第13話 記憶
――――――――。
「あっ、りんくん……。今日も……来てくれたんだ。……ごめんね」
「――――――」
「え? そんなことないよ。奈央さん元気だよ。このとおり……ゲホッ」
「――――――――――――」
「あっ、うん大丈夫。医者にあまり無茶するなって、言われているんだったわ」
「――――」
「えっ? あっ……そうね。だから元気が出ないのかしら、ね?」
「――――――――――――」
「そうね、いつ間にかに……中学になっていたわね……」
「――――――――」
「……そうだよね。約束……約束……したもんね……」
「――――――」
「……うん、まだ治らないみたい。……ごめんね、りんくん」
「――――――――」
「えっ? どうして謝るのって、そんなの決まってるじゃない。わざわざ見舞いに来てくれたのに、治っていないんだから、謝るのは当然でしょ?」
「――――――――――――――」
「……そう……ね、そうだったわ! 病気はあたしのせいじゃないのに、謝るなんておかしいわね。それに、普通、お見舞いに来てくれた人に、『ごめんね』なんておかしいかったわ。――今日も来てくれて、ありがとう。りんくん」
「――――――――」
「……ふふん、あたしはあたしよ。……ちゃんとあたし……笑えてる? ――――」
――――――――。
……暗い。部屋中真っ暗だが、別に電気がつかないから暗いという訳ではない。寝たのは丁度明け方ぐらいだったから、時間的に言えばもう夜。暗いのは当たり前か……。
二度寝をする気にはならず、むくっと上半身を起き上げる。
眠気眼に写る景色を夜だと確信すると、何の気なしに隣のベッドに視線がいった。そのベッドは現実を突きつけるもぬけの空。
「……夢じゃ……なかったんだな……」
また夢を見たせいか、そんなことを思ってしまった。……だけど、今回の夢は、心地いい夢ではなかった……いや、少し違うか。俺は楽しかった。だけど、なんだか……息苦しかった。夢の中の出来ごとだったのにリアルに感じた……まるで、……まるで、俺が昔……経験していた……ような。
「まさか!」
俺は思わずベッドから飛び起きた。
……あれは、俺の昔の記憶だったんだろうか? 仮にそうだとしたら、あの病室にお見舞いに行っているのが、俺?
じゃあ俺は、いったい誰のお見舞いに――。
「くっ!」
頭が割れるように痛み、思わず前によろよろと進んでしまい、隣のベッドの手前で膝をつく。そのままベッドに左手をついて右手で頭を抑える。不思議と痛みはすぐに治まった。抑えたからではないだろう。たぶん、昔のことを考えるのを止めたからだ。
どうやら記憶を無理に思い出すのは止めた方が良いらしい。このまま記憶が自然と戻ることを待つことも出来るが、俺には一つ手がかりがある。
――前に入ろうと思った、あの病室。
あそこには、俺の記憶に関係する何かがある筈だ。そうと決まれば
行こう、病院へ――。
立ち上がろうと、枕に右手をつき、すでについていた左手に力を入れて押す。
「ん?」
立ち上がった時に右手に違和感を感じた――枕が硬い? 右手で枕を何度か押してみると、枕には硬い所とそうでない部分があった。
なんとなしに持ち上げて確認すると、枕に硬い部分はなくなった。その代わり、枕をどけたことによって、枕にあった硬い部分の正体が分かった。
――拳銃。
ドロシーは枕の下に拳銃を置いていたようだ。彼女が使っていた銀色に輝く拳銃に良く似ている。
……もしかしたら、この拳銃をモデルにして作り出していたのだろうか? 今となっては真意を確かめることは出来ないが……。
その拳銃に左手を伸ばす――が、手が止まってしまう。
ろくに使ったことがない凶器。これを持ち歩くことは、無用の敵を作る結果になるのではないだろうか? それにフレアはもう死んだ。だったら、無闇に持ち歩かない方が……。
そう思い、手を引っ込める途中、シュウの言葉が頭をよぎった。
『――自分の命を守りたかったら、人の命を脅かす、時には間違った物を持たなければならない――』
もうドロシーはいない。自分の命は――自分で守らないと。
引っ込めかけた左手を伸ばし拳銃を掴む。そのまま、自分の顔辺りまで持ち上げて銃口を天井に向ける。
カッコいいなんて言葉は浮かばす、思っていたよりも重く、そして冷たい、これが凶器なんだと分からせるには充分だった。
一応、弾が入っているか確認した後、それをコートの中の後ろの背中に隠す。使おうと思えばすぐに使え、持っていることは、ばれないであろうそんな場所。
「よし、行こう」
いつもより重く感じる体を動かし部屋を出た。
何度も通った道を辿るだけだから、目的地にはすぐに辿り着いた。だが、病院の中に入ることは叶わず、病院の玄関で立ち往生していた。
目に前にいる門番に阻まれて――。
「来ないでって……言ったでしょ?」
フードで顔を隠した死に神――アイ。
彼女は俺が来ることを分かっていたかのように、病院の玄関の前に立っていた。俺はそれをさほど気にせず横を通り過ぎようとしたら、彼女は体を使って俺の進路を塞ぎ――今に至る。
アイは言葉を重ねなかったが、彼女が俺を通す気など微塵もなさそうに思える。
「………………」
声も出さなければ顔も見えないから、いまいち感情の機微が伝わらない。こういう心理戦の場合、表情を隠されるとかなり不利だな。
「……はあ」
つい溜息がこぼれる。たぶん、無理矢理通ることは出来るだろう。だけど、振り切ることは無理……だろうな。
だから、説得して通るしかないか……。
「すまない。ちょっと病院に用事があって中に入りたいんだ。通してくれないか?」
「駄目よ」
俺が言い終わった瞬間に言い切ったアイ。よほど通したくないらしい。振り出しに戻るとか以前の問題で、進むことさえ出来ていない。
……それにしても、彼女はどうして俺をここに来させるのを嫌がるのだろうか?
「どうしてなんだ?」
「……答えるつもりはないわ」
さっきと同じ冷たい感情でそう言った。完璧なまでの拒絶。会話は成立しているが、分かり合うことは不可能のようだ。
以前の俺ならここで諦めて帰るとこだが、今回はそういうわけにはいかない。俺の生前の記憶の手がかりがここにあるかもしれないんだ。
「悪いが俺も引き下がるわけにはいかないんだ。……もしかしたら、ここには俺に関係する何かがある筈なんだ。俺はそれを知りたいんだ、通してくれ」
俺なりに真摯に言ったつもりだが、彼女は顔を逸らし何かぶつぶつと言っている。
「まさか――戻っ――――――そん――――。かみ――」
何を言っているかはほとんど聞き取れない。しばらくすると、結論が出たのか再びこちらに顔を向けた。
「ここにあなたの求める記憶はないわ。あなたの勘違いよ――」
俺すら自分を知らないというのに、彼女は何を根拠に言っているのだろうか?
「――それに、ここ以外にも病室はあるでしょ?」
ん? 今の彼女の言葉が少し引っかかった。
「――あなたが今住んでいるあの廃病院。まずはそこから調べた方が得策――」
「なあ、一つ訊いても言いか」
彼女の言葉を遮り俺は言った。彼女からの返答はなかったが、俺は何げなく質問する。
「どうして俺の目的が、病室にあると知っているんだ?」
確か前回も彼女は病室という言葉を使った。あの時はそれほどここに執着していなかったからか、素直に納得してしまった。だけど、病院に来たからといって、必ずしも病室が目的とは限らない。それなのに言い切っている彼女に違和感を覚えた。
「……そ、それは……」
声に威勢が消えた。表情は見えなくても動揺しているのが分かり、俺はさらに畳み掛ける。
「俺は病室に行きたいなんて一言も言っていない。それなのにお前は、何ら疑うことなく病室と言っている……何故だ?」
アイからの返答はなく、代わりに、一歩、二歩と、後ろに下がる。明らかな動揺。知られてはいけないことを知られたような反応に見えた。
その姿を見てか、もしくは前から確信があったのか、何の気なしに言葉が漏れた。
「俺のことについて、何か知っているのか?」
俺は今日の天気を訊くようなテンションで言った。
「……あ、ああ……」
――が、彼女からは嗚咽のような声が漏れ聴こえた。そのまま彼女の手が、フードの中に入り込み頬に手を置いているように見える。
「……そんな……やっと、会えたのに……」
アイの体が震えている。まともではないと思い、彼女の肩に手を置き声をかける。
「おい、大丈夫か? しっかりしろ!」
同時に体を揺する。すると慣性が働いたのか、フードがずれてアイの顔があらわになった。彼女の第一印象は、思っていたよりも活動的な顔で、髪も邪魔にならなように短く、それなのに女性らしさを失わない黒い髪形だった。
この髪形、どこかで見たような……。
「――そんな、かみ……さま――」
彼女は顔が見えているのが気付いていないらしく、下を向いて目の焦点が合っていない。
「おい! しっかりしろ!」
俺の言葉が届いたのか俺と目が合う。アイはふっと笑うと、俺に胸にもたれてきた。
「りん……くん」
そう呼ばれ、何故か懐かしい気持ちになった。昔、そう呼んでくれる人がいたような……。だけど、そんな淡い思いも、女性がもたれているという現実に一瞬で消し飛んだ。どうして良いか分からず、手をこまねいてしまう。
そうこうしていると、アイが『はっ!』の言葉と同時に俺から離れた。そのおかげでアイの顔が窺えた。その表情は驚愕に満ちており、失敗したという感じに思えた。
何て声をかけたら良いか分からず、相手の出方を待っていると――。
突然アイは走り出して俺の横を通り過ぎる。すぐに振り返り追いかけようとするが、すでにもう手が届かない場所まで走り去っていた。
……いったいなんだったんだろうか?
そんな心残りもあったが、目的は果たされそうだ。俺は振り返る。
病院の玄関の前には誰もおらず、俺を阻む者はいない。アイに多少の懸念を抱きつつも、玄関に進み、病院の中に入った。
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