っている場所だ。

 さっきの病院の屋上から、この十字路に瞬間移動したのだろうか? でも、頭に響いた声は、俺ならあの子を救えると言っていたが、どういう意味――、

「――見えているからって自殺とは限らないわ。死ぬ予定にある人間全てが、あたし達を視認することが出来るのよ」

 聴きなれた懐かしい声が後ろから聞こえ、衝動的に振り返ると、そこには――死んだはずのドロシーが歩いていた。

「ドロ――」

 俺は思わず声をかけようとしたが、隣を歩いている男に目が行き、声をかけるのを止めて、すぐにビルの陰に隠れた。……たぶん、本能に近い行動だと思う。

「あれ?」

「それってどういうことですか? 自殺以外でも俺たちを……どうしたんですか? ドロシー」

「えっ? ……別に、気のせいみたい。ごめん何?」

「だから――」

 俺の眼が正常ならば、俺とドロシーが横断歩道の前で会話をしている。……俺はここにいるのにいったいどうなってんだ?

 ――俺が、二人いる。

 それに、さっきの会話には聴き覚えがある。あの会話をドロシーとしたことを覚えている。今も信号を待ちながら二人は会話をしている。たぶん内容は、死に神を視認できた女性を助けたいと俺が言ったが、それを無駄だとドロシーは一蹴している構図だろう。

 これらのことから推測すると、俺はもしかしたら――過去にいるのかもしれない。

 ――俺の能力は過去と未来を行き来する能力なのだろうか?

 まあ、それは後で考えよう。……もしそうなら、頭に響いた声が言っていた、女の子を救えるというのも本当かもしれない。だってまだ、あの子は死んでいないのだから……。

 だけど、これは戻りすぎなんじゃないのか? あの子がシュウに殺されるまで、まだ何日かある。……それとも、この時に何かしないといけないのだろうか?

 そんなことを考えていると、会話している二人の横に女性がやってきた。その女性は横断歩道が赤なのを確認すると立ち止まる。

 ……あの女性は、これから交通事故に遭う人だ。そしてあの子の母親。

 あの時、青になって進む彼女に、信号無視で突進してくる車が襲い掛かった。それを見た俺は助けようとしたが、ドロシーが俺を抱きしめて助けにいけず見殺しにしてしまった……。

 別にドロシーを恨んでいるつもりはない。彼女が交通事故に遭う運命は変わらないとドロシーは言っていたし、それに、あのまま飛び出していたら俺が轢かれていた可能性もあったんだから。

 ――だけど、彼女を救えないと分かっていても視界にチラついてしまう。これからあの人が交通事故に遭うと考えると気が気じゃいられない。

 助けたいが、自殺以外で死ぬ予定にある人間の運命を変えることが出来ない。今助けても、また事故にあってしまう。俺たちが変えることが出来る運命は自殺だけだ。あの子の自殺を止めることは出来ても、あの子の母親を事故から助けることは出来ない。

 そういえば、頭に響いた声が最後に何か言っていたな。

 ……確か、事故は回避できないが自殺は回避できる。女の子が自殺しな――い未来を作れってところか。途中で切れてしまったが、そんな感じだろう。そうだとしてもどういう意味だろうか? 分からない時はもう一度考え直そう。

 ――確か、女の子が自殺を考えたのは、お母さんが交通事故に遭って……重症を、負ってしまったから……。

 ちょっと待て! ……頭の中にある数々の事象を思い出していく。

 ……交通事故に遭った女性、……生死をさまよい重傷を負ったお母さん、……それによって自殺を考えた女の子。そして、俺たちは死ぬ予定にある事故から助けることは出来ないが、自殺は止めることが出来る。

 これらをパズルのピースのように繋げていけば……、

「……そうだったんだ」

 どうしてこの時間に戻ってきたのか分かった。ここからなら、あの女の子の自殺を止めることも出来るだけではなく、お母さんも救える!

 そうと分かれば、ビル影から横断歩道を待つ女性に目を向けると、女性はまだ信号が青になるのを待っている。だけど、横の信号が点滅しているからもうすぐだ。

 この後のシミュレーションを頭で展開させる。工程は簡単だけど、一番感じなのは能力がちゃんと発動するかどうかが問題だ。さっきは発動しなかったからな……。

 ……でも、たぶん問題なく発動すると思う。だからこそ、頭に響いた声は俺に救えると言ったと思うから。

 そして最後に、もう一つ肝心なのは、同じく信号を待っているあの二人に見られては駄目だということ。

 見られても何が困るの知らないが、変に俺に関わってしまったら、戻る未来での俺の立ち位置が変わっている可能性がある。だから見られないようにしないと。

 少々問題なのが、女性の近くにあの二人がいることで、俺が視界に入る可能性があるが、俺の記憶通りの展開がなされるのならば、見られずに済む筈だ。

 能力をいつでも発動できるように、左手と事故現場になるであろう場所を重ね眺める。

 ――準備はもう出来た。それと同時に信号は青から赤に、そして、赤から青に変わる。

 女性は青を確認して、横断歩道を歩き始めた。視界の隅で、ドロシーがこの時間の俺のコートを引っ張っているのが確認できた。

 そして、俺の記憶通り、トラックが赤信号なのを理解していないようなスピードを出して、横断歩道を渡っている女性に向かって進んでいく。

 今すぐにでも助けに行きたいが……まだだ、視界の隅の人たちに見られてはいけない。

 もう少し――女性が車に気付いた。

 もう少し――女性は驚き動けない。

 もう少し――今から助けに入っても無傷ではすまないだろう。

 もう少し――横断歩道の前でドロシーがこの時間の俺を抱きしめる。

 ドロシーが俺を抱きしめたまま事故現場に背中を向けて、この場から居なくなる――今だ!

 能力を発動させようと、頭に浮かぶ単語をそのまま口に出す。

「瞬間転移」

 その刹那左手が光り、気付いたら俺は事故現場に立っていた。死ぬかもしれない状況になると、時間がゆっくりに感じるらしく、トラックの運転手の顔がうな垂れているのが確認できた――居眠り運転か?

 すぐに俺は、女性に勢いよくタックルかまして、車が通る道筋から離れようと押し出しながら倒れこんだ。女性を下にして、俺は覆い被さるような体勢でもつれてしまった。

 俺たちがさっきまで居た場所を車が勢いよく通り過ぎたが、その後に、強烈なブレーキ音が鳴り響く。

 俺はすぐさま立ち上がり、女性をそのままにして横断歩道を渡り切る。そして、俺の思った通りになるか女性を眺めていると、さっきのトラックの運転手が倒れている女性に駆け寄っていく――年はまだ若く、見るからに好青年と言った感じだ。

「すいません! 大丈夫でしたか?」

 青年の声に意識を取り戻したのか、あの子の母親である女性は呻きながらも起き上がる。

「あの! あっ、すいません。て、手貸しましょうか?」

 そう言って手を伸ばす青年。女性はその手を掴み起き上がる。

 女性は右肘を擦りながら、青年を前にして顔を合わせようとしない。被害者なのだから、もっと強く言っても良い筈なのに……。

「危なく死ぬところでした……」

「あ、あの、すいません! ほ、本当に、申し訳ございませんでした!」

 女性の言葉に青年は顔を青ざめて、必死に頭を深々と下げる。その光景を静かに見つめている女性。なんの感情も窺えない。

 その女性の沈黙を悪く受け取ったのか、青年はポケットから携帯を取り出した。

「あの、人を轢いてしまったのですから……、すぐに警察に電話を――」

 自ら罪を認めて通報しようとした青年の手を、女性は突然掴み止めた。

「大丈夫です。……多少、擦り傷と打ち身が感じられますが、その程度の怪我ですので、通報する程ではありません」

 女性は自分の状態を淡々と言った。それを聞いて俺は、小さくガッツポーズを取った。俺の思い通りになった。これで大丈夫だ。

「だったらせめて、救急車を」

 電話しようと携帯から彼女の手を引き離そうとするが、女性は手を放さない。青年の申し出を頑なに拒否している。

「駄目です。あの子が待っていますので速く帰らないと。とりあえず私は無事でしたので、今後気をつけて貰えればそれでいいですので……」

「何を言ってるんですか! 自分の気付いていない場所が怪我していたらどうするんです。……僕が言えた義理ではないですが。救急車は呼ばせて貰います」

 今度は青年が意固地になったようで、携帯を無理矢理引っ張って救急車に電話した。

「……何をするんですか! そんなこと頼んでいません。私は一刻も早く家に帰らないといけないんです」

「家で子供が待っているんですか? それなら父親に頼めばいいじゃないですか?」

「……父親はすでにいません。あの子には私一人なんです。だから……」

「だったら尚更です。その子の為に生きないといけません。ですから病院に行って下さい。お願いします」

 また頭を下げる青年。それをしばらく見つめた後に、女性は朗らかな表情ながらも渋々同意した。

「あっ、そうだ! 子供が心配なら僕が迎えに行って、病院に連れて行きましょうか?」

 青年の申し出に、さっきまでの暖かい目から、不審者を見つめるような視線に変わった。

「あっ、それは……違いますよね。……でも僕、未遂とはいえ自身事故を起こしているのですから、あなたが警察に訴えれば僕はすぐに捕まってしまいます。……ですから、僕のこと信用出来ませんか?」

 その後も青年は、ナンバープレートを覚えていれば僕を簡単に訴えられるとか、自ら不利になることをペラペラと喋っていた。

 その光景をしばらく珍しい物を見るような視線を送った後に、女性はクスっと笑った。

「それじゃあ、お願いしても良いですか? あの子心配してしまうから……」

 そう言ってバックから鍵を取り出し、青年に鍵を差し出した。受け取ったのを見て、女性は住所を言った。トラックを見る限り、配達の仕事をしている人だからそれで充分だろう。

「はい! 承りました。――うん?」

 遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。……そういえばここ、病院の近くだったな。

「救急車もちょうど来たようですから、お子さんを迎えにいってきます」

 だけど、女性はそう言って行こうとする青年を呼び止めた。

「待って、その前に携帯を貸して」

 何に使うのか分かっていないながらも、すぐに渡した青年。しばらく携帯をいじると、どこかに電話をかける。

「あの子には、知らない人に絶対についていかないように強く言ってあるから、あなたのことを言っておかないと、本当に捕まってしま――あっ、もしもし、お母さんよ。うん、ちょっとこれから――」

 要約すると、これから配達員のお兄さんが迎えに行くから、安心してついていくようにと告げた。話し終わると、携帯を青年に返した。

「それじゃあ、お願いします」

 今度は女性が一礼する。青年も『分かりました』と一言。そのままトラックに乗り込み、走り去っていった。そのすぐ後に、救急車が到着した。

 救急車の人が女性は近づき、会話をしていた。……内容は、ひき逃げされたとか、されてはいません。とか話していた。

 その後、検査のため病院に行こうと、救急車の隊員は女性を救急車に乗るように言い、女性は救急車に近づいていくが、……ふと足が止まり、俺の方を向いていた。

 ……まさか、見えているのか? 俺の推測は間違っていたのか?

 だけど、すぐに俺が見えていないと分かった。なぜなら、こちらに向いてはいるが、視線はあちらこちらを見ていたからだ。

 しばらく見た後に、残念そうな表情になる。彼女の後ろから、救急車の隊員が早く来るように言われ、心残りがありそうに溜息を吐いたかと思ったら、彼女と目が合った。

「どこかの誰かさん、ありがとう」

 笑顔でそう言うと救急車に乗り込み、サイレンを鳴らして病院に向かっていった。

 ……最後、俺は目が合ったと分かったが、向こうからは見えてすらいなかっただろう。それでも、彼女の感謝したい気持ちが、俺と目が合う結果になったのだろうか……。

 ――彼女には俺が見えていなかっただろうし、これで全て、大丈夫な筈だ。俺の推測が正しければだが。

 ……一応、もう一度考えてみようか。

 俺たち死に神は、自殺するのを止めることは出来ても、死ぬかも知れない事故などは防げない。それによって、あのお母さんは交通事故にあってしまったが、……あの時、確かに女の子は『生死をさまよっていた』と過去形で話していた。それが意味するのは、無事に峠は越えたということで、つまりは、彼女のお母さんは死ぬ程の事故には遭ったが、死ぬことにはならなかった。それなのに、女の子は自殺を考えてしまった。それはお母さんが死んだからではなく、重傷を負ってしまったからだ。

 だが、死に神は自殺を止めることは出来るので、彼女が自殺する原因となる、お母さんが重体になるという未来を潰すことが出来る筈だと俺は考えた。

 死ぬかもしれない事故には遭うが、死なないのだから後は程度の問題。交通事故に遭っても軽傷で済ませれば、女の子は自殺を考えたりはしない。

 死に神は『自殺を止めることは出来ること』と、死に神に止めることが出来ない、『死ぬかもしれない事象』この二つを上手く噛み合わせた結果。女性は俺を視認出来なくなった。つまりは、死ぬかもしれない事象をミリ単位でかわしたということだ。

 突発的に思いついたことだったが、今のところ上手くいっていると思う……後は未来で、女の子がシュウに殺される未来がなくなっていることを祈るだけだ。

 頭に響いた声の言う通り、俺は本当の意味であの子を助けることが出来た――、

 ――突然、俺の両手が光りを放ち始める。……どうやら、元いた時間に戻るようだな。

 俺の能力は、まだ未知数なところはあるが、それでも本当の意味で人を助けることが出来る筈だ――だって、そもそも自殺をしたいという考え自体を、持たせなくすることが出来るのだから。

 やり遂げた俺に、祝福のように眩く光りが俺を包み込んでいった。

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